第四百八十九話 クルセイスとの最終決戦
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「クルセイス……!? クッ……!!」
紗和乃は、後方の通路から既に侵入を果たし。自分達の周りを半包囲していた白アリ兵達の集団を見て、思わず舌打ちをしてしまう。
『結界師』の名取が張ってくれた防御結界の耐久度は、15分が限界だと言っていた。
だからそれまでに、この地下から脱出する方法を探し出すか。それとも追撃してくるクルセイス達を撃退する準備を整えるかの選択をして、すぐに行動に移さなくてはいけなかったというのに……。
『ゲート』の使用を巡る異世界の勇者達による話し合いや、倉持が暴走してゲートを強行使用した件もあり。
結局……何の対策を講じる事も無く。無策でここにクルセイス達の侵入を許してしまうなんて、あまりにも不覚すぎた事は間違いなかった。
そんなコンビニ共和国の勇者達の動揺など、心底どうでもいいと言わんばかりに。
憤怒の表情を浮かべたクルセイスは、親衛隊長であるロジエッタに対して冷酷な指示を飛ばす。
「――ロジエッタ、もう遠慮は要らないわ! この薄汚いドブネズミ共の首を、全員切り落としてしまいなさい! ティーナと『不死者』と勇者を回収したら、さっさとこの場から撤退するわよ!」
「ハァ〜イ! あらぁ、あらぁ〜、大クルセイス女王陛下の顔が珍しく真っ赤に染まっているわねぇ〜。あなた達、よっぽど怒らせてしまったみたいよぉ〜?」
白アリ兵達の先陣をきって、薔薇の騎士のロジエッタが剣を抜きながら向かってくる。
既に先ほど、雪咲によって斬り落とされた右手部分の回復は済ませたらしい。ロジエッタはまるで何事も無かったかのように、余裕に満ちた表情でニヤニヤと笑いながらこちらに突進してきていた。
「――紗和ちゃん! 向こうに別の広い空間に繋がる通路があるから、急いでそっちに逃げようよ〜!」
玉木がゲートのある空間の奥を指差しながら、大きな声で叫ぶ。
玉木の指差した場所は、以前……この地下空洞に無数の繭を作り出し。大量の白アリ兵達を増産させていた、白アリの女王リルティアーナが巨大な巣を作って根城にしていた場所だった。
「分かったわ! ティーナさん、フィートさん、みんなも急いでそっちに逃げましょう! 後ろを振り向いちゃダメよ。全速力でここから脱出するの!」
紗和乃は大きな声で叫び。この場にいるコンビニ共和国陣営に属する仲間達、全員に呼びかけたのだが……。
この場にいるメンバー達の中で、たった一人だけ。両膝を抱えて座り込みながら微動だにせず。
『不死者』の勇者の倉持悠都だけが、虚空を見つめながら完全に放心状態に陥って。その場から全く動けなくなってしまっていた。
倉持の心は既に、もうここには存在しない――彼自身が大活躍をしている幻想世界の日本に、置き去りにしてきてしまったのかもしれない。
そんな放心状態の倉持を守る為に、『結界師』の名取が両手を広げて倉持の前に立つと。
彼女は自分と倉持の2人の体がギリギリ入る、小さなテントサイズの防御結界を周囲に張り。
暴風雨のように押し寄せる無数の白アリ兵達の襲撃を、両手を広げながら必死に耐え凌いでみせた。
「……悠都くんは、私が守ります! 皆さんは、急いでこの場から逃げて下さい……!」
「名取さん!? ど、どうします……? 委員長達は、ここに置いていきますか?」
雪咲にそう問いかけられ、紗和乃はとっさの判断が出来ずに一瞬だけ……迷ってしまった。
その僅かな隙をついて。高速移動をしながら突進してきた薔薇の騎士のロジエッタが、『剣術使い』の雪咲に目掛けて後方から襲いかかる!
「このおおぉぉッ……! またうちの剣で、返り討ちにしてやるわッ!!」
雪咲が長剣を構えて。ロジエッタを撃退する為に振り返った……その、瞬間に――。
既にロジエッタの持つ薔薇の装飾が施された剣からは、怪しげな光線が放たれていて。
その光は迎撃態勢を取ろうとしてた雪咲の両目の奥へと、吸い込まれるようにして入り込んでしまう。
「きゃああぁぁああぁぁぁーーッッ!?!?」
雪咲は手に待っていた長剣を地面に落とし。両手で必死に自分の目を押さえながら、その場で身悶えるようにして倒れ込んだ。
「――しまった!! 雪咲さん、大丈夫――!?」
地面に倒れた雪咲の元に、紗和乃と玉木が慌てて駆け寄る。
だが……もう、遅かった。雪咲は薔薇の騎士のロジエッタの放つ『光の攻撃』をダイレクトに受けてしまい。
視界の中を万華鏡のように怪しく輝く、薔薇の景色によって完全に埋め尽くされてしまっていた。
こうなったら、もう手遅れである事をコンビニ共和国のメンバー達はよく理解している。
雪咲はしばらくの間……戦闘不能な状態どころか。一緒に逃げる事さえままならない、完全に行動不能な状態へと追い込まれてしまったのだ。
「おーっほっほっほ〜〜っ! まずは一人よぉ〜。順番に一人一人、ゆっくりと始末していってあげるから。楽しみにしておいてね〜〜!」
ロジエッタの動きは先ほどよりも、遥かに速くなっている。それは決して能力が大幅にアップしたから……という訳ではなく。
最初から油断する事をやめて、『本気』でこちらに襲いかかって来ているからだろう。
紗和乃はロジエッタの光による攻撃を牽制する為に。
魔法の弓で、遠隔射撃を行おうとするが……上手く狙いを定める事が出来なかった。
先ほどは、狭い通路のど真ん中に『剣術使い』の雪咲が陣取り。数の多い敵の攻撃を一点に集中させる事が出来たから、ロジエッタの光の攻撃を打ち消す事も出来ていた。
だが……今は広大なスペースを自由に駆け回るロジエッタの動きを、先に読む事が出来ない。
それどころか、周囲からは無数の白アリ兵達がこちらに襲いかかって来ているので、そちらも同時に迎撃しなければならなかった。
こんな状態では、まるでチーターのように地下を縦横無尽に動き回る、ロジエッタの動きを食い止める事なんて出来っこない。
むしろその間に敵に包囲されて。こちらが全滅させられてしまう方が遥かに早いだろう。
「クッ、このままじゃ……!!」
「お〜っほっほっほ〜〜っ! どうやら、観念したようね。じゃあ、大クルセイス女王陛下の指示通り。順番に一人ずつ首を切り落としていくわよ〜!」
再び薔薇の剣から怪しげな光を前方に向けて放ち。ロジエッタが正面からこちらに向けて駆け寄ってきた。
剣の達人でもある雪咲ならともかく。剣術に関しては素人のティーナや紗和乃、玉木達では、ロジエッタの剣撃を正面から受け止める事は出来ない。
おまけに、まともに敵の攻撃を食い止めようと。敵を真正面から見つめてしまうと……雪咲が行動不能に陥ったように。『光の能力者』であるロジエッタの特殊攻撃を受けてしまい。
両目を薔薇の花びらで埋め尽くされ、視界を封鎖されてしまう事になるだろう。
「さぁ〜、さぁ〜。全員そのまま目を閉じて、そこでじっとしていてねぇ〜! 一人ずつワタシがあなた達の首を、玉ねぎのスライスみたいに綺麗に輪切りにしていってあげるわぁ〜〜!」
大きくジャンプをしたロジエッタが、異世界の勇者達の真上から剣を振り下ろし。
一気に、こちらに向けて斬りかかってくる。
まともに瞳を開けて、その攻撃を受け止める事の出来ない紗和乃達には、もはや……打つ手は何も残されていないように見えた。
振り下ろされたロジエッタの薔薇の剣は、異世界の勇者達の中で雪咲の次に戦闘能力の高い、『暗殺者』の勇者の玉木に狙いを定めていた。
「紗希ちゃん、逃げてーーッ!!」
勝利を確信したロジエッタの剣が、玉木の首を切り落とそうとした、その寸前で――。
”ガキーーーーーーーン!!”
玉木達の体を包み込むように、丸いドーム状に張られた虹色の結界が、ロジエッタの薔薇の剣による致命の一撃をギリギリのタイミングで防いでみせた。
「な、何なのよぉ……これはぁ〜〜!?」
虹色の結界に攻撃を阻止されたロジエッタは、結界にぶつけた自身の攻撃エネルギーの反発による衝撃の余波を、まともに食らってしまい。
反発しあう同極の磁石のように、思いっきり遠くへと弾き飛ばされてしまう。
間一髪の所で助かり、命拾いをした玉木は慌てて後ろを振り返ると……。
そこには両手を前に突き出して、玉木を守るように虹色の結界を張っているティーナの姿があった。
「てぃ、ティーナちゃん〜!? この虹色の結界は、ティーナちゃんが張ってくれたの〜!?」
「ハイ、さっきあちらにいる『結界師』の勇者様の能力を複製させて頂きました。本家の能力には到底及ばない劣化版の結界ですが……しばらくは、持ち堪える事が出来ると思います!」
ティーナの機転により命を救われた玉木も、そして紗和乃やフィートも。一時的に自分達が助かった事に、胸を撫で下ろして安堵する。
だが……そんな気休めの安心感はすぐに、結界に対して猛攻を仕掛けてきた、敵の白アリ兵達の集中攻撃によって遠くに吹き飛ばされてしまった。
ロジエッタが弾き飛ばされた直後に押し寄せてきた無数の白アリ兵達は、それぞれが武器である魔法剣を振り回しながら。四方八方から、ティーナの張る虹色の結界に向けて斬りかかってきている。
『にゃ〜〜ん!! もう、右も左も、前も後ろも全部……白アリ兵ばっかりなのにゃ〜! 気持ち悪いのにゃ〜! アリに食い殺されるなんて嫌なのにゃ〜!!』
「ティーナさん……この結界は後どれくらい間、敵の攻撃を持ち堪えられそうなのかしら?」
先ほど、クルセイス達の侵入を阻止してくれていた『結界師』の名取の張った結界は……約15分程は敵の攻撃を防いでくれた。
ティーナの持つ複製の能力は、本家の劣化版の能力になってしまうとはいえ。もし……3分の1程度の、5分間も耐え凌いでくれたなら。
その時間を利用して、何とか起死回生のチャンスを作りだし。玉木や紗和乃達は、ここから逃げ出す策を考える事が出来るかもしれない。
紗和乃に冷静に問いかけられたティーナは、額から大量の汗を流し。必死に両手を広げながら答えた。
「……す、すいません。多分……あと、2分くらいで私の張っている結界は壊されてしまうと思います……」
『たったの2分しか持たないのにゃ〜!? それじゃ、本家の7分の1にも満たない貧弱結界なのにゃ〜!!』
ショックを受けたコンビニ猫のフィートが、念話で悲鳴を上げて叫んでしまう。
声には出さないものの、紗和乃も玉木も、ティーナの話したその衝撃的な内容に絶望感を抱かずにはいられない。
ティーナの張ってくれた防御結界は、後……たったの2分間で崩れ去ってしまうらしい。
――という事は、今から2分以内に。全員が地上に脱出できる、某ゲームに登場するような瞬間移動用の緑色の土管を探し出すか……。
それとも、2分以内に全員がスーパーレベルアップを遂げて。薔薇の騎士のロジエッタも、敵の親玉のクルセイスも。そして無数に押し寄せてきている、数千匹近い数を誇る白アリ兵達も。
まとめて一気に打ち倒せる究極奥義を閃くかでもしないと、ここから生きて地上に出る事は難しいだろう。
「でも流石にそれは、無理ゲー過ぎるわね……」
この状況を180度ひっくり返す事の出来る、見事な妙案を考え出す事が出来なかった紗和乃は……魔法の弓を構えながら、真っ直ぐにクルセイスの方を見つめる。
あそこにいるクルセイスは、自分達2年3組のクラスメイトを大量に殺害した『宿敵』ともいえる存在だ。
もし……ここで敵に敗れて、殺されてしまうような事があったとしても。
せめて一矢だけでも報いて、殺されてしまった同級生達の為にも、あのクルセイスだけはどうしても仕留めたいという強い想いが紗和乃にはあった。
だが……ダメだ。その儚い希望さえ、今はとても叶いそうに無い。
クルセイスの正面には、既にこちらに向けて再突進を開始した、ロジエッタが立ちはだかっていた。
紗和乃がどんなに、魔法の弓を射る方向を変えても。ロジエッタがその射撃ルートを完全に遮りながら、薔薇の剣を構えてこちらに迫ってきてしまう。
「お〜っほっほっほ〜〜っ! もう、諦めなさい! あなた達には逃げ場も隠れ場も、何も用意されていないのだから〜!」
ロジエッタが奇声をあげて、笑いながら前進してくる。
例えギリギリまで、ティーナの張ってくれた結界で粘って。ここから逃げ出すチャンスを伺ったとしても。
こちらには視界を奪われて、行動不能に陥っている雪咲がいる。怪力の玉木が雪咲を背負って逃げたとしても、すぐにロジエッタに追いつかれてしまうに違いなかった。
「玉木様、紗和乃様……もう、結界は持ちません……! 崩壊します……!」
両手を広げて、名取から複製した能力で必死に結界を張ってくれていたティーナが悲痛な叫びを上げた。
その瞬間に――。
”パリーーーーン!!”
ガラスの壁が外部からの強い衝撃で、破壊されてしまったかのように。虹色の結界は音を立てて、ボロボロに割れて崩れ落ちてしまった。
「お〜〜っほっほっほ〜〜っ! チャンスよ〜! さぁ、首を切り落とさせて貰うわよ〜!」
勝利を確信したロジエッタが、薔薇の剣を真上に振りかぶりながら突進してくる。
玉木と紗和乃の2人は、ティーナやフィート、そして負傷した雪咲の体を守る為に。
それぞれが持つ武器を構えて、正面から襲いかかってくるロジエッタの攻撃に備える。
そして……ちょうどロジエッタが、薔薇の剣を大きく振り下ろして。一番最初に玉木の首を切り落とそうと飛びかかる姿勢を取った、その時に――。
地下空間の地面にある土が、突然……むくむくと盛り上がり。
大きな振動と共に大量の土を巻き上げながら。『超巨大クマのぬいぐるみ』の顔の部分が、いきなりロジエッタの体を真下から突き上げるように『にゅい〜〜ん!』と、外に飛び出てきた。
「ええっ……!? 何なのよコレ〜〜!? ぶぐッオオォおおおぉぉっっ!?!?」
モグラのように顔の部分だけ地面から飛び出てきた、超巨大クマのぬいぐるみの顔に正面から激突して。
ロジエッタの体は反発するゴムのように、再び遠くに弾き飛ばされてしまう。
「こ、これは……まさか……!?」
紗和乃達が驚きの声を上げるのと、ほぼ同時のタイミングで――。
後方から凄まじい大きさの『特大火炎球』が放たれ。ティーナ達の周辺に群がっていた、無数の白アリ兵達を、瞬時に高温の業火が焼き尽くしてしまう。
激しく燃え盛る炎の奥には……合計で5人の、黒い人影がうっすらと見えている。
そして彼らは、この場にいるティーナ達を守るように。全員が戦隊ものヒーローのような決めポーズを、ぎこちなくバラバラに取りながら、その場で高らかに宣言した。
「うおっっしゃあああァァァ!! どうやら間に合ったみたいだなァ!! 正義の味方のヒーロー、火炎術師の俺と、その愉快な仲間達がティーナちゃん達のピンチを救う為に駆けつけてきたぜぇぇ!!」
「ハイハイ、それ逆でしょうー? コンビニ共和国の正義を守り続ける3美女英傑。この世にカフェがあれば、それがどんなに到達困難な場所にあったとしても巡り続ける。私達カフェ好き3人少女隊と、愉快な火炎エロエロ魔人と、アイリーンさんの合計5人チームの参上よーーっ!」
「ええっと……私は恥ずかしいので、そのような破廉恥なポーズをとる事は遠慮させて頂きますが……。ティーナ様、玉木様、ようやく螺旋階段の周辺にいた敵を殲滅する事が出来ましたので応援に駆けつけました。コンビニの守護騎士であるアイリーンが、店長の素敵な仲間の皆さんと共に、今から助太刀をさせて頂きます!」
突進してきたロジエッタを吹き飛ばし。ティーナの張った結界の周囲に群がっていた大量の白アリ兵達を焼き払って登場したのは……。
戦隊ものヒーローのポーズを取っている火炎術師の杉田と、カフェ好き3人娘である、小笠原、藤枝、野々原の3人の勇者達。
そして、恥ずかしいポーズをしている4人の勇者達には加わらずに。一人だけ真面目に黄金の剣を前に向けて構えている、コンビニの守護騎士のアイリーンを含めた――合計5人の心強い援軍達だった。




