↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Zillion Ray'N  作者: Lynx097
5/27

Act5:なんだこの人。バケモノか……!


 あくとご。





 このゲームにもちゃんとストーリとか世界観の設定というものが用意されている。


 俺はやるからにはしっかりとコンテンツを消化したい人間なので、ストーリーが更新されればチェックするし、公式サイトに載っている設定資料なんかにも一度は目を通す。

 そういう方面に人一倍こだわりそうな[さや]は意外なことに、公式のストーリーにはあまり興味がないらしい。

 あくまでも、自分が思い描いたロールプレイができれば満足なのだとか。


 それはさておき。



 この世界では『竜』という存在が『神』と同一視されている。

 初めに十柱の竜が存在し、それぞれが世界の『色』を担っていた。


 『陰』の四柱、『陽』の四柱、そして『中庸』の二柱だ。

 十柱の竜はそれぞれが対等で、世界は完ぺきな均衡を保っていた。


 だが、ある時、陰竜の一角である『黒の竜』が他の三柱の陰竜を滅ぼし、その力を収奪して強大な存在となった。

 『黒の竜』の力は世界を飲み込まんとし、陽竜の四柱はそれを阻止すべく結託して立ち向かい、中庸竜の二柱は中立を保った。


 竜たちはそれぞれに『眷属』を生み出し、眷属は相争い、世界の上で壮絶な代理戦争が幕を開ける。


 これがこの世界の創世神話である『七竜戦役』のあらましである。



 最終的には中庸の二柱が陽竜側として参戦し、『黒の竜』が滅ぼされたことで戦いが終わるのだが、世界の陰の面――すなわち半分を司っていた『黒の竜』が滅びたことで世界は均衡を完全に失い、崩壊の一途を辿ることとなる。

 『黒の竜』の断末魔とともに発生した『黒域(ブランク)』という空間が徐々に拡大し、世界を侵食し始めたのだ。



 長い時が流れ、世界の終焉が目前に迫った頃。

 七竜戦役で絶滅したと思われていた『黒の竜の最後の眷属』を名乗る少女が主人公(プレイヤー)の前に現れたことから、このゲームのストーリーが始まる。プレイヤーはこの少女とともに世界の各地を巡り、現存する『竜』の元を訪れ、その力の一部を譲り受けていく。

 少女には特異な能力があった。

 竜から受け取った力を基にして、新たな『竜』を誕生させる力だ。

 少女はその能力を使って、喪われた四柱の陰竜を再誕させ、世界の均衡を取り戻す使命を帯びていたのだ……!




 ……とまあ、そんな感じだ。


 このストーリー上の『黒域』というのが要するに未実装エリアのことであり、ストーリーが進んで陰竜が再誕するタイミングで大型アップデートが入って、世界が均衡を取り戻して『黒域』を退けた――と言う体で新規マップが追加されるのである。

 既にストーリー上では二柱の陰竜が再誕しており、残る竜は二柱なので、このゲームには少なくともあと二回の大型アップデートがあると言われている。

 ちなみに、現在アバターとして選択できる四つの種族はそれぞれが陽竜の眷属という設定だ。俺や[さや]の種族である『ヒューマン』は『白の竜』の眷属だ。



 さて、前置きはここまでとして、現在俺と[Canaan]が訪れている『緑堕の森殿』の話をしよう。

 ここは二回目の大型アップデートで追加されたマップで、元は『赤の竜』の神殿だった場所が『緑の竜(の力を取り込んだ黒の竜)』に奪われて支配下にされた場所、という設定のようだ。


 景観を簡単に説明するならば、そうだな。

 石造りの超巨大な神殿が、同じく超巨大な樹木の津波に飲み込まれた跡地――ってところか。


 よく冒険ものの映像作品なんかで、太古に滅んだ文明の遺跡が数千年を経て成長した植物と同化したような景観が描かれることがあるが、あれに近い。もともとが竜のための神殿だった場所なので、周囲のパーツの一つ一つがとにかくでかい。侵食する樹木も個々の枝周りがアバターの身体よりも太いような大樹ばかりなので、まるで自分たちが小人になったかのような錯覚を受ける場所だ。

 もっとも、出現する皇虫族エネミーも言ってしまえば馬鹿でかい虫なので、ここのスケール感に当てはめれば俺たちは正しく『小人』なのかもしれないが。


 どこもかしこも遮蔽物だらけなので、どこからエネミーが襲ってくるかわからない緊張感がある。皇虫族は虫なので、当然壁も天井もお構いなしに移動するし、飛行する種だって存在する。

 ただ、周囲のスケール感が馬鹿でかいせいで俺たちにとってはどこでも相対的に開けた空間になるし、ベースの建築物は石造りの神殿なので意外と足場は悪くなく、戦いやすい場所が多い。



「だいぶ素材も集まっては来たが……」



 今もまた、巨大なダンゴムシのようなエネミー『アイアンクロウラー』をぶちのめし、自動的にインベントリに収納されたドロップ素材を確認して呟く。皇虫族は身体がでかい分、得られる素材数も若干多めだ。[Canaan]と二人で狩りを始めてからかれこれ二時間くらいだが、そろそろスタックした素材でインベントリが溢れそうになってきた。

 インベントリに重量の概念はないのでいくら持っても大丈夫だが、枠が満タンになったら当然それ以上は持てないので一度街に戻る必要がある。



「ん…………」



 同じくインベントリを確認していた[Canaan]もホクホク顔だ。

 彼女の場合は金策のために素材掘りに来ただけとのことなので、特に目標個数とかは決めていないそうだが、まあ取れるだけ取って帰るつもりだろう。俺のほうは[†TAKUAN†]がクラフトレシピ解放に使うための素材を掘りに来たわけなので、だいぶ数が集まったとはいえ、必要個数を思えばまるで足りない程度でしかない。

 一回の掘りでこの量だと考えれば、少なくともあと二回は来る必要がありそうだ。

 ただ、場合によっては今日ほどの効率は望めないと思うので、実際にはもっと通う羽目になるかもしれない。


 今日の素材掘りはめちゃくちゃ効率がいい。

 というのもひとえに、相方が凄まじく優秀だからだ。


 初対面の印象からは『大丈夫かこの子……』と思わずにはいられなかった[Canaan]だが、俺の心配を嘲笑うかのように、そのプレイヤースキルはかなりのハイレベルだった。援護に徹するという宣言通りに、器用貧乏になりかねない『ガンナーメイジ』というクラス構成を完ぺきに使いこなし、俺のHPが減ったら即座に回復、状態異常を食らったら即座に治療、バフは絶対に切らさない、必要とあらば牽制射撃でエネミーの出鼻を挫き、俺の攻撃がジャストミートするようにエネミーをバインドで拘束し、強力なエネミーにはデバフを飛ばす――と獅子奮迅の大活躍である。

 いまだかつて、こんなに楽な戦闘があっただろうか、と俺が思ってしまう程度には優秀だ。


 ぶっちゃけ、次回以降も素材掘りを手伝ってもらいたいくらいだ。

 というか別に素材掘りじゃなくてもいいから、もっと一緒に戦ってみたい。

 てかフレンドになって欲しい。


 しかしながら、初対面の様子から察するに、どうにも『フレンド』という存在について思うところがありそうな様子だったので、俺も少しばかり慎重になっている。[Canaan]ほどの優秀な後衛はどのプレイヤーにとっても引く手数多の貴重な人財であろうが、俺のような前衛専門(しかできない)の輩は掃いて捨てるほど居るのだ。

 俺は自分自身がそれほど愉快な人間であるとは思っていないので、そんな俺とフレンドになってくれる相手にはせめて実利くらいは提供したい。となると、残念ながら[Canaan]にとっては俺と組む利は少ないのかもしれない。


 素気無く断られるかもしれないが、とりあえず街に戻ったらフレンド申請を送ってみよう。

 と、俺はそんなことを思いつつ、新たなエネミーの姿を探すのであった。





 ◇◇◇





 ――なんだこの人。バケモノか……!



 [エッジ]さんという男性プレイヤーと一緒に素材掘りを初めてしばらく、自分は戦慄しっぱなしだった。


 というのも、この人、頭おかしいくらい強いんだ。




 ぶっちゃけると、実は最初、彼にはたいして期待していなかったんだ。

 これは彼の実力がどうのという話ではなくて、単純に皇虫族エネミーを相手に前衛職が独力でできることには限りがあるからだ。大抵の皇虫族は強固な甲殻を纏っているんで、それを砕くほどの高火力を叩き込むか、脆弱部を狙い撃ちするしかない。

 前者は現実的ではないんで、必然的に後者の戦法を取ることになる。

 皇虫族は関節部も大部分が甲殻にカバーされているため、脆弱部がどこかと言うと、それは腹部だ。


 陸戦型の皇虫族エネミーは歩脚で移動し、前肢や頭部で攻撃を行い、付属肢で腹部を守っている。

 自分が今回援護に徹すると言ったのも、この付属肢を開かせるというのが援護役の大事な役割だからだ。つまり前衛が敵と切りあいをして引き付けている間に後衛は隙をついて付属肢を攻撃して破壊し、あらわになった脆弱部に攻撃を叩き込むというのが皇虫族討伐のセオリーだ。

 皇虫族相手に数を揃えても意味がないというのもここに理由があって、敵を引き付ける役目と、弱点を露呈させる役目、それ以外の人数が居ても実質戦闘に参加できないんだ。

 フレンドリーファイヤがあるから味方ごと攻撃することもできないし。

 皇虫族の体構造はいくつかの種類があるが、基本的なセオリーは変わらない。


 というわけで、今回自分が想定していたのは[エッジ]さんがエネミーと近接戦をしてヘイトを取り、自分が隙をついて付属肢を破壊し、そして弱点にどちらかが攻撃するという流れ。

 ステータスを見た限りでは[エッジ]さんはなかなかの熟練者っぽかったんで、弱点さえ開ければそこを攻撃してくれるくらいの実力はあるだろうと見積もっていたんだけど、だめそうなら自分で攻撃するまで、とも考えていた。


 ところがどっこい、である。




 今、[エッジ]さんが相対しているのは『キラーマンティス』というエネミーだ。

 見た目は全高(全長にあらず)およそ二メートル程度の巨大カマキリで、一番オーソドックスなタイプの皇虫族エネミーと言える。前肢の大鎌で攻撃を繰り出しつつ、付属肢を固めて腹部を守っている。

 これは虫系エネミーに共通する特徴なんだが、奴らは動くときにかなり極端な挙動をする。静止状態からいきなりトップスピードに至るような動き方をするんだ。まるでコマ送りで途中をすっ飛ばしたような攻撃を繰り出してくるので、見切るのが非常に難しい。

 後衛から見ている分にはそれほどでもないが、近接距離で相対するとなると相当な反射神経と動体視力がないと、気づいたらやられていましたとなりかねない。

 もっとも、所詮は虫なので技量はなく、冷静に待ち構えていれば攻撃を先読みでガードするのはそれほど難しくはないんだが。


 それを、[エッジ]さんはあろうことか自分から全力で突っ込んでいく。

 少し離れたエネミーに向かって[エッジ]さんが一歩を踏み込むと、足に装備した打甲(ガントレス)がマナを撒き散らし、爆発的に加速した[エッジ]さんが一瞬にして『キラーマンティス』の懐に潜り込む。

 ブレイカークラスの移動スキル『虎牙輪転(こがりんてん)』だ。

 使用するためには基点となる足場が必要で、一直線の移動しかできず、移動距離も短いが、その速度は他の移動スキルの追随を許さない。

 間合いに劣る『打甲(ガントレス)』の欠点を補うための最速の移動スキルだ。


 だが瞬発力に優れる皇虫族は、その速度にも容易く反応してくる。

 虫らしい予備動作のない動きで、『キラーマンティス』の凶悪な大鎌が高速で振り下ろされる。

 [エッジ]さんは右の大鎌をダッキングのような挙動でするりと掻い潜り、左の大鎌に合わせて拳を繰り出す。


 キィンッ! と甲高く気持ちのいいSEが発生し、緋色のマナをまき散らして『キラーマンティス』の左の大鎌が大きく軌道を逸らされた。


 ブレイカークラスのスキル『パリング』だ。

 相手の攻撃に対してジャストタイミングで別ベクトルの攻撃を合わせることで、攻撃の軌道を逸らす迎撃スキル。

 成功すればどんな攻撃でも逸らせる、ブレイカークラスの生命線とでも言うべきスキルではあるが、成功確率は高くないと言われている。比較的タイミングを読みやすい大型エネミーの鈍重な攻撃に対しては極めて有効、と評される程度のスキル……のはずなんだけど。



 マンティスの鎌にパリングって、イカれてんのか……!?



 破れかぶれで成功した、というわけではもちろんなくて、[エッジ]さんは予定調和とばかりに勢いを緩めず、更に踏み込む。

 彼の上腕が緋色のマナを纏い、アサルトスキルの発動待機に入ったことを示す。

 そのまま、『キラーマンティス』の付属肢ごと腹部に向かって肩からぶちかましを仕掛ける。


 派手なエフェクトともにマナが爆裂し、『キラーマンティス』がたたらを踏んで後退する。

 ガード崩しのアサルトスキル『崩山哮(ほうざんこう)』だ。直撃すればエネミーのガード状態を強制的に解除するか、ガード状態にないエネミーであれば短時間のスタン効果を付与する。

 『崩山哮』をもろに食らった『キラーマンティス』の付属肢は一撃で完膚なきまでに破壊されていた。付属肢も一応は甲殻を纏ってはいるが、もとが細くて脆い部位なので、甲殻が砕ける前に付け根の関節からぶっ飛んだりする。


 無論、敵もただやられるだけではない。最初に回避された右の大鎌を引き戻し、[エッジ]さんの頭上から叩きつけようとする。

 だが、その瞬間には[エッジ]さんの両足は既にアサルトスキルの発動待機に入っていた。


 エネミーの攻撃よりも一瞬早く繰り出すのは、大きく弧を描く蹴り上げのアサルトスキル『臥龍脚(がりょうきゃく)』だ。変則的なムーンサルトの軌跡が描く弧状のエフェクトはさながら大鎌の刃のようで、互いの大鎌が上下から噛み砕くようにぶつかり合う。一手先んじることで速度が乗り切った[エッジ]さんの『臥龍脚』がエネミーの右前肢を大鎌ごと高くかち上げる。

 激突の反動に逆らうことなくむしろ利用して、蹴り足を震脚となして地を揺らし、死に体となった『キラーマンティス』の正中線を見据えて構えた[エッジ]さんの拳に更なるマナの輝きが宿る。


 満を持して突き出された正拳突きが、爆炎のごときマナを纏って『キラーマンティス』の腹部に直撃し、巨大な光の杭のようなエフェクトを発生させてその胴体を容易く貫通した。

 弱点部位に攻撃した場合に威力倍率が上がるアサルトスキル『紅桜烈破(こうおうれっぱ)』だ。

 胴体が泣き別れになった『キラーマンティス』は戦闘不能……というか、どう見ても即死だ。


 砕け散った光のエフェクトが名前の通りに桜吹雪のごとく舞い散る幻想的な光景の中で、[エッジ]さんは何でもない様子で武器を納刀状態に戻して立ち尽くしている。あれだけ景気よくアサルトスキルを連発したんで、消費したMPとSPが回復するのを待って居るんだろう。



 手を出す隙すらなかった自分はと言うと、とりあえず、[エッジ]さんに掛けたバフの効果時間が切れそうだったんで、その前に重ね掛けをしておくことにした。

 素材掘りを開始してこのかた、ずっとこの調子である。

 エネミーが現れるたびに『待ってました!』とばかりに[エッジ]さんが突撃していって、自分が手を出すまでもなく一人で、エネミーのヘイトを取って弱点をブチ開けて殲滅までやってくれる。


 今のところ、自分は完全に役立たずと化しているんで、少しでも役に立とうと思ってこまめに回復を掛けたり、バフを掛けたり、エネミーに嫌がらせをしたりしてる。

 だって、そのくらいしかできることないんだもん……。



 たいして期待していない(キリッ)

 とか思ってた少し前の自分が恥ずかしくて死にそうなんだけど。

 むしろこれ、自分要らなくね? というかこれじゃあ彼に寄生してるだけの屑プレイヤーそのものじゃね?



 [エッジ]さんの戦闘を後ろから見ていることしかできないんで、せめてそこから少しでも勉強しようとしてみたりもした。

 自分がブレイカーのクラスを使ってみたときには、間違ってもあんな押せ押せで無双するクラスじゃなかったはずだ。

 手足の長さが全然違うから、リーチの面で[エッジ]さんのほうがだいぶ有利なのは否めないけど、彼の強さの理由はそんな低次元の話では決してない。


 思うに、彼の強みは色々ある。

 優れた動体視力と反射神経はもとより、それを活かすための並外れた胆力。

 エネミーの攻撃を冷静に観察し、見極め、対応する度胸だ。


 だがなによりもバグっているのは、モーショントリガーによるアサルトスキルの技量だろう。



 スキルのモーショントリガーってのは知っての通り、登録しておいた動作を行うことでアサルトスキルを発動待機させる機能だ。

 一つのスキルに対して複数の動作を登録しておくこともできる。


 自分を例に挙げれば、抜刀状態で腰を少し落とした姿勢から、右手の銃を構える動作で『ピアッシングバレット』の発動待機。左手の銃を構える動作で『クラスターバレット』の発動待機。銃のトリガーを引くことで発動だ。下半身の動作と連動させることで通常の射撃と差別化し、暴発を防ぐ。自分は右利きなので、一体のエネミーを狙い撃ちしたければ右手で貫通力特化のスキルを撃つし、複数のエネミーを同時に攻撃したければ左手で広範囲攻撃のスキルを撃つ。

 連撃をしたければスキルの発動後に一歩踏み込むことで次のスキルの発動待機、そのときに踏み込まずに後ろに一歩引けばまた別のスキルの発動待機、といった塩梅だ。

 これがうまい具合にはまると、まるで『踊るように連撃する』ということができるんだ。


 これでも自分なんかは結構細やかにモーション登録しているほうで、大抵のプレイヤーはもっと大雑把だ。何故なら、エネミーとの戦闘中に都合よく使いたいスキルの登録動作をできるとは限らない(近接職は特に)ので、モーショントリガーは連撃用、くらいに割り切って普段使いはボイストリガーで済ませることが多いんだ。


 で、[エッジ]さんはと言うと、もう次元が違う。


 なんせ、戦闘中の彼は絶えず身体のどっかがマナを纏っているんだ。つまり、あらゆる動作で常になにかのスキルを発動待機している。たぶんだけど、彼のモーショントリガーは凄まじく細分化されていて、ミリメートル単位の動作をコンマ秒単位で登録しているんだと思う。

 エネミーの懐に踏み込む一連の動作の中に複数のスキルを内包して、どのタイミングで攻撃を繰り出すかによって使い分けている。まれにスキル名を言ってる時があるんで、エネミーの攻撃を回避せざるを得なくなったりして、どうしてもモーションが崩れた場合なんかはボイストリガーで強制的に上書きしているんだろう。



 つまり、頭おかしい。



 仮に自分が同じことをやれと言われたら、確実にスキルが暴発する。

 スキルが暴発などすれば間違いなく隙だらけなので、エネミーの攻撃をもろに食らうだけだ。


 [エッジ]さんは一度も暴発していないどころか、一度も空振りしていない。

 エネミーの攻撃は基本的に最小限の動作で回避し(回避動作すらもトリガーなんだろう)、回避できない攻撃はパリングで逸らすか、カス当たりは無視してHPを削らせながらモーショントリガーを揺ぎ無く実行する。


 このゲームにおけるエネミーとの戦闘の極意とは何か。

 それは、いかに効率よく的確にアサルトスキルを叩き込むか、これに尽きる。


 [エッジ]さんはまさに効率の権化だ。

 たった一つの小さな動作すらも無駄にすることなく、アサルトスキルを発動する布石を打ち続け、エネミーに叩き込むことしか考えていない。


 そしてエネミーを実質一撃で仕留める、これが本当にすごい。

 このダンジョンの適正レベルは32。出現するエネミーは基本的にはそこから±2レベルの範囲だ。ごくまれに強力なエネミーがそれ以上のレベルで現れることもあるが、それでも誤差だ。だって[エッジ]さんのレベルは38、このダンジョンではなにがどうなっても彼よりレベルの高いエネミーなんて出てこない。

 だから、彼の攻撃がエネミーの弱点を一撃で破壊するのは実は全然驚くべきことじゃないんだ。

 それだけのレベル差と、応じた攻撃力があるんだから。


 驚くべきは、その一撃を寸分の狂いなく『当てる』ことだ。


 このゲームのエネミーにはアジリティ(敏捷性)のパラメータが存在し、数値が高いエネミーほど機敏に動く。

 ところが、プレイヤーのアバターにはこのパラメータが存在しない。

 どれだけレベルが上がろうと、攻撃の威力や肉体の頑強さが上がるだけで、素早く動けるようにはならないんだ。

 厳密には筋力の数値が上がる分だけ高くジャンプ出来たり速く走ったりは出来るけど、反応速度が上がるわけじゃない。


 もちろん、エネミーだけがどんどん速くなっていったら対抗手段がなくなってしまうんで、プレイヤーの側にも様々な移動スキルがある。でも、それはスキルで無理やり高速移動しているだけで、プレイヤーの能力が成長してその速度域に対応できるようになっているわけじゃない。

 あくまで、プレイヤーが、自分の意志でスキルを正しく使って、初めてエネミーの機敏さに対抗できるんだ。


 極論を言えば、レベルがカンストしたプレイヤーであっても、どんくさいヤツでは『ランドピーク(へんなとり)』すら倒せない。


 こちらの攻撃を当て、あちらの攻撃を避ける。

 これらの動作に必要な能力値を、すべて『中の人』のセンスに依存しているので、このゲームの戦闘難度は高いんだ。






 また一体の『キラーマンティス』に『緋焔脚』を叩き込んで沈黙させた[エッジ]さんに声を掛ける。



「…………おつ」



 すると[エッジ]さんは疲れた様子も見せず、むしろ溌剌した雰囲気で振り向いた。



「おう。サポートありがとうな」


「…………ん」



 なんとも言えない気持ちで頷く。

 この人、この自分の苦し紛れ程度の援護に、なんかすっごい満足してる節があるんだよね。

 彼にしてみればエネミーの相手は一人でもどうにかなっちゃうから、それ以外の部分で、バフとか回復とかをちゃんとやってくれる後衛が居ればすべて事足りるんだろうけど。


 自分は、ちょっと面白くない。

 これでも、ここまでそれなりに長い期間ほぼソロで活動してきた自負があるんだ。自分はもっとやれる。今やってるような簡単な援護だけなら誰だってできるんだ。自分は、そんな十把一絡げのプレイヤーたちとは違うんだ。

 ちっぽけなプライドがむくむくと首をもたげる。


 彼は明らかに普通とは違う、優れたプレイヤーだ。

 自分は、自分も、そんな彼に『出来るヤツだ』って思ってもらいたいんだ。

 凡百なんて表現で一括りにしてほしくないんだ。


 と、その時PSIにエネミーの存在を示す反応。

 ガンナーである自分の索敵範囲はブレイカーである[エッジ]さんのそれよりも広い。

 だからこそ、彼が気付いていないエネミーの接近に気付く。


 反応は――――上!



「敵!上っ!」



 咄嗟の呼び掛けに[エッジ]さんは反応してくれた。

 上方を確認しようとするより先に、前に飛び込むようにしてその場から身を逃す。彼はこちらに振り向いていたんで、ちょうど自分のほうに向かって飛び退くかたちだ。

 一瞬前まで[エッジ]さんが立っていた場所に、巨大な黒いボールみたいなものが轟音とともに落下する。

 ダンゴムシを巨大化したようなエネミー『アイアンクロウラー』だ。

 おそらく、頭上の樹上を徘徊していたエネミーが降ってきたんだろう。


 『アイアンクロウラー』はそのまま地面の傾斜と落下の勢いを利用して、受け身を取っていた[エッジ]さんを轢き潰さんと高速で転がってきた。

 体勢を立て直した[エッジ]さんと自分の視線が一瞬だけ交錯する。

 [エッジ]さんも背後から『アイアンクロウラー』が迫っていることは理解しているだろう。

 今彼が身を躱せば、直線上に居る自分がそのまま攻撃対象になる。


 でも大丈夫。

 このタイミングであれば自分でも見てから躱せる。

 だから避けてくれていい、という思いを視線に乗せて送ると、彼は一つ頷いた。



 そして、振り向きざまに『アイアンクロウラー』に右の裏拳を叩き込む。

 キィンッ、と気持ちの良いSE。



「…………えぇ」



 思わず脱力した声が零れる。


 振り向きざまに、しかも裏拳でパリングしやがった……!


 本当にバケモノじみた反射神経だ。


 てか今パリングしてから振り向いたよね?

 ぜったい見る前にパリングしたよね?


 パリングされた『アイアンクロウラー』はその軌道を大きく乱し、側方の岩塊の上に乗り上げていって、最終的に朽ちた石柱にぶち当たって停止した。『アイアンクロウラー』は転がるしか能のないエネミーだが、その甲殻は堅牢極まりなく、ダンゴ状態のときには一切の攻撃を内部に通さない。転がり攻撃を回避されると一度ダンゴ状態を解除して方向転換する習性があるので、その際に側方から攻撃を加えてひっくり返し、弱点である腹部を露にするのが攻略法だ。

 石柱にぶつかった『アイアンクロウラー』はのそのそと方向転換してこちらに向き直ろうとしている。

 ひっくり返すには距離が遠い。

 もう一度転がらせて躱すか?

 いや――



「足場を、崩すっ!」



 咄嗟にPSIから『クラス切替』を実行。

 使用クラスが『ガンナー』からセカンダリの『ウォーメイジ』に変わり、手の中の双銃(ツインガン)が両腿のホルスターごとマナの粒子になって消滅し、代わりに身長を超える長さの戦杖(バトルスタッフ)が出現する。



「『フレアボム』!」



 ボイスコマンドでマジックスキル『フレアボム』を発動し、バトルスタッフの先端に若草色のマナが収束する。

 フルスイングの要領でバトルスタッフを振り抜くと、先端のマナが光球となって分離し、飛翔する。

 微妙にのんびりとした速度で飛翔した光球は『アイアンクロウラー』の足場となっている岩塊に到達すると、エフェクトとともに爆発した。『アイアンクロウラー』にダメージを波及させるほどの威力も規模もないが、朽ちた岩塊を砕くには余りある。

 足場が崩れ『アイアンクロウラー』の巨体が転げるように落下する。


 そして、落ちながら曝け出された無防備な腹部に、一気に距離を詰めていた[エッジ]さんの『紅桜烈破』が炸裂した。





 あくとご、えんど。









 本日の病気。



戦バカ「避けるつもりが条件反射でパリングが……!」


犬「なにそれこわい」




2020/6/28 戦闘描写を追加

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。