Act18:まさに我が世の春、ですね
あくとじゅうはち。
佳境だった。
戦況は熾烈と混迷を極めつつある。
『六道窮鬼』の勢力の損耗率は7割を超え、眷属である大型の『屍鬼』が跳梁する。
「『土蜘蛛』が来るぞォ!避けろォー!!」
レギオンメンバーの誰かの叫びを受けて視線を向けると、度重なる戦闘で損壊した城郭をとうとう完膚なきまでに破砕して、大型のエネミーが驀進する光景があった。
骨で出来た巨大な蜘蛛だ。
本来、蜘蛛に骨格などないので、それは寄り集まった黒塗りの骨が、蜘蛛のような形状を取っているだけの正真のバケモノだった。
『六道窮鬼』に比すれば流石に小さいと言わざるを得ないが、それでも家屋などより大きい。
それが電柱よりも太い八本の脚をせわしなく動かし、大きく膨らんだ腹部に小型・中型の『屍鬼』を満載して侵攻してくるのだ。
「ギエェェェェッ!?」
「ああっ![ゆうと]が轢かれた!?」
「い、生きてる!ギリ生きてるけど、足が折れたぁ!?」
「治療します![GOEMON]さん援護してっ」
「承知で御座る!」
大型の『屍鬼』の突進をプレイヤーの攻撃で止めるのはほぼほぼ不可能だ。
ゆえに奴らが現れれば回避せざるを得ず、こちらが時間をかけて組み上げた陣形は、徐々に崩壊しつつある。
プレイヤーを轢き潰しながら駆け抜けた『土蜘蛛』は、急停止すると八本の脚を根のように張って、キャリアーした戦力を展開しはじめる。
ガオォン!と劈く砲声が轟く。
小型・中型が地表に展開するその瞬間。もっともエネミーが密集した箇所を狙いすまして漆黒の砲撃がぶち抜く。
そのまま薙ぎ払うように射線が移動し、エネミーを消し飛ばしていく。
ガンスリンガースキル『スフィアイレイザー』。
レギオンリーダーである[ガルム]だ。
「射撃職、残敵を掃討しろ。『土蜘蛛』は俺たちで引き受ける」
インカム越しに指示を飛ばす彼の背中を見ながら、私はため息を吐いた。
感嘆である。
「[エッジ]くんのおかげで驚き慣れていたつもりだが、バケモノは意外とたくさん居るのかもしれないな」
私の呟きに、そばで活き活きと投剣を投げまくっていた蒼月くんが反応する。
『有名プレイヤーにも色々居ますからねぇ』
「そうだね」
人の上に立つプレイヤーと言っても、その資質は当然様々だ。
統率力があったり、話術が巧みだったり、頭が切れたり、あるいは単純な愛嬌だけでのし上がったり。
共通しているのは、上に立つことを周囲が認められるだけの、突出した『なにか』を持っているということ。
この[ガルム]という男は分類で言えば[エッジ]くんと同じタイプ。
己の実力だけで万人を黙らせ、今の地位を築き上げた男だ。
[ガルム]の驚くべきところは、その器用さと集中力だ。
同時に複数の行動を思考することを『マルチタスク』と呼ぶが、[ガルム]はそのマルチタスクの精度が尋常じゃない。
今だって、レギオンリーダーとして戦況を俯瞰してメンバーに指示を出しながら、左手の銃剣で先の砲撃のように地上前衛の援護を行い、右手の銃で上空の[エッジ]くんの援護を行う。
[ガルム]の周囲には三つの立体的なオブジェクトが浮かんでいる。
半透明な正八面体のそれらは、ガンスリンガースキルの『プリズムビット』と呼ばれるもので、[ガルム]というプレイヤーの代名詞的スキルでもある。あのスキルの効果は、ビットにヒットした射撃系のアサルトスキルを反射すること。ビットは一定のペースで回転していて、正八面体のビット表面に対する射撃の入射角に応じて反射角・屈折角が定まる。
先ほど、『土蜘蛛』が展開しようとした戦力を薙ぎ払った際も、『スフィアイレイザー』を『プリズムビット』に向けて放ち、ビットの回転によって射線をずらすことで薙ぎ払いの攻撃に転化したのだ。
[ガルム]は同時に三つまで展開できる『プリズムビット』をフル活用し、その場から一歩も動かず、片腕の射撃だけで、あらゆる場所を射撃してのける変態的なガンマンだった。
恐ろしいのは、三つのビットの位相を完全に把握していて、どのタイミングでどの部分に射撃を入れれば、どの方向に反射するのかを完ぺきに理解していることだろう。
ビットの回転ペースと方向は一定で、プレイヤーの制御下にない。
ゆえに、少しでもタイミングや射角を誤ればたちまちフレンドリーファイアを誘発しかねないリスキーなスキルだというのに、[ガルム]という男はその『プリズムビット』を使って精密射撃をしてのけるのだ。偶発的な味方誤射までは流石に防ぎようがないが、エネミーに関して言えば、私が見ている限り[ガルム]は今まで一度も狙いを外していない。
それだけでも天才的なのに、彼は戦況の把握と味方への指示と上空の援護すらをも同時にこなしているのだ。
空間把握能力とでも言うべきか。
物事を多角的に演算し処理し続ける能力がずば抜けて高いのだ。
ちなみに、私が何故悠長に[ガルム]の戦いっぷりを観察していられるのかと言うと、私の今回の役目は[エッジ]くんへの『神託』の供給を絶対に途切れさせないことなので、最も安全な[ガルム]の庇護下に陣取っているからである。
大型種のエネミーが出現し始めてからは、[ガルム]を司令塔に全レギオンメンバーを集結し、戦力の集中投入で戦線維持を図る方針をとった。
敵勢力である『屍鬼』の密度はかつてないほどに高まり、多くのプレイヤーが『ユニオンレイド』に参集してなお、物量ではエネミー優位が続いている。この、追い詰められるほどに増えていく圧倒的な物量こそが『六道窮鬼』レイドの特異なところだ。
大抵の『ユニオンレイド』の終盤においては多数のプレイヤーがイレギュラーエネミーを取り囲んでタコ殴りにするような光景になりがちだ。それでもってイレギュラーエネミーの大規模な一撃で軒並みぶっ飛ばされるのが一種の風物詩的光景なのだが、この『六道窮鬼』のレイドはあらゆる意味でセオリーを無視してくれる。
膨大なエネミーの海の中で、自分たちのようにプレイヤーが寄り集まって、嵐に翻弄される船のように、散発的な抵抗を続けている図。
ことここに至っては、敵勢力が尽きるまでエネミーを只管に殲滅し続ける我慢比べの様相だった。
『六道窮鬼』と『屍鬼』はHPの総量を共有しているが、最後のトドメだけは必ず『六道窮鬼』のHPを削らなくてはならない。
戦闘エリアは既にエネミーで埋め尽くされているので、このタイミングで新たに参戦したプレイヤーがエリア外縁から中心部の『六道窮鬼』に辿り着くのは容易ではない。
逆に、初期から参戦して、今なお『六道窮鬼』の足元に陣取っている私たちのレギオンにこそ、現状最も『六道窮鬼』を倒せるチャンスがある。
『私、[ガルム]さんが強いのは知ってましたけど』
蒼月くんは思案気に上を見上げ、
『妹さんがあんなに出来るとは、思ってなかったなぁ( ; ゜Д゜)』
確かに、と私も頷く。
[ガルム]のパーティーに参加していた[ヨルハ]という幼げな女性プレイヤー。
彼女が[ガルム]の妹だというのは会話を聞いていればわかるが、その小柄な体躯はどう見ても中学生か、もしかしたら小学生もあり得る。
となると、実は[ガルム]自身もかなり若いのではないだろうか。
その[ヨルハ]嬢のクラスは『ニンジャ』だ。
機動力お化けの『ニンジャ』の神髄とは、クラススキルである『朧水月』がもたらす『走破力』関係パラメータの大幅強化と、重力加速度のベクトルを操作する移動スキル『縫天龍舞』の相乗効果による、縦横無尽の変態機動だ。
[ヨルハ]嬢はその機動力を駆使して、まるで上空の[エッジ]くんが地面に落とした影のように、彼に勝るとも劣らぬ韋駄天っぷりを発揮している。
この場合、あの[エッジ]くんに追従できる[ヨルハ]嬢の技量に驚くべきか、それとも『デスペラード』を以てして『ニンジャ』に比肩してしまっている[エッジ]くんの規格外を再認識すべきか。
彼女は、上空の[エッジ]くんの軌道を先読みして投剣を投擲し、それを[ガルム]が『バインドバレット』で狙撃することで足場を作っているのだ。
現状『ジャグラー』を使っている蒼月くんもいずれは『ニンジャ』クラスの解放を目指しているとのことなので、余計に[ヨルハ]嬢のプレイングに感じ入るところがあるのだろう。
『[エッジ]先輩が『バインドバレット』で足場をどうのって言い始めたときは冗談だと思いましたけど……』
「まさか本当にやるとはね」
投げた投剣をバインドして足場を作ってしまう[ガルム]兄妹も大概だが、やっぱり一番イカれてるのは、そんな急造の足場で危なげなく空中戦を繰り広げてしまうウチの後輩くんだろう。
[エッジ]くんや[ガルム]が変態なのは今更言うまでもなかろうが、私のような一般ピーポーから見れば妹の[ヨルハ]嬢もじゅうぶんに普通じゃない。
あの変態兄どもの戦場に割って入れる時点で普通なわけがない。
それにしても、すごい光景だ。
信じられるだろうか。
卓越した『ガンスリンガー』が放つ幾多の銃撃が。
縦横無尽に空を駆ける『ニンジャ』の投げる幾多の投剣が。
放射状に布陣した多数の『アーチャー』たちの射掛ける無数の矢が。
そのすべてが、ただ一人のプレイヤーに対する援護でしかないなんて。
「まさに晴れ舞台だな」
統括して指示を出しているのは[ガルム]だが、誰一人としてそれに異を唱える者はいなかった。
誰もが自然と、それこそ[ガルム]すらもが、示し合わせたように[エッジ]くんを援護している。
コモンレベルだけで判断すれば、このレギオンで最も下に居るはずの彼の戦いを、である。
彼らの気持ちが私にはわかる。
『神託』を維持する限り私は無力だ。
満足に戦うこともできず、戦況が推移するのを見守ることしかできない。
だが、誰に強制されたわけでもなく、私は望んでこうしている。
何故ならば、彼の戦いに魅せられたからだ。
あの戦いぶりに惚れこんだのだ。
[エッジ]くんは間違いなく、この戦場における唯一無二の『英雄』だった。
彼の戦う姿を見た誰もが、それを肌で理解している。
だからこそ、その『英雄譚』の一助となることを厭わない。
我らの英雄に勝利を。
誰も彼もがハイになっていて、そんな一種の陶酔感の中にあった。
「……これで負けたら大顰蹙だぞ」
『言わないでください。大ごとになり過ぎてビビり始めてるんです』
私の揶揄に、インカムから[エッジ]くんの何とも言えない反応が返ってきた。
普通に隣で会話に参加していたみたいに自然に入ってきていることには最早何も言うまい。
「キミがそんなタマかね。むしろ、楽しくて仕方がないだろう?」
『それは否定しませんが』
「今どんな気持ちだね?」
『まさに我が世の春、ですね」
とっぷりと日が暮れた『朱呑の楼閣』の闇を裂いて、緋色の光が瞬いている。
あまりにも速く、そして淀みない機動。
足場にしている[ヨルハ]嬢の投剣は闇に紛れて殆ど見えはしない(彼女のマナは藍色だ)ので、地上から見上げると、まるで[エッジ]くんが自由自在に空を飛び回っているように見える。
直線を行く『虎牙輪転』と曲線を描く『ランブルアクセル』を器用に使い分け、『六道窮鬼』の腕を翻弄するように、あるいは絡みつくような複雑怪奇な軌跡を描いて見せる。
実のところ、[エッジ]くんは普段からこのような戦法を使っているわけではない。
というか、ここに来るまでの彼の言を聞く限り、たぶん空中戦など演じたのはコレが初めてだろう。
今だからこそ思うが、『六道窮鬼』と戦い始めた当初は彼も手探りだったのだ。
ぎこちない挙動でなんとかエネミーに食い下がっていただけ。
それがどうだろう。
この短い時間の中で、彼の動きは劇的に進化を見せている。
より速く、無駄なく、効率的に、洗練された動作へと。
殻を破り、ひな鳥は翼を得て、文字通り飛翔したのだ。
それは[ガルム]と[ヨルハ]嬢の兄妹にも言えたことで、最初はとりあえず投剣をばらまき、[エッジ]くんが無理やりに合わせることで足場の体を成していたにすぎなかったが、繰り返すたびに、加速度的に、その精度を高めていく。
[エッジ]くんと互いの動作を先読みしたかのような、歴戦の仲間のような息の合った連携を見せている。
もはや即席のレギオンには全く見えやしない。
「ところで[エッジ]くん。なにやら[ヨルハ]嬢と仲良さげだったじゃないか」
『そうですか?』
「幼気な少女をいつの間に誑し込んだのかね?」
『……人聞きが悪いですね』
先ほど一瞬だけ近くで見る機会があったが、[ヨルハ]嬢は実に可愛らしい、ちんまりとした少女の姿をしていた。
猫の『ワービースト』で、黒髪と相まって、黒毛の子猫が擬人化したみたいな、なんとも愛嬌のある容姿だ。
一応『ニンジャ』であることを意識しているのか、手足には和風の小具足を身に着けていて、口元を絹地っぽい黒のマフラーで覆った忍装束を身に纏っているのだが、その忍装束がまた派手にアレンジされたフィクション的なデザインで、しかもセクシーなのだ。
袖がないせいで肩も腋も剥き出しで、何故か内股の布がなくて腿が見えているという、ちょっとばかしエロチックな魔改造が施されている。
昨今のサブカルチャーに造詣が深い者であれば、ある意味見慣れた感じのデザインではあるのかもしれない。
下半身の布ががっつり削減されているせいで、忍装束の下に着ているレオタードっぽいものが見えてしまっているのだが、きっと、ぱんつじゃないので恥ずかしくないのだろう。
完全に余談だが、あのタイプの『腰で吊るボトム』と言うのは、本来は脚を守るための保護具としてズボンの上から身に着けるものだ。例えば、カウボーイなんかが身に着けている『チャップス』とかが比較的イメージしやすいだろう。
[ヨルハ]嬢のそれは、無理やり分類するならば『脚絆』の亜種であろうか。
身に着けているのが未成熟な少女だから、なんというか仮装でもしてるような微笑ましさが勝っているが、これがもう少し出るとこの出ている――例えば佐々木くんなんかが同じ格好をしたら、完全にアダルトなアレにしか見えないことだろう。
「[ヨルハ]嬢の装いは[ガルム]氏の趣味なのか?」
「違う」
どうせ普通に返事してくるだろうと思って目の前の背中に声を掛けると、案の定即答が返ってきた。
にべもない否定ではあったが。
そのつっけんどんな声音に、あまり会話する気はなさそうだと思ったのだが、私の印象に反して[ガルム]は平然と言葉を続けた。喋りながら適当そうに撃ったアサルトスキルが『プリズムビット』でカクンカクンと屈折して、斜め後方の少し離れた位置に居た『牛頭』の頭部をピンポイントでぶち抜いたことには今更驚きもしないが。
たぶん、普段からこんな感じの男なのだろう。
「俺は[ヨルハ]の自主性を尊重することにしている」
「ほう?」
「俺が言うと、あの子はその通りにしてしまう。あの衣装は、あの子が自分で『くのいち』とは何たるかを調べて用意したものだ」
「言い難いが、[ヨルハ]嬢が調べた資料と言うのはおそらく――」
「皆まで言うな。理解している」
そう言って[ガルム]はゆるく首を振った。
銀髪黒衣の冷たい容貌をした彼だが、噂通り中身は意外と妹煩悩な兄のようだ。
ちなみに、おそらく[ヨルハ]嬢はネットで『くのいち』の衣装を調べて、アニメかゲームにでも登場するキャラクターのそれを参考にしたのだろう。しかも、十中八九、どちらかというと男性向けのちょっとえっちなヤツを。
そこは兄として止めてやれよ、と思わなくもないが、まあ[ガルム]にも彼なりの苦悩と葛藤があったのだろう。
「本当に珍しく、あの子が自分で選んで、自分で決めたことだ。ならば俺はそれを尊重する」
「例えちょっとアレな格好でも?」
「そうだ。例え、クラフトレシピ解放のために東奔西走する羽目になろうとも、だ」
妙に実感の籠った言葉に、彼の苦労が偲ばれる。
ああいうセクシーなコスチュームっていうのはほぼほぼ例外なく作るのがもの凄くめんどくさい。エロで釣れば頑張るでしょ、っていう男性諸氏の心理を巧みに突いたえげつないレシピを用意されているのが普通である。
もっとも、製作の難度が高い分コスチューム自体のクオリティは意味わからないくらい高いものが多いので、一概に悪い話ばかりでもないらしいが。エロで釣れば頑張るのは、なにもプレイヤー側に限った話ではないということだな。
さらに余談だが、そんな性に飢えた男性プレイヤーのために、セクシーなコスを着てあげて小遣い稼ぎをする女性プレイヤーも少なからず存在するようだ。まあ、それ自体は誰も損しないWin-Winの関係かもしれないので、当人同士が納得しているならばどうぞお好きにという話である。
『……とても他人事とは思えない話だな』
聞いていたらしい[エッジ]くんから苦笑いの気配がする。
私は[エッジ]くんの妹君のことは話でしか知らないが、つまり、彼(と城戸くん)が妹君のご所望のコスチュームを用意するために涙ぐましい努力を重ねていたことは話に聞いているということだ。
蒼月くんも同じことを考えていたらしく、私にこっそりチャットを飛ばしてきた。
『やっぱり、絶対仲良くなれますよあの二人(´-ω-`)』
……私もそんな気がしてきた。
◇◇◇
「ふはははは!墜ちろカトンボぉ!!」
――しぱぁんっ!
「あいったぁ!?」
何を物騒なことを言っとるんだ貴様は。
という思いを籠めてパーティーメンバーの[オレンジ☆ペコ]の頭をひっぱたく。
「痛いぞ[子龍]」
悪びれもせずに真顔でそんなことをのたまう[オレンジ☆ペコ]に、私は嘆息を禁じえない。
当然だが痛いはずはない。せいぜいが、叩かれた箇所が『じぃーん』と痺れる程度だろう。
名前に星とか入っている彼女だが、見た目はパンツスーツのキャリアウーマンだ。オレンジ色のショートカットにスタイリッシュな細身の眼鏡、弓を持つほうの腕にだけ軽装のガントレットを装備し、矢筒のないSFチックなエネルギー武器の弓を装備している。
名前の由来は好物だそうで。
彼女はいかにもできる女といった風におとがいに指を当てて、思案気な表情をする。
黙っていれば本当にかっこいいと、同じ女として思うのだけど、どうして口を開いた瞬間にこうも残念になってしまうのか。
「どうやら、私の渾身のねこちゃん物真似は不評のようだな」
「えっ!いまのわたしですかぁ?」
突然名前が出てきた[まほうねこ]さんは驚いたような声を上げているが、[オレンジ☆ペコ]の物真似自体は大したクオリティだったと認めざるを得ない。ぶっちゃけ、本気で似てたし。
問題は物真似のクオリティではなく、発言内容だ。
「やはり、カトンボ呼ばわりはまずかったか」
「かとんぼ、ってなんですか?」
「ねこちゃんは知らないか。文字通り蚊のような蜻蛉だ。いわゆるガガンボの類を言うことが多いな」
「ががんぼ?」
「じゃなくてっ!カトンボの正体はどうでも良いんです!!」
「どうでもよくはないだろう。折角ねこちゃんが学びの機会を得たのだぞ?」
「ガガンボは全国どこにでもいる珍しくもない虫です!空飛ぶアメンボみたいなやつが居たら大抵ソレですっ!!」
「あ、なんか見たことあるかもっ」
「また一つ賢くなったな」
「はいっ」
「良かったですね……って違ぁう!!」
なんだコイツは。私を苛立たせるギネス記録にでも挑戦しているのか。
[まほうねこ]さんには一切悪気がないだけに、怒るに怒れなくてストレスマッハである。
いつものことだけど!
「カトンボ呼ばわりもどうかと思いますが! それより、墜ちろとは何事ですか」
「弓を引くときに勇ましい掛け声を付けて何が悪いというのか」
「時と場合をわきまえよ、と言っているのです。本当に墜ちたらどうするつもりですか!」
レギオンに参加した私たちに与えられた役割は、上空で戦う[エッジ]さんの援護と、同時に地上で戦う面子への援護だ。
適当な城郭の上に陣取って、私と[オレンジ☆ペコ]が上の援護担当、他の二人が地上の援護担当、[まほうねこ]さんは今回は魔法職でパーティーメンバーの補助に回ってもらった。
[エッジ]さんへの援護と言うのは、先程まで私がやっていた、彼の『カルマ』を溜めるお手伝いのことだ。
ゆえに『アーチャー』の私たちが担当することになった。
ちなみに別パーティーからも『アーチャー』が二人ほど同じ役割に就いていて、[エッジ]さん――というか『六道窮鬼』を放射状に半包囲するように展開している。
四人もの『アーチャー』をただ一人のための援護に従事させるのは一見効率が悪いようにも感じるのだが、悲しいかな、仮に私たち四人が全力で『六道窮鬼』に攻撃を仕掛けたとしても、間違いなく[エッジ]さん一人の攻撃力に及ばないであろう。
だったら四人を使ってでも彼一人が全力を振るえる環境を整えたほうが、結局効率が良いのだ。
無論、だからと言って敢えて『六道窮鬼』を攻撃しない理由もないので、射程の関係で[エッジ]さんに『カルマ』を配達できない場合は普通に『六道窮鬼』を攻撃するか、あるいは地上の援護や対空迎撃をするのだが。
つまるところ、[オレンジ☆ペコ]が『墜ちろカトンボ』と言って狙い撃った相手は[エッジ]さんである。
「いや、大丈夫だろう。私程度の攻撃で墜ちるほど柔な御仁ではあるまい」
などと、訳知り顔で頷いている彼女の豪胆さが時々羨ましい。
私とて[エッジ]さんが尋常ならざる使い手であることなどわかっているが、それでも彼を撃つ際には『万が一』が頭を過って不安が拭えないというのに。
「というかぶっちゃけ、途中から本気で撃ち落とそうと頑張っているのだが、一発も通らんのだ」
――しぱぁんっ!!
「あいったぁ!?」
訂正。こいつは豪胆ではなくただの愉快犯だ。
先程からやけに際どいタイミングで撃つなぁとは思っていたけど、慣れないだけに勝手が掴めないだけだろうと自分を納得させていた私がバカだった。
どうやら確信的に[エッジ]さんが対処しにくいタイミングを狙っていたらしい。
「ああああ、申し訳ありません皆さん。ウチのバカがバカで」
「いいじゃないか[子龍]よ。結果的に私は望まれた役割をしっかり果たしているぞ」
「もし本当に彼を撃ち落としたりしたら、その眉間に第三の目を開眼させてやるから覚悟しておけよ……!」
「ひぇっ……[子龍]って時々ヤクザみたいになるよね」
「そういうとこすきー」
私の脅し文句に流石の[オレンジ☆ペコ]も頬を引きつらせる。
何故か好感触の[まほうねこ]さんは気にしないことにする。
だが、頬を引きつらせていたのも束の間、[オレンジ☆ペコ]は私が止める間もなくインカムの魔法陣を展開すると、あろうことか[エッジ]さんに繋いでしまった。
「[エッジ]の旦那ぁ」
『なんですか?』
あなたも普通に返事しないでください。
「援護射撃の密度、もっと上げてもいいか?」
『構いませんよ。むしろお願いします』
ほら見ろ余裕だってさ、とドヤ顔でこちらを見てくるのが非常に腹立たしい。
何故貴様が得意げなのか。
「じゃあ、撃墜するつもりで撃つので、そこんとこよろしく」
『ええ。というか、今までもそのつもりで撃ってたでしょう』
ば れ て た。
嫌なタイミングばかり狙い撃たれればそりゃあ気付くか。
私はもう穴でも掘って埋まりたい気分だったが、当の本人は至って平常というか、むしろ楽しげですらあった。
『まあ、あの程度で墜とされるつもりはありませんが』
「ほう。言ってくれるね。お姉さん本気出しちゃうぞ?撃墜しちゃうぞ?」
『どうぞ? やれるものならやってみせてください』
うわぁ。
[エッジ]さんもなんでわざわざ挑発するかなぁ。
平然としているように見えて実は結構イラっと来ていたのだろうか。ありえる。
そして挑発された[オレンジ☆ペコ]はと言うと、言質はとったとばかりにニヤニヤ笑いながら、その手に光り輝くマナの矢を生成して、弓につがえた。
「よぉし!ねこちゃんバフくれ!あんにゃろ絶対撃ち落としてやる!!」
「待って!?はやまるんじゃない!」
「とっておきのぉ『ゴッドブレス』!!」
「[まほうねこ]さんもこんなとこで最上級のバフ使わないでっ!?」
ふははははは、とシンクロする二人の高笑いを聞きながら、私は頭を抱える。
「もうやだぁ……」
◇◇◇
「なぁんか、やな雰囲気だぜ」
俺の呟きに、傍らの[ミント]が「そかな?」と首を傾げた。
その拍子に転げ落ちそうになった魔女の三角帽(つばが超広い)を慌てて抑えるのが微笑ましい。
「結構、順調に見えるけど」
確かに、[ミント]の言葉は正しい。
過去に『六道窮鬼』のレイドに参加した経験から言えば、『土蜘蛛』みたいな大型種が出てき始めると、大抵敵味方入り乱れたごちゃごちゃの乱戦が始まって、エネミーとプレイヤーが只管に互いの勢力を削りあう耐久レースが始まるものだ。
それを思えば、今回はこうして最低限の統制を保った組織的な戦闘を行えている分だけ、過去のそれより遥かに上等だ。
理由はわかり切っている。
[エッジ]の旦那と、[ガルム]の旦那。
タイプは違えどともにバケモノじみた腕前のプレイヤーだ。
[エッジ]の旦那が『六道窮鬼』のヘイトを引き受け、[ガルム]の旦那が戦域を支配して全体の指揮を執る。
英雄的な[エッジ]の旦那の求心力によって俺たちの士気も高く、[ガルム]の旦那の正確極まる指揮のおかげで効果的にエネミーに対処できている。
だから、俺の所感と言うのはつまり。
「うまくいきすぎてて不安になる、ってのは贅沢な悩みかねぇ」
「あんまり悩むとハゲちゃうよ?」
「うるせぇ」
頭髪の心配をするほど歳は食ってない。
時間の問題かもしれんが……。
『[ガレオン]、聞こえるか?』
おっと、噂をすれば[ガルム]の旦那から通信だ。
「おう。聞いてるぜ」
『『火車』が接近中だ。二時の方角。そちらに向かっている』
おおう、そうきたか。
あんたがフラグ立てるからだぞ、とでも言いたげに[ミント]がジト目で睨んでくる。
『火車型』は『土蜘蛛型』と同じく地上型の大型『屍鬼』だ。
見た目は骨で出来た巨大な車輪。
車輪の内側に小型・中型の『屍鬼』を満載して高速で輸送することを得意とするエネミーだ。
これだけ周囲にエネミーがあふれてしまうと索敵のレーダーマップは殆ど役に立たないと言っていい。それでも[ガルム]の旦那が一早く『火車』の接近を感知して警告を発することができるのは、彼にはもう一つの頭があるからに他ならない。
彼らは『双頭の獣』だ。
移動スキルを駆使して縦横無尽に空を掛け、戦場を文字通り俯瞰する[ヨルハ]嬢ちゃんが、彼のもう一つの頭なのである。
「了解、こっちで対処する」
『任せた』
来るとわかっていれば、やりようはある。
[ミント]を見遣れば彼女も心得たもので、即座にマジックスキルのチャージを開始した。
「つうわけだ!おおい[ゆうと]!今度は轢かれるなよ!」
「いや俺その『火車』っていうの見たことないんだけどぉぉ!?」
なんか[ゆうと]が泡食っているが、まあ、いざとなれば[ダイゴロー]が首根っこ掴んででも避けさせるだろう。
言ってるうちに、城郭をぶち抜いて巨大な車輪が転がってきた。
オブジェクトもエネミーも区別なく、一切を轢き潰しながら、かなりの速度だ。
『火車』は『土蜘蛛』に比べれば圧倒的に速いが、反面、安定性は遥かに劣る。
八本脚の『土蜘蛛』を擱座させるのは容易じゃないが、車輪である『火車』は、真横に倒してやれば動けなくなる。もちろん、ほっとけばそのうち起き上がってくるが、倒れているうちにタコ殴りにするのがセオリーだ。
「[ミント]!」
「『メテオハンマー』!!」
待ち構えていた[ミント]のマジックスキルが発動し、『火車』を掠めるように進行上の地面に着弾し、土くれを巻き上げ、同時に衝撃で『火車』のバランスを狂わせる。
俺たちのほうへと突っ込んできていた『火車』があっけなくバランスを崩し、片輪走行(もともと片輪しかないが)みたいに傾くと、大きく蛇行して見当違いの方向へ突っ込み、派手に横倒しになって沈黙した。
まずはうまくいった。
俺は[ミント]を庇う位置に立つと、油断なく『火車』を睨む。
前衛の三人が更にその前に陣取って構える。
『火車』の本領はエネミーのキャリアーとしての役割だ。
だからこそ、倒れた『火車』からは今にエネミーの大群が沸いて出てきてしかるべきなのだ。
「おうおう、出るわ出るわ……」
横倒しになった巨大な車輪の中から、待ってましたとばかりにエネミーがうじゃうじゃと湧いて出てくる。
数こそ多いが、基本的には雑魚ばかりだ。
餓鬼、餓鬼、餓鬼、たまに牛頭馬頭、また餓鬼餓鬼餓鬼、牛頭、馬頭――
俺たちのパーティー単独では『牛頭馬頭』複数の相手は厳しいが、今回の戦場は後方支援には事欠かないので、それほど難しい相手でもない。
それこそ、足止めさえしておけば[ガルム]の旦那が難なく消してくれるのは実証済みだ。
どうにかなりそうだと安堵した俺は、最後に『火車』の中から現れたエネミーを見て、凍り付く。
「やべえ……」
我先にと飛び出すエネミーの影に潜むようにして、ひっそりと、しかし悠然と現れたのは中型の『屍鬼』だ。
見た目は骨太の人型で、『牛頭馬頭』よりも一回り小柄で、プレイヤーのアバターよりも少し大きいくらいだ。
特徴らしい特徴と言えば、骨を磨き上げて作られた異形の太刀を両手に持った二刀流の出で立ちであること。
そして黒塗りの頭蓋骨には雄々しい二本の角が生えた、鬼そのものの形相をしていること。
俺は咄嗟に、繋ぎっぱなしになっているインカムからレギオン全員に呼び掛ける。
「『羅刹型』が出やがった!!」
どよめくような気配が広がる。
『六道窮鬼』の眷属である『屍鬼』の中で、最も強力な種類と言えば、大型種の『土蜘蛛』でも『火車』でもない。
この中型種の『羅刹』だ。
「バカよせ!撃つな!」
逸ったのか、それとも知らないのか。
後方支援をしていたプレイヤーの一人が『羅刹』に向かってマジックスキルを放とうとするのが見えた。
慌てて止めようとしたが、間に合わない。
輝くマナの光弾は一直線に吸い込まれるように『羅刹』へと向かう。
棒立ちだった『羅刹』が、突如、薄気味悪いくらいの反射速度で雷のように動いた。
片腕の太刀が閃光となって振り抜かれ、飛来する光弾を真っ二つに切り払い――
『うああああっ!?』
――同時に、光弾を放ったプレイヤーのアバターが巨大な剣閃のエフェクトに両断されてくずれ落ちる。
エネミーを部位破壊した時のように本当に身体が切断されるような事態にはならないが、HPはゼロになっていて、一撃で戦闘不能になるダメージを受けたのだ。
この『羅刹』が最強の『屍鬼』である所以。
こいつは、自身を対象としたありとあらゆる遠距離攻撃に対して、例外なく『即死技』のカウンタースキルを放ってくるのだ。
銃撃、射撃、魔法、投擲、デバフを問わず、だ。
その上、二刀流を駆使した近接戦闘能力は『牛頭馬頭』のそれを軽く凌駕する。
要するに、遠距離攻撃が一切通用しない、近接特化のバケモノである。
「[ガルム]の旦那。どうするよ?」
『……近接職で足止めに徹しろ。可能ならば、他の雑魚から引き離せ』
「りょーかい」
軽く言ってくれる、とは思うが、判断自体は妥当だ。
『羅刹型』というエネミーはいまだ遭遇事例が少ないため、どのようなアルゴリズムで行動しているのか、優先順位や判断基準が明らかになっていない部分が多い。
俺たちが最も回避すべき事態は、後方に居る[Re:synchronicity]さんが『羅刹』に狙われること。
彼女がやられれば[エッジ]の旦那の『神託』が消えて、旦那が落とされれば『六道窮鬼』のヘイトが俺たちに向いて、あとはお察しだろう。
次が、同じく後方に居る[ガルム]の旦那が『羅刹』に狙われること。
シンクロさんと違って旦那は普通に戦闘可能なので、そうやすやすとやられはしないだろうが、だとしても『ガンスリンガー』と『羅刹』は絶望的に相性が悪い。[ガルム]の旦那が前線に援護射撃できる状況じゃなくなってしまえば、戦線が瓦解するのは時間の問題だろう。
そして、それは『羅刹』をエネミー群から引き離せなかった場合も同じことだ。
雑魚の群れと『羅刹』が同じ場所に居る限り、後衛の射撃職はおいそれと手が出せないのだ。
まかり間違って射線に『羅刹』が入ってしまえば、即座に即死技が飛んでくるのだから。
この際、『牛頭馬頭』含む周囲の雑魚は無視だ。
他のパーティーに処理を押し付けて悪いが、俺のパーティーが全員で掛かっても『羅刹』一体抑えられるか微妙なとこなんだ。
「いっちょやりますかねぇ!『タウント』!」
冷や汗をかきながら前に出た[ダイゴロー]が、セカンダリの『リパルサー』にクラスを変更して、ヘイトスキルの『タウント』を発動する。
周囲のエネミーのヘイトを強制的に自分へと向けさせるスキルだ。
『羅刹』以外のエネミーも釣ってしまうのが難点だが、その辺はレギオンメンバーがうまいこと処理してくれることを祈る。ちなみに『羅刹』単体に作用するヘイトスキルも当然存在するが、単体を対象とするそれを使うとカウンタースキルの対象になるため、ヤツ相手にはこうするしかないのだ。
まあそれも『羅刹』のヘイト上昇率のメカニズムがわからないので確実とは言えないが、使っておくに越したことはないという判断だろう。
同時に[ミント]のマジックスキルが飛び、前衛の連中にバフを掛ける。
『ハンター』の俺には現状できることがないが、もし他の雑魚が前衛のアイツらにちょっかいを掛けようとしたら排除してやる必要があるし、もしもの時はセカンダリの『リパルサー』で[ミント]の盾にはなれる。
とりあえず、まず釣ることはできたようで、[ダイゴロー]に向かってきた『羅刹』に横から踏み込んでいくのは[GOEMON]だ。
「相手にとって不足無し!」
鞘走りとともにマナの輝きを撒き散らし、電光石火の抜刀術!
サムライクラスのクラススキルは『紫電抜刀』。使用武器を抜刀状態にしてから一定の時間のみ、最初に繰り出したアサルトスキルの威力を大幅に強化する。エネミーに攻撃する直前まで納刀状態を維持しなくてはならないので使いどころは難しいが、上手く決まれば初手一撃必殺も可能な浪漫溢れるクラススキルである。
そして[GOEMON]が『紫電抜刀』を乗せて放ったのは抜刀術のアサルトスキル『疾風雷火』。
雷のエフェクトを伴った[GOEMON]の斬撃が、『羅刹』が迎撃に振り抜いた太刀筋とぶつかり合う。
激突の、あまりの轟音に[ミント]が「ひうっ」と小さく悲鳴を上げて縮こまる。
「――Damm it!」
衝撃に弾かれそうになった[GOEMON]が毒突く。
[GOEMON]は一歩後退するだけで持ち堪えたが、同じく弾かれた『羅刹』はよろめいて数歩後退した。
あの『羅刹』を後退させた事実に周囲が色めき立つが、当の[GOEMON]は渋面を崩さない。
おそらく、俺も同じような顔をしているだろう。
――『紫電』の乗った『疾風雷火』と真っ向から打ち合って、よろめくだけかよ!
まったくもって笑えないが。
だが、最悪ではない。
「そのまま押し込めェ!」
少なくとも競り合った!
ならば、あれをやり続ければ『羅刹』を封じ込める。
[GOEMON]は即座に『刀』を鞘に収め、納刀状態に移行する。
一度抜刀した後、納刀後に再び『紫電抜刀』が使用可能になるには2秒間のクールタイムを要する。
たかが2秒といえど、『羅刹』相手にはあまりにも長い。
轟!、と空気を圧して踏み込んできた『羅刹』の刺突が[GOEMON]を串刺しにせんとする。
[GOEMON]は納刀状態を保ったまま、至って冷静に、静かに一歩だけ後ろに下がり、その僅かな空白に完ぺきなタイミングで[ダイゴロー]が割り込んだ。
「どっせーい!!」
気合一発。
身体全体で構えた盾が、『羅刹』の刺突を強かに受け止める。
信じられないことに、大柄でしかもフルプレートを着込んだ[ダイゴロー]の巨躯が僅かに宙に浮くほどの壮絶な威力だったが、それでも辛うじて受け止めた。
だが、『羅刹』は二刀流だ。
右手の刺突を止めたところで、ヤツには左手の攻撃が残っている。
「ド根性ーッ!!」
その『羅刹』の左手側から突っ込むのは[ゆうと]だ。
技量も何もあったものじゃない我武者羅さで、棍棒を思いっきり叩き込む。
当然、呆れるほど簡単に『羅刹』の太刀によって受け止められるが、[ゆうと]はそのまま棍棒に体重をかける。
鍔迫り合いに持ち込めば動きを止められるという腹だろう。
「んににににッ、っておわぁ!?」
スッと。
滑らかに逸らされた刃に棍棒が滑り、[ゆうと]の身体が前のめりに泳ぐ。
『羅刹』はそのまま太刀を逸らせた腕を畳み、[ゆうと]の顔面に無慈悲な肘鉄を打ち込んできた。
やべぇ、と思うがもう遅い。
まともに入れば間違いなくアバターの頭が砕ける一撃に、
「ッめんなオラァ!!」
裂帛の咆哮とともに、[ゆうと]は自分から頭突きをぶちかます。
マナが弾け飛び、[ゆうと]と『羅刹』が同じようにたたらを踏む。
まじか。
やるじゃねえか。
『羅刹』の攻撃を『内力相殺』で防ぎやがった!
ダメ押しのタイミングで[ダイゴロー]が盾を押し込み、さらに『羅刹』のバランスを崩す。
「『バスターブロォォウ』ッ!!」
「『インパクトカイル』!!」
[ゆうと]の棍棒が輝き、スマッシャースキルの『バスターブロウ』が発動。
まったく同時のタイミングで[ダイゴロー]のリパルサースキル『インパクトカイル』。
打撃の衝撃を高める二つのスキルを、『羅刹』は両手の太刀でそれぞれ受け止めるが、散々体勢を崩されたせいで腰が入っておらず、大きく弾かれて両腕を開かされる格好になる。
そして、
「――御首、頂戴!」
その隙を逃す[GOEMON]ではない。
『紫電抜刀』から繰り出すのは、先の『羅刹』への意趣返しの刺突技。
弱点にヒットした際に威力倍率が上がるサムライスキル『逸鬼刀閃』だ。
宣言通り、狙うは一点。
鬼の頭蓋を乗っけた太い頸椎である。
[ゆうと]の予想外の成長もあって、俺らのパーティ史上まれにみる鮮やかな連携攻撃。
頸へと迫る切っ先に対し、『羅刹』は予想外の行動に出る。
ぽいっ、と両手の太刀を捨てたのだ。
そして、その軽くなった両手で、パン!と。
[GOEMON]の刺突を食らう直前で白刃取りして見せたのだ。
「ワァオ……Ouch!」
真剣白刃取りとかいう浪漫技を見せつけられて何故か嬉しそうな[GOEMON]が、直後みぞおちに『羅刹』の蹴りを食らってぶっ飛ぶ。
ちなみにアイツは普段から達者に日本語を話すヤツだが、驚いたときとか不意を打たれた時には母国語が出る。
[GOEMON]の失敗を悟った[ダイゴロー]が即座にフォローに入ろうとするが、『羅刹』は嫌味なほど器用に彼の盾を受け流し、むしろ引き込むようにしてベクトルを誘導し、同じく焦って踏み込んできた[ゆうと]にぶつけた。
同士討ちしてもんどりうって倒れる[ダイゴロー]たちには目もくれず、それどころか[GOEMON]すらも無視して、『羅刹』は後衛の俺たちに突っ込んできた。
さっき捨てた太刀は拾わねえのかよ!
などと思う俺の視線の先で、地面に落ちた異形の太刀が鬼火になって燃え上がり、一瞬後には『羅刹』の両腕に元通り握られていた。
あー……あれも身体の一部ってことね。
こうなった以上、少なくとも[GOEMON]たちが駆け付けるまでは俺が足止めをするしかない。
と、俺が使用クラスを『リパルサー』に変更した矢先。
『羅刹』は疾駆しながら両手の太刀を投擲してきた。
切っ先を前面に、凄まじい速度で飛来した異形の太刀を俺はなんとか盾で弾くが、同時に狙われた[ミント]はどうすることもできす、腹部にもろに食らった。
「きゃああっ!?」
「くそっ!?」
即死こそしなかったが、HPが八割がた消えるほどの大ダメージを受けた[ミント]はすぐには起き上がれないだろう。
これで残りは俺だけか。
盾を構えて覚悟を決めた俺だったが、しかし『羅刹』は再び手元に太刀を呼び戻し、俺に打ち掛かると見せかけて、真横を素通りした。
「なっ!?」
完全に虚を突かれた俺を置いて、『羅刹』は軽やかに遮蔽物やエネミーの隙間を駆け抜け、瞬く間に俺たちのレギオン最後衛へと肉薄する。
そして、修道女の姿をした猫の『ワービースト』に、その凶刃を振り下ろした。
あくとじゅうはち。えんど。
本日の犯人。
会長「ちなみに、なんのキャラクターを参考にしたのかね?」
猫忍「兄さんの部屋にあった漫画の……」
会長「結局キミの趣味じゃないか」
銀狼「なん……だと……?」




