第四百八十三話 彼方と冷夏
「やっぱり、この謎のバーベキュー空間に俺を誘い込んだのは……朝霧、お前だったんだな」
静けさの漂う暗闇の森の中で、黄色いチューリップ色のドレスを着た朝霧冷夏の姿は……揺らめく焚き火に淡く照らし出され。とても幻想的な美しさを放っていた。
正直に言って……朝霧は、お世辞抜きに本当に綺麗な女性だと思う。
いつも俺をからかうような挑発的な態度ばかり取ってくる、ミステリアスな雰囲気を持つ本好きのクラスメイト。
そして本物の朝霧冷夏は、実は既に死亡していて。
俺が今までに話しかけてきた朝霧は『未来予知』という特殊能力に、俺の脳内で創造された人格が宿って作られた人物だったという衝撃的な事実も判明していた。
そんな全ての正体が明らかになった朝霧が今……俺の前に堂々と立っていた。
俺はようやく姿を現してくれた朝霧に対して、安心したように息を漏らし。
焚き火の前に置いてあった、大きな木製の長椅子の上にゆっくりと腰を下ろして座り込む。
そして森の中に立つ朝霧に対して、俺の隣に座るようにと優しく手招きをした。
「……ウフフ。私をそんな所に座らせて。一体何をしようというのかしら、彼方くん?」
「別に変な他意は無いさ。ただ、たまにはこうして焚き火の前で、お前とゆっくりと落ち着いて話しがしたいなと思っただけさ」
俺からの突然の誘いに対して、朝霧は嫌がるような素振りを全く見せる事なく。
何の躊躇いもないように、すぐに俺が座る木製の長椅子の隣に腰かけてくれた。
すぐ真横に座っている朝霧の横顔を見つめ。俺は改めて朝霧冷夏という女性が、美人である事を意識して。少しだけ心臓が高鳴るのを感じてしまう。
そう……俺は昔から、朝霧冷夏という、このミステリアスなクラスメイトの事が気になっていたんだ。
今はもう、その事を素直に認めようと思う。
……アレは、いつだったかな? 学校で午後の体育の授業が始まる前に、俺は忘れ物をした事に気付いて。慌てて2年3組の教室に取りに戻った事があったんだ。
もう……後1〜2分で、授業の開始ベルが鳴る寸前だったからな。
俺はかなり急いで、誰もいない無人のはずのクラスの教室に戻ったんだが……そこで、朝霧冷夏がたった一人だけで椅子に座っているのを見つけた。
女子だって体育館でバスケの授業があるはずなのに、朝霧はまるで慌てる様子も無く。体操着に着替える事もせずに。堂々と無人の教室でいつも通り、一人で本を静かに読みふけっているようだった。
教室の中で静かに本を読んでいる朝霧の姿を見かけた俺は、思わず孤高な彼女の姿に目を奪われてしまった。
今でも、あの時に……クラスの片隅の花瓶に飾られていた黄色いチューリップの花の色鮮やかさが、俺の心のフィルムには鮮明に焼き付いている。
しばらく声を何も出せずにいた俺は、ようやく喉の奥から絞り出すようにして。
教室で一人で本を読んでいた朝霧に対して、そっと声をかけてみたのを憶えている。
「――それ、何の本を読んでいるんだ? 面白いのか?」
「ウフフ。懐かしいわね……。その時の事はよく憶えているわ。私はてっきり彼方くんは『もう体育の授業が始まるぞ? 急がなくていいのか?』って最初に声をかけてくるものだと思っていたの。それなのにまさか、私が一人で教室の中で読んでいた本の内容を尋ねてきたものだから、ビックリしちゃったわ」
焚き火を囲んで俺の隣に座っている朝霧が、当時を思い出すようにしてクスクスと子供のように笑ってみせた。
「まぁな。俺も本当は体育の授業に遅れちまう寸前だったからな。まさか教室に一人きりで残って、全然焦る様子も無く本を読んでいた朝霧を見かけるなんて思わなかったし……。正直、お前に興味を持ったんだと思う」
「――結局、その時の彼方くんは、午後の体育の授業に参加するのを諦めて。みんなが真面目に授業を受けている最中だというのに、教室に残って私と一緒に静かに本を読み始めたのよね?」
「そうだったな。そんな事もあったっけな……。どうしてだろう? つい最近まで俺は、そんな時間を朝霧と一緒に過ごした事を忘れていたような気がするんだ」
まさか、普通の帰宅部の学生だった俺が……突然、クラスのみんなと異世界に召喚されて。
その後、ティーナに出会い。そして魔王軍の4魔龍公爵と戦ったり、女神教に襲撃されたり……と。これまで怒涛の展開の連続だったものな。
だからそんな何気ない学校の日常で起きた、静かな時間の記憶の一コマを……ついつい俺は忘れかけてしまっていたのかもしれない。
クラスに1人で残っていた朝霧に、俺はその時……確かこう尋ねたんだ。
『何でみんなが真面目に授業を受けているのに、教室に残って一人で本を読んでいるんだ?』ってな。
いつも物静かで、誰が話しかけてもほとんど返事をしない朝霧だけど。
その時はなぜか、俺からの質問に饒舌に答えてくれた事を憶えている。
「……みんなが、決められた時間に、決められたスケジュールに沿って動いている時に。一人だけ時間のレールから外れて、自分だけの時間を過ごしてみたいと彼方くんは願った事はない? 私はそんな時間の過ごし方が、至上の喜びを感じさせてくれる事を知っているのよ」
「うーん、そうだなぁ……それは分かるかもな。誰かが敷いたレールの上を、決められた発車時刻を守って走り続けるだけの人生なんてつまらなさそうだし。たまには白線を踏み外して、脇道に逸れた時間を過ごすのも悪くないと思う。ま、今……俺がここで朝霧と過ごしている時間が、まさにそんな感じなんだけどな。所でそれ……何の本なんだよ? まだタイトルを教えて貰ってないんだけど」
「私の今、読んでいる本? うーん、今読んでいるのは『異世界系』のラノベかな。主人公が全然役に立たない外れスキルを与えられて、異世界で四苦八苦する物語なんだけどね」
「えっ、朝霧って……異世界系のラノベとかも読むのかよ? てっきりもっと重厚な哲学系とか、心理学系なタイトルのハードカバー本を読んでいるのかと思ったぜ」
「……ウフフ。もちろん普段は、そういう本も好んで読むわよ? でも、たまにはこういうライトな本も読んだりする事もあるのよ。自分で小説を書いたりする事もあるけど、その時の参考になったりもするしね。何冊かあるから、彼方くんも試しにここで読んでみる?」
俺は……本来、体育の授業だったはずの時間を。誰も居ないクラスの教室の中で、朝霧と一緒に静かに本を読んで過ごす事にした。
結局、本好きなミステリアス少女。朝霧と会話が出来たのは、最初のほんの2〜3回くらいの短い会話のやり取りくらいしか、この時の俺には出来なかったけれど。
俺にとっては、普段クラスの誰とも話そうとしないミステリアスな読書好き女子の朝霧と。こうしてゆっくりと本について語らう事が出来たのが、とても『特別な体験』に思えていたんだ。
そう。だから……俺は、心の底で朝霧冷夏というクラスメイトの存在がずっと気になっていたんだ。
具体的な言葉に出して説明するのは難しいけど。俺はきっとあの時……朝霧と2人だけの秘密の時間を教室の中で過ごせた事が本当に嬉しくて。
朝霧冷夏という、クラスの誰とも交流しようとはしない、読書好きのミステリアスな女性に――『初恋』にも似た、ほのかな好意をずっと心の中で抱いていたんだと思う。
だから……俺は、この異世界に召喚された後。
カディナの壁外区で暮らしていた時に、後から街にやって来た玉木に、グランデイル王都にいた朝霧が行方不明になっていると聞かされて。
当時の俺は朝霧を探し出す為に、必死になってザリルに頭を下げて頼み込み。大至急、ザリルの部下達に周辺の街の捜索活動を進めて貰う事にしたんだ。
もしかしたら玉木は、俺が2年3組のクラスメイトの全員に対して。例えクラスの誰が行方不明になったとしても、全力で探し出そうとする心の優しい男なのだと思ってくれたのかもしれない。
もちろん俺はクラスの誰が行方不明になったとしても、きっと同じ行動を取っただろうさ。
でも……違うんだ! 行方不明になったのが、あの『朝霧冷夏』だったから。俺が心の底でずっと気にかけていた、朝霧だったから。
俺はどうしても彼女を探し出したいと、必死になって行動を起こしていたのは確かだったんだ。
それは……朝霧冷夏という女性が、俺にとって『特別』な存在だったからだ。
俺は朝霧に対してずっと特別な想いを抱いていた。だから……行方不明になってしまった朝霧の事を、どこにいてもずっと心の底で気にかけ続けていた。
玉木の話によると朝霧は、グランデイル王都をたった一人で抜け出し。街外れで遭遇したという水無月に、『私の観測対象だった彼方くんが、居なくなってしまったから。街から出ていく』……と、あまりにも謎めいた言葉を残して去っていったという。
俺はその事を玉木から聞かされて。行方不明になった朝霧の安否が気になるのと同時に……。
やはり俺の予想通りミステリアスな少女だった朝霧が、どうして俺の事を『観測対象』だと告げたのか? 俺と朝霧には、一体どういう関係があったのか……と。
頭の中で密かに憧れを抱いていた朝霧が、俺と何か特別な繋がりのある能力を持っていたのかと、何度も頭の中で妄想をして。その想いは抑えきれないくらいに、無限に加速してしまっていた。
そう……だから、この俺は……。
今、焚き火の前で横に座っている、黄色いドレスを着たこの美しいクラスメイトの女性に。
心の奥で密かに憧れを抱いていた『初恋の人』でもあった、朝霧冷夏というクラスメイトの女性の名前と人格と姿を与えて。
俺の中に秘められた『未来予知』という能力に、もう一人の『朝霧冷夏』という妄想の人物を創造して作り上げてしまったのだと思う。
「……やっとその事を思いだしたのね、彼方くん。私という存在が、どうしてあなたの心の中で作り出されたのか。そしてどうして、あなたの心の中だけに存在しているのかを、ようやく思い出す事が出来たのね」
「ああ……今の俺になら、全てが分かるんだ。朝霧、お前が帝国領のカラム城の屋上で、俺の前に初めて姿を現した時――。俺にクイズを出してきたよな? もしも自分がこの屋上から下に飛び降りたなら、一体どうなるでしょう……ってさ。今なら俺は、正確な答えを言い当てる事が出来ると思うぞ」
「ふーん。じゃあ私に教えて欲しいな、彼方くん。あの時の出題の正解が、ちゃんと分かったのでしょう?」
俺はすぐ隣に座っている、クラスメイトの朝霧の顔をじっと見つめて。
一度、深呼吸をしてから。彼女にその真実の答えを、伝える事にした。
「俺の前にいる朝霧冷夏という女性は、コンビニの能力が生み出した隠れスキル――『未来予知』という能力に、俺が初恋を抱いていたクラスメイトの女性の姿と人格を与えて、俺の脳内で作り出した存在だ。だからもし、城の屋上から下に落下したとしても……朝霧という存在が消える事は無い。なぜなら俺の脳内で、別の朝霧冷夏として具現化した存在であるお前は、この世界の現実には存在しない人間だからだ」
俺が口から紡がれた言葉を、じっとこちらの目を見つめながら真剣に聞いてくれた朝霧は。
口元をニヤリと歪ませて、クスクスと笑ってみせた。
「大正解よ、彼方くん。その通り、私はあなたの心の中にいる存在なのだから決して消えたりはしないのよ。ウフフ、ようやくその事に気付く事が出来たのね!」
俺から真実を告げられたにも関わらず。
目の前に座る俺の初恋の人を具現化させた存在である、もう一人の朝霧は……余りにもあっけらかんとした態度で笑ってみせた。
「……それで、私という存在の正体が分かった所で、彼方くんは私にどうして欲しいと願っているのかしら?」
「朝霧、お前の力を貸して欲しいんだ! 完全性能を誇る、無敵のコンビニ要塞を操るコンビニの大魔王に打ち勝つ為には……お前の能力である『未来予知』がどうしても俺には必要なんだ! お前が居てくれないと、俺はもう一人の俺に勝つ事が決して出来ない!」
既にコンビニ店長服の無敵ガード機能も、上限の3回分を全て使い切り。
命の残機が残されてない俺は、背水の陣の覚悟でコンビニの大魔王に挑まないといけない。
一度も、ミスや失敗は許されない。そんな圧倒的に不利な条件でアイツに打ち勝つには、敵の行動や攻撃のパターンを先読み出来る、朝霧の持つ未来予知の能力がどうしても必要だった。
「……既に経験したから分かると思うけど。私は前回の戦いで、試験的に彼方くんに『2秒先の未来』が見える能力を付与して敵の攻撃を回避させたの。でも、決戦がもう間近に迫っている以上――2日間も丸々寝込むような時間の余裕は無いから、未来をシミュレート体験出来る『仮想夢』を見せる時間の余裕は無いわ」
「ああ……分かってる。やっぱりあの時、頭の中でショート動画のように、敵の攻撃パターンが同時に複数脳内で再生されて。その映像から判断してコンビニの大魔王の攻撃を回避出来たのは、朝霧のおかげだったんだな」
「そうよ。でも……今の彼方くんの脳内回路では、2秒先の未来を見れるのが限界なの。例えば、彼方くんの目の前に5台のテレビを置いて同時に映像を流したとする。彼方くんは、その5台のテレビに映し出された映像の内容を、瞬時に全て正確に把握する事が出来ると思う?」
「……無理だな。そんなの、せいぜい2〜3個の映像を憶えるのがやっとだ。聖徳太子じゃあるまいし、一度に10人の話した内容を同時に聞き分けるような高スペックな脳みそを、俺は生憎と持ち合わせていないからな」
「なら、あの小さな猫ちゃんを利用しなさい。あの子を頭に乗せて、脳内の思考を同期させれば……少なくとも今の2倍以上の記憶力を維持する事が出来るはずよ。戦いの中で同時に未来が見える、という感覚に徐々に慣れていけば、いつかは5秒から10秒先の未来を読む事も可能になるはずよ」
「――そうか! コンビニ猫のフィートと脳内の思考を同期させればいいのか! 確かにフィートの研ぎ澄まされた感覚機能を、俺の脳に上乗せしてアップグレード出来るのなら。一度に無数のショート動画が流れても、瞬時に判断する事が出来るかもしれないな」
俺はようやく……コンビニの大魔王との戦いにおいて。アイツに勝てるかもしれないという、明るい活路の光が差し込んできたのを感じる事が出来た。
未来予知の能力を持つ、朝霧が俺に協力をしてくれて。そしてその能力に上手く対応して、使いこなす為の手段もあるのなら。
後は……俺が致命的なミスさえ犯さなければ、絶対に勝てるチャンスはある。俺達が望む、理想の未来を手繰り寄せる事がきっと出来るはずだ。
「サンキュー、朝霧! お前が俺に協力してくれるのなら、きっとあのコンビニの大魔王にだって勝てる気がするんだ。何ていったって俺達は地上最強のコンビだからな。今までだって絶望的な危機を、俺はお前が見せてくれた未来の分かる仮想夢を使って、何度も乗り越えてきたんだ」
「私が協力をするって……いつ言ったの? 私はまだ、彼方くんに手を貸すとは一言も言っていないわよ?」
突然、意地悪な近所のお姉さんのような顔を浮かべて。朝霧は崖の上で探偵に自分の犯行を言い当てられ、絶望の表情を浮かべた犯人のような顔をしている俺を見て。クスクスと笑い始めた。
「ウフフ、冗談よ。大丈夫、ちゃんと協力はしてあげるから安心して。もう一人の過去の彼方くんに負けるような物語の展開を、私は決して望んでいないもの」
朝霧は俺の隣りの席からスッと立ち上がると。俺の顔をじっと見つめてまた微笑んでくる。
「私は彼方くんに手を貸すけれど、それは私自身の目的の為でもあるの。彼方くんは、何か勘違いをしているかもしれないけど、私は対価の無い取り引きはしない主義なの。私の力を借りて、彼方くんがコンビニの大魔王に勝利したなら。その時はコンビニの能力が持つ『願望実現能力』を利用して、私の本当の望みを叶えて貰う事にするわ」
「朝霧の本当の望み……? それは、一体何なんだ? 俺は朝霧の協力を得る対価として、お前のどんな願望を叶えないといけないんだ?」
朝霧は再び、イタズラ好きなお姉さんのような顔を浮かべて。口先に人差し指を押し当てて、クスクスと小さく笑ってみせる。
「それは、内緒よ。先に私の願いを伝えたら、彼方くんがコンビニの大魔王との戦いの最中に躊躇して、全力で戦えないかもしれないでしょう?」
「朝霧の望む願いを聞いたら、俺が戦いを躊躇するだって? おいおい、それはそんなに危ない願いなのかよ……。俺はどうしても、朝霧の協力が必要不可欠な追い詰められた状況だというのに。勝利の対価として朝霧に提供しないといけない願いの内容を、先に教えて貰う事も出来ないっていうのかよ……?」
クスクスと笑い続ける朝霧の瞳が、まるで小悪魔のような怪しい輝きを見せていた。
ここにいる朝霧は、本物の朝霧冷夏では無い。
俺の脳内の創造が生み出した、俺だけのミステリアスバージョンの朝霧冷夏なんだ……。
それが分かっているというのに、俺は目の前にいる朝霧が見せる魅惑的な表情にまた魅せられて。決して逆らう事が出来ない事を彼女はよく分かっているようだった。
「ウフフ、そんなに心配しないで。彼方くん。大丈夫……私の願いは、そんなに大それたものでは無いから。それにこの願いは、彼方くんがコンビニの大魔王に勝利する為に必要な事なの。全ての条件を揃える為に必ず叶えないといけない、前提を達成させるものなんだもの」
「全ての前提を揃える為に必要……? よくは分からないけど、了解した。朝霧が何を対価として願っているのかは分からないが、今の俺にはお前の力がどうしても必要だ。だからコンビニの大魔王を倒せた時には、必ずお前の願いを叶えると約束しよう」
俺から約束を守るという言葉を引き出した朝霧は、まるでこの世の全ての願いが達成したかのように満足した顔を浮かべて、俺の顔に至近距離からウインクをしてきた。
「それじゃ……彼方くん。私は、もう行くわね。彼方くんが『私』という能力を最大限に引き出して、戦いに勝利出来る事を心から願っているわ」
「待ってくれ、朝霧……! 俺はまだ、お前と話したい事があるんだ! 俺は以前に、この世界の過去に飛ばされて、迷いの森の中にいた過去の女神アスティアと遭遇した事があったけど……。あの過去への干渉能力も、お前はもう全て使いこなす事が出来るのか?」
朝霧は既に暗い森の焚き火のそばから、すっと離れ。
俺の前から立ち去るかのように、遠くへ行ってしまっていた。
そんな朝霧の後ろ姿を見つめる俺は、なせが木製の椅子から離れる事が出来ないように。体が見えない力で固定され、朝霧を追いかける事が出来ないでいた。
「――そうだ。最後に彼方くんに、良い事を教えてあげるわね」
俺の元から立ち去ろうとしていた朝霧が、ふいにくるりと振り返って。焚き火の前から離れられない俺に声をかけてきた。
「彼方くんの心の中には、私だけじゃなくて。他にも強力な2人の協力者が潜んでいるのよ。その事はきっと、彼方くんも気付いているのでしょう? 困った時には彼らの力を借りるといいわ。無限の能力を秘めた過去の勇者である彼らの力を用いれば、コンビニの大魔王とレイチェルなんて、今の彼方くんの相手にさえならないわ。だから自信を持ってね。私の彼方くん」
朝霧は最後に、そんな意味深な言葉を残して。
静かにその姿が、蜃気楼のように空気と溶け合って消失していく。
「待ってくれ……朝霧……! 俺は、お前に……」
「ウフフ。またどこかで会いましょう。大丈夫、私達はきっとまた会えるから。その時は今度こそ、私の望む『コンビニの勇者の物語のラスト』に、あなたを導いてあげるわ。永遠に無限の夢から起きれない、私の彼方くん」
その意味深な言葉を最後に、朝霧冷夏の姿は完全に見えなくなり。
気付いた時には俺は……誰もいない緑色の木々が生い茂る森の中にポツンと一人で立たされていた。
周囲を見渡すと、そこには死んでしまったクラスメイト達と過ごしたバーベキューパーティーの痕跡も。
朝霧と2人きりで会話をした焚き火の跡も、何もかもが残されてなかった。
俺はその場で静かに、自分の右手を強くギュッと握りしめてみる。
自分の体の中に、朝霧冷夏の持つ『未来予知』の能力が宿されたような感覚と実感はまだ無かった。
でも、きっと……朝霧は約束を守ってくれる思う。
俺はそれを信じて、これから前に進む事にする。
「急がないと……! きっと巨大コンビニ要塞はもう、グランデイルの王都に辿り着いてしまっているかもしれない!」
森の中を駆け出しながら、俺は真っ直ぐに前だけを見つめて走り続ける。
もう決して俺は、5000年前にこの世界に召喚された、過去の俺に負けるような事は無いはずだ。
なぜなら今の俺には、『未来予知』能力のある朝霧冷夏。そして『白銀剣』の能力を持つ、勇者レイモンド。
更にはきっと、朝霧が最後に告げてくれたように。『虚無』の力を持つ魔王カステリナの、最強の3人の能力者達が俺に力を貸してくれているはずなのだから――。




