Act7:実質ここのオーナーみたいなものだから
あくとなな。
『始まりの街』の一角に『職人街』と呼ばれる場所がある。
読んで字のごとく職人のために整備された区画で、クラフト関連の設備が集まっている場所だ。
この職人街の中には一定間隔で特殊なポータルが設置されていて、そこから各プレイヤーの『工房』へと移動することが可能だ。
工房と言う施設には二種類あって、一つは誰でもアクセスできるパブリックな『公共工房』。
ロハで使えるが機能は最低限のものしか備わっていない。
もう一つが先に説明した各プレイヤーごとのプライベートな『私設工房』。
個々人の趣味に合ったカスタマイズが可能な工房で、ただし施設は賃貸だ。
このゲームは仮想現実を『実感』することがコンセプトなので、その没入感を損なうような要素は極力まで排されている。よって、例えば他のゲームにはつきものである、課金要素と言うものが一切存在しない。プレイヤーがこのゲームの開発運営に貢献できるリアルマネーは月額のプレイ料金だけだ。
『リアルなお金を払うことで強くなれる異世界なんて、全然わくわくしない』というのがこのゲームのチーフプロデューサー氏の言だ。
なので、当然『工房』の家賃も支払いはあくまでゲーム内通貨だ。
それなりに結構な額が取られるので、私設の工房を構えられるのは、コンスタントに他プレイヤーから依頼をされるようなレベルの、人並み以上にレシピを解放している職業クラフターに限られる。
とまあ、そんな工房が軒を連ねる中に、実は俺の工房も存在してる。
規模としては大きくないが、武器から防具、アクセに衣服となんでもござれなレパートリーが売りの、その工房の名は――
よろず工房『たくあん庵』
……ネーミングセンスについては何も言わないでくれ。
◇◇◇
「これで足りるか?」
ある日のこと。
フレンドの[エッジ]がクラフト素材の納品に来たのを迎える。
数日前に俺が依頼していた『緑堕の森殿』の皇虫族エネミーの素材収集の件だ。
「……うん。これでレシピ解放には十分だ。ありがとう」
俺がこうして工房を構えるほどのクラフターとしてやっていけているのは、九割がたこの男のおかげだ。
生粋の戦闘狂であるコイツは、ほっておけば無限にエネミーを叩きのめして素材を収集し続けるマシーンである。エネミードロップの素材は勝手にインベントリに格納されるので、勝手に溜まりに溜まったそれらの素材を、定期的に俺のところに『捨てて』いくのだ。
要は、他のクラフターたちが喉から手が出るほどに欲している素材調達先というものを、俺はリアルの縁で労せずして得ているわけだ。
しかも、頻度も量も極上だし、今回のように依頼すれば二つ返事で引き受けてくれる。
まじで[エッジ]さまさまだ。
「にしても、お前は相変わらず大概なヤツだな」
「んだよ?」
工房のカウンター越しに話を振る。
「いやはや、虫系素材が欲しいって依頼してまだ三日だぞ? 三日で集めきるってどんだけだよ」
「ああ。それな」
特に急ぎの用件でもなかったので期限もなにも言わなかったのだが、普通に一週間くらいかな、と見積もっていたのだ。
それがこの男ときたら『三日』である。
寝る間を惜しんでゲームに入り浸っているという話ならわからないでもないが、俺の知る限り、コイツはこの三日間普通に大学に来て、昼寝もサボりもせずに真面目に講義を受け、生協でバイトまでしてから帰っていたはずなので、素材収集に使えるのは夜の限られた時間だけだったはずなのだ。
まあコイツなら36時間くらい連続で活動してもピンピンしてそうではあるが。
内心で戦々恐々としていると、[エッジ]は苦笑気味に説明しだした。
「初日にたまたま同じ目的のヤツと会ってな。ずっとソイツと組んで掘ってたんだが」
「ほう?」
「後衛なんだが、ソイツがまじで優秀でな。おかげで討伐ペースが速いのなんのって」
そういって[エッジ]は珍しいくらいに楽し気に笑っている。
この戦闘狂にそこまで言わせるってことは、相当な手練れだぞ。
少なくとも、俺なんかが思う『優秀な後衛』とは次元が違うのだろう。
確かに、いかに[エッジ]が戦闘技能に優れているとはいえ、所詮は近接専門の一個人だ。エネミーの討伐ペースには限りがある。そこで後衛がバフを掛けて攻撃力を1.2倍に強化してくれれば、単純に考えれば討伐ペースも1.2倍だ(もちろん、現実にはそこまで単純ではないが)。
後衛職は索敵範囲も広いことが多いので、[エッジ]が一人で歩き回るよりも効率よく多くのエネミーを補足できる。後衛職が遠距離クラスならば、[エッジ]が間合いの都合で手こずる相手を代わりに片づけてくれたりもするだろう。
思うに、[エッジ]が言う『優秀な後衛』とは、それを全部やってくれるようなバケモノに違いない。
「あまりに出来るもんだから、フレンド申請までしちまったよ」
「それはまた……」
この男、頭がおかしいレベルの優秀な前衛なのは間違いないのだが、何故だか非常に自己評価が低い。
わりとまじで『自分程度は腐るほど居る』と思っている節がある。
そんなコイツだから、行く先々でフレンド申請を申し込まれてお友達を増やして帰ってくるのだが、その反面自分からフレンド申請を送ることは滅多にしない。するとしても、かつての[さや]ちゃんや、最近の[アリア]さんのように教える立場として必要だから、というような理由であることが殆どだ。
[エッジ]が自分からフレンドになって欲しいと思うほどのプレイヤーとなると、俄然興味もわくというものだ。
「どんな人なんだ?」
「俺が知る限り一番巧い『ガンナーメイジ』だな」
いや、そういう情報はいいです。
正直、俺には全く理解できない次元の実力者であろうことはわかりきっているんで。
「じゃなくて、見た目とか。性格とか?」
「んなこと知ってどうすんだよ」
「いつもみたいにここの宣伝してくれたんだろ? 来てくれた時にわかるように事前情報は欲しいじゃないか」
俺の言葉に[エッジ]は「なるほど?」と微塵も納得していなさそうな表情で頷いた。
「[Canaan]って名前の女性プレイヤーだ。犬の『ワービースト』だな。[さや]ほどじゃねえが、わりとちっこいヤツだ」
「なにお前、ちっちゃい女性を集めるオーラでも出てんの?」
「うっせえ。背は低いが、話してた感じ、たぶん高校生くらいなんじゃねえかな」
高校生の女性プレイヤーってことは、つまりJKじゃないか!
JKって良いよね。なんか言葉の響きだけで俺みたいなおっさん(※大学生)はキュンキュンしちゃうわ。
「んでんで、その子は可愛いのか!?」
「急に元気になったなお前」
ちなみにアバターの顔の美醜を訊いてもしょうがないので(デフォルメのおかげで大抵は可愛いからだ)、俺が訊いているのは性格・振舞いその他もろもろ含めて総合的に可愛いと判断できるのかという崇高な命題だ。
[エッジ]は悩むでもなくあっけらかんと、
「いろんな意味で可愛いヤツだぞ」
「ほう?」
「まあ、そういうことだから、来たら飴ちゃんでもサービスしてやってくれ」
おや?と俺は少しだけ意外に思う。
どうやら、その[Canaan]さんとやらのことが本当に気に入っているらしい。
今の[エッジ]のからかうような言葉に含まれていたのは、会えば絶対にお前も気に入るに違いない、というニュアンスだったように思う。俺と言う人間をよく知っているこの男がそういうってことは、相当なことだ。
もういいだろ?とばかりに[エッジ]はあっさりと立ち去る姿勢を見せ始めた。
その爛々と輝く双眸は『早くエネミーと戦いてぇんだ俺は!』と語っている。
あまりにもいつもの光景なので、今更俺がとやかく言うこともない。
「なんか集めてくるもんあるか?」
「いや。特にはないかな。いつも通りに頼むよ」
「おう」
いつもどおりに適当な素材を勝手に集めて来てくれという意味だ。
「そういや、レシピ解放には時間かかるのか?」
「ん? まあクールタイムがあるからすぐにとはいかないけど」
「そうか。出来れば新しい打甲が欲しかったんだが……」
そういう[エッジ]が現在装備しているガントレスも俺がクラフトしたものだ。
白金色の装飾が特徴的なそれは、今の俺が作れる最も強いガントレスだ。つまり、虫系のクラフトレシピを解放すればもう一段階強いガントレスが作れる。[エッジ]くらいの稼ぎがあればもっと強い装備を専門のクラフターから買うのは難しくないのだろうが、俺に義理立てしているのか、それとも武器の格にはそれほどこだわらないのか、コイツは俺が作る武器以外を使おうとはしない。
そういうことならば、と一つ頷く。
「もともと、ガントレス優先で解放するつもりだったからね。作ったら渡すよ。ただ……」
「なんだ?」
「いや。[さや]ちゃん的には虫系装備はNGらしいから、使ってると『そんな兄さま嫌いっ!』って言われるかもよ?」
「それはむしろ言われてみてぇな」
[エッジ]の顔は全然そう思っていなさそうな苦笑だった。
俺も自分で言っといてなんだが、たぶんなにが起こったとしても[さや]ちゃんがそんなセリフを言う日は来ない気がする。あの子もいつかはちゃんと兄離れができるのだろうか、というのが最近の俺の密かな心配事だったりもする。
「ま、せいぜい[さや]には見つからないように、こっそり使うさ」
そう言ってひらひらと手を振り、[エッジ]は工房の出入り口のポータルから街へと帰っていった。
◇◇◇
[エッジ]と入れ替わりで工房に現れたのは、知己の男性プレイヤーだった。
見た目の年齢は中年だ。
ミリタリーチックな厚手のカーゴパンツに、上半身は素肌にジャケットを羽織っただけの出で立ち。中肉中背だが腹筋がバキバキに割れていて、肌はサロンで焼いてきたようなこんがり色で。くすんだ茶髪のソフトモヒカンに、右の耳にだけごっついピアスを三つも付けた『ヒューマン』の男性だ。
ものすごく人相が悪くて、初見では完全に『ヤ』のつく職業の人にしか見えないのだが――
「たっくんおひさ~! アタシが来たわよんっ!」
中身は完全無欠の『おネェ』である。
「どうも[五十嵐]さん。お元気そうで」
「外でえっちゃんとすれ違ったわぁん。相変わらずイイ男よね~!あ!だいじょうぶよん!たっくんも十分イイお・と・こ!だから!!」
「あはは。反応に困るので無視しますね」
ああんイケズ!とくねくねしているこの男性の名は[五十嵐]。
厳密には俺の知己ではなく[エッジ]のフレンドだ。
このゲームを初めてだいぶ初期のころにどこぞで[エッジ]が面識を得て、俺ともそれ以来の付き合いなので、なんだかんだで結構長い。この人はそんなに熱心なプレイヤーではなくて、前兆もなく数か月姿を消したかと思えば、今日のようにふらっと突然現れたりする。
使用クラスは初期近接職の『スマッシャー』。レベルは20くらいだったはずだ。
「しばらく見ませんでしたけど、最近はどちらに?」
「ちょっと仕事でメキシコにねぇん」
海外出張か。そりゃ見ないわけだ。
風のうわさで聞くところによると、この人リアルでは普通に会社員で、奥さんも居て、お子さんも二人ほど居るらしい。たぶん、会社とか家とかではおネェでも何でもないのだろう。それがこのゲーム内ではこうもはっちゃけているのは、まあ、おそらく、だいぶストレスが溜まっているんだろうなぁ。
なにはともあれ、仕事をするか。
「本日はどのようなご用件で?」
「見てコレ!アタシの相棒が見るも無残な姿にぃ!!」
そう言って[五十嵐]さんがカウンター上に置いたのはスマッシャークラスの装備である『棍棒』だ。
見た目『釘バット』にしか見えないそれは、だいぶ前に俺が作って彼に渡した武器だった。
見るも無残に真っ二つである。
「おや。これはまた派手にやられましたね」
このゲームでは武器にも耐久値が振られていて、使用していると徐々に耐久ゲージが減少し、尽きたときに武器が破損するのだ。武器や防具の耐久ゲージを回復したり、あるいは破損したそれらを修理するのもクラフターの大事な役割だ。
ただこの耐久値と言うのは、理由があって極端に脆い装備でもなければ普通十分な数値があるもので、通常のエネミーと戦闘を行っているだけで武器が破損することはまず起こりえない。耐久値が減りきる前に武器を乗り換える時期が来るのが普通だからだ。
ということで、十中八九『武器破壊』を仕掛けてくるエネミーにやられたのだろう。
「そうなの!久しぶりにログインしたら新しいダンジョンが追加されてたから、ちょっと行ってみたのん!そしたらぁ、変なエネミーに武器は壊されるわお尻は蹴られるわで散々よぉ!!」
「ああ。てことは『リザードマン』の洗礼を受けたわけですね」
ご愁傷さまです、と言っておく。
アップデートで追加されるダンジョンはなにも最前線レベルのものばかりではなく、低レベル帯のダンジョンが追加されることも珍しくはない。
最近追加された、レベル20の『暗濘の爪窟』というダンジョンがあるのだが、彼はそこに行ったのだろう。
このダンジョンには鱗人族エネミーと呼ばれる『リザードマン』系のエネミーが多数出現するのだが、こいつらのAIがかなり賢いのだ。わりと達者にこちらを挑発したり、罠に嵌めたり、武器を破壊してきたりと卑怯千万な戦術を駆使してくる。
いまだ対処法は確立しておらず、同レベル帯のプレイヤー間では今も連日阿鼻叫喚の抗戦状況が繰り広げられているとのことだ。
ちょっと覗いてきた[エッジ]いわく、「戦争映画に迷い込んだかと思った」くらいに泥沼らしい。
「武器を直せばいいんですか?」
「そうねぇ……いい機会だから、新調しようかしら」
確かに『釘バット』って弱い装備ではないけど、レベル20帯で通用するものでもないし、それが妥当だろう。
「というわけで、いっちょ『鬼棍棒』を頼むわ!」
「またニッチな選択を……」
各武器にはクラスレベルに応じた装備制限があるため、自分のレベルよりも極端に強い武器は装備できないようになっている。『鬼棍棒』はその名の通り昔話の鬼が手に持っているような、鉄塊に棘が生えた感じの棍棒である。たぶん、今の[五十嵐]さんが装備できる一番強い棍棒がそれだっただけなのだろうが。
「素材は?」
「あると思う?」
「お金はあるんでしょうね……?」
こうして他プレイヤーからクラフトの依頼を受けるとき、その方式は大別すれば二種類あって、一つは必要素材を依頼主が用意してクラフターは作成だけを代行する形。もう一つは今回の[五十嵐]さんのように希望の品だけ聞いて、素材収集から完成まですべてをクラフター側で行う形である。
前者の場合は手間賃だけ。後者の場合は素材費用をはじめとした諸々の代金を頂くことになる。
あとはそれらの中間で、手元にあるだけの素材は依頼主から受け取って、足りない分はクラフター側で用意ってパターンもある。
幸いにして、うちの工房には誰かさんのおかげで素材の在庫だけは腐るほどある。普通、素材を持ち込まないでの依頼は嫌がるクラフターが多いのだが、そういう依頼に楽勝で即日対応できるのもうちの強みである。
「すぐできる?」
「ええ。できますよ」
またまた幸いにして、三つあるクラフトラインのうち一つが空いているので、レシピを選択して必要素材を放り込む。
ちなみに依頼が重なったりして全部のクラフトラインがクールタイム中だったりする場合には、クールタイムの残時間にかかわらず一日の時間を貰うことにしている。
この工房のカウンターの奥には『鍛冶場』と言う空間があり、クラフトを行うときにはそこで本当の鍛冶さながらの作業をしながら武器を作ることもシステム上できる。仮想現実を『実感』するというキャッチコピーに偽りなく、クラフトだって現実さながらのリアリティを体感できるようにできているのだ。
無論、簡略化された工程とはいえ結構時間がかかるので、他プレイヤーからの依頼の際にそれをやることはない。
製作工程をスキップしますか、というPSIの表示を了承するとあら不思議、手元には黒光りする棍棒が一丁上がりってな寸法でさ。
「ほいよ」
「あらん!いいじゃない!これが今日からアタシの新たな相棒になるのねん!?」
受け取った『鬼棍棒』を嬉々として構える[五十嵐]さんの姿からさりげなく視線を逸らしておく。
率直に、見た目が怖すぎてあんまり直視したくないのだ。
リアルであんなのに出会ったら間違いなくチビる。
「この黒くて!太くて長い!アタシの自慢の棒で伝説を作るわよぉー!!」
「おい。自重しろおっさん」
BANされるぞまじで。
◇◇◇
「おや」
「こんにちわ!来ちゃいましたっ!」
棍棒を持ったおっさん(オカマ)が立ち去ってしばらく、次なるお客さんは打って変わって小柄な少女の姿をしていた。
前の客があまりにもドぎつい個性をしていたため、少女の姿に精神が急速に癒されていく錯覚すらする。
「いらっしゃい。[アリア]さん」
溌剌とした赤毛の『ハイエルフ』。
最近[エッジ]が色々と面倒を見ている、と噂の新米プレイヤーの[アリア]さんのご来店だった。
一応言っておくと、流石の俺も客が来るまで工房のカウンターでぼーっと座っていられるほど暇ではない。基本的にはアバターを『離席中』にしてリアルの用事――例えば大学のレポートを片付けたりなんかしながら、客が来た時だけ対応するようにしているのだ。
ついでに言うと俺がそもそもログインしていないときにも工房は開放されており、そのときに来たお客は専用の端末から依頼や納品だけして去って行ったりする。
「こないだはコレ!ありがとうございましたっ。とっても助かってます」
「役に立ったなら良かったよ」
コレ、と彼女が示したのは、そのほっそい腰の後ろには不釣り合いなまでの大振りの双剣であった。俺が彼女と知り合ったのは例によって[エッジ]の伝手なのだが、こってこての初心者であるところの[アリア]さんは案の定『クラフト』についても『なんぞそれ』状態だったので、前回、初対面の時にクラフトの説明がてらに武器を一個作ってプレゼントしたわけだ。
その双剣も初期装備を除けば一番弱い種類のヤツでしかないのだが(そもそも、彼女のレベルではそれしか装備できない)、初期装備は極端に弱いので、それに比べればだいぶ強くなったように感じたことだろう。
必要素材も俺にとってはいくら消費しても構わないような安価な物ばかりなのだが、ゲームを始めたてのプレイヤーと言うのはとにかく金策の手段に乏しく、俺も初期装備から次の武器に乗り換えるまでにかなり苦労した覚えがある。
「それでですね!」
「お、おう!?」
てててっ、とカウンターに駆け寄ってきた[アリア]さんは、そのまま両手をついて殆ど飛び込むみたいに身を乗り出してくる。尋常じゃないほどの急接近に俺は思わずひっくり返りそうになる。ええい、鎮まれ俺のチキンハート……!
「今日はなんと! 服を作っていただこうと思って来たんですよっ」
「近い近い!」
「あぅわっ! す、すみません。ちょっとこーふんしちゃいました……」
慌てふためく俺の言葉で、自分がどんな状態だったのか悟った様子の[アリア]さんは、恥ずかしそうに頬を染めてしずしずと身を引く。ほてりを冷ますように両頬に手を当て、小さく「えへへ、反省です」と呟いている。
なんというかこの人、表情がコロコロ変わるし、仕草がわざとらしいくらいにオーバーだし、めちゃくちゃ距離感近いし……
「やっぱ、これだよな」
「?」
折角の仮想現実なのだから、一人くらいはこういう『こってこて』のキャラクターが居てもいいと思うんだ、俺。
なにが言いたいかって言うと、まじで可愛い。
未知の生物(鬼に金棒)との邂逅で荒んでいた俺の心に春風(若干ピンク色)が清々しく吹き抜けていく。
「んで、衣装のクラフトをご依頼ってことでいいのかな?」
「あっはい!」
このゲームを初めてまだ幾ばくも無いはずであるが、もうクラフト産の衣装をご所望とは。やはりその辺、女性はオシャレに掛ける情熱が違うということか。
ちなみにこのゲームではアイテムは基本的に『作る』ものであるが、低レアリティのものであれば一応NPCショップで購入できる。初期装備以外の衣装もここで買える。いわゆる『汎用コスチューム』というやつだ。
クラフト産の衣装は素材費用も加味してとにかく高価なので、特にこだわりがなければ汎用コスチュームで済ませる、というプレイヤーも少なくない。身近なところで言えば[クロエ]さんなんかがまさにそれだ。もっとも、彼女の場合は『素のステータス』がちょっと異常なくらい高い(ボディライン的な意味で)ので着飾る必要がないだけなのかもしれないが。
「衣装のクラフトってかなりお金かかるけど……だいじょうぶ?」
「だいじょぶです! 作る服も決めてますし、素材もちゃんと集めて来てますっ」
おお。これはできたお客さんだ。
どこぞのオカマにも見習って欲しい。あれはあれで儲かるから別にいいんだけども。
「いささか性急なのは、やむにやまれぬ事情があってですね……」
「事情とな?」
「あのぉ、とってもくだらない理由なんですけど……」
ちょんちょん、と指を突き合わせながら、上目遣いにもじもじと。
[アリア]さんの背丈は[さや]ちゃん並みにちっこいので、上目遣いの破壊力も抜群だ。
おぉ……、とちょっと感動してしまう。[さや]ちゃんも[エッジ]相手によくこういう仕草をしていることがあるのだが、何故か俺には絶対にやってくれないのだ。あの子は俺のことを『[エッジ]の付属品』くらいに思ってるフシがあるからな(真顔)。
「ほら、[さや]ちゃんとか[エッジ]さんって、武器も服もかっこいいじゃないですか。あの人たちと一緒に居るのに、初期コスの自分がすっごいダサい気がして、いたたまれなくて」
「なるほどねぇ」
個人的には、そんなに気になるもんかねぇ、としか思わないが。
もっとも、こういうのって結局は自分が納得できるかってだけの話だよね。俺とか[エッジ]はそういうの微塵も気にしない人種だけど、[さや]ちゃんは死ぬほど気にするからな。
実のところ[エッジ]のSFニンジャ風スタイルも、俺の軽装騎士風スタイルも、どちらも基本は[さや]ちゃんのコーディネートである。[エッジ]はそこから自分なりに多少コーデをいじる程度のこだわりはあるようだが、俺なんぞ完全に[さや]ちゃんが箪笥から出してくれた服を着ているだけだ。
自分が着飾るだけじゃなくて、周囲の者にもそれを求めてくるのは間違いなく[さや]ちゃんの悪癖だと俺は思う。
まあ、実害はないどころか、むしろ助かってる立場で言えたことじゃないんだけども。
「というわけで、この『スカウトポプシー』をお願いします」
「了解」
クラフト依頼用のウィンドウを展開して注文してくる[アリア]さんに応じつつ、こちらは工房の管理ウィンドウを展開し、使用するレシピとクラフトラインを設定する。あ。おっさんの『棍棒』作ったからライン空いてねえや……。
『スカウトポプシー』は女性プレイヤーにはそこそこ人気のある衣装なので、依頼で何度か作ったことがある。ミニスカートとキャミソールの上にパーカーとジャケットを重ね着した感じの可愛くも活動的な衣装だ。名前からして偵察兵用の衣服なのだろうが、どう見ても敵地を偵察する兵士の衣装ではなく、気になる彼の好みを偵察する女の子の衣装である。
着たところを見るまでもなくわかる。
ぜったい似合うヤツやん……!
クラフト衣装には『アウターだけ』とか『ボトムだけ』とか『靴だけ』とか色々な分類があるのだけど、この『スカウトポプシー』はトータルコーディネートのフルセットだ。
それだけ、要求素材も多くなる。
「素材、確かに。……よく全部集められたね?」
「わたしじゃあ行けない場所のヤツもありましたんで、そーゆーのは[さや]ちゃんに取ってきてもらいました」
「ああ。[さや]ちゃんも協力してくれてるわけね」
この分野に関しては最強の援軍だろう。
なにせあのコーデ狂い(失礼)の[さや]ちゃんである。こと衣装系の素材に関しては何がどこで最も効率よく入手できるか熟知していると言っても過言ではない。ついでに、最初期の効率よい金策方法とかも。
「ただ、ごめんね。今クラフトラインが全部クールタイム中だから、明日また取りに来てくれるかな?」
「あっはい。だいじょぶです!わかりましたっ」
即納できないものは翌日渡し。
実際には小一時間もすればラインに空きが出るだろうが、こういうのはルールとして徹底しておいたほうが互いのためだ。
どうしてもすぐに欲しいのであれば他所へどうぞ、ってね。
「あ。ちなみに、ですけどぉ……」
「はいはい。なんでしょ?」
「その服って、スカートですよね」
意図はわからないが、とりあえず「そうだね」と返す。
すると[アリア]さんは先程よりもさらにもじもじと、部屋のすみっこのほうに意味もなく視線を向けながら続ける。
「とうぜん、あの、見えちゃったりとかも」
「パンチラ?そりゃするよ。当然」
なんてたってリアルさが売りのゲームだからね!
しかも[アリア]さんは近接職の『ストライカー』だ。たぶん『スカウトポプシー』のミニスカートなんて身に着けたら、戦闘中ものすごく幸せな光景になると思う。
「その分、対策も豊富だけどね。いわゆる『見せパン』タイプのインナーとか、スパッツとかレギンスもあるし、アンスコとか、あとはマニアックなところでブルマとか、リアルでできることは一通りできると思うよ?」
「[†TAKUAN†]さん、そういうのも作れるんですか?」
「自慢じゃないけど全部できる。理由は、[さや]ちゃんの服装から察して」
[さや]ちゃんが一通り試したいと言うので、一通りレシピを解放させられたのだ。
ひたすら女性もののインナー類のクラフトを強要された俺と、[さや]ちゃんがそれらを身に着けるたびに何故か「これはいかがですか?」と感想を求められる[エッジ]のヤツは、あの時はそろって死んだ『ランドピーク』のような眼をしていたと思う。
しかも、そうして必死に解放したパンチラ対策品の数々は、最終的にすべて却下の憂き目にあった。
[さや]ちゃんのファイナルアンサーは『一番自信のある下着を穿いておくので、見たければ見るがいい』というなんとも男前なものであった。色々な意味で彼女の将来が心配である。
「インナー類を男に頼むのが気が引けるんであれば、そういうの専門の女性クラフターも居るから、そっちを当ってみるといいよ」
「はぁー。そんな人まで居るんですねぇ」
「俺のフレンドにも一人居るから、良ければ紹介しようか?」
「うーん。でも、お金も素材もないしなぁ……」
でしょうね。
バカにしてるわけではなくて、普通は衣装クラフトなんてのはもうちょっとゲームをやり込んでから、資金や素材に余裕ができてから手を出すべきコンテンツだ。間違っても誰かのように、自分のレベル上げもそっちのけでいきなりどっぷり首まで浸かるようなものではない。
「そしたら[さや]ちゃんに相談すると良いよ。あの子、着ない衣服もちょっとヒくぐらい溜め込んでるから、インナーとか小物なら適当なの譲ってくれると思うよ」
「それはそれで、ちょっとずうずうしくて気が引けるのでは……」
[さや]ちゃんからしてみればバッチコイオフコース(?)だろうけどね。
ものすっげぇ笑顔で頼んでないものまでくれると思う。
だって、自分でオシャレするのと同じくらい、他人にオシャレさせるのも大好きな子だし。
「あれ?個人の倉庫ってそんなに許容量ありましたっけ?」
「ないよ」
個人で所有できるアイテムの上限数とは、アバターに付随するインベントリと、街マップでのみアクセスできるストレージの合計だ。ストレージはインベントリと比べれば遥かに許容量が大きいが、考えなしにアイテムを突っ込んでいけばあっという間に満タンになるだろう。
というわけで大抵のプレイヤーは必要な物とかレアアイテムだけ置いておいて、素材とか、着なくなった服とか、不要なものは売り払っている。
そして[さや]ちゃんの衣服のストック数はそのストレージの上限などとうに超過している。
「この工房って賃貸なんだけどさ。毎月結構な額を取られるんだよね」
「え?あっはい。そうなんですか」
「んでクラフターって扱う素材の数が膨大になるから、この工房にも家賃が高いだけあって巨大なストレージが三つも備え付けであるんだよ」
余談だが、工房を持っていないクラフターの一番の泣き所がこの素材収納場所無い問題である。
「そのうち一つが、[さや]ちゃん専用のクローゼットと化してるね」
「…………」
流石の[アリア]さんも笑顔を忘れて唖然としている。
今でこそこの『たくあん庵』もそれなりに安定した収支を維持できるようになったが、初めてすぐのころは素材の調達先を完全に[エッジ]に依存していたし、アイツ一人の力でもっていたと言っても過言ではなかった。
そして[エッジ]のインセンティブを握っていたのは圧倒的に[さや]ちゃんであった。
要するに、
「[さや]ちゃんって、実質ここのオーナーみたいなものだから」
あくとなな、えんど。
本日の一方その頃。
妹「アナタは何か着てみたい服とかないんです?」
ク「ボク? うーん……バニースーツかな」
妹「!?」
ク「リアルじゃあ絶対着れないからね」
2020/6/28 地味に修正




