Act6:まじで、あたまバグってる
あくとろく。
「すまん。助かったよ」
マナに還って消えていく『アイアンクロウラー』の傍らで、[エッジ]さんが礼を言ってくる。
今のは結構きわどいタイミングだったから、自分の警告がなければ、もしかしたら[エッジ]さんはダンゴムシの下敷きになっていたかもしれない。
「…………いい」
それに適当に返しつつ、自分は手の中の戦杖を見下ろす。
なんだろう、この感じ……?
一瞬前の自分の判断に、なにか違和感を覚える。
なぜ、自分はあそこでエネミーの足場を崩す選択をしたのだろう。結果としては別に間違った判断ではなかった、と思う。事実として、こうしてエネミーは殲滅できたし、自分も[エッジ]さんもダメージを受けてすらいない。
「もやもや……する……?」
なんにせよ、ここで考え込む内容ではない。
『緑堕の森殿』の皇虫族エネミーは必ず単体で襲い来るが、それは交戦中のエネミーが存命のうちは横入りしない習性があるというだけの話なんで、プレイヤーがエネミーを殲滅した途端、それを待って居た次のエネミーが襲ってくることだって珍しくないんだ。
『アイアンクロウラー』を倒した今、いつ次が来てもおかしくない。
使用クラスを『ウォーメイジ』から『ガンナー』に戻そうとした矢先、耳が不吉な羽音を捉える。
ブゥー……ンン、という重低音の不快な羽音。
背後!
しかもかなり近くだ。
ぬかった、と思う。ウォーメイジの索敵範囲はガンナーのそれよりもだいぶ狭い。よくわからない感覚に悩んでいる暇があったんなら、さっさとクラスを元に戻しておくべきだった。
「っ『ソリッドルミナス』!!」
振り返りながらボイストリガー。
バトルスタッフを起点にしてマナの防御壁を構築するマジックスキルを発動する。
間一髪で間に合った防御にエネミーの攻撃が直撃し、マナの壁が砕け散って自分は大きく後ろに弾かれた。凄まじい衝撃に両腕がびりびりと痺れているが、防ぐことができた事実にひとまず安堵する。
背後から[エッジ]さんが駆け付ける足音を聞きつつ、眼前のエネミーを睨み据える。
「ホーネット……!」
不快な羽音を響かせて浮遊しているのは、ドぎついオレンジと黒のツートンカラーが特徴的な蜂型の皇虫族エネミー『ヴェノムホーネット』だ。
『緑堕の森殿』にまれに出現する飛行型エネミーである。
レベルは35!
ダンジョンの適正レベルより3レベルも高い。今の自分と同レベル。防御スキルが一撃で砕かれるわけだ。
出現率が低いということはそれだけ強力だということだ。自在に飛行するエネミーを間合いに捉えるのは容易ではないし、しかもこのエネミーは蜂の特徴である毒針を飛ばして遠距離攻撃してくる。先ほど、自分が間一髪で防いだのがそれだ。
そして更に厄介なことに、この毒針を食らうと『麻痺毒』という最悪の状態異常を付与される。
これは文字通り『毒』と『麻痺』の状態異常を同時に付与するものだ。
このゲームでは『毒』の状態異常を受けると非常に強い倦怠感に襲われ、徐々にHPが減少していく。行動はできるのでそのまま戦闘もできるし、スキルなり魔法なりで自力で毒を解除することもできる。
『麻痺』の状態異常を受けると全身が痺れて動けなくなる。この状態だとなにもできないが、時間経過かエネミーから一度でも攻撃を受けると麻痺状態は解除される。
これらが合わさった『麻痺毒』を受けると、痺れて動けないまま、時間経過で麻痺が解けるより先に毒でHPが尽きて死ぬことになる。『ヴェノムホーネット』は麻痺毒状態のプレイヤーには攻撃してこない厭らしい習性があるからだ。パーティが居れば解除してもらえるかもしれないが、ソロのときに受けると百パーで死ぬ。そういうえげつない状態異常だ。
今回の素材掘りで初めてまみえた飛行型エネミーを前に、思考が高速で回転する。
近接特化の[エッジ]さんの攻撃範囲では、あのエネミーに攻撃を届かせるのは難しい。というか普通にやったら無理だ。『ブレイカー』に遠距離攻撃は存在しないし、セカンダリの『ウォリアー』でもせいぜいが大剣を投擲するくらいなんで、とてもじゃないが主体にして戦えるものじゃない。
だから、ここは『ガンナー』の自分が倒すしかない。
PSIから即座にクラスを変更し、再び両手に戻ってきた双銃を構える。
自分がやらなければならない、という責任と重圧を感じる。
でも、同時に確かな高揚感も。
――ようやく、自分の見せ場が来た!
高揚感がエンジンを掛けたように、思考が高速で回転する。
[エッジ]さんが無理して攻撃しようとする必要はない。
どうせ届かないんだし、彼のクラス構成では『麻痺毒』を回復するすべもない。
自分なら『ウォーメイジ』になれば状態異常を治療できるから、[エッジ]さんが食らった時には回復してあげられるが、逆に自分が食らってしまったら終わりだ。
そんなことを[エッジ]さんが理解していないはずがないんで、別に頼まなくても、こちらを庇って、彼は自らの身を挺して毒針を受けようとするだろう。
毒針はパリングでは完全には防げない。パリングで針そのものは逸らせるからダメージは受けないけど、触れた瞬間に麻痺毒を食らうのは避けられないからだ。
『ヴェノムホーネット』の強力な武器である毒針は、攻撃として発射した後、短時間で新しいものへと生え変わる。
普段は身体の前面に突き出すようにして生えていて、しかもその巨大さを以てして脆弱部を守るためのガードの役割も果たす。他の皇虫族で言う付属肢の役割だが、その硬度は付属肢の比ではない。
攻撃して破壊することはまず不可能だ。
ゆえに『ヴェノムホーネット』の攻略法は、一度毒針を撃たせて、生え変わる前に弱点を攻撃すること。
ただし、『ヴェノムホーネット』の耐久値は、弱点であってもかなり高い。
もちろん、自在に飛行するエネミーの弱点にピンポイントで攻撃をあてるのはそもそも容易じゃない。
[エッジ]さんに囮をしてもらって、毒針を撃たせ、その隙に自分が撃つ。
単発では倒せないから、何度か繰り返すしかない。
「っ!…………?」
一瞬でそこまで考えて、銃を構えたまま、またチクリと刺すような違和感。
自分に対する違和感。
その判断は本当に正しいのか、と自分自身を肯定しきれていない違和感だ。
今日までのプレイでエネミーへの対応はほぼ固定化するまでに煮詰められているんだから、今更正しいもなにもない……はずだ。
確かに今日、自分はいいとこなしだ。
少しくらいは見せ場が欲しいと思ってた。
……なんで?
それは[エッジ]さんが優れたプレイヤーだと思ったからだ。
その彼に自分も優れたプレイヤーだと思ってもらいたかったんだ。
……なんで?
自負があるからだ。
これまでずっと一人でやってきたことに対する自負だ。
友達を誘えなくて、フレンドの一人も居なくて、でもずっとプレイし続けてるくらいには、このゲームが大好きなんだっていう自負。自分は、こんなにもこのゲームをやり込んできたんだぞ、って示したかったんだ。
……なんで?
[エッジ]さんを信頼してるからだ。
人柄を信頼できるほどの付き合いはないけど、彼も自分と同じように、もしかしたらそれ以上にこのゲームが大好きでやり込んでいるんだということは信頼できる。だって、スキルの特性とエネミーの挙動を熟知して、その上で身体が覚え込むくらいに実践を繰り返さなくちゃ、あんなふうに戦えるわけがない。
「あ」
そっか。
わかった。
別に[エッジ]さんと張り合いたいわけじゃない。
自分の実力を誇示したいわけでもじゃない。
褒めて欲しいわけでも……ちょっとあるかもしれない。
だけど飛行型エネミーをこれ見よがしに討伐してマウント取りたいわけじゃあ絶対にない!
彼が、自分と同じくらいにこのゲームを大好きな人だと思ったから。
自分もこんなにこのゲームが好きなんだぞ、って示したい。
それで、
フレンドに、なりたいんだ。
攻略に便利だからとか、ぼっちみたいでかっこ悪いからとか、リアルの友達だからとかでなく。
たぶん、初めて、このゲームを一緒に遊びたいから、っていうそれだけの理由でフレンドになって欲しいと思える相手に出会った。
そう思えば、さっきの『アイアンクロウラー』に対して自分がとった選択の違和感も理解できる。
いつもの自分と違うことをした理由がわからなかったから違和感だったんだ。
いつもの自分だったら『アイアンクロウラー』に敢えてもう一度攻撃させてから、回避してセオリー通りに倒すことを選んだはずだ。どこかの誰かと野良パーティを組んでいたとしても変わらなかっただろう。
だって、パーティーメンバーは同じゲームを同じ時間にプレイしているだけの人であって、仲間でも友達でもなくて、そうなりたいと思ったこともなかったから。
期待も信頼もしないから、一番確実な『自分で倒す』という選択肢しか残らない。
今回足場を崩したのは。
隙を作れば[エッジ]さんが必ず倒してくれると無意識に思っていたし、自分の作った隙で[エッジ]さんに倒してほしいと無意識に思っていたからだ。
セオリーとか効率とか、そんなのはどうでもよくって。
ただ二人で一緒に、倒したかったんだ。
簡単に言えば。
初めて、誰かと。
自分は今――――無性に、協力プレイがしたいっ!!
「前に出て!……援護、するっ!」
双銃を構えてエネミーを見据えたまま叫ぶ。
思ったよりもずっとおっきな声が出て、自分でびっくりした。
自分がやる。ではなく、囮になれ。でもなく『援護する』。
正解じゃないかもしれないけど、ぜったい間違いじゃない。
タンクでもない仲間を盾にして戦うなんて、そんなの全然協力プレイじゃない。
だってそれじゃあ[エッジ]さんが全然楽しくない。
ゲームなんだから、やっぱり第一義は楽しさを追求しないと。
自分の呼び掛けに[エッジ]さんは即座に反応した。
「おう!!」
声がめちゃくちゃ楽しそうだ。
相手が飛行型でも微塵も怯む気はないみたい。
ていうか、むしろ強敵が相手でわくわくしてそうな?
「『烈火功!』」
[エッジ]さんの雄々しいボイストリガーによってブレイカースキルが発動する。『烈火功』は周囲のエネミーのヘイトを強制的に自分へと向けるスキルだ。発動待機が存在せず、トリガーと同時に効果が発生するタイプのスキル。激しく爆ぜる炎のようなSEが響き渡り、自分のほうへと向いていた『ヴェノムホーネット』のヘイトを[エッジ]さんが強引に奪い取る。
そのまま[エッジ]さんは全力疾走で突っ込んでいく。
相手の毒針は既に生え変わっていて、その身体の脆弱部を守る鎧と化していた。
『ヴェノムホーネット』は近付いてくる[エッジ]さんを嘲笑うように、彼とほぼ等速で飛行し後退していく。
あのエネミーの行動パターンには『挑発型アルゴリズム』と呼ばれるものが採用されている。
これは要するに、相手をおちょくるような行動をするように設定されているという意味だ。
具体的には、あのエネミーは必ず『ヘイトを持っているプレイヤーの使用クラスの武器の最大攻撃範囲の少し外』という位置に陣取ろうとするんだ。
もちろん、ゲームの仕様上アサルトスキルには厳密な攻撃範囲というものは決まらないんで、あくまで指標でしかない。
要は、こっちの攻撃が届きそうで届かない位置を保つんだ。
ただ、地面から一定――約2メートル以下には高度を落とさないから、間合い云々とは関係なく近接職の攻撃はそもそも届かないことが多いんだけど。
自分がヘイトを持ったままでいると、『ヴェノムホーネット』は双銃の攻撃範囲を基準に陣取ってしまうので、もっと遠く、もっと高い位置へ移動してしまうだろう。
[エッジ]さんは自らにヘイトを向けさせることで、まずそれを潰した。
『ヴェノムホーネット』は真正面から突っ込んでくる[エッジ]さんに対して毒針の発射体勢に入る。
撃ってくるつもりだ。
自分はどうするべき?
普通に考えれば、[エッジ]さんに向けて毒針が放たれた瞬間を狙って、エネミーの弱点を射撃するべきだ。
与えるダメージはたかが知れてるだろうが、堅実に繰り返せばいつかは勝てる手だ。
…………。
なんか、[エッジ]さんのことだから、どうにかしてそのまま爆走してって、射線に割り込んできそうな気すらするんだよなぁ……。
うん。射撃はやめとこう。
そうだよ。協力プレイを目指すんだったら、エッジさんに合わせるのが大事。
何故って、自分は『援護する』と宣言しているんだから。
この人、ぜったいに『普通じゃない』ことをする。
確信がある。
…………。
じゃあ、自分も『普通じゃない』ことをしよう。
両腕を交差させるように突き出して双銃を構えると、モーショントリガーによってスキルが発動待機状態に入る。チャージ系のアサルトスキルは待機時間に上限がなく、待機時間が長いほど発動時の威力が増す。無論、威力上昇には上限があるが。
若草色のマナが銃口に収束し始め、バチバチとスパークを迸らせる。
このタイミングでチャージとか、頭おかしいんじゃないか。と思う。
だって、前を行く[エッジ]さんがもし毒針を躱したら、そのまま自分にぶち当たるんだぞ?
でもしょうがない。
だって相方のほうがイカれてるんだもの(誉め言葉)。
リアルの心臓がバクバクしてきた。
なんかわくわくする。
やばい。今、自分ぜったいニヤニヤしてる……!
ドンッ、と重低な発射音とともに『ヴェノムホーネット』の毒針が発射された。
対する[エッジ]さんは走りつつ、上体を思いっきり捻る。右腕を左腰のあたりまで持ってくる、まるで抜刀術のような構えだった。
彼の手足の武器が緋色に輝いて虚空に解け、同時に背中側から鮮烈なマナの奔流が迸る。
ハッ、と小さく、笑うような呼気。
「――――ナメんなッ!!」
まるで、ではなくそのものだった。
[エッジ]さんは即座にクラスを『ウォリアー』へと切り替え、セカンダリ武器の大剣を腰溜めから抜刀したんだ。
飛来する巨大な毒針を、振り抜かれた大剣が横から叩き、轟音とともに僅かだけ軌道を逸らして弾き飛ばすことに成功する。
パリングできないなら切り払えばいいじゃない。
そんな[エッジ]さんの戦闘理論が聞こえてきそうだった。
彼があんまり容易くやるんで感覚がマヒしてきているが、普通は無理だ。普通に無理だ。自分に向けて放たれた毒針に踏み込みながら切り払う、って相対速度がどうなっていたかなんて考えたくもない。
[エッジ]さんはそのまま一回転し、遠心力を使って連撃を繰り出す。
当然のように彼の大剣はスキルの発動待機を示すマナの輝きを纏っている。
拳から大剣へと、突如数倍に伸びた間合いの変化にも『ヴェノムホーネット』は即座に反応し、羽音を響かせて大きく後退する。
「おらァッ!!」
竜巻みたいな横薙ぎの斬撃の、最も速度が乗った瞬間にアサルトスキルが発動し、その刀身がマナの炎を纏って倍加する。
インパクトの瞬間だけ攻撃範囲を拡大するウォリアースキル『ヒートストーム』だ。
『ヴェノムホーネット』がいかに最速で後退しようと、物理的な限界はある。
倍加した炎の斬撃が、エネミーの中心を強かに薙ぎ払う。
弱点を捉えた、しかも虫系特効の火属性攻撃だ。
さらに言えば[エッジ]さんのレベルは『ヴェノムホーネット』よりもさらに3レベルも高いんだ。
これならヤツもひとたまりもない。
――と容易くいかないのは実はわかっていた。
マナの爆炎に弾き飛ばされるように後退した『ヴェノムホーネット』の腹部には大きな亀裂が入っていたが、それでも間違いなく健在だった。
強力なエネミーにはありがちな話なんだが、ヤツは耐久値のゲージを複数持っているんだ。
イメージ的には、弱点に設定された緑の耐久値ゲージを削りきると、その下に隠れていた赤の耐久値ゲージが顔を出す、って感じ。
罅が入ったってことは、一本目のゲージは削りきった。
ダメージはゲージを持ち越さないので、二本目のゲージはまだ満タンのはず。
「動きを…………止める!!」
「おう!」
吠えるように叫ぶ自分の声に応じて、[エッジ]さんはあろうことか大剣をダンジョンの天井に向けて投擲した。
おそらく、彼が有する唯一の遠距離攻撃のアサルトスキル『ブレードピアース』が発動して、大剣は轟音とともに遥か上方の天井へと着弾する。
音から判断しただけで、自分はそれを見てすらいない。
大剣の投擲にエイムもクソもあったもんじゃないから、エネミーに投げるという選択肢がなかったのはわかるけど、何故よりにもよって天井に――なんて、そんな考えはゴミ箱にポイだ。
もう、彼の行動に疑問を挟むのはやめたんだ。
彼が「おう」と応えた以上、自分が躊躇する理由なんてない!
臨界までチャージしたアサルトスキルを発動する。
交差して構えた双銃のトリガーを同時に引くと、マナを凝縮した若草色の弾丸が放たれる。
両手分の強烈なリコイルで腕が跳ね上がり、発射した弾丸は『ヴェノムホーネット』の弱点から大きく逸れた上方へと飛んでいく。
渾身の攻撃を外したわけじゃない。
そもそも、大して狙ってすらいない。
このゲームにエイムサポート(照準補助)なんて概念があるわけないから、銃撃を命中させるのも当然プレイヤーの技量依存だ。エネミーの弱点部位にこの距離で寸分違わず命中させる技量は、残念ながら自分にはない。
輝く弾丸がエネミーの頭上を通り過ぎる瞬間、
――――今!
PSIから弾丸を『起爆』する。
使用したのはガンナースキルの『クラッカーバレット』。
発射後に任意の場所で炸裂させられる範囲攻撃用のスキルだ。炸裂の効果範囲はチャージ時間に比例して拡大する。もっとも大きな特徴は、最大までチャージすると起爆する瞬間に、選んだ効果を一つ付与できること。
燃焼効果を付与すればエネミーを火達磨にできるし、デバフを付与すればエネミーを弱体化できる。
そして、自分が付与した効果は――――バインド!
『クラッカーバレット』の効果範囲に飲み込まれた『ヴェノムホーネット』の身体が、まるで凍り付いたように硬直する。バインドは麻痺とは違うんで、飛行するエネミーに使えば落下せずにその場で静止するんだ。
そして、バインドの効果時間中は毒針が再生しない!
さあエネミーは止めたぞ。
あとは煮るなり焼くなり、なんとかして!――――という究極の無責任と無上の信頼。
それを向けられた相手は、
「――最ッ高じゃねぇか!!」
嬉しくて堪らない、といった声音で叫びながら、その四肢に再び打甲の輝きを纏う。
彼が見据える先には、時が止まったように浮遊したまま静止する『ヴェノムホーネット』と、その周囲を取り囲む無数の岩塊の姿があった。
そう、先の[エッジ]さんの投擲で崩落した天井の破片が、自分の『クラッカーバレット』の効果範囲に巻き込まれてバインド状態になっているんだ。
まるで宇宙のデブリベルトのような光景。
結果だけを見れば、むしろエネミーとの間に障害物を増やしただけの愚行。
[エッジ]さんの両足に光が収束し、スキルの発動待機を示す。
考えるまでもなくわかる。
『虎牙輪転』だ。
このタイミングで、それを使うのか。
『虎牙輪転』は最速の移動スキルだが、まっすぐにしか進めない。
今、彼とエネミーの間には無数の障害物があって一直線のルートなど見つからない。しかもエネミーは浮遊しているので接近出来たところで殴れない。
「あ……」
思わず、声が漏れる。
根拠なんてない、ただの直感だけど。
脳裏を駆け巡る情報が、自分に一つの解をもたらした。
『虎牙輪転』は最速の移動スキルで、
発動には起点となる足場が必要で、
発動条件は踏み込むことで、
だからジャンプでは発動しなくて、
あくまでも前に進むだけのスキルで、
ならば、もし。
もしも物理法則を無視して壁に立つことができたならば。
そこから真上に踏み込むことで『虎牙輪転』は発動するのか。
答えは『是』だ。
「あは……まじで、あたまバグってる」
信じられない。
普通じゃないことをすると思っていたが、一体どこからそんな発想が出てくるのか。
『虎牙輪転』が発動し、[エッジ]さんの姿がブレるように掻き消え、爆速でエネミーへと向かう。
そして、先に落下していた岩塊の破片に乗り上げ、斜め上方向に再度『虎牙輪転』。
速度を保ったままカタパルトのように自分自身を射出し、バインド状態で宙に浮かぶ岩塊の破片に着地すると同時に『虎牙輪転』。
岩塊を壁に見立てて、足場として、重力に逆らうほどの勢いで、上に向かって走っているんだ!
ガガガガガガッ、と[エッジ]さんが岩塊を蹴りつける音だけが連続して響き、まるで跳ね回るピンポン玉のように岩塊の合間を上り詰め、ひと際大きな岩塊の下側に天地逆さまに着地した[エッジ]さんは、もはや遥か下方に漂う『ヴェノムホーネット』を見上げ、最後の『虎牙輪転』を発動してエネミーに向かって自身を発射した。
最速で、一直線に、エネミーへと向かって飛ぶその姿は流星のようで。
いつの間にかエネミーに向かって足を突き出す姿勢をとっていた[エッジ]さんが業火のようなマナを纏う。
……あのど派手なエフェクトは、まさか!?
このゲームに実装されたアサルトスキルの数は膨大で、その能力も千差万別と言える。
だから、中にはまれに『これどこで使うんだよ』と言わざるを得ないようなものも発生してしまうわけだ。
そんな『絶対使い道ないけど、使えたらなんかすごい』と評されるスキルを総称して『ロマン技』と呼ぶ。
[Canaan]の頭おかしい援護と、[エッジ]のイカれた技量と発想が合わさって今!必殺の!!
「流!星!キャァクウゥゥ――――――ッッッァ!!!!」
叫ぶのはデフォです。
◇◇◇
そろそろ、切り上げ時かな……。
立ち止まってインベントリを確認している[エッジ]さんを横目にそんなことを思う。
「だいぶ素材も集まっては来たが……」
彼の言葉に、自分もインベントリを確認して頷く。
インベントリの中にはスタックした虫系素材がぎっしり、レアエネミーである『ヴェノムホーネット』の素材もある。全部売っ払えばいったいいくらになるだろうか。貧乏脱出どころか、今の相場であればちょっとした小金持ちくらいにはなれそうだ。
自然と頬が緩んで『によによ』してしまう。
伝説の『流星脚』もこの目で見ることができたし。
ちゃんとスキル名をトチ狂ったように叫ぶとは、流石[エッジ]さんはわかっている。
なお、かのスキルが『ロマン技』と評される理由は、飛び蹴りのアサルトスキルなのに、普通にジャンプして蹴りを放っても発動条件の速度にはどうやっても届かないからである。まさに『どうやって使うんだよ』状態。一応、高所からエネミーの上に飛び降りながら使う、という解答があるにはあるんだけど、みんなが思い描く『飛び蹴り』とは似ても似つかない絵面になってしまうんで、この使用法はプレイヤー間では認められていない(?)。
今回、新たな可能性が一つ示されたわけだけど、たぶん、というか絶対[エッジ]さん以外には誰にもできない。
彼、ものすっごいイキイキしてたもんなぁ。ずっと使ってみたかったんだろうなぁ……。
満足だ。
今までこのゲームやってきた中で一番楽しかった。間違いなく。
「………………ちらっ」
こっそり[エッジ]さんを見る。
彼がここに来た目的は聞いている。
フレンドのクラフターがレシピを解放するために必要な素材を集めに来たらしい。今回かなりたくさん集まったとは思うが、それでもレシピ解放のためにクラフトしまくればあっという間に消える量だ。
事実、彼はインベントリを確認しながら若干渋い顔でぶつぶつ呟いている。
おそらく、インベントリの許容量的にあと何回来る必要があるか考えているんだろう。
自分のインベントリを見る。
ぎっしりの素材。
これを彼にあげたら喜んでくれるかな?
少しだけそう考えたが、すぐに思い直す。
きっとあの人はそういうのは喜ばない。
彼のことだから、足りない素材を譲ってあげるよりも、素材収集を手伝ってあげるほうが喜ぶだろう。
だって、戦闘バカだし。
…………誘ってみようかな。
また一緒にここで素材収集しませんか、って。
自分は一応目的を達したから、次は純粋に彼の手伝いだ。
今日である程度は連携が取れるようになったと思うし、邪魔にはならないはずだ。
…………でも。
結局ほとんどのエネミーを倒したのは[エッジ]さんだ。
自分は大した援護もできてない。
もしかして『居ても居なくても同じだったな』とか思われてたらどうしよう。
弱気の虫が顔を出す。
…………いや、『最高』って言ってくれたし。
思い出して、頬がふにゃりと緩む。
よし。
勇気出た。
言おう。
まず「またご一緒しませんか?」だ。
んで、あわよくば「フレンドになってください」だ。
勢いだ。勢い乗ってけ。この機を逃したらどうせまた言えなくなるぞ。
「あの――」
と、声を掛けようとした瞬間にPSIに反応。
ただのエネミー反応だったらひとまず無視しておいても良かったんだけど、この、脳裏が真っ赤に明滅する反応は、
「イレギュラーか」
「…………ん」
よりによって、このタイミングで来なくても……と思わなくもない。
ダンジョンではごく低確率で『イレギュラー』と呼ばれる突然変異のエネミーが出現する。
巨大で、強力なエネミーだと思えばだいたいあってる。
そして、こいつらが発生した時に起こるのが『ユニオンレイド』と呼ばれる突発的多人数協力型戦闘だ。イレギュラーエネミーの出現はそのダンジョンに存在するすべてのプレイヤーが知覚できる。たった今、自分と[エッジ]さんのPSIにあった反応がそれだ。
イレギュラーエネミーは見上げるほどの巨体と、膨大なHPと強固な耐久力、そして強力なレベル補正を有する。このレベル補正によって、イレギュラーエネミーよりレベルの低いプレイヤーは強化され、レベルの高いプレイヤーは弱体化される。これは、誰もがある程度平等な条件で戦えるということだ。
つまり、早い話が『お祭り』である。
イレギュラーエネミーから得られる素材は激レアだ。これでしか作れないクラフトも存在する。素材を得られるのはとどめを刺したプレイヤーが所属するパーティだけなんで、『ユニオンレイド』が発生するとダンジョン中からプレイヤーたちがわらわら集まってきて、寄ってたかってイレギュラーエネミーをボコボコにしたりされたりする。
誰がとどめを刺すかは早い者勝ちなんだ。
「…………いく?」
一応訊くだけ訊いてみると、[エッジ]さんは「行くと思うか?」と苦笑気味に返した。
この『緑堕の森殿』は圧倒的不人気ダンジョンだ。
素材収集をしているパーティなんて、自分たち以外に数組いればいいほうだろう。
こんな状況で、果たして『ユニオンレイド』にどれだけの人数が集まるというのか。
流石に十人やそこらの人数で倒せるほどイレギュラーは容易い相手ではない。
とか、そんな心配はするだけ無駄だ。
経験則で知っている。
どうせ、いざ『ユニオンレイド』が始まると、意味わからないくらいのプレイヤーがどこからともなく湧いてくるんだ。
君たち今まで一体どこに居たの? と思わざるを得ないほどに。
ゆえに、[エッジ]さんに対する返答はこうだ。
「…………思う」
「じゃ、行くか」
「ん!」
行かないわけないじゃん。常識的に考えて。
イレギュラーの現在位置はマップに表示されるんで、そちらに向かって小走りで移動を開始する。
並走しつつ、口を開く。
「レイド、で…………人が、集まってくるやつ…………」
「ああ。わらわらとな」
「…………あれ好き」
なんというか、お祭り感が好きなんだよね。
わかるかなぁこの感じ、と期待を込めて[エッジ]さんを見上げると、彼は口角を上げてニヒルな表情を見せた。
「俺もだ」
……よし。
ぱーふぇくとこみゅにけーしょん。
◇◇◇
「いやぁー…楽しかったなぁ」
「そだねー……」
帰り道である。
レイドを存分に楽しんで、俺と[Canaan]は『大樹の片翼』へと戻ってきた。
それぞれが拠点にしている街マップへと戻るため、俺たちの足は自然とポータルのほうへと向かっていた。
今回出現したイレギュラーエネミーは『ガイアマンティス』という『キラーマンティス』の親玉みたいなやつだった。結局、最終的には40人弱のプレイヤーが集まってきたのだが、対処法を知っているプレイヤーが殆ど居なかったのか、てんやわんやの大騒ぎであった。
複数のプレイヤーがコントみたいに一斉にぶっ飛ばされるという、ユニオンレイドの風物詩的光景もたくさん見られたことだし。
「俺なんか、後半パリングしかしてねぇ」
「全自動パリングマシーンと化してたよね…………草はえた」
誰かがヘイトを取ってエネミーを引き付けていないとまともな戦闘にすらならない様子だったので、俺がそれを引き受けただけの話である。
SPの問題があるので、[Canaan]は俺の背中にぴったりと引っ付いてスキルで俺のSPを只管回復し続ける『全自動スタミナ回復マシーン』と化していた。
俺がミスったらもろともに『ガイアマンティス』に真っ二つにされるというのに、この子もこの子で大した度胸である。
「おいそれと真似できない高等技能なんだぞ」
「誰も真似しないから安心していい……」
最初はぼそぼそと途切れがちにしか喋ってくれなかった[Canaan]も、だいぶ饒舌に話すようになってくれた。
死線を一緒に潜り抜けて、少しは気を許してもらえたのだろうか。
ちなみに、イレギュラーエネミーへのとどめは普通に他のプレイヤーに取られた。
残念ではあるが、かなり楽しかったので、別に悔しくはない。
「さて、」
ポータルのある広場へと辿り着く。
俺の現在の拠点は『始まりの街』なので、とりあえずそちらに戻って[†TAKUAN†]の工房に顔を出して、現時点で集まった素材を渡してくるつもりだ。[Canaan]の拠点は『機術の枢密』という街らしく、この『大樹の片翼』の次の街マップだ。
つまり、ここでお別れだ。
「今日はありがとうな。おかげで素材もだいぶ集まったよ」
「んーん……倒したのは、ほとんどアナタ…………だから、こっちこそ、ありがと」
[Canaan]は相変わらずぼんやりとした瞳で表情が読み辛い女性であったが、『ワービースト』であるアバターの特徴的な獣耳は、今はピンと伸びている。耳を立てているのは、緊張状態だったはずだ。
「アナタに、言いたいことが、ある……」
「ん?」
彼女は何度か口元をむにむにと動かし、口を開こうとしてやめるような動作を数回。俺の顔を見上げたかと思えば途端に挙動不審になり、心を落ち着けるような深呼吸を繰り返すこと三回。俺が意味もなくはらはらと応援するような気持ちで見守ること数分。意を決したように、ようやく――
「アナタは、反省すべき」
「はい?」
まさかこのタイミングで苦言を呈されるとは思わなくて、思わず素っ頓狂な声が出た。
「アナタは、一人で楽しみすぎ……」
「あー、と。何が?」
「エネミーとの、戦闘、とか……?」
いや俺に訊かれても。
まあ思い当たる節はないでもない、というかありすぎる。だがしかしそれだけは勘弁して欲しいものだ。エネミーとの戦闘がこのゲームにおける俺の一番の楽しみなのだから。
ちなみに二番は着飾った妹のアバターを見ることである。シスコンと言いたければ言うがいい。
「援護役にも、少しは、見せ場をよこすべき……」
「具体的には?」
[Canaan]は「んー」と首をひねって暫し熟考。
「ちょっと死ぬべき」
「いきなりもの凄い罵倒がきて死にそうなんだが」
「……今のは間違い。もうちょっと、ピンチに、なってくれてもいい……と言いたかった」
要は後方支援に見せ場を作るために、もう少し窮地に陥ったりしてくれ、と言うことか。
なんだろうか。今日の[Canaan]は俺目線では完ぺきな援護をこなしていたように見えたが、それもそのはずで、実は物足りなさ過ぎてあくびが出るレベルの仕事量でしかなかったということか。
まあ、でも、決してつまらなかったわけではないというのは、時折見せた彼女の笑顔を思えば、流石の俺でもわかるのだけど。
ならば、こういうことか。
「じゃあ、『次』からは気を付けることにするよ」
「え……?」
「だけど俺は八百長はしないからな。次は、もうちょっとレベル帯の高いダンジョンに行こう」
つーわけで、と俺は[Canaan]に右手を差し出した。
出会った時と同じように。奇しくも、[Canaan]も出会った時と同じように、またキョトンとしていた。
「俺と、フレンドになってくれないか」
「!」
「今日、すげぇ楽しかったよ。俺はキミともっと一緒に遊びたい」
こんなセリフは少し気恥ずかしいが、何故か、[Canaan]にはちゃんと伝えるべきだと、そう思ったのだ。
彼女は暫し呆然と俺の顔を見上げていたが、不意に犬耳をぺたんと倒すと、頭を抱えて「う~~~~!」と呻り始めた。突然すぎる奇行に俺が唖然としていると、俯いた[Canaan]は前髪の隙間から上目遣いにこちらをひと睨み。
「…………ずるい」
「なにが?」
「自分が、さきに言おうと思ってた…………」
「うん?」
「…………ともだちに、なってほしい、って」
その、あまりにも可愛らしい理由に、自然と頬が緩む。
「残念だが、言ったもん勝ちだ」
「う~~~~!」
「てか[Canaan]、たぶんさっき一回言おうとして怖気づいてやめただろ」
「ふぐっ!?……いや、それはその、こここころのじゅんびが」
「はっはっは。俺もう言っちゃったもんなー。ビビってたやつが悪い」
それで、と差し出した右手をぷらぷら揺らして見せる。
流石に握手をスルーされたままと言うのは恥ずかしすぎるので、そろそろ俺を助けて欲しいのだが。
[Canaan]は真っ赤になった顔でやけくそ気味に俺の手を握り、しぱぁんっ!!とほとんど叩くような勢いで離した。
「ん!!……アナタは即座にフレンド申請を送るべきそうすべき!」
「はいはい。仰せのままに、っと」
ウィンドウを開き、パーティプレイヤーから[Canaan]を選択。フレンド申請を送る。
途端、目の前の[Canaan]が面白いくらいに背筋を伸ばして、びっくーん!と硬直した。
たぶん、PSI(脳裏のアイコン)に通知が来たんだろう。
というか、この驚きようはもしかして、初めてフレンド申請されたのか……?
[Canaan]がPSIから申請を承認したらしく、俺のほうにもその旨が通知され、手元のウィンドウのフレンドリストの欄には一人分、新たな名前が増えていた。そんな俺の姿を見た[Canaan]が大慌てで自身もウィンドウを開き、フレンドリストを確認する。
そこには、燦然と輝く『一人分』の名前が!(※プライバシー保護のため詳細は他プレイヤーからは見えません)
俺の名前だけか……それはそれでちょっと恥ずかしいんだが。
「ふおぉぉぉぉぉー…………!」
めちゃめちゃ感動してるし。
常にぼんやりとしていた瞳が、ビームでも出しそうな勢いできらっきらに輝いている。
感情が現れるという『ワービースト』の尻尾は、いまや残像を生むほどの勢いではちきれんばかりに振られていた。
なんだか小一時間見ていたい光景ではあるが、とりあえずこれだけは言っておかないとな。
「これからよろしく」
「ん♪」
あくとろく、えんど。
本日の画面外。
犬「ほんとにこれでただしいの? (ぐるぐる)」
蜂『(若人よ、存分に悩むがよい……)』
戦バカ「呼ばれるまで待機」
2020/6/28 流星脚の描写を修正




