第四百八十二話 森の中のお疲れ様会
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「ハァ……ハァ……ハァ……」
おかしいぞ……。さっきからずっと同じ場所を、永遠と走り続けているような気がする。
俺は今、グランデイル王都の西にある『ソラディスの森』の入り口部分を全速力で走り続けている。
全世界に向けて動き出した、10棟の移動式巨大コンビニマンションの相手を、ミズガルドや、セーリス、そしてマコマコ達に任せて。
俺は全速力でグランデイル王都方面に向かった、巨大コンビニ要塞の後を追いかけている……はずだった。
森の中に入って、すぐに異変に気付いたのは……周囲の景色があまりにも薄暗くなり過ぎていたからだ。
まだ、日が完全に落ちるには早過ぎる。
だからソラディスの森の中が、こんなにも薄暗い闇に包み込まれているのはおかしいんだ。これはきっと……森の中で何か『異常事態』が起きているに違いない。
「クソッ……! またどこか別の異次元世界にでも俺は飛ばされて、迷い込んでしまっているのか……!? でも、こんな事が出来るような奴は……」
一体、誰なんだよ? 俺が巨大コンビニ要塞に向かうのを、阻止したい奴でもいるというのだろうか。
だとしたら――そいつはコンビニの大魔王の配下なのか? 既に敵のコンビニの守護者は、親玉のレイチェルを除けば全て倒してあるはずだ。
想定外な伏兵だった『ハサミの勇者』の新井涼香も、俺達は撃破する事に成功している。
だとしたら、この状況下で一体誰が……俺の進行を止めようとしているというんだ? まさか土壇場で新手の敵でも出現したんじゃないだろうな……。
ひたすらに薄暗く、そして同じ景色が永遠と続く暗黒の森の中を走り続ける事――およそ数十分。
ようやく俺の前には、薄暗い夜の森を揺らめくように照らす、赤い松明の炎の光が視界に入り込んできた。
「えっ、ここは……何だ? まさかこんな異世界の森の中で、バーベキュー大会が始まっているんじゃないだろうな?」
俺は目の前に広がっている光景を見て。その光景が現実のものとは到底思えなかった。
だってそこには、死んだはずの『槍使い』の勇者の水無月や、他にも既に死んでるはずのクラスメイト達。グランデイル女王クルセイスの電撃攻撃によって、焼き殺されたはずの2軍の勇者達が沢山集まっていて。
夜の森の中で全員が焚き火の明かりを囲むようにして、熱い鉄板の上で肉や野菜を焼きながらバーベキューを開いて楽しんでいたからだ。
「――おおっ!? 彼方じゃないかよ! お前来るのがマジで遅いって! もう、みんなとっくにバーベキューを始めてるんだぞ? さあ、そんな所にボーっと突っ立ってないで。さっさとここに来て、焼きたてのジューシーなお肉を食べていけよな!」
バーベキュー会場の前で、目が点になって。その場で棒立ちしていた俺を……。死んだはずの『地図探索』の勇者の佐伯が見つけて、こっちに近づいてきた。
「彼方くん、到着が遅いよ〜! もう、美味しい牛肉がじゃんじゃん焼けてるんだからね〜! さぁさぁ、早く彼方くんも僕たちと一緒に美味しく焼けたお肉を食べて一緒に盛り上がろうよ〜!」
俺の手を握って、バーベキュー会場に引っ張っていくのは『無線通信』の勇者の川崎だ。
当然、佐伯も川崎も既に死亡している奴らだった。
この2人は当時、カルツェン王国に身を寄せていて。グランデイル王国軍に攻められて錯乱したグスタフ王によって、アノンの地下迷宮に一緒に連れていかれ。
そこで封印されていた黒い花嫁こと――5000年前のコンビニの守護者のセーリスの封印を解いて、その場で殺害されてしまったと聞いている。
それなのに……佐伯と川崎は、明るく元気な笑顔を俺に見せながら。牛肉が何個も刺さっている牛肉串を、豪快に口を開けて美味しそうに頬張り。
俺をクラスのみんなの待つ、バーベキュー会場へと誘っていった。
「みんなーー! 聞いてくれよーー! 主賓の彼方がやっと到着したぞーー!」
『おおーー! 彼方ーー遅いぞ! みんな待ちくたびれて、先にバーベキューを始めちゃってるんだぞーー!』
『彼方くんも、お疲れ様ーっ! 大変だったねーっ! さぁ、ここにはコーラもオレンジジュースも用意してあるから、好きなだけ飲んで食べていってよねーっ!』
俺がここに到着した途端に、バーベキュー会場に集まったクラスメイト達が一斉にこちらに振り返り。
俺の到着をまるで心待ちにしていたかのように、大きな拍手と大歓声で歓迎しながら迎えいれてくれた。
「これは……本当にどうなってるんだ? まさか、ここは夢の中か何かなのか……?」
事態がまるで飲み込めずに、困惑する俺の前に。鉄板で焼いたとうもろこしを紙皿に乗せて、仲良く一緒に食べている男女のカップルが近づいて来た。
「よぉ、彼方。お疲れ様! お前もとうとう、この『お疲れ様会』に参加してくれたんだな!」
「彼方くん! 久しぶりねー! 来るのが本当に遅かったわね! ずいぶん最後まで頑張ったんだねー!」
俺の前にやって来たのは、お互いの腕を組みながら歩いてくる、見るからにラブラブカップル全開な水無月と新井涼香の2人組だった。
「……お疲れ様会だって? どういう事なんだ? ここは何の集まりなんだよ、水無月!?」
「お前は本当に最後までよくやったよ、彼方。ここは異世界で力尽きた死んだ、俺達2年3組のクラスメイト達が集まって開いている『お疲れ様会』の会場なんだよ。みんなでお互いの生前の活躍や、お互いにどんな死に方をしたのかを話し合ったりして、盛り上がっているのさ」
「異世界で力尽きて死んだ……だって!? 俺はいつの間にかに戦いで負けて。既に死んでいたというのかよ?」
「……さぁな。どんな死に方をしたのかなんてのは、本人しか分からないだろうけどさ。ここにお前がいるって事は、きっと『そういう事』なんじゃないのか? だから遅れてやって来たお前を、みんなも大歓迎して迎え入れてくれているのさ」
「そういう事よー、彼方くん。私も死んだ後で、ここで水無月くんと再会出来たんだよ!」
水無月の腕に自分の手を巻き付けている涼香が、心底幸せそうな顔で微笑んでいた。
そんな仲睦まじい水無月と涼香のカップルを見て。
俺の脳内には、激しい違和感が幾つも湧き出てくる。
いや、おかしい……! そもそも、この俺が負けるなんて事は絶対にあり得ないんだ!
俺が戦いに敗れて死んだという事は……コンビニの大魔王に負けて。この世界の運命を救えなかったという事を意味するんだぞ?
そんな事は……絶対にあってはいけないんだ!
俺の現実を受け入れない様子の顔を見て。水無月は俺の態度を不審そうに訝しみながら、声をかけてきた。
「……なぁ、彼方。俺達は負けて、こうして既に死んでるという事実を受け入れているのに。どうしてお前だけは絶対に負けない、死んでるはずが無いだなんて、自分を特別扱いしているんだ? そんなのは、ズルくないか?」
「そうよ。そもそも、私達がこうして異世界で死んでるのは……元を辿れば全て彼方くんのせいなんでしょう? それなのに自分だけチート扱いして、絶対に死を受け入れないなんて、卑怯じゃない。自分が蒔いた種の結果として、みんなを巻き込んだんだから。最後くらい『自分の死』をちゃんと受け入れて認めなさいよね?」
「それは……!」
俺は水無月と涼香の2人に強く言い返せなかった。
ここにいる2軍のクラスメイト達や、水無月達が死んでいるのは、直接今の俺が行動を起こしたから……という訳では無い。
でも、結果として、コンビニの勇者の『秋ノ瀬彼方』という存在が、みんなを異世界召喚に巻き込み。そして死に追いやってしまったという事実は確かだったからだ。
「彼方。お前も潔く戦いに負けて死んだ事を認めて、ここで俺達が開いているお疲れ様会に参加しろよな。一人だけ俺は特別な存在だから負けてない! 絶対に死んでないんだと、駄々をこねているのは恥ずかしいと思うぞ」
「いや、俺は……! 別に自分が特別だとか、そんな事を言いたい訳じゃないんだよ! でも、俺が死んでしまったら……この世界が必ず不幸な未来に向かってしまう事になるんだ。だから絶対に俺は負けたり、死んだ事を認める訳にはいかないんだよ!」
「彼方くん、ここにはクラスのみんなが居るんだよ? それは確かに死んじゃったのは悔しいけどさ。みんなとこうして天国でお疲れ様会が出来て、それはそれで楽しいから私は充分満足しているの。こうしてまた、水無月くんとも会えたし。私、ここで水無月くんに告白をして、お付き合いを始める事だって出来たんだからね!」
水無月と涼香の2人は、最後まで自分の死を認めない俺を、わがままな奴だと非難して責めたててくる。
確かに……巨大コンビニ要塞を追いかけていた俺の心には、大きな迷いがあったのは認めるさ。
あのまま森を走り抜けて。例え、コンビニ要塞に追いつけたとしても……。
俺には、コンビニの大魔王に打ち勝つ為の手段は、まだ何も思いついていなかったのだから。
そんな不安と迷いを引きずったまま走っていたから、俺は結局……敵を討ち倒す打開策が何も思い浮かばないまま、深い思考の闇に囚われて。いつの間にかに敵に敗北をして死んでしまっていたとでもいうのかよ……。
だから俺は、きっと自分が殺されてしまった直前の記憶さえも思い出す事が出来ずに忘れてしまい。
こうして、俺のせいで死んでしまった2軍の勇者達や、水無月達と。天国の『お疲れ様会』で和やかにお互いの生前の記憶を頼りに、自分の心の傷を慰め合っている……という訳なのか?
遠くを見ると、このバーベキュー会場には何と、あの水道ホース野郎の金森まで参加していて。仲間の霧島と一緒に酒を飲み交わしながら、クラスのみんなと過ごす宴を楽しんでいるようだった。
そんなあり得ないはずの光景を見て。クラスメイトのみんなが楽しそうに宴を楽しんでいる姿を見て……。
俺はつい心の中で、この死後の『お疲れ様会』というイベントを受け入れてもいいんじゃないかとさえ思えてきていた。
迷惑ばかりかけてしまったクラスメイトのみんなが、最後には全員集まって。みんなで楽しくバーベキューが出来ているのなら、それでもいいんじゃないか……と思ってしまったんだ。
そんな完全に心の弱りきった俺は、何も考えずに。その場でふと思いついた事を目の前の水無月に尋ねてみた。
「そういえば、ここには玉木や紗和乃はいないのか? それに、ティーナはどうなってしまったんだ?」
「ティーナ? それ、誰の事だよ……彼方? もしかしてお前、この世界で恋人でも作ったのか? 童貞のくせに、生意気だぞ!」
「いや……それは今は関係ないだろ! とにかく、クラスの副委員長の玉木は、一体どこにいるんだよ?」
「副委員長なら、アレ……? そういえば、ここには居ないな。どうしてなんだろう? 紗和乃も見かけないけど。どこにいるんだろうな……」
水無月が、キョロキョロと周りを見回し始める。
このお疲れ様会の会場には確かに、同じクラスメイト玉木と紗和乃の姿は見えないようだった。いや、それだけじゃない……。
カフェ好き3人娘達も、雪咲も、お調子者の杉田の姿だって見当たらなかった。
俺はこのお疲れ様会のバーベキュー会場に、玉木や杉田達が居ない事に気付くと。
すぐに冷静な意識を取り戻し、スゥーッと頭の中の思考回路が正常動作を再開していくのが感じられた。
そうだよ――俺は何を惚けていたんだ!
ここにいるのは、本当に『死んで』しまった2軍の勇者達や、水無月、川崎、佐伯達だけじゃないか!
生きてまだ、巨大コンビニ要塞と戦っているはずの俺の仲間達。コンビニ共和国に所属しているクラスメイトの、玉木、紗和乃、杉田、雪咲といった面々は誰一人として、このバーベキュー会場の中に居ないんだ。
つまに、みんなはまだちゃんと生きていて。現実世界で今も、敵と現在進行形で戦っている最中なんだ。
俺はこんな所で油を売っているような暇は無い。すぐにでも森を抜けて。巨大コンビニ要塞に追いついて、もう一人の秋ノ瀬彼方とレイチェルの2人を打ち倒さないといけないんだ!
「水無月、ここはどこなんだ! 誰がこんな幻想を俺に見せているんだ……!」
「彼方? 急にどうしたんだよ……?」
目の前にいる、幻想の水無月が心配そうな顔を浮かべるが。もう俺は、それに構ってはいられない。
完全に正気を取り戻した俺は、必死に思考を巡らせて考えてみた。
これは誰か見知らぬ敵による、精神攻撃なのだろうか? 俺に死者の幻想を見せて、巨大コンビニ要塞を追いかけているはずの俺を森の中で足止めしようとしているのか……?
いや、この『お疲れ様会』に居るメンバーは全員、確かにこの世界で死亡が確定しているクラスメイト達だ。
そして逆にここに居ないメンバーは、ちゃんと今も現実世界で生存していて。まだ、外で巨大コンビニ要塞を相手に戦っているはずの仲間達だ。
……という事は、この幻想空間を俺に見せている奴は、今現在この世界で生存しているクラスメイトと。死亡してしまったクラスメイトの内訳を正確に理解して、把握している奴という事になる。
つまりこれは、外部の奴による犯行では無い訳だ。
そんな事が、全て分かっている奴といえば……。そう――答えはたったの『一人』しか思い浮かばない。
この死者達による森の中の幻想バーベキュー会場を作り出して。俺に見せているのは、きっと……。
この――『俺自身』だ。
つまりここは、俺の『脳内世界』という事になるのだと思う。
そして俺の脳内世界の奥深くに潜んでいて、俺の意識にまるで第三者のように外部から干渉する事の出来る存在。そんな事が出来るのは、おそらく一人だけだろう。
……そうだ。最初からずっと違和感はあったんだ。
この幻想のバーベキュー会場に居るのが、本当に既に死亡してしまっているクラスメイト達だけだというのなら。――『アイツ』だって、ここに居ないとおかしいはずなんだ。
けれど……肝心なアイツの姿は、この幻想空間のどこを見渡しても、見つけられなかった。
「――おい、もういい加減にしやがれ! この死者達による宴は、お前が俺に見せている幻想描写なのは分かっているんだぞ! さっさとここに姿を現せよ、朝霧ッ!」
俺は大声で『犯人』の名前を告げると。
バーベキュー会場にいた水無月や涼香。そして2軍の勇者達は、まるで砂の彫刻が突然、元の砂に戻って崩れ落ちるかのように。
さらさらと小さな砂粒に変わって、俺の目の前から消失していった。
辺りには暗闇に閉ざされた川辺の空間だけが残され、その中を……まだ微かに残されたキャンプファイアーの焚き火の光に照らされて。
そいつはいつも通りの怪しい笑みを浮かべながら、ゆっくりと俺の前に姿を現した。
「……ウフフ。流石は彼方くんね。この幻想空間の中で私の存在に気付けるだなんて。これは少しは彼方くんの心が成長した証明、という事なのかしらね?」
黄色いチューリップのような鮮やかな色のドレスを着た、美しいクラスメイトの女性。
そう、コイツは……俺の心の中だけに住まい。
俺の中に存在する隠された能力――『未来予知』の能力を具現化して、人間の姿となり。
何度も何度も俺がピンチに陥った時に、俺の前に姿を現してきた……俺にとって最強のパートナーでもある『叙事詩』の能力者の朝霧冷夏がそこには立っていた。




