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Zillion Ray'N  作者: Lynx097
8/27

Act8:属性が渋滞してる!


 あくとはち。





「店主。居るか?」



 [さや]ちゃんの異常性(俺は言い過ぎとは思わない)について[アリア]さんと雑談していると、新たな来客があった。



「居ますよー」


「ん……取り込み中だったか。すまない」



 そのプレイヤーは俺と[アリア]さんが雑談中だったことを立ち位置から察すると、軽く詫びた。

 [アリア]さんはと言うと、その小さな口をぽかーんと開けて、呆然とその闖入者の姿を見遣っていた。

 この人を始めてみた人は大抵同じ反応をするな、と俺は苦笑する。かくいう俺もその一人であったわけだが。


 闖入者の名前を[Olivier385]さんと言う。

 見た目は若い女性プレイヤーなのだが、この人の格好がとにかくすごいのだ。


 まず、女性としてはかなり背が高い。

 俺と目線の高さがほぼ一緒なので、ヒール抜きでも170半ばくらいはあるんじゃないかと思う。体格はかなり細めで、スレンダーな女性というよりは、中性的なシルエットをしている。目鼻立ちがくっきりした、いわゆる宝塚系の雰囲気で、顔面はゲーム風のデフォルメがあるので誰でもある程度は整って見えるのだが、それでも、少なくともベースとなるリアルの顔が文句なしの美人だろうと断言できるような面立ちをしている。


 アバターの種族は『ハイエルフ』。

 雪のような白磁の肌と、紗がかかったような淡い金髪。

 東洋系の面立ちをしていないのもあって、ハリウッド女優のような堂々とした風格がある。


 そしてその服装。

 細身の体躯に纏うのは、白を基調とした騎士服だ。

 ファンタジー風のアレンジが多分に入っているので、なに風とも言い難い感じだが、しいて言うならば中世ゴシック風だろうか。コルセットやロングブーツを合わせたクラシカルな装束に、精緻なデザインの軽甲冑を纏っている。

 甲冑は上品な白金色で、全体的な配色に『白』と『金』しか存在しない、清純さと高貴さを具現化したような人だ。


 さらに、あつらえたようなハスキーボイスがミステリアスを助長する。

 男か女かぱっと見でわからない感じが、むしろ妖艶な魅力となっているような。


 長々と語ってしまったが、要約すると、異常に目を惹くのだ。



「いらっしゃいませ、オリヴィエさん。ご用件は?」


「彼女が先客だろう。いいのか?」


「[アリア]さんの用件は済みましたよ。今はとりとめもない雑談してただけです」



 ちなみに[アリア]さんはまだ再起動していない。

 こういう反応を見慣れているであろう[Olivier385]さんは、それでも口元を苦笑気味に緩めながら、カツカツとカウンターに歩み寄ってきた。めちゃくちゃ脚が長いので、ただ歩くだけでも無駄にメリハリと迫力がある。

 この辺は[クロエ]さんにも通ずるところがあるが、この人の場合は[クロエ]さんには無い独特の『凄み』があるのだ。

 たぶん年の功というやつ――おっとこれ以上はやめておこう。



「では遠慮なく。実は『(シールド)』を一つ、用意してほしくてね」


「一日、お時間いただきますけど」


「構わないよ」



 男らしく言い切った[Olivier385]さんは淀みなくウィンドウを操作すると、慣れた手つきでクラフトの依頼を完了した。

 素材は希少な物だけ持ち込みで、雑多な物はこちらにお任せのスタイルだ。



「耐火属性の盾ですか」


「できるだろう?」


「もちろん。今度はどこに行かれるんで?」



 特定属性に耐性を持ったタイプの装備は、基本的には汎用品に近い扱いなのでレシピの解放難度は高くない。いつでも一定の需要があるということもあって、一通りは作れるようにしている。

 でなければ、この人レベルの装備を俺などが作れるわけがないのだ。

 質問の体を取ってはいるが、実際は彼女がどこのダンジョンを見ているのかは検討がつく。



「『火焔の胎道』に行く用事が出来てね」



 やっぱり。

 『火焔の胎道』は適正レベル45のダンジョンだ。つまりは現在実装されているダンジョンの中では最も難度の高い場所の一つである。

 いわゆる『最前線』というやつだ。



「前回、火属性エネミーのバーン付与に苦戦してね。単純な物理防御力よりもバーン耐性を重視したほうが効率がよさそうだと思って盾を新調することにしたんだ」


「ふぇ?『フェンサー』さんなのに、盾を使うんですか?」



 と、ようやく再起動を果たした[アリア]さんが瞳をぱちくりとして疑問を呈する。

 [Olivier385]さんは左の腰にこれまた流麗なデザインの『細剣(レイピア)』を帯刀しているので、[アリア]さんは彼女が細剣を使うクラスである初期近接職の『フェンサー』だと思ったのだろう。

 俺が答えるよりも早く、[Olivier385]さんがバカ丁寧に[アリア]さんへと向き直って口を開く。



「細剣使いが盾を持つ場合、理由は二つ考えられます」


「はっ、はい!」


「一つはプライマリクラスを『フェンサー』として、セカンダリに『リパルサー』を設定している場合です」



 リパルサークラスは初期近接職の一つで、『盾』を使って攻勢防御やタンク役を務めるクラスである。

 せかんだり?と呟いてキョトンとしている[アリア]さんに、[Olivier385]さんは呆れるでもなく丁寧に言葉を続ける。



「アバターのコモンレベルが20を超えると、セカンダリクラスと言って、もう一つクラスを設定できるようになります。これらは抜刀状態であれば自由に、即座に切り替えることができ、この時、使用武器も自動的に切り替わります」


「なるほどです。じゃあ、アナタ……えーと」


「オリヴィエと呼んで下さい」


「あ、わたしは[アリア]です! えっと、オリヴィエさんもリパルサー?をセカンダリ??にしてるってことです?」


「ところがどっこい、理由は二つあるって言ってたでしょ? この人の場合はもう一つのほうなんだよね」



 横入りした俺を不快に思うでもなく、[Olivier385]さんは肩をすくめて、視線で説明役をこちらに受け渡した。

 たぶんこの人、自分で自分のこと説明するのあんまり好きじゃなさそうだしな。



「オリヴィエさんの使用クラスは『パラディン』って言って、細剣と盾を同時に装備できるんだよ」


「あぇ、そんなクラスがあるんですかっ」


「派生クラスの更に上の、上位クラスだね」



 クラスの解放(アンロック)に関して簡単に説明しておくと、まずゲーム開始時に最初から選択できるのが初期クラス、あるいは初期職などと呼ばれる10個のクラスだ。

 内訳は近接職の『フェンサー(細剣(レイピア))』『ウォリアー(大剣(ソード))』『ストライカー(双剣(ツインセイバー))』『ランサー((ランス))』『スマッシャー(棍棒(クラブ))』『リパルサー((シールド))』

 射撃職の『ハンター((ライフル))』『アーチャー((アーチ))』

 魔法職の『アコライト((スタッフ))』『ウィザード(杖)』

 となる。


 これらの初期クラスのうち、特定の二つのクラスレベルを10まで上げると、対応した派生クラスが使えるようになる。



「例えば、俺の『ウォーメイジ』なら『スマッシャー』と『ウィザード』を10レベルまで育てると使えるようになる。[アリア]さんの『ストライカー』となら、『ウォリアー』で『ブレイカー』、『ハンター』で『ガンナー』、『アーチャー』で『ジャグラー』ってとこかな」



 他には『アコライト』と『ランサー』で『プリースト(錫杖(ロッド))』とか、『フェンサー』と『ウォリアー』で『サムライ((カタナ))』とか、『ウォリアー』と『ランサー』で『フリッカー(大鎌(サイズ))』とか。

 全部の組み合わせがあるわけではないが、それなりに多岐にわたる。


 クラスレベルはエネミーから得られる経験値ではなく、アサルトスキルの解放状況によってレベルアップしていく。レベルが上がることでアバターのステータスに補正値が加算されていく(減算の場合もあるが)ので、同じクラスのプレイヤーでも能力のパラメータは異なる。

 例えば、コモンレベルが38でクラスレベルが10のブレイカー使いと、クラスレベルを25まで上げている[エッジ]では、見た目のレベル(コモンレベル)が同じように見えてもステータスの数値が天地ほども異なる。

 ゆえに、セカンダリクラスを設定すればその補正値分だけ純粋に強化されるわけだ。

 実を言うと、初期クラスと派生クラスはこの補正値の振り分けが異なっているだけで、総合力は変わらないのだ。傾向的には、派生クラスのほうがより一芸に特化しているので、応用力は低いが爆発力が高い。



「で、上位クラスは文字通り、単純に上に位置してるわけなんで、補正値の倍率もバリくそ高い」


「解放条件も厳しいってことですよね」


「その通り。上位クラスの解放には派生クラスを含む特定三クラスのレベルを20以上にする必要がある」



 アサルトスキル解放のための実績行動についてだが、当然強力なスキルほど難しくなる。簡単な条件からパカパカと埋めていくと10レベルくらいまではコンスタントに上がるのだが、一般的には15を超えたあたりで急激にペースが落ちるらしい。

 つまりはクラスレベル20以上を三種というのは決して容易ではなく、ついでに言えば[エッジ]のブレイカークラスレベル25というのは全ブレイカー中で最高レベルなんじゃないかとわりと真面目に思う。なおクラスレベルの上限は30だ。



「上位クラスの使用武器は、解放条件となった三クラスの使用武器のうちの二つになる。『パラディン』の解放条件は『フェンサー』『リパルサー』『プリースト』ってことだな」


「ほぇーすごいなぁー……。じゃあじゃあ、[エッジ]さんとかも上位クラスが使えるんですか?」



 単に知っているプレイヤーで一番レベルが高いヤツの名前を出しただけなのだろうが、[アリア]さんの言葉に[Olivier385]さんがピクリと反応した。彼女の金色の視線は「そこのところどうなの?」と興味津々だ。



「使えるよ」


「なに?そうなのか?」


「ええ。知りませんでした?」


「ああ。十中八九使えるだろうとは思っていたが、私は彼が『ブレイカー』以外を使っているのを見たことがない」



 無理もない。俺もアイツに武器を作っている都合上クラスの解放状況を把握しているだけで、実際『ブレイカー』以外を使っているのは数えるほどしか見たことがないのだ。せいぜいがたまにセカンダリで『ウォリアー』を使っているくらいである。

 もっとも、俺のレベルではアイツと同じ戦場に立つことなど土台不可能な話なので、実際のところ俺が目にしたアイツの戦闘と言うのは、全容の一割にも満たない程度でしかないのだろうが。

 あ。言うまでもないので敢えて説明もしなかったが、[Olivier385]さんは俺でなく[エッジ]のフレンドだ。



「ちなみにクラスは?おそらく『デスペラード』だと思うが」


「お察しの通り、デスぺですね」



 『デスペラード』は『ブレイカー』を解放条件に含む上位クラスだ。詳細は省くが『エクストリーム脳筋』とでも言うべきバケモノ近接クラスとだけ言っておこう。

 現在実装されている上位クラスは四種類。

 『デスペラード』以外のラインナップは、魔法も使える近接職の『パラディン』、射砲撃戦闘の権化である『ガンスリンガー』、機動力お化けの『ニンジャ』となっている。

 上位職の解放条件に『ブレイカー』が関わるのは『デスペラード』だけなので、[Olivier385]さんでなくても予想は容易いだろう。

 余談だが[さや]ちゃん的には[エッジ]には『ニンジャ』を使って欲しかったのだろうが、こればっかりはいくら[さや]ちゃんの希望でも[エッジ]が宗旨替えすることはないだろう。

 だって『ニンジャ』は打甲(ガントレス)使わないからネ!



「デスぺを使わないのは単にブレイカーのほうが楽しいからでしょうね」


「なるほど。楽しいからか。実に彼らしいな」



 上位クラスと言うのはプライマリかセカンダリのどちらかに一種しか設定できず、また解放条件となったクラスを同時に設定することができない。[Olivier385]さんで言えばプライマリに『パラディン』を設定している状態だと、セカンダリには『パラディン以外の上位クラス』『フェンサー』『リパルサー』『プリースト』、このすべてが設定できない。

 [エッジ]のヤツは『デスペラード』を使うと大好きな『ブレイカー』が同時に使えないので、じゃあ俺ブレイカーやるわ、って言ってるだけの話である。



「あの、オリヴィエさん」


「なんでしょうか。[アリア]さん」


「つかぬことを伺いますが、おレベルは……?」



 おレベルて。

 今更ながらに[エッジ]と同列で語られるこの人の正体が気になってきたらしい[アリア]さんの質問に、[Olivier385]さんは特に隠すでも誇るでもなく淡々と答えた。



「先日、46レベルになりました」


「よっ……!?」



 とまあ、そんなわけで雑談交じりに最前線のダンジョンに行くのだと告げるようなこの人は、このゲームの最初期からプレイしている古参プレイヤーの一角なのだ。わりと色々な場所で名前を聞くちょっとした有名人でもある。

 リアルの年齢とか、なにしてる人だとかは謎に包まれているんだけど、間違っても普通にOLとかやってるような人種じゃないよなぁとは思う。



「え?え?なんでそんな人が、こんな場所に居るんですかっ!?」


「こんな場所て失礼な」



 まったく反論はできないけども。「はわぁ!?ご、ごめんなさいっ!」と慌てている[アリア]さんが可愛いので許す。



「私は、前から[エッジ]くんを我がクランに勧誘していまして、色好い返事が中々いただけないもので、こうして彼の行動範囲に出没して機会をうかがっているのです」


「あっはい」



 [アリア]さんが思わず固まったようだ。

 [Olivier385]さんの言は普通にストーカーのそれだが、ああまで堂々と真顔で言われると、なんか人類とかの救済のために正しい行動をしているように聞こえるから不思議である。

 ちなみにクランとはプレイヤー同士で集まって一種のチームを結成するシステムだ。季節ごとの大きなイベントなどの際にはクラン単位で対抗戦があったりして、勢力を競っている。[エッジ]くらいにねじの外れたプレイヤーであればどこのクランも欲しかろう。



「なんだかんだで邪険にはされていないので、もう一押しなにかが足りないのではないかと睨んでいるのだが……」


「まあアイツ、オリヴィエさんみたいな『巧い』プレイヤーが大好きですしね。誘われて悪い気はしてないんじゃないすかね」


「うん。それで最近気づいたのだが、実はこの工房――というか店主、キミの存在がネックなのではないかと」



 ん?



「店主を合法的にこのゲームから排除できれば、すべての障害が消えると踏んでいるのだが、どうだろうか?」



 どうやら俺は、なんか人類とかの救済のための正しい行動の尊い犠牲となるようだ。



「いや笑えないっす」





 ◇◇◇





 夜も更けてきた頃、ちょっとした素材収集に出かけていた俺が工房に戻ってくると、そこには先客が居た。



「こんばんは。[†TAKUAN†]さん。勝手に上がらせてもらっていますよ」



 専用の端末で素材の納品をしようとしていたのであろう彼女は、ポータルから出てきた俺に気付いて振り返ると、なんだか陰湿な迫力のあるジト目を向けて挨拶してきた。



「いらっしゃいませ。すみませんね、ちょっと素材収集に出ていまして」


「構いませんよ。別段、貴方が居ても居なくても変わりませんので」



 吐き捨てるようにそう言うと、彼女はそれきり俺に興味を失った様子で端末に向き直り、作業を再開した。

 俺はと言えば彼女のこの反応もすっかり慣れたものなので、苦笑しながらカウンター内の定位置に戻る。


 彼女の名は[アステリーゼ]、例によって[エッジ]のフレンドである。


 なに?

 先ほどから[エッジ]の関係者が多すぎやしないかって?


 しょうがないだろう。なんせこの工房の常連客の9割はそもそも[エッジ]の伝手でここを訪れた人たちなのだから。


 [アステリーゼ]さんは銀髪の少女の姿をした『ディアボロス』だ。

 腰下まで届く銀の長髪を二つに縛っておさげにしている。

 その外見特徴を一言で集約するのであれば、彼女は『メイドさん』であった。


 胸から下はクラシカルなエプロンドレスだが、上はオフショルダーで胸元ががっつり開いた改造メイド服を常に身に着けている。銀髪の上には『ディアボロス』の二本角の間にちょこんとホワイトブリムが乗っかっており、真っ白でほっそりとしたむき出しの首には革製のごつい首輪が嵌っているという、なんだか背徳感を誘うファッションセンスの持ち主である。

 首輪から伸びる鎖は、開いた胸元のささやかな谷間に挟まって服の中に消えている。その鎖の先がどこに繋がっているのか凄まじく気になるが、そんなことを訊こうものなら絶対零度の視線と舌打ちが返ってくるだけなので妄想するだけに留めておく。


 もう一つ、彼女と言う人物を語るうえで外せない特徴があのやたらと迫力のある『ジト目』である。

 ロールプレイの一環でそういう顔をしているのか、それともリアルでもああなのかは定かでないが、彼女は誰に対しても基本的にジト目だ。ついでに言うと今まで一度も笑った顔を見たことがない。

 俺が特別嫌われているだけなら話は早いが、どうやらそういうわけでもないらしい。


 使用クラスは『フリッカー』。大鎌(サイズ)を使う派生近接クラスだ。

 だがローバックドレスからむき出しの彼女の白い背中に獲物の大鎌の姿はなく、かわりに腰の後ろに二本のナイフを交差するように装備している。派生射撃クラスである『ジャグラー』の武器の投剣(スティンガー)だ。

 彼女が戦闘で主に使うクラスは間違いなくフリッカーなのだが、普段から大鎌を背負うのは美観を損ねる(メイド美学)ので、わざとフリッカーをセカンダリに設定しておいて、戦闘のたびにクラスを切り替えるというめんどくさ――もとい熱心なこだわりを持っている。


 カウンター内の椅子に腰掛け、頬杖を付いてなんとなく[アステリーゼ]さんを眺める。

 端末はカウンターからは離れた入り口近くの横手にあるので、ここからは黙々と納品作業する彼女の横顔しか見えない。


 ふと、視線すら寄越さずに彼女が口を開く。



「そんなに見詰めても、服は透けませんよ」


「前から思ってましたけど、[アステリーゼ]さんって俺を変態か何かだと思ってますよね」


「はい。ちなみに『変態か何か』ではなく『変態』だと思っています」


「よーし。じゃあ変態らしく凝視しちゃうぞー」



 と、口ではそういいつつも[アステリーゼ]さんは特に俺の視線を気にするでもなく、小さく「面白い光景でもないでしょうに」と呟いただけだった。

 変態らしく、長年の謎(比喩表現)である首輪の鎖の行方を聞いちゃおっかなー、などと考えていると、自然と視線がその部分へと向いてしまったらしく、また彼女がぽつりと口を開く。



「そんなに見詰めても、服がずり落ちたりはしませんよ」


「素朴な疑問ですけど、そもそもその服ってずり落ちるように出来てるんですか?」



 リアルであんな服を着れば間違いなく、ちょっと動いた瞬間にずり落ちる。あの意匠でまともなブラジャーを付けられるわけがないから、もしかしたらすごく卑猥な光景になるかもしれない。



「ここが仮想現実である利点とはですね」


「ええ」


「こんな痴女みたいな格好で飛んだり跳ねたり回ったりしてもポロリしないことですよ」



 淡々としすぎててなんかこわい。

 なにも思っていないようにも見えるし、実は内心激怒してますと言われても納得できる。

 ていうか自覚あってその格好してるんだ……。



「先の疑問の答えですが」


「え?」


「服はずり落ちるように出来ています」



 言うが早いか、[アステリーゼ]さんは衣服の胸元に指をひっかけると、微塵も躊躇なく下へと引っ張った。すとんと腰ほどまで落ちたドレスの下からは、ボンテージタイプのインナーが現れる。腹部から乳房の下半分とちょっとを覆い隠すコルセットじみたデザインのやつだ。

 ちなみに俺の謎は解けなかった。

 首輪の鎖はなお下まで続いていたのだ。


 あれより下って言ったらもう……いや考えるのは良そう。これは健全なゲームなのだから。



「ただし、これができるのはこの服だからですが」


「ああ。脱衣動作がそれなわけですね」



 突然の衝撃行動にリアルの心臓がバクバク言ってるのを自覚しながら、なんとか話を続ける。

 脱衣動作は文字通り衣服を脱ぐための動作だ。実装されているすべてのアウターには服を着るための動作と脱ぐための動作が設定されているので、着用者本人がPSIからそれを実行した場合に限り、衣服の着脱ができる。

 簡単に言えば、自分で許可を出したときに限りシャツのボタンを外すことができる、って感じ。

 これは普段はまったく必要ない動作で、単に衣服を変えるだけなら装備変更から衣服を選択すれば『謎の光』エフェクトとともに自動で衣服が変わる。

 まあこんな動作があるのも、リアルさを追求するための開発者のこだわりの一つなのだろう。


 一応言っておくが、インナーはどうやっても脱げない。

 何故ならこれは健全なゲームだから!(大事なことなのでry)


 俺が心を落ち着けているうちに[アステリーゼ]さんの衣服は元に戻っていた。

 なんかちょっと惜しいことをした気分になる。

 もっと見ておけばよかった。



 そうこうしているうちに[アステリーゼ]さんの納品作業が終わったようだ。



「お代、確かに徴収しました」


「ええ。いつもありがとうございます」



 メイド服しか着ない[アステリーゼ]さんはここで衣服を作るわけでもなく、彼女は専ら素材納品専門の人だ。[エッジ]以外にも何人か、彼女のようにコンスタントに収集依頼をこなしてくれる伝手があるのだ。

 [アステリーゼ]さんは例によってニコリともせず、まるで親の仇でも見るかのような凄まじい眼光で俺を睨みつけながら、仕草だけは優雅にカーテシーを決めて見せる。

 個性の爆弾みたいなこの人だけど、行動原理自体は[さや]ちゃんに近しいものがある。

 ロールプレイに余念がない系プレイヤーだ。



「ときに、ご存じですか[†TAKUAN†]さん」


「なんすか?」


「他プレイヤーの目前で、同意なく脱衣行為を行うことはハラスメント行為に該当しますので、先の行動を貴方が通報すれば、私はおそらく罰則を受けるでしょう」


「いきなりなんの話っ!?」



 [アステリーゼ]さんはこれ見よがしに首輪の鎖を引っ張ってじゃらじゃらと鳴らしながら、ジト目で淡々と言う。



「つまり、通報されたくなければ言うことに従ってもらおうか、などと貴方が下卑た要求をしてきたとしても、憐れな私には逆らうすべなどありません」


「それ言った瞬間に俺が通報される側になるだけのヤツですよね」


「例えば貴方がこの、首輪の鎖の先端がどこに挿…………いえ、これ以上はやめておきましょう」


「今もの凄いこと言い掛けませんでしたか?」



 一瞬たりともその可能性を考えなかったとは言わないけども!



「では、お暇します」


「あっはい」



 結局何がしたかったのか全然わからん。

 沈黙のまま数秒が過ぎ、[アステリーゼ]さんはまったく動く気配を見せず、ひどく緩慢に小首を傾げた。



「おかしいですね。今のは引き止めるところですよ。[†TAKUAN†]さん」


「え?引き止めて何を言うんです?俺」


「そうですね…………」



 ジト目のまま虚空を見上げ、しばし考える[アステリーゼ]さん。これはこれで可愛いので、とりあえず見守る俺。



「次の仕事の話をしなくてはならないでしょう?」


「あそっか」



 普通に実務的なことだった。

 失念してた俺が悪いけど、じゃあ今この人なに考えてたの?



「次は何の素材を集めてきましょうか?」


「そっすね……」



 [アステリーゼ]さんのレベルは27だ。間違っても『緑堕の森殿』に行ってこいなどとは言えない。工房の管理用ウィンドウを開いて在庫状況を確認する。残り個数が少なくなってきているのは、と。



「水棲系の素材なんてどうですか?」


「水棲系エネミーと言うと、『夢泡の天宮』でしょうか」


「ええ。[アステリーゼ]さんのレベルなら楽勝でしょう?」



 適正レベル22のダンジョンだ。ちょっと物足りないくらいかもしれないと思いながら提示した内容に、しかし[アステリーゼ]さんは深いため息を吐いた。



「貴方には失望しました……」


「なして!?」


「あのダンジョンがどういう場所か理解して仰っているのですか?」



 俺自身は当然行ったことなどないが、概要くらいは理解している。『夢泡の天宮』と言えば現状唯一の水中ダンジョンだ。といっても水の中でエネミーと戦うわけではなくて、水中深くにある宮殿遺跡を攻略するかたちで、遺跡の内部にはちゃんと空気がある。

 ただ進行上、水中を通る場面も少なくないし、基本的に出現エネミーも水属性の攻撃を繰り出してくる。

 水中を通ったり水属性の攻撃を受けたりすると『ウェット』という特殊な状態を付与され、衣服が湿って重くなる――という体のデバフを受けるのだ。対処法は簡単で、ウェット耐性を持った衣服――具体的には水着を着ればいい。

 汎用コスチュームの水着であればNPCショップで安価に購入できる(ただし致命的にダサい)。



「水着になるのが嫌なんですか?」


「逆に、貴方はそんなに私の水着姿を見たいのですか? 破廉恥ですね……」


「いやいやいや!別に俺が一緒に行くわけじゃないですからね!? 見たいか見たくないかで言えばめっちゃくちゃ見たいっすけど!!」


「まあそれはどうでもいいですが」



 しれっと、無慈悲に俺の期待を粉砕してくれる[アステリーゼ]さん。

 くっ、なんか変な趣味に目覚めそうだ……!



「水着なんて着たら、私のアイデンティティが崩壊してしまうじゃないですか」


「えぇ、まあ確かにそのメイド服=[アステリーゼ]さん、みたいなところはありますけど」


「そうでしょう。メイド服を脱いだ私など、ただの大鎌を振り回す目つきの悪い銀髪の美少女(首輪付き)ですからね」


「属性が渋滞してる! もうちょっと無個性になってみてもいいと思いますよ!?」



 意味は分からないが『夢泡の天宮』がナシらしいことだけはなんとなくわかったので、ではどうしようと考え始めた矢先、また[アステリーゼ]さんが口を開く。



「では、『夢泡の天宮』の水棲系エネミーの素材を収集してくればいいのですね?」


「結局行くんかーい!」


「私の水着姿はちゃんとSS撮って送りますので、お楽しみに」


「アイデンティティはどこいったの!?」


「いらないのですか?」


「ください」



 ではそのように、と淡々と言い残し、[アステリーゼ]さんは散々俺をおちょくって満足したのか、あっさりとポータルを起動して出て行ってしまった。

 あとに残された俺は、謎の疲労感に苛まれ、ぐったりとカウンターに突っ伏す。

 だが、彼女の玩具になった甲斐はあった。

 これで――



「首輪の鎖の謎が解ける日は近い……!」



 SS待ってます!





 ◇◇◇





 今日もたくさん働いたなー、と伸びを一つ。

 まあ、新たなクラフトレシピを解放するためにひたすらラインに素材を突っ込み続け、途中で一瞬近場で素材集めに出かけただけなので、運動量はほとんどなかったりするのだが。


 リアルの時刻は、もうそろそろ日付が変わろうかなー、といったところだ。

 あの[アステリーゼ]さんの襲来以降は他の来客はなかった。一日の終わりに[エッジ]が集めた素材を渡すために立ち寄ることもあるが、今日は来ないみたいだ。

 依頼を受けていたクラフトはすべて終わらせたし、ログアウトしようと思い立った時であった。


 不意に、工房の出入り口のポータルが起動した。

 こんな時間に来るのは[エッジ]かな、と軽く思って視線をやると、そこから現れたのは予想に反して初見のプレイヤーだった。



 小柄な女性プレイヤーで、アバターの種族は犬の『ワービースト』。

 適当に纏められた焦げ茶の長髪の毛量が尋常ではないせいで、シルエットがやたらともふもふして見える。

 ホットパンツの裾から覗く健康的なふとももにはベルトでガンホルダーが括り付けられていて、ガンナークラスの使用武器である双銃(ツインガン)が収まっていた。


 プレイヤーネームは[Canaan]。

 もしかしなくても、[エッジ]が絶賛していた新たなフレンドその人だった。



「…………(きょろきょろ)」



 彼女はおっかなびっくりという様子でポータルから出てきて、恐る恐る工房内に足を踏み入れ、俺が見ていることに気付くと時間が止まったように硬直した。



「こ、こんばんは?」


「………………こん、ばんゎ」



 とりあえず挨拶してみると、長い沈黙ののちに蚊の鳴くような声でぼそぼそと返事があった。

 人見知りなのだろうか。

 [エッジ]とふたりきりで素材掘りをしていたと聞いているので、別に男性恐怖症とかではないと思うが。

 なんだか手負いの獣を前にしているようで、流石の俺も迂闊な行動はとりかねる。



「あの…………」


「は、はい」


「自分、は……[エッジ]の、紹介で――」


「ええ。アイツから聞いてますよ」



 [エッジ]の名前が出たところで、安心させる意味も込めて既に聞き及んでいることを伝えてみたのだが、何故か[Canaan]はますます委縮した様子で縮こまってしまう。

 俺は選択肢を間違ったのか?

 なにがいけなかった。彼女の言葉を遮るようになってしまったのが原因か?


 [エッジ]からは凄腕のプレイヤーだと聞いていたので、この小動物のような姿は正直予想外――――でもなかったりする。

 こういってはなんだが、アイツが自分からフレンド申請をするような相手だ。どうせどっか一本ねじが外れた変な奴だろうと覚悟はしていたからだ。

 今日のこの工房内のプレイヤー模様を思い出すがいい。まともなヤツが[アリア]さんしか居ないではないか!

 (ここでまともなヤツに自分を含めない程度には俺は分別がある)


 そこをいくと、[五十嵐]さんや[アステリーゼ]さんなどの強烈な個性に比べれば、たかが人見知り程度可愛いものである。

 もっと言えば見た目が可愛い女の子(しかも現役JKかもだよ!)だというのだから、これはもう癒し系と言っても過言ではない。


 初対面で密室に二人きりと言う状況でなければの話であるが。

 これでもし泣かれでもしたら、俺の今後がヤバい。

 おもに社会的な意味で。


 銀髪で首輪をつけた誰か(顔にはモザイクが入っている)に『ええ、はい、彼はいつかやると思っていました……』とか証言された映像がワイドショーに使われてしまうぅ!


 というか[エッジ]さぁん!

 何をおいてもまずこの人見知りっぷりを教えておいてくれよ!

 いやまあ、教えてもらったところで俺に何かできたとは思わないけどっ。



「あ、あの…………ご、ごめんなさい」


「ん?なにが?」



 びっくぅ!??て比喩でもなんでもなく[Canaan]さんの肩が跳ねた。


 うわ、めちゃめちゃ驚かせちゃったっぽい。

 俺の言い方がぶっきら棒すぎて、問い詰められたと思っちゃったのか?


 お、落ち着け俺。

 この状況で俺まで取り乱したら収拾がつかなくなるぞ。


 幸いにも[Canaan]さんにはこちらと会話を試みようという意思が見える。俺がすべきは彼女の言いたいことを読み取って会話をリードすることだ。

 多くを望むんじゃない。彼女の人見知りはだいぶこじらせていそうだから、それをどうにかしようなんて考えちゃだめだ。

 まずは、お互いが無事にこの局面を乗り切ることだけを考えろ。


 今、彼女は謝ろうとしている。

 普通に考えれば人見知りでうまく話せないことを謝っているか、あるいはこんな時間に工房を訪ねてきた不躾を詫びているのだろう。

 そのどちらだったとしても、気にしてないよ、と伝えてあげるべきだ。



「「あの――っ!?」」



 かぶったあぁぁぁぁ!?

 お互いに機会を伺い過ぎたせいで、まったく同時に口を開いてしまった。


 俺はともかく[Canaan]さんは相当勇気を振り絞って喋ろうとしただろうに……。

 あああ、[Canaan]さんが案の定泣きそうな顔で黙り込んでしまった。




 絶望感すら漂う沈黙が場を支配しようとしていたその時、救世主は現れた。



「…………なにしてんだ。お前ら」



 俺たちは素晴らしい反応速度で同時に振り向いた。

 今まさにポータルから入ってきた男に電光石火の早業で縋り付く。



「「助けて![エッジ]!!」」


「いやマジでなんなんだよ!?」





 あくとはち、えんど。









 本日の慢心。



戦バカ「なにを思って一人で突撃したんだよ?」


犬「アナタとは喋れたから、だいじょうぶな気がして……」


漬物「危うく死ぬところだった(社会的な意味で)」






2020/6/28 クラスの説明を追加

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