Act19:私もあれやりたーい!とか言うつもりでしょ
あくとじゅうきゅう。
「狙いは――私か!」
『羅刹』の動きはあまりにも速く、そして巧かった。
[ガレオン]氏のパーティの前衛陣と戦闘を演じて見せたのも、その隙をついて後衛陣を潰さんと踊りかかったのも、すべてブラフだったのだ。
慌てて[ガレオン]氏と[ミント]嬢を援護しようとした私たち全員が騙された。
そして、今私の眼前に肉薄した黒染めの大鬼。
おそらくは最初から、こいつは私だけを潰そうとしていたのだ。
もしかすると、『六道窮鬼』にとって最も厄介な敵性体を無力化するようにプログラムされているのかもしれない。私を消すことで間接的に[エッジ]くんを無力化するつもりか。
跳躍の勢いのままに『羅刹』が振り下ろした一閃を、横っ飛びに転がって回避する。
受け身を取りながら、腰のホルダーから愛用の銃剣を抜き放つが、抜刀状態に移行することは叶わない。
抜刀すれば『神託』が消える。
あるいは、私がまがりなりにも『羅刹』の不意打ちに対抗できたのは、だからこそかもしれない。
[エッジ]くんのために何としてもやられるわけにはいかない、という私の矜持が、この身体を動かしたのだ。
「くっ」
追撃の一閃を、銃剣のバヨネットで受け止める。
刀身の峰に片手を添えて、両腕に渾身の力で何とか受け止めるが、『羅刹』の尋常ではない膂力に私のアバターはいとも容易く吹き飛ばされる。
アサルトスキルは使えずとも、銃器として通常の射撃は可能だ。
だが、コイツが相手ではその選択肢すらも存在しない。撃った瞬間にカウンタースキルで私の首が飛ぶからだ。
『会長!』
間一髪で蒼月くんが割り込む。
漆黒の外套が竜巻のように荒れ狂い、彼女の両手に握られた投剣が青紫色の軌跡を残して乱舞する。
ジャグラースキル『乱れ舞』。
ジャグラーのアサルトスキルは基本的に投擲によって発動するので、やはり『羅刹』との相性は良いとは言えないのだが、肉弾戦に使えるスキルが皆無と言うわけではない。
『乱れ舞』は本来、脚で幻影剣を投げることができるようになるスキルだ。
蹴りを放つとその延長線上に投剣の幻影が飛んでいくと思えば大差ない。
もちろん、敢えて『投げない』という選択も可能で、その場合は『脚で斬る』ことができるようになるスキルへと変化する。
ライダースのようにも拘束衣のようにも見えるタイトなコスチュームに包まれた蒼月くんの脚が、鞭の如くしなやかに伸びる。
両手の投剣と合わせた四つの斬撃が、手数で『羅刹』を上回る。
蒼月くんは[エッジ]くんに勝るとも劣らない練度でモーショントリガーを使いこなす。敢えて言うまでもなく、無口キャラのロールプレイを貫くためには、無暗にボイストリガーを使うわけにはいかないからだ。
理由こそしょーもないが、その『無口キャラ』というロールを支える彼女の実力は本物だ。
お手本のように淀みない、連撃に次ぐ連撃。
ペース配分を度外視した無茶な連撃だ。
このままではあっという間にSPが枯渇して動けなくなるだろう。
だが、正しい。
『羅刹』は恐るべき使い手だ。
事実、息つく暇もないような蒼月くんの怒涛の連撃を、両手の太刀で淀みなく捌き続けている。
そして、だからこそ打てる手がある。
ヤツは高い技量を持つからこそ、対処できる攻撃は律儀に太刀で受けに来るのだ。
どんなに小さなダメージだとしても、クリーンヒットは必ず防ぎに来る。
だから、蒼月くんの乱舞が狂いなく『羅刹』の身体を捉え続ける限り、ヤツはそれを防ぎ続ける。
だが、クリーンヒットでなければ?
例えほんの少しでも斬線がブレて、カス当たりになってしまった瞬間、『羅刹』はその一撃を無視して蒼月くんの首を取りに来る。
そんな一瞬の隙をついて凄まじい速度で振り抜かれた『羅刹』の太刀が、私の目には蒼月くんの右腕を透かして通り抜けたように見えた。
「まっず……!」
思わず、といった風に彼女が声を漏らす。
その右腕はだらりと垂れ下がり、握っていた投剣が金属音を立てて地面に落ちる。
ただの一撃で右腕を部位破壊され、『損傷状態』に陥って動かせなくなったのだ。
流石に場数を踏んでいるだけあって、蒼月くんは取り乱すこともなく、全体重を乗せた渾身の回し蹴りを繰り出す。
『乱れ舞』の効果で斬撃となった蹴撃が、『羅刹』の追撃の太刀と拮抗し、相殺する。
渾身を使い切った蒼月くんは体勢を崩して隙だらけの状態だったが、その彼女の隙を埋めるように、小さな影が躍り出る。
「『疾風雷火』!」
地を這うような低姿勢で踏み込んだ[ヨルハ]嬢が、『紫電抜刀』を乗せたアサルトスキルを繰り出した。
蒼月くんの渾身の一撃で同じく体勢を崩していた『羅刹』は防御が間に合わず、右の前膊に食らう。
初めてのクリーンヒットだ。
そこで、[ガルム]からのオープンチャット。
『[ヨルハ]。30秒でいい。時間を稼げ』
「はい。兄さん」
突然の要領を得ない指示に微塵の疑いもなく、[ヨルハ]嬢は頷く。
小さな身体で、恐れることなく果敢に『羅刹』へと打ち掛かる。
彼女は両手で握った刀を大上段から振り下ろすが、『羅刹』の左の太刀に受け止められる。
鍔迫り合いの状態から、[ヨルハ]嬢の身体が刀を起点に上に跳ね上がる。
相手の頭上を飛び越えて背後を突くニンジャスキル『月輪』だ。
だが、小さな[ヨルハ]嬢が飛び越えるには、相手の身体が少々大き過ぎた。
無防備に眼前に飛び上がった獲物を両断すべく、『羅刹』は当然のように右の太刀を振り下ろし、そしてスルッと空振った。
[ヨルハ]嬢の身体が、太刀の風圧に舞うように、真横に落ちたのだ。
まるで、見えない糸で『羅刹』と繋がっているように、[ヨルハ]嬢は振り子のような動きで空中を移動すると、あまりにも容易く『羅刹』の背後を取って着地した。
彼女の軌跡を追うように稲妻の如く振り向いた『羅刹』の横薙ぎの斬撃を、小さな体躯をめいっぱいに活かして軽く潜り抜けると、その繊手から鮮やかな藍染めの閃光が奔る。
「『いっき、とぉせーん』ッ!」
裂帛、というには可愛らしすぎるボイストリガーによって、サムライスキル『逸鬼刀閃』が発動。
右の膝関節を狙った攻撃だったが、紙一重で脚を持ち上げた『羅刹』の強靭な脛で受け止められる。
関節部こそ逃したが、クリーンヒットには違いない。
[ヨルハ]嬢が矢継ぎ早に繰り出す攻撃が、面白いように『羅刹』に届く。
愛らしい見かけによらない[ヨルハ]嬢の技量もさることながら、それよりもなによりも。
『ニンジャ』クラスの圧倒的機動力を支える移動スキル『縫天龍舞』が、近接戦闘においてこれほどまでの威力を発揮するとは。
『羅刹』の近接技量が高いからこそ、プレイヤーの動きを先読みして襲い来る脅威の斬撃が、[ヨルハ]嬢には掠りもしない。
予備動作もなく上や横に落ちる彼女を、捉えられないのだ。
だが……
「ぅくっ!?」
変則的な挙動に慣れてきたのか、ついに『羅刹』の攻撃が[ヨルハ]嬢に掠り、それだけで彼女は怯んだように動きを鈍らせる。
たかがカス当たりとは言え、彼女にとってはじゅうぶんに深刻だった。
そもそも、リーチもウェイトも膂力もなにもかもが、不利過ぎるのだ。
基本的に、アバターのウェイトが重いほど高耐久となり打撃の威力が増加するし、逆に軽いほど低耐久になるが走破力が高くなると言って良い。無論、ウェイトは装備の重さが支配的に影響するので体格で一概には決まらないが、そこを行くと[ヨルハ]嬢は明らかに走破力特化のプレイヤーで、火力そのものは『紫電抜刀』に依存しているところが大きい。
だが、納刀状態で『縫天龍舞』は使えないので、『羅刹』相手にもう一度『紫電抜刀』を使うのは至難の業だ。
つまり、このまま[ヨルハ]嬢がどれだけ攻撃を叩き込もうと『羅刹』には大したダメージにもならず。
『羅刹』の攻撃は殆ど当たらないが、掠っただけでも致命打の布石になり得る。
怯んだ[ヨルハ]嬢に迫る追撃の太刀を、戦線復帰した蒼月くんが割り込んで弾く。
セカンダリのプリーストで自己治癒して、先程損傷した右腕は既に回復している。
彼女らの奮戦を見ながら、私にできることは巻き込まれないように距離を置くことだけだ。
離れ過ぎると他の『屍鬼』に狙われるので、付かず離れずの距離で、周囲に気を配る。
緊張状態で時間が長く感じる。
そういえば、そろそろ30秒経つのだろうか。
「――――ん?」
なにか、聞こえた気がした。
たぶん、声だ。
『ィ―――――』
どこだ、と見渡してもそれらしいものは見えない。
だが、先程より明瞭に、
『ィィィ――――!」
間延びしたような。
あるいは、遠くから響く残響のような。
声が聞こえる方向は――――上!?
「――――ィィィィイヤッッッ、ほおぉぉぉぉぉぉおうっ!!!!」
雄叫びというか、歓声みたいな咆哮とともに、誰かが戦場に降ってきた。
一瞬[エッジ]くんかもと疑いもしたが、彼ならこんなハッチャけた叫びは上げまい。
なにより、声の主は女性だ。
爆撃みたいな勢いで、恐らく周囲の城郭の一つから飛び降りてきたであろう彼女は、全体重と落下速度を乗せた一撃を『羅刹』の真上から叩き込んだ。
それは、つい先ほどにも見たスキル。
――『羅星脚』だ。
伝説のロマン技に、一度の戦闘中に二度も遭遇するとは。
目に鮮やかな鬼灯色のマナを撒き散らして、色んな意味であんまりな不意打ちが『羅刹』へと突き刺さる。
頭部を砕かれそうになった『羅刹』は咄嗟の判断で、左腕を巻き付けるようにして頭蓋を守り切るが、代償に『羅星脚』を受け止めた左腕が肘から砕け飛ぶ。
舞い降りた彼女はそのまま『羅刹』を足場に片脚を振り上げ、凄絶な踵墜としを放つ。
ブレイカースキル『落蹄』だ。
『羅刹』は砕けた左腕を潔く生贄にして『落蹄』の一撃を防ぎ、大きく後ろに飛び退いた。
蹴りを防がれた彼女も、その反動で軽やかに飛び退り、私の少し前方くらいに着地した。
外見は、若い女性プレイヤーだ。
アバターの種族は『ディアボロス』。
艶のある黒と、鮮やかな紅のツートンの変わった髪色をしていて、ポニーテールにして結い上げてなお膝下まで届くロングヘアー。
『ワービースト』にもいくつかの種類があるように『ディアボロス』にも種類があって、後輩の城戸くんのアバターなんかは側頭部から二本の角が生えた西洋の悪魔風の『ディアボロス』。目の前の彼女は、頭部の前面、眉の上あたりから象牙色の二本角が生えた東洋の鬼風の『ディアボロス』だ。
チャイナドレス風の意匠の白いボディスーツは、胴体のみをタイトに覆い、四肢を露にした露出の激しいデザイン。
だが、その四肢には肌を殆ど覆い隠すような巨大な『打甲』が装備されている。
普通の打甲が肘下・膝下まで覆うものであるのに対して、彼女のそれは腕は上膊の半ばまで、脚は太ももまでを鎧っている。
まるで爪先立ちしているみたいな独特のピンヒール形状といい、ネイルの長いガントレットといい、部分的には女性的な意匠が散見されるが、鋭利極まる形状のせいで、あるいは巨大な刀剣を四肢に履いているようにも見える。
チャイナドレスに特徴的な、腰の括れを強調し、形の良い小振りな臀部を見せつける、とかく扇情的な佇まい。
打甲の形状のせいでもの凄く脚が長く見えるし、そのぶん背も高く見えるが、たぶん上背の高さは私と然程も変わらないだろう。
プレイヤーネームは[焔星]。
[ガルム]と同じく、巨大クラン『EF』の幹部に君臨する『デスペラード』使いの姿であった。
「ん~~~~っ」
[焔星]はまるで緊張感のない身体いっぱいの伸びをすると、楽しそうな笑みを見せた。
どちらかと言うと冷然とした美貌の持ち主だが、笑顔はあどけなくて、笑うと少しだけ幼く見える。
「[ガルム]くぅん!コレ――」
少し離れた[ガルム]に呼び掛けつつ、『コレ』と示したのは『羅刹』の姿だ。
「お姉さんが食べちゃって良いんだよね?」
そして、ぺろりと舌なめずり。
蠱惑的、というよりはスイーツを目の前にした少女のような顔をしている。
[ガルム]はというと、どうでも良さそうにぞんざいに手を振って返した。
好きにしろ、ということだろう。
まあ、[ガルム]は彼女がこの場に現れることを何らかの手段で知っていたからこそ[ヨルハ]嬢に時間稼ぎだけを命じたのだろうし、最初から『羅刹』の処理は[焔星]に押し付ける気満々だったに違いないのだが。
「あはっ!」
鬼灯色のマナが瞬いたと思ったら、[焔星]の姿が掻き消えた。
『虎牙輪転』だ。
いくら速いとはいえ、直線でしか進めない『虎牙輪転』を『羅刹』のような技量特化のエネミーに使うのは自殺行為だ。『入り』を見られた瞬間に軌道を先読みされて迎撃されるからだ。
片腕を失っているとは思えない流麗さで動いた『羅刹』が[焔星]の移動先に太刀を振り抜き、それがヒットする寸前に、[焔星]はカクンと折れ曲がるような軌道変更で回避する。
『虎牙輪転』から制動をかけず『ランブルアクセル』へと繋いだのだ。
速度を保ったまま、独楽のように回転しながら肉薄し、鈍器の如き回し蹴り。
ブレイカースキル『斧顎旋』である。
隻腕の『羅刹』に防ぐ術はなく、強かに横っ面を蹴り飛ばされ、牙が折れ飛ぶ。
ただではやられぬとばかりに放たれた反撃の太刀を、[焔星]は下から掬い上げるように軽く蹴る。
「ちょいなぁ!」
キィン、と。
私や蒼月くんにとってはあまりにも聞きなれたSEが響き、[焔星]の右手甲に表示されたローマ数字が『V』から『VI』に増加する。
「あぶないっ!」
否応なく観戦していた[ヨルハ]嬢が悲鳴のような声を上げる。
着々と『羅刹』を追い詰めつつあった[焔星]に惹き付けられたように、周囲に散っていた『屍鬼』たちが四方から襲い掛かったのだ。
厳密には惹き付けられた『ように』ではなく、まさしくその通りなのだ。
『デスペラード』クラスは全クラス中随一のエネミーヘイト上昇率を有するのだから。
いや、それだけではない。
今の今まで周囲の雑魚を迎撃していた[ガルム]が、敢えて手を緩め、エネミーを素通りさせたのだ。
「くふっ」
微塵も慌てることなく、むしろ笑みを深めて[焔星]は片脚を大きく振り上げた。
Y字バランスを通り越してI字になるほどの驚異的な柔軟性とバランス感覚だ。
チャイナドレスっぽいスーツのスリットからきわどいところが見えてしまうのもお構いなしの大開脚である。
「――――らっこんっ!」
そして、振り上げた脚を地面へと叩きつける。
地面が放射状に砕け散り、地下から湧き上がるように鬼灯色の衝撃波が拡散する。
ブレイカースキル『烈震脚』の強化系。
デスペラードスキルの『落魂牙』である。
『烈震脚』は自身を中心として周囲全てに打撃を与える範囲攻撃系のアサルトスキルで、それが『落魂牙』になると攻撃範囲が広がり、さらに『スタン』効果が付くようになる。
ちなみに、『タウント』に反応しなかったように、対象を指定しないタイプの範囲攻撃に対しては『羅刹』がカウンターを使ってくることはない。
駆け抜けた衝撃波に動きを止められた『屍鬼』の群れの真ん中で、[焔星]の右腕にマナが収束する。
満を持して呼び出すのは、『デスペラード』のもう一つの武器である『大鎌』だ。
一見してただの棍のようにも見えるそれを[焔星]がくるくると回転させて構えると、ヴン!と駆動音を立てて先端に光が燈り、爆発するような勢いで鬼灯色の光の刃を象った。
まさかのビームサイズである。
彼女の打甲と大鎌、それから[ガルム]の銃と銃剣もそうだが、これらはすべて同じシリーズの武器で、機巧族エネミーの素材からクラフトできる『ヴァリアント』と呼ばれるシリーズのものだろう。『ザ・SF』という感じのデザインの秀逸さに加えて、堅牢かつマナ効率に優れる特性も合わさって愛用者は多いと聞く。難点は重いことだ。
潤沢な『カルマ』を利用して、踏み込みとともに『ランブルアクセル』からの強化技『ディアブルアクセル』。
繰り出すはフリッカースキル『エミネントストーム』の強化技、デスペラードスキル『ディザスターストーム』だ。
攻撃をヒットし続ける限り無制限に威力を高めていく『エミネントストーム』、その強化系である『ディザスターストーム』の効果とは単純明快に射程距離が伸びることだ。だが、攻撃をヒットさせることが効果持続の条件である以上、単純だがこの上なく効果的な強化であると言える。
「あははははははははははははははははははははは!!」
童女のようなけたたましい笑い声をあげて、竜巻と化した彼女が周囲のエネミーを解体していく。
持続系の火力スキルである『ディザスターストーム』の泣き所とは、初動の腰の重さだ。要は、攻撃をヒットするごとに威力を増していく都合上、ある程度ヒット数を重ねるまでは悲しいくらいの低威力しか出ないのだ。
逆に言えば、『落魂牙』によってスタンした密集状態のエネミーを一網打尽にしてヒット数を一気に稼いだ今、もはや、そう易々とは止められない暴力と化していた。
[エッジ]くんはどちらかと言うと手元で大鎌を旋回させて、小刻みな斬撃を重ねることを好むようだが、[焔星]は身体全部を使ってぶん回すように大鎌を振るうことを好むらしい。一見してめちゃくちゃに大鎌を振り回しているようにも見えるが、良く観察すると軸足でないほうの打甲をカウンターウェイトにして器用にバランスを取っていることが分かる。
フリッカースキル『血の旋律』の効果でエネミーからマナを収奪しながら、小型も中型も一切の区別なく、攻撃力にモノを言わせて無造作に引き裂いていく。
こうなった『デスペラード』は最早とまらない。
エネミーを掘削しながら侵攻した[焔星]を『羅刹』が迎え撃つ。
旋回する大鎌が通り過ぎた後を狙いすまして、回転しつつ背中を向けた[焔星]に太刀を打ち込む。
無論、大振りの攻撃で大きな隙を晒していることなど[焔星]自身も織り込み済みで、『羅刹』がそこを狙ってくることなんて分かりきっていて、つまるところそれは『誘い』でしかなかった。
背を向けた彼女が跳ね上げた片脚が、後ろ蹴りとなって『羅刹』の太刀をかち上げる。
『パリング』だ。
そして悠々と大鎌を旋回させた[焔星]は、跳ね上げられた『羅刹』の右腕を肘から切り飛ばす。
とうとう両腕を失った『羅刹』は忌々し気にバックステップで距離を取る。
『ディザスターストーム』はあくまでも攻撃を連続でヒットし続ける必要があるので、逃げる相手を追うのは得意ではない。
折角威力を高めた『ディザスターストーム』を、[焔星]は惜しむでもなく即座に破棄する。
「きゃっほーう!」
大鎌ごとマナの粒子に解かして消した[焔星]は、少し間合いの離れた『羅刹』に向かってその場でハイキックを繰り出した。
ブレイカースキルの『緋焔脚』が『カルマ』を消費して変化。
短距離を『飛ぶ』蹴撃である『飛耀脚』となって『羅刹』を襲う。
それを見ていた私は思わず「あっ」と声を上げそうになったが、遠距離攻撃である『飛耀脚』に対して『羅刹』はカウンタースキルを使うでもなく、顎に直撃を食らって仰け反った。
考えてみれば当然だった。
既に両腕を失っていて太刀を握れないので、カウンタースキルを発動できないのだ。
そして、仰け反って脚を止めた『羅刹』に向かって[焔星]が跳躍する。
なにを思ったのか、彼女は『羅刹』の頭部に両足で組み付いた。
女性の魅力を凝縮したような瑞々しいふとももで、『羅刹』の頬を挟み込んで締め上げるような、見方によってはエロチックだが、それ以上にシュールな光景だった。
そのままの姿勢で、彼女が振り上げた右拳に光が収束する。
「ばっこん!」
マウントポジションからの打ち下ろし。
『穿皎撃』からの『牙王撃』が炸裂し、逃げ場のない『羅刹』の頭蓋を陥没させ粉砕せしめた。
マナの粒子となって散っていく『羅刹』の残骸からひらりと舞い降りた[焔星]は、またその場で大きく伸びをした。
なんだか、猫のような人だな、と感想を抱く。
そして、次の瞬間、漆黒の砲撃が横殴りの豪雨となって押し寄せ、周囲に残っていたエネミーを消し飛ばして抜けていった。
◇◇◇
「さんきゅーがるむん」
気の抜けた笑みでひらひらと手を振りながら[ガルム]さんにお礼を言っている[焔星]さんを横目に、私はとりあえず会長へと歩み寄って声を掛けた。
というかチャットを飛ばした。
『大丈夫ですか?』
「ん、ああ。キミに比べれば掠り傷だ。大事ないよ」
『神託』を維持している会長は納刀状態なので、HPは自動回復する。先ほど『羅刹』の攻撃を防いだ際の削りダメージなんかは既に跡形もないので、私が訊いたのはつまり、なんというか精神的な確認だ。
会長は若干呆けたような様子だったが、無理もないだろう。
最初の不意打ちで片腕を奪っていたとはいえ、あの『羅刹』を殆ど一方的に殲滅するさまを見せられたのだ。
私と[ヨルハ]ちゃんだって決して弱いわけではないのに、それでも二人がかりで拮抗するのがやっとだったのに。
もっとも、こと『羅刹』を相手にするとなれば、おそらく『デスペラード』というのは最も相性の良いクラスと言える。
無論、使いこなせるのであれば、という但し書きが付くわけだが。
[ヨルハ]ちゃんは『羅刹』が片付いたとみるやさっさと引き上げて[エッジ]先輩の援護に戻ってしまったので、この場に残っているのは私と会長、それから[焔星]さんの三人だけだ。
と、思ったらもう一人増えた。
たったった、と小走りで寄ってきたその人物が、強い語調で[焔星]さんに声を掛ける。
「ちょっと[焔星]!いきなり消えないでよ!」
「あら。ヘイちゃん。遅かったわね」
「あのね、こちとらアンタと違って気軽に飛んだり跳ねたりできないのよっ!!」
憤懣やるかたない、といった雰囲気の彼女は察するに、パーティーを組んでいる[焔星]さんに置き去りにされて必死に追いかけてきたのだろう。
プレイヤーネームは[HaiLSToRM]。ヘイルストーム(降雹)だからヘイちゃん、か。
種族はハイエルフで、両手の武器から判断するにクラスは『ガンスリンガー』だろう。
海軍の将校服を思わせる白い軍装を身に纏っていて、将校用の仰々しいコートを袖を通さず肩に留める形で羽織り、キャップも被った完全装備である。程よく日に焼けたような小麦色の肌に、良く映える雪のような白髪は三つ編みの長いおさげにして背中に流している。
「ごみんごみん」
「……それで謝ってるつもり?」
「またまたぁ。ほんとは別に怒ってないくせにぃ」
「一度、アンタの頭の中を見てみたいわ」
ヘイちゃんこと[HaiLSToRM]は疲れたように眉間をもみほぐすと、「まぁいいや」といってあっさりと表情をフラットに戻して怒気を収めた。
[焔星]さんの言うように本当は怒ってなどいなかった、というよりはいつものことなので既に諦めた、という雰囲気の慣れた所作だったように思う。
それから、おもむろに会長へと振り向く。
「ねえアナタ」
「ん?私か?」
「そうアナタ」
突然話しかけられるとは思っていなかった様子の会長は少しだけ反応が遅れていたが、[HaiLSToRM]さんは別に気にするでもなく言葉を続けた。
「まだパーティー空きあるわよね? 私とそっちのバカ、入れてくれないかしら?」
「バカはひどいんじゃないかと、お姉さん思うなぁ」
「うっさし」
バカ呼ばわりされた[焔星]さんの控えめな抗議は、即座に両断された。
やっぱり結構怒ってるんじゃないかなぁ……。
問われた会長は思案気に顎に手をやる。
「入れるのは構わないが、リーダー交代はしないよ」
「いいわよそれで」
私たちのパーティーは既にレギオンを組んでいるので、[HaiLSToRM]さんたちがパーティーに参加したとて、『六道窮鬼』のドロップ素材を得ることはできない。というかむしろ、パーティーに加わればその可能性が消えると言ったほうが正しいか。
もし、私たちのレギオンが『六道窮鬼』を討伐すれば各プレイヤー個人の実績関係のレコードに討伐記録が載るので、このタイミングでパーティーに参加することがまったく無意味とは言わないが。
腑に落ちない表情ながらも、会長は私と[エッジ]先輩にも一応「ということだが、構わないかね?」と問うてくる。
私は一向に構わないので頷いて見せる。[エッジ]先輩からも『会長が良ければ』と返事があった。
今回は同好会の活動報告用の動画撮影と言う目的があったので、野良プレイヤーをパーティーに加えないという方針にはなっていたが、この状況ではそうも言っていられまい。
自分たちの方針を優先したいのであれば、そもそもレギオンに加わるな、という話だから。
会長がパーティー加入申請を承認し、PSIに表示された名前が二人分増える。
これで名実ともにフルメンバー。総勢三十人からなるレギオンの完成である。
「ありがと」
「てんきゅー」
付近には敵影もないことだし、こっそり手早く彼女らのステータスを確認してみる。
純然たる好奇心である。
まず[焔星]さんはコモンレベル45、メインクラスが『デスペラード』、セカンダリは『ランサー』という[エッジ]先輩とまったく同じ構成だ。
クラスレベルは両方とも20を軽く超えていて、ステータスにはバケモノみたいな数値が並んでいる。
『ユニオンレイド』の参加プレイヤーはダンジョンの適正レベルを基準にステータスをシンクされることになるが、これはあくまでもコモンレベルの差を補正するものなので、クラスレベルの補正値の影響はもろに出る。
コモンレベルによる基礎ステをダンジョン適正値の42レベル相当に補正されて、そこにクラスレベルの補正を入れた結果が彼女の今のステータスなので、要するに普段はもっとバケモノだということだ。
次に[HaiLSToRM]さんは同じくレベル45、メインクラスが『ガンスリンガー』で、セカンダリは『ウォーメイジ』だ。
ステータスは[焔星]さんとか[ガルム]さんのような人たちに比べれば、割と控えめな感じ。上位クラスを解放してから、それほどやり込んでいないということだろう。
比較対象がバグってるだけで、普通に考えてじゅうぶんに優秀な範疇だろうけど。
「あの……なにか?」
会長の困惑した声音が聞こえて、PSIから意識を眼前に戻すと、なにやら[焔星]さんが会長のアバターを凝視していた。
なにか思案気に小さな口をとがらせて、口元に人差し指を当てている。
ややあって、ぱぁっと表情を明るくすると、勢いよく[HaiLSToRM]さんへと振り向く。
「ねえ「いやよ」
条件反射レベルの拒否であった。
「あはっ!まだなんも言ってないじゃん」
「どーせ、私もあれやりたーい!とか言うつもりでしょ」
あれ、と指さすのは遠くに見える[エッジ]先輩の姿だ。
死ぬほど嫌そうな顔をしている[HaiLSToRM]さんとは裏腹に、[焔星]さんの表情が一層華やぐ。
「さすがヘイちゃん話がはやいっ!」
「んで?」
「『神託』ちょーだい?」
「私には置物になれっての?」
「うん!」
うんじゃねーよ、とでも言いたげに[HaiLSToRM]さんは表情を引きつらせる。
遠回しに置物扱いされた会長は少しだけ不愉快そうな表情を見せたが、まあ実際その通りなので何を言うこともない。
今更だが『ガンスリンガー』のクラス解放条件は『ハンター』『ガンナー』『クルセイダー』なので、当然クルセイダーのクラススキルである『神託』を使うことができる。
「あのね。ここ『屍鬼』の群れのど真ん中なんだけど」
「そーね」
「この人は狐仮面が守ってくれるだろうけど、私はどうすればいいのよ?」
狐仮面とはもしかしなくても私のことだろう。
一応私は護衛として会長のそばにいるのだが、流石にもう一人抱える余裕はない。どちらかというと敵を殲滅して守るというよりは、いざとなったら会長を抱えて離脱するためにそばに居るつもりだし。
もっとも、『羅刹』にはその暇すら与えてもらえなかったわけだけど。
[HaiLSToRM]さんに詰め寄られた[焔星]さんは耳元に手をやってインカムを展開すると、[ガルム]さんを呼ぶ。
「[ガルム]くん!ヘイちゃんの護衛お願いできないかな?」
『適当に一人付けよう。そのかわり――』
「わかってますって。お姉さんがその分仕事するからさ!」
『ならば良い』
これで文句なかろ?という雰囲気でドヤ顔を向けてくる[焔星]さんに対して、[HaiLSToRM]さんは一瞬なんとも形容しがたい、苛立ちと諦観が綯交ぜになったような表情をのぞかせたが、自らの両頬に手をやってもにもにと揉み解し、無理やり表情をフラットに戻す。
「もう、しょうがないからアンタの好きにさせたげるわ」
「ありがとっ」
にへっと笑って礼を言う[焔星]さんに、[HaiLSToRM]さんも最終的には柔らかい苦笑を浮かべた。
奔放な相方に振り回される苦労人、といったところか。
なんとなく、この人たちの関係性がわかってきた感じの私たちであった。
…………。
「さて、と」
念願の『神託』を使ってもらえてご満悦の[焔星]さんは、打甲にマナを纏わせて上空を見上げた。
彼女の鬼灯色のマナに、[HaiLSToRM]さんの翡翠色のマナが混じって、なかなかサイケデリックな色彩だ。
ぶっちゃけ毒々しい。
「なるほどなるほど」
なにをしているのかと思えば、どうやら上空の[エッジ]先輩の挙動を観察しているようだ。
「『虎牙輪転』で壁を蹴ってるのかぁ。よくそんなこと考えるなぁ……」
[焔星]さんにすらそう言われる[エッジ]先輩とは一体……。
イメージトレーニングでもしているのか、足踏みしたり身体を捻ったりしてみている[焔星]さんは端から見てるとかなり怪しい。
というか、彼と同じ動きをしたければそもそも、彼と同じレベルでモーショントリガーを設定していないと成立しないのだが。
私自身、無言キャラのロールプレイを維持するためにかなり頑張ってモーショントリガーを登録して使いこなしている自信がある。というかあったのだが、大学に入って[エッジ]先輩と知り合ったことでその自信は粉砕されて久しい。
あの人のトリガー動作の細分化と登録量は尋常じゃない。もはや一種の病気みたいなレベルだ。
細部まで覚えきれる量ではないと思うので、たぶん半ば以上は反射で動いてるんだろうな。
おそらく私のような一般のプレイヤーとは経緯が逆で、もともとリアルで格闘技をやっている先輩は、反射的に繰り出す動作と言うのが既に膨大に形成されていて、それにトリガーを当て嵌めているだけなのだ。
トリガーに設定した動作をなぞっているわけでなく、身体が覚えた動作にトリガーを追従させているだけ。
『羅刹』との戦闘を見る限りでは[焔星]さんも相当なものであるのはわかるが、はたして……?
「うーん……三回くらいは重ねないと上には跳べないかなぁ」
[焔星]さんは軽い足取りで走り出すと、すぐに『虎牙輪転』を発動して爆発的に加速する。
そのままスキルを重ね掛けしながら加速し続け、適当なオブジェクトを足場にして、上へ上へと昇っていく。
おお。すごい。
普通に先輩と同じことやってる。
しかもぶっつけ本番だろうに、実に危なげない挙動だ。
私たちが固唾をのんで見守る中、彼女はマナの光の帯を引いて空中へと飛び出し――――あ。
『あ』
「あ」
「あ」
『あ』
上から順に、[ヨルハ]ちゃん、[HaiLSToRM]さん、会長、[焔星]さん本人である。
『ん?』
そして、[エッジ]先輩の声。
城郭の屋根を踏み切って空中へと躍り出た[焔星]さんは。
『ぐっはぁ!?』『ごめーんっ!!』
運悪く飛び込んできた[エッジ]先輩の背中に全速力でぶち当たった。
「もうバカ……」
何とも言えない沈黙の中、[HaiLSToRM]さんの呟きだけが小さく響くのだった。
あくとじゅうきゅう。えんど。
本日の悪ノリ。
ペコ「ああっ!ファーストアタックを奪われた!?」
魔法猫「でも、おかげで彼は体勢を崩しています!」
ペコ「今こそ追撃のチャンスかっ!」
子龍「大概にしとけや?」
魔法ペコ「「すみませんでした」」




