Act17:あまり兄を見縊るな
あくとじゅうなな。
――[ヨルハ]ちゃんはお兄ちゃんっ子だね。
と、よく言われる。
わたしは兄さんとはちょっとだけ年が離れていて、とおさんとかあさんが二人ともはたらいてるのもあって、昔からわたしの面倒を見てくれたのは専ら兄さんだった。
わたしは兄さんが大好きで、どこに行くのもいっしょだったし、なにをするにも兄さんのまねをして育った。
中学生になった今でもそれは変わってなくて、わたしのお手本はいつも兄さんだった。
兄さんはいつも『お前も自分のやりたいことを探して良いんだぞ』って言うけど、わたしのやりたいことは兄さんといっしょに居ることだ。
わたしがいつもそうやって答えると、兄さんはちょっとだけ困ったように『そうか』って言う。
だから、兄さんがこのゲームを始めたときも、わたしは迷わずついてきた。
兄さんは昔からゲームが得意で、特にシューティングゲームが好きみたいだった。
そういうジャンルには詳しくないのだけど、なんか『せんそーゲーム』? みたいなやつだ。
兄さんがいつもやってるコントローラーで敵を撃つゲームとは、このゲームはちょっと勝手が違うみたいだけど、やっぱり兄さんはすごくって、銃を使うクラスを全部あっという間に使いこなして、上位クラスの『ガンスリンガー』まですぐにたどりついてしまった。
それで『Eisen Flugel』っていう大きなクランのメンバーになって、そのなかでも四人しか居ない『ぶたいちょー』っていう幹部にまでなってしまった。
わたしももちろんそんな兄さんのまねをして『ガンスリンガー』を目指してたのだけど、残念ながらわたしは兄さんに比べれば全然へたっぴで、初期クラスの『ハンター』のレベル上げですら苦戦してしまった。
兄さんはたくさんコツを教えてくれたし、わたしもがんばって練習したのだけど、どうも才能がないっぽくて。
わたしは兄さんといっしょに遊びたくて、兄さんの近くに居られれば満足なのだけど、でも兄さんに迷惑をかけることだけはダメだと思っていた。
もちろん、ほんとは普段から迷惑しかかけてないのはわかってるけれど、それを『しょーがない』と開き直ることだけはしたくなかった。
兄さんは『EF』の幹部プレイヤーだ。
その兄さんの近くに居るためには、弱いプレイヤーでは居られない。
その時、もしかすると初めて、わたしは兄さんのまねっこをやめて、違う道を模索したのかもしれない。
――[ヨルハ]の身のこなしは、俺でも真似できないな。
いつだったか、そう兄さんが言ってくれたことがある。
兄さんが苦手なことを、わたしが得意になれば、きっと役に立てるはずだ。
そうしてわたしは、『ニンジャ』になった。
◇◇◇
その日、わたしが『緑堕の森殿』に居たのは、ただの偶然だった。
日課の『しゅぎょー』をするために、たまたまこの場所をえらんだだけだった。
銃の才能はからっきしだったわたしだけど、幸いにして『ニンジャ』の解放条件になる三つのクラスの扱いは向いていたみたいで、つい最近やっと『ニンジャ』クラスを解放することができた。周りの人が言うにはだいぶ早いペースだったらしいけど、クラス解放の道すじは兄さんが考えてくれたのだから、他の人より早くて当然に決まっている。
ちなみに『ニンジャ』の条件は『サムライ』と『ジャグラー』、『アーチャー』をそれぞれクラスレベル20以上にすること。
ちゃんとわたしも『EF』に参加させてもらって、兄さんの下のポジションに置いてもらえたし、とても嬉しい。
まあ、兄さんの身内だからって少しひいきしてもらった感はあるのだけど……。
やっとの思いで上位クラスになれたことだし、これからもっと兄さんの役に立つぞ!と気合を入れた矢先のこと。
わたしはさっそく壁にぶつかってしまっていた。
「……『ニンジャ』、すごい、むつかしい」
とまあ、そういうことなのだ。
『ニンジャ』の強いところは圧倒的な『きどーりょく』らしい。クラススキルを活かして隠れながらエネミーの死角に近付いて、抜刀から一撃で大ダメージを与えるのが『ニンジャ』の仕事――らしい。
らしいのだけど、これが全然うまくできない。
わたしがずっとお手本にしてきた兄さんは基本的に射撃の人だし、性格的にも慎重に状況を見て冷静に作戦を考えるような人だ。
そんな兄さんを見て育ったわたしもそうあろうと努力してきたわけで。
つまるところが、きどーりょくの使いかたがさっぱりわからないのだ。
頼りの兄さんも流石に『ニンジャ』の使いかたなんて専門外だし。
ほとんど兄さんにべったりだったわたしには、『ニンジャ』を教えてくれるフレンドなんてのも居ない。
ちなみに、『EF』というクランではクランを作った人である『だんちょー』が一番上に居て、その下に四人の『ぶたいちょー』さんが居る。
役職の名前にはあんまり深い意味はないっぽくて、人が多くなりすぎて『だんちょー』だけじゃとても見きれないので、まとめ役をワンクッション置いてるだけらしい。
今のところ、四人の『ぶたいちょー』はそれぞれが上位クラスの使い手になっていて、兄さんは『ガンスリンガー』の枠だ。
他は、『パラディン』の枠がなんかキラキラしたハイエルフのおねーさん。この人は『ふくだんちょー』もやっている。
『デスペラード』の枠がなんかプリプリしたディアボロスのおねーさん。『デスペラード』は上位クラスの中で一番使ってる人が少ないクラスなんだそうで、うちのクランにはこの人しか居ないらしい。
『ニンジャ』の枠はなんかニコニコしたヒューマンのおじちゃん。もしかするとおじーちゃん、かもしれない。『ニンジャ』としては正しい姿なのかもしれないけど、なんかつかみどころのない人で、何を考えているのか全然わからないと評判だ。
ついでにいうと兄さんは狼のワービーストなので、うまい具合に全員種族がわかれていたりする。
ちなみにわたしは猫のワービーストです。
『ニンジャ』のおじちゃんに教えてもらえばわたしも『ニンジャ』を上手に使えるようになるのかもしれないけど、兄さん以外の人とはほとんど交流もしてこなかったわたしには、それはちょっとばかりむつかしすぎる。
そんなこんなで『ニンジャ』クラスの腕をみがくべくわたしが選んだのが『しゅぎょー』することだった。
その辺のダンジョンにソロで行って、エネミー相手にスキルを練習しつつ、上手なプレイヤーを見つけたらこっそり観察してみる。
正直、別に理論立ててやってるわけではなくて、なんかしないと、と思って見切り発車で始めちゃった感がある『しゅぎょー』だったけど、上手なプレイヤーの動きを観察するというのは、わたしが考えていたよりずっとためになる。自分の動きをみがくときにも、やっぱりお手本になる具体的なビジョンがあるかどうかでだいぶ違うのだ。
幸い『ニンジャ』のクラススキルの『朧水月』があれば、抜刀さえしなければエネミーにばれる心配はほぼないので、ソロでほっつき歩いていても全然へっちゃらだ。
エネミーによっては『ニンジャ』の隠れ身の術をみやぶるスキルを持っているヤツも居るので、ぜったい安心というわけではないのだけど。
「…………っと、危ない」
PSIからエネミーが近付いてきていることに気付いて、あわてて身を隠す。
『ニンジャ』の隠れ身の術と言うのはつまりレーダーに映らなくなるスキルなので、エネミーに目で見られたらたいてい一発でバレる。『ニンジャ』自身の索敵範囲はかなり広いので、エネミーに姿を見られる前に上手にどっかに隠れるのがキモだ。
大きな葉っぱのかげに隠れたわたしの横を通り過ぎて行ったのはレアエネミーの『ヴェノムホーネット』だった。
バレることはないとわかっていても嫌な汗がでる……。
わたしの実力じゃあソロであれに勝つのはすごくむつかしい。
兄さんなら『ヴェノムホーネット』の毒針をギリギリでよけて、お返しの弾丸を叩き込むくらいはきっとかんたんにできる。わたしもくさっても『ニンジャ』なので毒針をよけるくらいはできる自信があるけど、そのあと弱点に投剣を当てられるかと言ったら、たぶん無理だ。
わたしのレベルはこのダンジョンの適正よりだいぶ高いので、レベルシンクですごく弱体化されてしまっているのでなおさら。
『ヴェノムホーネット』がじゅうぶんにはなれてくれるまではうかつな行動はとれないと思って、その毒々しい姿を見送っていると、急にエネミーが『かくん』と進路を変えた。
明らかに、プレイヤーを見つけた時の動きだった。
わたしは一瞬身構えたけど、エネミーは一目散にわたしからはなれる方向に飛んでいく。
「…………念のため、追いかける?」
あれは強力なエネミーだ。
もしかしたら、今まさに襲われようとしているプレイヤーには荷が重いかもしれない。
わたしがどれくらい力になれるかわからないけど、様子だけは見てみようと、エネミーの後を追ってみることにした。
わたしは『ニンジャ』の練習がてら、高い『そーはりょく』を活かして樹の上の道なき道を進んでいた。
エネミーの後を追ったわたしが見つけたのは、はるか下の地上に立つ二人のプレイヤーと、そこに向かって降下していく『ヴェノムホーネット』の姿だった。
悪いことに『ヴェノムホーネット』の姿はオブジェクトの木々にまぎれてしまっていて、そうでなくともほとんど真上の死角から迫っているエネミーの存在に、地上の二人は気付いていない。
見た感じ、男の人のほうが『ブレイカー』、女の人のほうが『ウォーメイジ』だ。
どちらも索敵範囲の広いクラスではないので、あのままではエネミーに不意を突かれかねない。
そうはいっても、ここからわたしができることなんてないので、もしヤバそうになったら、その時は助けに入ろうとだけ決めて様子をうかがうことにした。
まず、最初の一手は『ヴェノムホーネット』だった。
毒針の射程範囲まで降下したエネミーは、背を向けていた『ウォーメイジ』のプレイヤー目掛けてそれを発射したのだ。『ウォーメイジ』のプレイヤーは犬の『ワービースト』みたいだから、『犬のおねーさん』と呼ぶことにしよう。もう一人は『黒いおにーさん』でいいや。
直撃すればそれだけで勝敗が決していただろうけど、犬のおねーさんは直前でエネミーに気付き、防御スキルでなんとか毒針を弾いた。
犬のおねーさんはセカンダリを『ガンナー』にしていたみたいで、その手の武器が即座に双銃に変わる。
その反応速度だけで分かる。
かなり戦いなれている人だ。
「…………」
だとしたら、これからどうするのだろう。
素直に気になる。
『ヴェノムホーネット』の弱点を攻撃するには、毒針を発射した直後である今この瞬間を狙うしかないはずで、犬のおねーさんがそれをわかっていないはずがないと思うのだけど、なぜか銃を撃つでもなく立ちつくしている様子だ。
実はただのわたしの見込みちがいで、『ヴェノムホーネット』の対処法がわからなくてフリーズしちゃってる……?
少しはなれたところに居た黒いおにーさんが駆けよってきて犬のおねーさんと合流できたみたいだけど、『ヴェノムホーネット』の毒針はもうすぐにでも再生してしまうだろう。
「しょーがない……手伝う」
手を貸そう、とわたしが動こうとした瞬間だった。
状況が動いた。
犬のおねーさんはおもむろに双銃の構えかたを変えたかと思えば、アサルトスキルのチャージを始めたのだ。
「は?」
思わず、目が点になる。
このタイミングで、エネミーに捕捉されたじょうたいで目の前でチャージ?
意味がわからない。
黒いおにーさんは呼応するように前に飛び出すと、ヘイトスキルを使いながら『ヴェノムホーネット』に向かっていく。
ああ、なるほど、おにーさんが囮になるのか。
一応なっとくできたけど、わたしでもわかる。
それは良い手じゃない。
せめて、おにーさんが囮になってもう一度毒針を撃たせてからチャージを開始するべきだった。
だって、スキルのチャージ中は大きく動けないので、その位置関係だとおにーさんは毒針をよけられず、おねーさんを庇うために受け止めなくてはならなくなってしまう。
そうすれば『麻痺毒』をくらって終わりだ。
わたしがあきらめにも似た気持ちで見ていると、よそう通りに『ヴェノムホーネット』の毒針が発射され、おにーさんはそれをかわすことなく――
――大剣で弾き飛ばした。
「……は?」
二度目の『は?』である。
いや、わかる。やってることはわかるけど。
黒いおにーさんはセカンダリの『ウォリアー』にクラス変更して、武器で毒針を弾いたのだ。
※毒針のヒット判定と状態異常の判定は別個で、この場合に『麻痺毒』を受けるかどうかは毒針とアバターの距離によって決定する。針自体が猛毒のマナの塊なので、針の直撃を回避したとしても一定範囲内に近付けてしまえば『麻痺毒』を付与される(あにペディアより)。
まあ、あんなおっきい針が刺さったら、毒とか以前に致命傷な気がするのはわたしだけではないだろう。
ともかく、おにーさんが『麻痺毒』を受けていないということは、大剣のリーチをフルに生かして刀身の先のほうで毒針を弾いて見せたということだと思う。
え。そんなことできるの……?
で、おにーさんはそのまま悠々とエネミーにアサルトスキルを叩き込むと、なぜか今度は天井に向かって大剣をぶん投げてしまう。
「…………」
もはや『は?』も出てこない。
わたしの口はバカみたいに開きっぱなしだと思う。
おにーさんの投げた大剣はダンジョンの天井に刺さるというより砕くみたいに着弾して、もともと比較的もろいオブジェクトである石造りの天井は、轟音とともにくずれ落ちていく。
ひょっとして天井を落としてエネミーを生き埋めにするつもりだったのか、と少しだけ思ったが、それにしては位置がおかしい。
おにーさんが大剣を投げたのは、エネミーの真上ではなくて、ちょうど彼とエネミーの中間くらいの位置だったのだから。
と、天井ばかりに注目していたわたしの目に、やわらかい若草色の光が届く。
視線を戻すと、どうやら、犬のおねーさんのスキルのチャージが完了して、発動したマナの輝きだった。
あれは、ガンナースキルの『クラッカーバレット』だ。
兄さんも使うスキルなので、よく知っている。
※発射後に任意の場所で起爆可能な範囲攻撃系のスキル。攻撃範囲はチャージ時間に比例して拡大し、最大チャージで特殊効果を付与できる。集団戦闘における後方支援向けのアサルトスキルである(あにペディアより)。
『ヴェノムホーネット』の上空で弾けたマナの弾丸は、球状の大きな効果範囲を展開する。
おねーさんはスキルにバインド効果を付与していたみたいで、『ヴェノムホーネット』と、それからおにーさんがくずした天井の破片が余さず空間にはりつけになった。
「…………(わくわく)」
これでどうするんだろう。
なにをするつもりなんだろう?
もしもの時は助けに入ろうと思っていたことなんてすっかり忘れて、わたしの視線は彼らの戦いにくぎづけだった。
そして、直後の光景はわたしの価値観を、根元から変えてしまうほどに衝撃的だったのだ。
黒いおにーさんは『ブレイカー』の移動スキルで前方につっこんだかと思うと、そのままの勢いで跳ね上がり、なんと、バインドされた岩の間をピンポン玉みたいに跳ね回ったのだ!
ブレイカークラスの『虎牙輪転』は一番速い移動スキルと言われている。
しかも、連続で使えば使うほど、どんどん速くなる。
もう、わたしの目にはおにーさんの緋色のマナの輝きしか追えなくて、まるで緋色のレーザーが反射をくり返しながら上にのぼっていくかのようだった。
漂う岩の一番上までまたたく間にのぼりつめたおにーさんは、下に置き去りにした『ヴェノムホーネット』に向かって、うそみたいな速度で飛びかかった。
すでに緋色のレーザーにしか見えなかったおにーさんの身体が、さらに大きく燃え上がる。
まるで流れ星だ。
おにーさんの飛び蹴りが『ヴェノムホーネット』のむぼーびな腹部にななめ上から突き刺さり、そのままエネミーの身体ごと地面に巨大なクレーターをつくりだす。
燃え盛る緋色のマナがばくはつして、バインドの効果時間が終わった天井の欠片たちが、そのばくはつに吹き飛ばされて散っていく。
もうなんかよくわかんなくなっていた視界がクリアになったそこには、クレーターの真ん中で佇むおにーさんの姿だけがあった。
たぶん、エネミーはこっぱみじんに吹き飛んだのだ。
「か、」
ぼーぜんと、呟いていた。
「かっこいい…………!!」
黒いおにーさんは悠然と打甲を納刀じょうたいに戻して、背後にふりかえって犬のおねーさんにビッと親指を立てて見せる。
犬のおねーさんは慣れた手つきでくるくるとスピンを決めてから双銃をホルスターに突っ込み、それから黒いおにーさんに答えるように同じく親指を立てた。
ぜんぶだ。
ぜんぶかっこいい……!
なんだあの人たち。
なんだ今の戦闘!
まるで台本があるみたいな、完璧すぎる流れだ。
きゅーきょくの魅せプレイだ。
ただ『ヴェノムホーネット』をたおすだけなら、もっといくらでもスマートに済ませる方法はあっただろうけど、いまの戦闘を見てそんなことを言い出す人が居れば、そいつはただのバカだ。
だって、あの人たち、二人とも全力で楽しそうだったから。
事前に相談してたとしても、エネミーの動きまではよそうできないはずだ。
落ちてくる岩の場所なんて、もっとよそうできるわけがない。
だから、あの人たちはきっとおたがいの腕前を完全に信頼していたんだ。
おにーさんが毒針を弾いてくれると信頼してたからおねーさんはスキルをチャージしたし。
おねーさんがバインドしてくれると信頼してたからおにーさんは天井を砕いたし。
動きを止めればおにーさんが仕留めてくれると信頼したからおねーさんはバインドを選んだんだ。
まさに、わたしの探し求めるものがそこにあった。
彼らの姿は理想だ。
だって、使っているクラスこそちがうけど、きどーりょくに秀でた前衛と、それを援護する射撃職の後衛という組み合わせは、おにーさんをわたしに、おねーさんを兄さんに置き換えれば、まさしくわたしの理想そのものだったのだ。
どうしようもなく憧れる。
わたしも、兄さんにあんなふうに援護してもらって戦いたい。
あんなふうに、信頼して欲しい。
兄さんに守ってもらうだけじゃなくて、いっしょに、戦いたいのだ。
次なるエネミーを探してか、並び立って歩いていく彼らの姿は、はためにはとってもでこぼこだ。
兄さんよりも背が高そうなおにーさんと、わたしと同じくらい背が低そうなおねーさんは、ならんで歩くとまさに『大人と子ども』だ。
でも、わたしの目にはそれは『対等な戦友』どうしの姿にしか見えなかった。
「もっと、見たい」
どうしてもそのまま別れる気にはなれなくて、わたしはこっそり彼らの後を追った。
のぞき見をしていたのがばれるのがなんとなく後ろめたくて、彼らに見つからないように、樹の上から本当にこっそりと。納刀じょうたいの『ニンジャ』がレーダーに映らないのは、エネミーだけでなくパーティーメンバー以外のプレイヤーからも同様だ。
※なお、基本的にはダンジョンで他プレイヤーから姿を隠す理由はないが、これはPVPコンテンツやロールプレイ用の仕様だと言われている。ただし、盗撮等の違反行為防止のため、例え納刀状態でもカメラドローンの使用やSSの撮影等の行動を行うと、他プレイヤーに対しては即座に存在が露見する。こっそりエネミーを撮影する分には問題ない(あにペディアより)。
はからずも、それはちょうどいい『ニンジャ』の『しゅぎょー』になっていたかもしれないが、それはともかく。
それからの戦闘も、驚きの連続だった。
遺跡の壁の高いところにはりついた皇虫族エネミーが出てきたとき、ふつうにおねーさんが撃ち落とせばいいものを、おにーさんはニヤリと笑ってその辺に落ちてた岩を放り投げ、おねーさんは呆れた顔をしながらそくざにそれを『バインドバレット』で狙撃するのだ。
わたしの兄さんもよくやる、クイックドロウってやつだ。
空中に止まった岩の上におにーさんが器用に飛び乗って、壁にはりついたエネミーの前までふつうに近付いて、ふつうにぶん殴る。
またある時は転がってきた巨大ダンゴムシをおにーさんが、いったいどうやったのか『パリング』で上空に跳ね上げる。
ダンゴムシのエネミーは攻撃を外すとダンゴをといて方向転換しようとするので、まぬけにも上空を飛びながら甲殻を開いたダンゴムシに、おねーさんがとんでもない早撃ちで真下から豪雨のような弾丸を叩き込んでせんめつしたりする。
まるで、どれだけ戦闘を楽しくできるかの限界に挑戦してるみたいだった。
二人とも笑顔で、このゲームを楽しんでいるのがよくわかる。
きっと楽しくてしかたがないんだ。
「いいなぁ…………」
ぽつり、と本音がこぼれおちた。
わたしだって今が楽しくないわけじゃない。兄さんと同じクランに入って、いっしょに戦って、楽しいし笑えている。
でも、本当はもっと笑えるはずだし、もっと笑っていたいんだ。
だって、今のわたしはけっきょく兄さんのあとをついて行っているだけ。
いっしょのゲームを遊んでいるけど、いっしょにゲームを遊んでいない。
ふと、兄さんのことばを思い出す。
――お前も自分のやりたいことを探して良いんだぞ
それは言いかえれば、自分の意志を持てということだ。
わたしは自分の意志でこのゲームをやっているけど、はたして、自分の意志で楽しもうとしただろうか?
兄さんはあまり表情にでない人なので他人からはわかりにくいけど、すごくこのゲームを楽しんでいる。
そんなのは妹のわたしからすれば表情なんて見なくてもわかる。
じゃあ、逆に、兄さんから見れば、わたしはこのゲームを楽しんでいるように見えただろうか?
なにげなく抱いたその疑問が、わたしにとっては大切なことのような気がした。
「あ。レイド……」
その時だった。
PSIにレッドアラートが燈り、『ユニオンレイド』の発生を伝えてくる。
わたしはレア素材にはきょうみがなかったので、ソロのときにレイドに参加しようとは今まで思わなかったのだけど。
あの二人はどうするだろう、とは考えなかった。
楽しくてしかたがない彼らが、このお祭り騒ぎに参加しないわけがない。
だから、というわけではないが。
「行ってみよっかな?」
少なくとも、彼らといっしょに戦えれば、それはまちがいなく楽しいはずだ。
そう思い、わたしは軽い足取りで一歩を踏み出した。
◇◇◇
あれから少し時がすぎ、現在、わたしは『朱呑の楼閣』をおとずれていた。
今は『ユニオンレイド』のまっさいちゅう。
出現したイレギュラーエネミーは『六道窮鬼』。
このダンジョンに出現するイレギュラーエネミーの中では、もっとも特異で、もっとも厄介なヤツらしい。
パーティーメンバーはわたしと兄さんと、その他三人。
他の三人はみんな『EF』のメンバーだけど、わたしはともかく兄さんとも特別親しいというわけではない人たちだ。
うちのクランは巨大なので、クラン内でヒマなプレイヤーを募集して、こういう即席パーティーでダンジョンに行くのは珍しい話じゃないのだ。
わたしは今、パーティーとは別行動だ。
兄さんからとある頼まれごとをして、そのために一人でマップ内を飛び回っていた。
周辺には『屍鬼』と呼ばれる骨のエネミーがあふれかえっているが、ザコキャラのあいつらは視界がすごくせまい(そもそも目がないけど)ので、納刀じょうたいの『ニンジャ』を見付けることなんてできやしない。
だから、『ニンジャ』らしく城郭の上を走っていれば狙われることもないし、ほぼストレスフリーだ。
戦闘エリアの中心に陣取った巨大な骨のバケモノを見る。
わたしは昔から兄さんといっしょに『ゾンビ』を撃つゲームとかやっていた(年齢制限があるのでほんとはダメなんだけど……)ので、不気味なエネミーの姿にもわりと耐性があるっぽい。
わたしはわりと平気だけど、少なくとも、同級生の女子とかが見れば泣いちゃうだろうな、と思える程度には不気味な迫力がある。
レイドの発生地点からだいぶはなれた場所に居たわたしたちが来た時には、すでにレイドは半ばに差し掛かっていて、ボスである『六道窮鬼』のヘイトは一人のプレイヤーに独占されているようだった。
ふしぎな巡り合わせもあったもので、『六道窮鬼』と一騎打ちを演じていたのは、なんとあの『黒いおにーさん』だったのだ。
前は『ブレイカー』を使っていたけど、今日のおにーさんは『デスペラード』だ。
『緑堕の森殿』で彼の戦いを見ているわたしは、『六道窮鬼』を相手に『デスペラード』が空中戦をするという異常な光景にも『やっぱり』みたいな謎のなっとくをしただけだったのだけど、パーティーの人たちなんかは最初見たときはおおさわぎだった。
少なくとも、兄さんが他プレイヤーのプレイを見て『すげぇな』と呟くのはすごく珍しいことだ。
「もどりました。兄さん」
わたしが兄さんたちが布陣している場所までもどると、兄さんはのんきに上空の戦闘を見物していた。
兄さんはこちらをチラリと見て、
「おかえり[ヨルハ]」
とだけぶっきら棒に言った。
兄さんがそっけないのはいつものことだ。
兄さんのアバターは[ガルム]という狼の『ワービースト』だ。
お月様みたいなきれいな銀髪に、同じ色の瞳。ロングコートみたいな黒い外套をまとっていて、腰には革製のウェポンラック。
普段はそこに収まっている銃剣は、戦闘中の今は当然抜刀じょうたいで右手ににぎられている。
ちなみに左手には同じく抜刀じょうたいの銃。
銃剣と銃の二丁拳銃スタイルが『ガンスリンガー』なのだ。
兄さんの使う銃はとっても見た目がメカメカしくて、まるでロボットアニメにでも出てきそうなビームライフルだ。
兄さんは小さいころから銃が大好きで、同じくらいにロボットも大好きな人なのだ。
どうやら、ちょうど中型種をかたづけて小休止らしく、彼の戦闘を観戦していたみたい。
「すごいな。彼」
兄さんはたぶんわたしに言ったのだろうけど、他のパーティーメンバーがわたしよりさきに反応する。
「半端ねえよな。いくらカルマ溜めるためとはいえ、アーチャーに自分撃たせるかよ」
「しかもあんな場所でねぇ。落ちたらぽっくりっすよ」
「[焔星]さんよりも凄いんじゃないかしら?」
「確かにねぇ」
「それ、[焔星]さんの前では言わないほうがいいぜ」
「あら?あの人だったら怒るどころか大喜びだと思うけど」
「だから言うなっていってんの。ぜってーめんどくさいことになんだろ」
そーなのか、と思う。
[焔星]さんというのは兄さんと同じ『ぶたいちょー』の一人で、うちのクランの今のところ唯一の『デスペラード』使いだ。
わたしは良く知らないけど、うわさによるとその[焔星]さんもそーとーバグった使い手だと聞くし、そうでなくとも立場的には兄さんと同格なのだから、すごい人に決まっているのだ。
よだんだけど、ここでいう唯一というのは、『デスペラード』をメインクラスとして使いこなせている人、という意味だ。
クラスを解放している人、という意味では多少は人数がいるのだろうけど、使いこなすのは本当にむつかしいみたいだから。
黒いおにーさんにしてもそうだけど、『デスペラード』というクラスは全然使いこなせないか、バケモノじみた使い手かの両極端になりやすいのだろうか。
兄さんは[焔星]さん云々の話題には入らず、じっと戦況を観察して、ぽつりと。
「だが、ジリ貧だな」
「そうなのですか?」
「ああ。よくも器用に足場を作るものだと感心するが、流石に一人ですべてこなすのは無理があるんだろうな。クラスを変更するためにどうしてもラグが生じて、そのせいで決定打を逃している印象だな」
なるほど、と頷く。
兄さんが言うならそうなのだろう。
兄さんはフッと呆れたような吐息を一つはさんで、
「と言っても、実質ほぼソロで『六道窮鬼』と互角に渡り合っているだけでじゅうぶんに異常だがな」
ほぼ、と付けたのはフレンドリーファイアで援護(?)をしている『アーチャー』のおねーさんや、『神託』でパンプアップをしている『クルセイダー』のおねーさんの存在があるからだろう。
「流石は、[ヨルハ]が惚れた相手なだけある」
「あら![ヨルハ]ちゃんはああいう人が好みなの?」
「……腕前にほれこんでいるだけですので、ごかいしないでください」
「大丈夫。わかってるから。[ヨルハ]ちゃんはお兄ちゃんが大好きだものね?ねぇお兄ちゃん?」
「あまりからかってくれるな」
兄さんに言われ、パーティーメンバーの彼女は「ごめんあそばせ」などと言って引き下がった。あいかわらず、顔はニヤニヤしていたが。
兄さんにならって上を見上げると、確かに黒いおにーさんは『ランサー』のクラススキルで自分で足場を作っている。
使用クラスをセカンダリに変更するときは、PSIからクラス変更を行うだけだ。
ごばくを防ぐため『選択』『承認』というプロセスを踏むのだけど、それが兄さんの言う『ラグ』を生んでいるのだ。
と、わかったような顔をしているわたしだが、実際のところ、わたしの目には黒いおにーさんの動作のどこにもラグのようなものは見つけられなかった。だって、くるくると大鎌をバトンみたいに回転させて、援護で飛んでくる矢を『パリング』しつつ、その中のほんの一瞬だけ大鎌が槍に変わっていて、『陣術』を展開するのだ。
ぶっちゃけ、いつの間に『ランサー』になっているのか全然わかんない。
「…………ん」
それはそうと、足場か。
わたしが思い出すのは『緑堕の森殿』で見た、犬のおねーさんのプレイングだ。
あの人は、おにーさんが宙に投げた岩のオブジェクトを『バインドバレット』で狙撃して足場を作っていた。
同じことができれば、おにーさんの助けになれる?
「……(ちら)」
かたわらの兄さんを見上げる。
バインドの手段は問題ない。『ガンスリンガー』の兄さんはとうぜん『バインドバレット』を使えるし、兄さんの腕前だったら、きっと狙撃だってかんたんだ。
肝心の足場にするオブジェクトにも、心当たりがある。
こわされた城郭の破片とか、屋根のかわらとかがその辺に散乱しているけど、それを投げて、というのは現実的じゃない。おにーさんが戦っている高度まで、正確な狙いでモノを投げるのが、そもそも無理っぽい。
だったら、
「兄さん」
「ん?」
「兄さんは、わたしの投げた投剣を、狙い撃ちできますか?」
『ニンジャ』であるわたしの使用武器は『刀』と『投剣』だ。
投剣をアサルトスキルで投げれば、風向きの影響とか軌道のブレとかをあるていど無視することもできるので、ひかくてき狙い通りの場所に投げれるだろう。ジャグラースキルの『幻影剣』があるので、投剣は10本までなら同時に投げれる。
わたしの問いに、兄さんは「ふむ」と呟き、上空のおにーさんを見上げた。
それから、わたしに視線を戻すと、片手の銃剣をバヨネットで地面に突き立て、空いた手でポンと軽く頭をなでてくれた。
「[ヨルハ]。あまり兄を見縊るな」
そういって、何でもないような風に薄く笑う。
「お前の期待に応えられない兄ではないぞ」
わたしの問いを聞いただけで、やりたいことを察してくれたらしい。
なら、あとの問題はわたしの腕だけだ。
わたしは普段使いする武器を刀にしているので、PSIから投剣を呼び出し、腰の後ろに出現した鞘から抜刀する。
両手にそれぞれもった投剣はちっちゃな刀みたいな形状をしている。
忍者の投げる武器といえばクナイとかシュリケンとかをイメージするけど、わたしはいざとなれば手に持って接近戦にも使える形状の投剣を愛用している。ちなみにクナイ型やシュリケン型の投剣も存在する。
狙撃するにしても足場にするにしても、まとが大きいに越したことはないはずだ。
と、そこでパーティーメンバーの一人が声を上げる。
「誘導弾が降ってくるぞ!」
『六道窮鬼』の巨大な口から青白い炎が濁流のように吐き出されて、それは空中でいくえにも枝分かれして戦闘エリアのほぼ全域に降り注ぐ。
ヘイト量によって狙いを決めているのか、ほとんど戦闘を行っていないわたしと兄さんは狙われておらず、パーティーメンバーのほうにはいくつか振ってきていたが、彼らも危なげなく回避している。
おにーさんの援護をしていたアーチャーのおねーさんが足場を崩されてリタイアし、肝心のおにーさんは当然のように最も多くの鬼火に狙われていたけど、へっちゃらそうに片っ端から『パリング』を決めていた。
その様子をわたしは『やっぱりすごいなぁ』なんて思いながらぼけっと見上げていたのだけど、同じものを見ていた兄さんは「なるほど」と呟いて、なにかに気付いた様子だった。
「ところで[ヨルハ]」
不意に視線を上空から切り、兄さんがわたしに声をかける。
「先に、俺のお願いした調べ物の報告をくれないか」
「あ。」
いけない。さっぱり忘れていた。
さっきまでわたしが兄さんたちと別行動していたのは、その調べ物のためだったというのに。
はずかしさにほっぺが熱くなるのを自覚しながら、あわてて報告する。
「おにーさんのパーティーリーダーは[Re:synchronicity]という女性プレイヤーです」
「ふむ。その女性が彼の『飼い主』か?」
「はい」
そう。なにを隠そう、わたしはおにーさんが所属しているパーティーの所在を調査していたのだ。
こうやって『ユニオンレイド』に参加したときに周囲の有力パーティーを募ってレギオンを結成することは珍しいはなしじゃないし、うちのクランの方針でもある。
※イレギュラーエネミーを討伐して得られる激レア素材は、単独パーティーで討伐すればメンバー各員(最大5名)に、レギオンで討伐すれば各パーティーリーダー(最大6名)に与えられる。単純に、レギオンで討伐したほうが市場に流れる素材数が多くなるので、ゲームの活性化のため『EF』ではイレギュラーエネミーを討伐する際にはレギオンを結成することを推奨している(あにペディアより)。
というわけで、今回も例によって兄さんがレギオンを結成しようとしたのだけど、さてどこのパーティーに声を掛けようかと考えたとき、上で大立ち回りを演じるおにーさんを無視できるわけもなく。
まずは彼だろう、と要請を送ろうと思っても、どうやらおにーさんはパーティーリーダーではない様子。
プレイヤーサーチで周囲のプレイヤーを表示すれば、誰と誰がパーティーで、誰がリーダーかは調べることができるのだけど、それでもおにーさんのお仲間は判明しなかった。
プレイヤーサーチは自分から近いプレイヤーから順に表示していくので、『ユニオンレイド』のように多数のプレイヤーがみっしゅうする場だと、遠くに居るプレイヤーは表示上限ではじかれてしまうのだ。
そこで、わたしの出番である。
おにーさんをレギオンにひっぱり込むために、彼のパーティーリーダーが誰か調べてくれと兄さんに頼まれたのだ。
プレイヤーネームがわかってしまえば、名指しでレギオン要請を飛ばせばいいだけのことなので、位置がはなれていようが関係ない。
手掛かりはあったので、それほどむつかしいお願いでもなかった。
おにーさんのパーティーのメンバーが遠くはなれた場所に居る理由は想像できる。おにーさんは彼自身の緋色のマナ以外に橙色のマナをまとっていて、その特徴的なエフェクトから『神託』の支援を受けていることはわかる。『神託』を使っているプレイヤーは抜刀できないので、エネミーに狙われないようにかくれているのだろう。
『神託』と一緒にカメラドローンをはりつけて後方から戦況を確認するのも、『神託』使いのじょーとー手段だ。
だから、探すのは主戦場からはなれた場所に居る、橙色のマナをまとった、『クルセイダー』もしくは『ガンスリンガー』のプレイヤーだ。
そこまでわかっていれば、あとは『ニンジャ』の『そーはりょく』を活かして戦闘エリアの外縁付近を走っているだけで、すぐに見つけられた。
『神託』発動中のプレイヤーをひとりで放置するわけがないので、おにーさんのパーティーの他のメンバーも前線に姿がない以上は、その場に護衛として存在している可能性が高く、パーティーリーダーもその周辺に居るだろうとよそうした。
結果的にわたしのよそうは半分当たっていて、おにーさんに『神託』を使っている『クルセイダー』のおねーさん自身が、彼のパーティーのリーダーだったみたいだ。
「なるほど。ありがとう[ヨルハ]」
兄さんはおもむろにウィンドウを展開し、件の[Re:synchronicity]さんにレギオン要請を飛ばすための作業をしながら、片手の銃を天へ掲げてアサルトスキルのチャージをし始めた。
兄さんの役に立てた!と感動していたわたしは、その行動に小首をかしげる。
周囲にエネミーはほとんど居ないし、たまに現れるはぐれエネミーもパーティーのメンバーが率先して倒してくれている。
なぜ、チャージを?
「彼は本当に大したプレイヤーだな」
わたしの疑問に対してか、兄さんは唐突にそんなことを言う。
「『六道窮鬼』が戦闘中に一回だけ使ってくる大技に『冥府ノ轢道』というエネミースキルがある」
兄さんの語り口に、わたしは居住まいを正して耳をかたむけた。
こうやって、兄さんはわたしにいろいろなことを教えてくれる。
わたしは教えてもらったことを忘れないように記憶にしっかりと書き止め、わたし専用の百科事典『あにペディア』の一ページとするのだ。
「そのエネミースキルの発動条件は厳密には判明していないが、恐らく、最初に『六道窮鬼』からのヘイトが一定値を超えたプレイヤーに対して使ってくるのだと言われている」
「!では……」
「基本的にはヘイトコントロールを担うパーティーが標的にされるが、大抵はそれ以前に、レイドに参加しているプレイヤー間でヘイトが分散しすぎて閾値を超える個人が現れないまま終わるらしいが……」
ハッとして『六道窮鬼』を見ると、先の誘導弾を放つときに輝きを強めていた鬼火が、徐々に終息していくかのように見えて、よくよく見ると再び輝きを強めていた。
おにーさんは、同時に振り抜かれた『六道窮鬼』の拳を回避するために動いている。
息を呑むことしかできないわたしとは対照的に、兄さんはどこまでも冷静に、耳元に手をやってインカムの魔法陣を展開した。
「下から撃つ。上手く使え」
インカム越しに一方的に短く告げて、兄さんが構えた銃が大きく咆哮する。
ガンスリンガースキルの『スフィアイレイザー』が発動し、兄さんのマナ色である漆黒の砲撃が放たれる。
オブジェクト破壊能力をもった極太のレーザービームを発射するスキルで、チャージをすればするほど射程きょりが延びるのが特徴らしい。本来はしゃへい物を貫通してエネミーを攻撃したりするための強力なスキルだ。
「[ヨルハ]!いけ!」
「!――はいっ!」
ぼーぜんと眺めているだけだったわたしは、兄さんの鋭い声に背中を押されて、ほとんど反射的に動き出した。
兄さんが放った砲撃は上空のおにーさんを下から撃ち抜き、おにーさんはかみわざじみた反射神経で『内力相殺』を合わせて、結果的に兄さんの砲撃に押し飛ばされる形でおにーさんは『六道窮鬼』の攻撃範囲から逃れた。
凶悪な鬼火の白い輝きに満たされる景色の中、横目にそれを確認しながらわたしは、『ニンジャ』クラスの移動スキルを発動。
「『縫天龍舞』!」
おにーさんのように無言でアクショントリガーを使って発動できればすごくかっこいいのだけど、わたしはまだまだ『しゅぎょー』が足りないので、ボイストリガーでスキルを発動する。
きどーりょく特化の上位クラス『ニンジャ』が誇る移動スキル『縫天龍舞』の効果は、『自身に作用する重力の向き』を操作することだ。
スキルの効果時間内ならば、自分の意志で、自分が落ちる方向を決められる。
壁に向かって落ちればどんなに長いきょりでもジャンプできるし、空に向かって落ちればどんなに高い場所にも飛び乗れる。もちろん、いたずらに使えば制御に失敗して落下ダメージで自殺する羽目にもなりかねない、せんさいな制御を求められるスキルだ。
うちのクランの『ぶたいちょー』くらいの使い手になると、重力の向きを操作して打撃の威力を高めたりもできるらしいけど、わたしていどでは移動に失敗しないように気を付けるだけでせいいっぱいだ。
でも、投剣を投げる瞬間に重力の向きを変えて、初速を与えるくらいならわたしにもできる!
重力を操る『ニンジャ』にとっては、壁を走るなんてことはぞうさもない。
じゅうおーむじんに飛び回りながら、少しでもおにーさんとのきょりをつめる。
耳元に手をやってインカムを展開し、おにーさんに声を掛ける。
「わたしたちが道をつくります」
『ん?キミは――』
わたしの言葉に、おにーさんはなにか気付いたような様子だった。
あのとき『緑堕の森殿』で『ユニオンレイド』に参加したとき、ほんの少しだけ会話したので、もしかしたらおにーさんはわたしのことを覚えていてくれたのかもしれない。
だとしたら、嬉しい。
「犬のおねーさんみたいに、上手にできなかったらごめんなさい」
インカムを閉じ、両手に握った投剣を、投げる!
「『連ね舞』!」
落下のいきおいを乗せて上空に放つは、ジャグラースキル『連ね舞』。
放射状に広がる三つの幻影剣を投げるスキルだ。
ほんとは、ちゃんと一本一本狙いをつけて投げるべきなんだけど、とても間に合わないので、大雑把に狙いをつけて、三本ずつだ。
ブーメランみたいに回転させて投げた投剣はぶっそうな風切り音を立てて高速で飛翔しながら分身し、直後に連続でひびいた銃声によって空中にぴたりとはりつけになった。
兄さんだ。
やっぱりすごい。
わたしの『連ね舞』に対して、兄さんの『バインドバレット』は一発ずつしか撃てないはずなのに、三回の銃声はほとんど重なって聞こえた。たぶん、両手の銃で交互に連続してスキルを使ったんだ。
そして、当然のように全弾命中だ。
「『連ね舞』!もいっこ『連ね舞』!」
さらに二度。合わせて六本の投剣を放つ。
間髪入れずに兄さんがそれを狙撃して、合計九本の投剣からなる『足場』がおにーさんの下から『六道窮鬼』の眼前までを結んだ。
おせじにもきれいな並びとは言いがたくて、ガタガタだ。
おにーさんの移動方法の特性を思えば、足場は一直線でなくて千鳥に配置したほうがつごうがいいのだろうけど、それにしてもちょっと不格好になってしまった。
どうかな。
使えるかな?
はらはらと見守るわたしの視線の先で、兄さんの砲撃に高く打ち上げられて落ちるのみだったおにーさんは、突然マナの旋風をまとってその身を跳ね上げた。
空中でも発動できる、フリッカースキルの『ランブルアクセル』だ。
軽やかに跳ねたおにーさんは、弧を描いた軌道で、寸分たがわずわたしの投剣を捉えていた。
そして、彼の脚の打甲が投剣をたたいた瞬間、緋色のマナが爆裂する。
『緑堕の森殿』で見た彼の動きが反射するレーザーだったとしたら、今、わたしが目にしているのは『天を行く大蛇』の姿だった。
『ランブルアクセル』と『虎牙輪転』を目まぐるしく使い分け、直線と曲線の移動を駆使して、尋常ではない速度で、緋色の大蛇が天を縫っていく。
わたしと兄さまが置いた投剣の間を縫うように(実際にはそれらの投剣を蹴っているのだろうけど)、ほとんど一瞬にして、おにーさんは『六道窮鬼』の眼前へと躍り出た。
そのまま、お星さまみたいに輝く拳で『六道窮鬼』の額をぶん殴ったおにーさんは、振り払う『六道窮鬼』の動きを利用して、『パリング』で『カルマ』を溜めながら後退した。
『――確か、『ガイアマンティス』のレイドに居た子だよな?』
わたしの耳元にインカムが展開し、おにーさんの声が聞こえた。
レイドの中でほんの一瞬肩を並べたていどなのに、覚えていてくれたことが嬉しくて、びっくりして、わたしはあわてて返事をする。
「はい。『EF』の[ヨルハ]です」
『知ってるかもしれんが、俺は[エッジ]だ。よろしく』
おにーさんののんきな挨拶に、わたしはどう反応すればいいのかちょっとわからなくて、結局「よろしくおねがいします」と返すにとどめた。
だってあの人、『六道窮鬼』の攻撃よけたり逸らしたりしつつ、ビルよりも高い空中で跳びながら、平然と挨拶してくるんだもん。
こっちからしたら、下手に声を掛けたら集中が乱れて落ちるんじゃないかと気が気でないんだけど。
わたしの呆れとか感嘆をよそに、エネミーの攻撃をいったんやり過ごしたおにーさんは、『陣術』の上に立って、わたしに見えるようにビッと親指を立てて見せた。
『いい援護だった。犬のおねーさんと同じくらい上手だったぞ。ありがとな』
半分は兄さんのおかげなのだけど、それでも、思ってたよりもずっと、褒めてもらえたことが嬉しかった。
それと同時に、なんだかふしぎな感情がむくむくと湧いてくる。
対抗心、というとちょっとちがう気がするけど、なんだろう。
わたしはもっと、うまくやれる、とか。
さっきのがわたしの実力だと思わないでほしい、みたいな。
そう、だからつまり、
「次は、もっと上手にやってみせます」
だから、そのときはもっと褒めてください。
声に出さずに続けたそのことばが届いたわけもないが、おにーさんは嬉しそうな声で笑った。
『期待してる』
「はいっ!」
あくとじゅうなな。えんど。
本日の聖書。
戦バカ「あにペディア、とは……?」
猫忍「バイブルです(真顔)」
戦バカ「お、おう」
猫忍「バイブルです(迫真)」




