Act20:その勝負、乗った
あくとにじゅう。
このゲームをやっていると、たまに言われることがある。
曰く『お前は自己評価が低すぎる』
[†TAKUAN†]を筆頭に、結構な人数に同じようなことを言われてきたような気がするが、理由はわかるのだ。
俺が、自分自身の実力を評して言う『俺程度』という表現が気にかかるのだろう。
つまり『俺程度のプレイヤーは腐るほど居る』のだと。
俺が思うに、謙遜も卑下も過小評価もすべて悪徳だ。
それらは、等しく判断を誤らせる。
[Canaan] あたりが聞けば「どの口で言うの……?」とツッコんでくれそうなものであるが、少なくとも、俺は自分自身の評価基準にはそれなりの自負を持っている。それは、古武術に打ち込む心構えとして、一番最初に、自然と身に付いたものだ。
彼を過小評価すれば慢心を生み、我を過小評価すれば機を失う。
彼を過大評価すれば畏れを生み、我を過大評価すれば即ち驕る。
要は、自分自身の実力を正しく評価できればこそ、次に目指すべきところが見えるのだ。
自分は弱いから、などと言って『ランドピーク』とばかり戦っていては、いつまでたってもレベルなど上がりはしない。
それがわかっている俺は、俺自身の実力を正しく評価しているつもりだ。
厳然たる事実として、俺程度のプレイヤーなど他に腐るほど居る。
俺より巧いプレイヤーなど掃いて捨てるほど居るに違いない。
きっと、本質的に理解してくれるのは今のところ[さや]だけだろう。
俺は俺自身が大したプレイヤーではないと評することがあれど、実のところ、自分が弱いと言ったことは一度として無い。
何故ならば、俺は自分が弱いとは思っていないし、その辺のプレイヤーよりも戦闘に長けていることを自覚しているからだ。
そして、俺にとってそれは矛盾ではない。
簡単な話、俺はゲームが上手いわけではないのだから。
俺がエネミーとの切った張ったに長けているのは、偏に、ゲームの外で培ったものがあるからだ。
リアルの格闘技をゲームの中に持ち込んでいるからまともに戦えているのであって、これが例えば、このゲームのインターフェースが思考制御のダイレクトリンクでなければ、俺の戦績など落第生もいいところだっただろう。
そして、俺は自身が修めた武術に関しては絶対的に自信を持っている。
先の心構えの件もあるし、そうでなくとも己が半生を費やしているのだから、それで自信を持てないなら生きている意味がない。
己の武術が通用する環境であれば、俺が弱いはずがない。
だが、それとゲームの巧拙はまったくもって関係ないのだ。
言うなれば、俺はリアルの武力にモノを言わせてごり押ししているだけであり、ゲームプレイヤーとして技量に優れているわけでは全くない。
ゆえに俺は自身が大したプレイヤーではないと評するし、俺より優れたプレイヤーの存在に疑いを持たないのだ。
このゲームをプレイするうえでエネミーとの戦闘は切っても切れない要素なわけで、そこばかりがクローズアップされがちだ。
だが、このゲームには戦闘以外にも出来ることがたくさんある。
むしろ、エネミーとの戦闘など割合的にはただの一要素に過ぎないのだ。
ゆえに、俺はあくまでも一要素において優れているに過ぎず、総合力において誇るものなどありはしない。
自分に出来ないことを出来る他人、というのはそれだけで尊敬に値する。
[†TAKUAN†]がクラフトに打ち込む熱意。
[さや]がキャラクリに掛ける拘り。
[Canaan] のゲーマーとしての技量。
内部パラメータや計算式まで網羅した会長の深い知識。
すべて俺には無いもので、敬意を表するに余りある。
それは、俺が持つエネミーとの戦闘能力と比しても、なんら劣るものではない個々人の長所であるはずだ。
だからこそ、[†TAKUAN†]や[Canaan] に『お前はすごいプレイヤーだ』と言われると、俺はどうしても「そんなことはない」と言いたくなるのだ。
お前たちが持っているそれだって、俺から見れば十分にすごいことなんだぞ、と。
まあ、俺がそれを彼らに告げたところで、彼らは彼らで「そんなことはない」と言うのだろうが。
◇◇◇
もう何度目になるかわからない、『六道窮鬼』の打ち下ろし。
狙われたのは、俺ではなく[焔星]だ。
空中に飛び上がったところを狙われた彼女は、楽し気に笑うと、タイミングを合わせ、その手の大鎌で『六道窮鬼』の拳を上から叩く。
俺もやっていたように、『パリング』が発動し、彼女の身体が『六道窮鬼』の拳に逸らされて上方へと跳ね上がる。
俺ならば、そのまま腕の上に立って『虎牙輪転』を発動するところだが、[焔星]はそこで『ランブルアクセル』へと繋ぐ。
自らの真下を通り抜けようとした『六道窮鬼』の腕に、今度は自分からぶつかりに行って、大鎌を叩き込む。
振り切っていない『六道窮鬼』の腕にはいまだ攻撃判定があるので、[焔星]はもう一度『パリング』を発動し、慣性で回転しながら跳ね上がる。
それを、尋常ならざる高速で繰り返すとどうなるか。
まるで、回転鋸のように。
あるいは掘削機のように。
[焔星]は自らの身体を基点に高速回転しながら、大鎌で『六道窮鬼』の腕の表面を削りながら、手首から肩口までを車輪のように駆け上った。
連続発動した『パリング』により、瞬く間に『カルマ』が最大値まで溜まる。
彼女は勢いのまま、黒染めの頭蓋に袈裟懸けの『インサニティネイル』を叩き込む。
鬼灯色のマナが爆発したみたいに膨れ上がり、ダンジョンの夜陰に光の花を咲かせた。
振り抜いた大鎌は手元から消し、即座に『ランブルアクセル』を発動。
虚空を蹴って回転した彼女は、その脚に纏った巨大な打甲をギロチンのように振り下ろす。
踵落としのアサルトスキル『落蹄』が『カルマ』を消費して強化され、デスペラードスキル『雷蹄』が炸裂する。
轟雷のエフェクトで『六道窮鬼』の頭蓋を揺らし、踵を叩きつけた瞬間には、既に逆の脚が中天に持ち上がっている。
連撃として放たれたのは震脚のアサルトスキル『烈震脚』だ。
本来、オブジェクト(大抵は地面だ)を媒介に間接的にエネミーの行動を規制する衝撃波を放つスキルなのだが、それを直接エネミーに中てるとどうなるのかというと。
俺も今日初めて知った仕様なのだが、衝撃波が行き場を失い、使用者本人とエネミーの中間で弾け飛ぶらしい。
もっとも、それ自体はありふれたスキルの失敗例の一つなのだが。
[焔星]は意図的にそれを繰り出し、そして自らに跳ね返ってきた衝撃波を、更に『内力相殺』で受け止める。
このとき、どれだけの衝撃が跳ね返ってくるかはプレイヤーとエネミーの耐久力差によって比率が決まる。要は脆いほうにより多くの衝撃が返ってくる。つまり『六道窮鬼』のようなカッチカチのエネミーにそれをやると、ほぼほぼ十割の衝撃がプレイヤーに跳ね返ってきてしまうわけだ。
先程、俺が[ガルム]の砲撃を足場にして跳躍したのと同じ原理で、[焔星]は自分のスキルを足場にして垂直に高く舞い上がった。
その姿を追って『六道窮鬼』の腕が天へと伸ばされる。
凄まじい勢いで飛び上がった[焔星]も徐々に加速度を失い、『六道窮鬼』の腕が迫る。
図ったように、というか事実図ったのだろう。[焔星]の身体は、ちょうど伸びきった『六道窮鬼』の腕が紙一重で届かない高さで頂点に至る。
[焔星]の速度がゼロになり、『六道窮鬼』の腕は伸び切り、刹那だけ、完全な静止状態があった。
あとは、落ちるだけ。
『くふっ』
インカム越しに聞こえたのは、楽しくて堪らない、という笑みだった。
大剣を四肢に纏ったかのような、彼女の巨大な打甲が、ぼうと鬼灯色のマナを纏う。
伸び切った『六道窮鬼』の腕を壁面に見立て、[焔星]は壁を蹴りつけて『虎牙輪転』を発動し、あろうことか真下に向かって加速したのだ。
その勢いたるや、まさしく電光石火。
ほぼ垂直降下で『六道窮鬼』の脳天に叩き込むのはデスペラードスキル『羅星脚』だ。
伝説のスキルとかロマン技などと評される彼のスキルであるが、今日だけでも結構な回数登場している。
俺も先程使っていて思ったのだが、巨大なエネミーを相手取るならば、意外と使い勝手が良いスキルなのだ。移動ついでに行きがけの駄賃で繰り出せるわりに、威力が高く、しかも後の動作に繋げやすい。
とりあえず『羅星脚』しとけば良いんじゃね、などと思う日が来るとは思わなかったが。
ただ、巨大エネミーと戦うという状況そのものが『ロマン』的なシチュエーションに違いないので、そこでしか輝かない彼のスキルは結局のところ正しく『ロマン技』なのだろうが。
ゴガァン!と発破解体みたいな音を立てて[焔星]の『羅星脚』が突き刺さり、『六道窮鬼』の巨体が僅かに沈み込んだ。
ところで、アサルトスキルを繰り出すための『モーショントリガー』というのは、あくまでもスキルを発動待機するための機能だ。
各アサルトスキルには発動するための動作が決まっているが、その前段階であるトリガーには決まった動作は存在しない。
要は、この動作をすればこのスキルを発動待機する、というのをプレイヤー自身が設定する機能であるわけだ。
個々人が使いやすい動作を追求して設定するので、厳密な意味でまったく同一のモーショントリガーと言うのは一つとして存在しないと言っても過言ではない。
モーショントリガーの設定には大まかに分けて『動作』と『時間』と『感度』の項目がある。
『動作』は言うまでもないので省略するとして、『時間』は速度とも表現でき、その動作を何秒で繰り出せばトリガーとして認識するのかという指標、そして『感度』はそれらの認識にどこまでの『曖昧さ』を有するのかという指標だ。
例えば、右手の正拳突きを0.5secでモーショントリガーとして設定するとして、感度を最も低く設定すれば、ノロノロヘロヘロの正拳突き擬きでも認識されるが、逆に感度を最大に設定すれば、ほぼ登録した動作そのものを繰り出さないとトリガーとして認識されない。
一般的には、感度が高すぎれば難度が上がるし、低過ぎれば意図しない動作で暴発するため、中間値のニュートラルに設定しておくか、少しだけ高めにしておくのが普通らしい。
対して、俺の使うモーショントリガーと言うのは完全に特異で、感度の設定は常に最大値で、一つのアサルトスキルに対するトリガーを一動作から更に数分割したりする。感度が最大であれば、登録した動作とほぼ同一の動きをしないとトリガーとして認識されない。1.0secを掛けて行う動作を寸分違わずなぞるのは難しくとも0.1secの動作であれば、それほど難しくはないし、動作を分割して登録することで、任意のタイミングでスキル発動へと移行できる。
問題は、たった0.1secの動作を連続して、意図して行えるのかということだ。
それだけに集中して意識的にやれば、誰でも少し練習すればできるようになるだろうが、それをエネミーとの戦闘中にやれるかというと、別次元の難度になる。
俺には、意図などせずとも反射でそれが出来る。
俺が修めている古武術というのは、父方の一族が継承している流派で、その名を『旭戴天流勁応術』と言う。勁に応ずる術、という名の通り、中国武術ではおなじみの『発勁』とルーツを同じくする技法が、日本古来より独自に熟成された体術流派だ。
発勁などというと昨今のサブカルチャーのおかげか、日本では超能力じみた胡散臭い技術であるというイメージが先行しがちなのだが、その実態は物理学と人間工学に基いた完全無欠に理詰めで構築されるエネルギー制御技法である。
その基本にして極意とは『身体制御』。これに尽きる。
肉体の質量、筋繊維の収縮、骨格の動き、これらを完ぺきに調律し、連動させ、エネルギーの損失を最小に抑え、最大限を外部に伝達する。
古くは流派の継承者たちが血肉を削って求めてきた最適解が、現代科学においては純然たる計算式として導き出される。
つまりは、エネルギーの制御技法であるがゆえに、最大効率を求めれば、解は必ず一つに収束するのだ。
無論、型稽古ではないのだから五体すべてがまったく同じ動作をなぞることなど実戦ではありはしないが、例えば、右拳で正拳を放つという結果を求めれば、どんな体勢から放ったとしても、右拳に近い位置ほど動作は同じ形の最適解に収束していく。その最適解をいかに自然に繰り出せるようにするかを追求し鍛錬しているのだから、当然と言えば当然だが。
俺のモーショントリガーとは、その最適解をもとに構築されているのだ。
だから、モーションとして決めた動作を実戦のなかでなぞっている、というよりかは、身体に覚え込ませた最適の動作を実戦で行うと、勝手にトリガーが付いてくるような感覚である。
ゆえに、俺が俺の武術を正しく使えている限り、アサルトスキルの暴発も不発もあり得ないと断言できる。
それだけ俺は自分の武術に自信と信頼を抱いているし、これだけは他人にはおいそれとは真似できない、俺の長所であると思っている。
と、いうか――
「真似できない、と思ってたんだがなぁ……」
いやはや、世界は広い。
いや、この場合は世間は狭い、と言うべきなのか?
俺と同じように『虎牙輪転』で空中を飛び回っているのを見た瞬間からそんな気がしていたのだが、やはりというか、あの[焔星]という女性プレイヤーもどうやら俺と同じようなトリガー構築をしているようなのだ。
もっと言えば、彼女の動作の根幹となっているであろう体捌きに、普通に見覚えがある。
あれは恐らく……
「『救心流』ですか?」
インカムで本人に訊いてみると、案の定嬉しそうな声が返ってきた。
『あ!やっぱりわかっちゃう系?』
「見ればわかりますよ」
『そういうキミは、『戴天流』ね?』
さもありなん。
俺が見て分かったように、彼女にも俺の流派は一目瞭然だったようだ。
詳しいことは省くが、『救心流』は『戴天流』の姉妹流派だ。それぞれ、源流である『響鳴流』という流派から分派したもので、『戴天流』が自らの力を束ねて叩き込むことを極意とする超攻撃的流派であるとすれば、『救心流』は逆に外部から伝えられる力を受け流し、利用して反撃するカウンター系の流派であるといえる。
やっていることは真逆でも、当然基本骨子はまったく一緒なので、見ればわかる。
ちなみに、流派の歴史がべらぼうに長いだけあって、それを伝える一族も日本各地に多く存在している。基本的には『家名』+『流派名』+『術理』で表現されるので、我が家で言うならば『旭家が伝承している戴天流の勁応術』という意味だ。
ご当地流派を探せるくらいに全国津々浦々に生息している体系なので、[焔星]が使うそれがどの『救心流』なのかは定かでないが、おそらく俺と同じく『勁応術』の使い手なので『救心流勁応術』の伝承者を探せば彼女の正体がわかるのかもしれない。
ついでに言えば、俺の実家は道場経営として『戴天流勁応術』の名前を出して教えているので、たぶん[焔星]がその気になればリアルの俺に辿り着くのは極めて簡単だと思う。
『あっ』
と、俺が話しかけたせいで集中が切れたのか、[焔星]が空中でツルっと足を滑らせた。
なにを言っているのかわからないと思うが、要するに[ヨルハ]が投げた投剣を[ガルム]がバインドしたお馴染み(?)の足場に立とうとした[焔星]が、足を踏み外したのだ。
彼女の脚を覆う打甲は非常にきわどいピンヒールのような形状をしているので、あの小さな投剣を足場にするのは俺よりも数段難しいであろうから、無理もないのだが。
『わっちょ、タンマタンマっ!?』
などと言ったところで『六道窮鬼』が待ってくれるわけもなく、コロリと落ちる[焔星]に無慈悲な拳が叩き込まれる。
しっかりと『内力相殺』で威力を殺しているところは流石だが、そのままぶっ飛んでいく彼女を見ながら、小さく嘆息する。
先程俺の背中に激突してくれたこともそうだが、どうにも抜けている人だ。
間抜けと言うよりは、愛嬌があって憎めない感じになるのは、彼女の陽気な人柄のおかげだろう。
ともかく。
「――[ヨルハ]!」
『はい!』
俺の呼び掛けに応じて、素晴らしい反応速度で投剣の足場が配置される。
何を言うまでもなく、俺の欲しいところに足場をくれる。
『六道窮鬼』への攻撃を中断して、投剣を八艘飛びして[焔星]の落下軌道に割り込む。
放物線の落下軌道を描く彼女に対して、こちらは地上側から真っ向衝突しに行く軌道だ。
受け止める気など更々なく、微塵も速度を緩めることはない。
そんな気でも狂ったような俺の動きを見た[焔星]はにやりと表情を緩めたようだった。
俺もニヤリと笑って見せる。
空中で器用に身体を捻った彼女の脚の打甲が鬼灯色のマナを纏う。
同時に、俺の脚の打甲もまた、緋色のマナを纏う。
凄まじい相対速度のまま、俺と彼女が正面衝突する瞬間。
「「破ッ!!」」
[焔星]が繰り出した『落蹄』の一撃と、俺の繰り出した『臥龍脚』の一撃がぶつかり合う。
同じ呼吸法を使っているので、気合の咆哮まで完ぺきにシンクロした。
打甲と打甲がぶつかり合い、威力は拮抗していた。
普通に考えて、こんな真似をすればお互いの脚が折れるだけなのだが、俺と[焔星]は図ったように同時に『内力相殺』を発動。
鬼灯色と緋色の花火のように、大輪の花を咲かせてマナが爆裂する。
ぶつかった時以上の速度で、互いに跳ね返って後方へと吹っ飛ぶ。
[焔星]は『六道窮鬼』へと向かって飛び、俺は後方の地上へ向かって。
さて。
自分が着地することを考えていなかったが、どうしたものか。
◇◇◇
「くそっ!『土蜘蛛』の展開を許したかッ!?」
エネミーの海の向こうに聳える巨体。暗闇の中に鬼火の光が輪郭だけを浮かび上がらせる八本足の怪物。
エネミーのキャリアーである『土蜘蛛型』はその役割を終えると、八本足を地面に突き立て、固定砲台として機能し始める。
射角こそ狭いが、全高が高いので射程範囲は長大である。
「いやな位置に陣取られたで御座るな」
忌々し気な[GOEMON]の呟きに同意して頷く。
津波のように押し寄せるエネミーの壁に阻まれてこちらの前衛陣は近付けず、[ガルム]の旦那をはじめとした後衛陣の射程距離では届かない。だが、こちらは『土蜘蛛』の射程範囲にばっちり入ってしまっている。
こうなると一方的に撃たれるだけなので、できれば『土蜘蛛』が展開する前に潰したかったのだが。
「[子龍]嬢ちゃん!上から撃てるか!?」
『すみません!こちらからは射線が……っ』
くずれ落ちた城郭の残骸の中に埋まるように『土蜘蛛』が布陣しているせいで、正面以外の射線が著しく制限されているのだ。
まさか、ヤツが意図してそこに展開したわけではなかろうが、本当に嫌な位置を取られたものだ。
幾ばくもなく、長距離砲撃の雨が降るだろう。
「チッ……しゃあねえ。ここは放棄する!」
『了解した。ならばE-3区画方面へ移動しろ。射撃職は味方の撤退を支援する――――ん?』
淀みない[ガルム]の旦那の指示が途切れ、疑問符が聞こえた。
なんだ、と問うまでもなく傍らの[ミント]が俺の肩を叩き、慌てた様子で前方、というか上のほうを指さして見せた。
「ちょっあれ見てアレ!」
「なん――――ハァ!?」
光り輝く何かが豪速で降ってきた。
俺たちと『土蜘蛛』のちょうど中間地点くらいだ。
エネミーの群れの真っただ中に隕石みたいに突っ込んだのは、誰であろう、[エッジ]の旦那だ。
なにがあった。
『六道窮鬼』にぶっ飛ばされたのか?
「え?死んじゃった?」
「って見てる場合じゃねえ!救助だ救助!」
泡を食った俺たちの前にスッと腕が差し込まれる。
[GOEMON]は俺たちを制止しながら、その碧眼を細めていた。
「墜ちたわけでは、ないようで御座る」
そう言われて、改めて見てみると、[エッジ]の旦那が着弾した衝撃で周囲のエネミーが固まっていた。
いや、吹っ飛ぶならわかるが、固まるのはおかしい。
と、疑問に思うまでもなく理由に思い至る。何故ならそれはついさっき[焔星]の姉御がやって見せたことだからだ。
『落魂牙』
震脚のアサルトスキルであるそれの効果範囲は、オブジェクトに足を振り下ろした際の衝撃力に比例する。
落下の衝撃を全部乗せして、超規模の『落魂牙』をぶちかましたのだ。
ついでに言えば、落下ダメージ自体は『内力相殺』で殺したのだろう。
ボッ、と。
空を圧するような音を立てて、スタンしていたエネミーの一角がバラバラに吹っ飛ぶ。
その中心に居たのは、黒染めの『デスペラード』。
巨大な大鎌に緋色のマナを纏わせ、大きく振りかぶった彼の、無貌の双眸が『ヴンッ』と緋色の輝きを放つ。
ドンッ、とまたしてもエネミーの一角が吹き飛ぶ。
彼がその大鎌を振り抜くたびに、面白いくらいに大量のエネミーが吹き飛んでいく。
デスペラードスキル『ディザスターストーム』。
攻撃を連続でヒットするほど威力を高めていくスキルの効果を遺憾なく発揮し、エネミーの津波を真っ向からかき分けて、恐ろしい速度で侵攻していく。エネミーの壁が、まるで妨げになっていない。
これぞまさしく『デスペラード』といった貫禄の、傍若無人な暴虐の嵐。
当然のように『デスペラード』にヘイトを向けた『土蜘蛛』が、その最初の一射を放つ。
ヤツが撃ってくる砲弾とは、黒染めの骨を磨いて作られた巨大なジャベリンだ。
おそらく、『羅刹型』が握っていた異形の太刀と同種の武器だろう。
『土蜘蛛』の頭部が砲身のように変形し、まるでレールガンのようにジャベリンを投射してくるのだ。
まともに食らえば、まず即死。
防御スキルや盾で受けても、衝撃で腕が部位破壊されるほどの威力。
幸い一発ずつしか撃ってこないので、発射タイミングを注視していれば避けるのは難しくない。
それを向けられた[エッジ]の旦那は、低い声で呟いた。
『舐められたもんだな』
回避すれば『ディザスターストーム』が途切れる。
それを厭うたのかは定かでないが、[エッジ]の旦那は飛来する長大なジャベリンを一足の元に切り払った。
普通に斬るだけでは衝撃を殺せずに吹き飛ばされるだけなので、たぶん、ジャベリンを真横から叩いて『パリング』したのだ。『パリング』は攻撃に付随して自動発動するクラススキルなので、あくまでも攻撃は途切れておらず、『ディザスターストーム』は持続する。
って口で言うほど簡単じゃないよなどう考えても。
さっきから飛来する矢を『パリング』して『カルマ』を補充している旦那のことだから、技量的にはむしろ的が大きいだけ簡単なのかもしれないが、[子龍]嬢ちゃんの矢と違って、『土蜘蛛』の砲撃は仕損じれば即、死なのだ。
それを軽々と。
一体どういう神経してりゃあ、あんな度胸がつくのだろうか。
「口開いてんぞ[ミント]」
「はっ!いやいやリーダーもでしょ」
「Cool……!」
[GOEMON]がなにやら感動した様子で呟いているが、あれはどう考えてもクールじゃなくてクレイジーだ。
何度やっても無駄だと言わんばかりに[エッジ]の旦那は次々と飛来するジャベリンの砲撃を切り払いながら進撃し、ついに『土蜘蛛』の眼前まで肉薄する。
彼の大鎌が纏ったマナはもはや破裂しそうなくらいに膨れ上がっている。
そして、一回転しつつ横薙ぎの一撃。
『――俺の!』
『土蜘蛛』の前肢が左右の四本まとめて両断され、支えを失って前につんのめるようにくずれ落ちる。
もう一回転しながら袈裟懸けの一撃。
『――前に!』
ジャベリンの砲身となっていた変形した頭部が、木っ端微塵に弾け飛ぶ。
更に一回転しながら、切り上げの一撃。
『――立つんじゃねえッッ!!』
咆哮とともに放たれた最後の一撃は『土蜘蛛』の真芯を捉え、真っ二つに両断して奔り抜けた。
鎧袖一触に『土蜘蛛』を殲滅した[エッジ]の旦那は、膨れ上がった大鎌を送還しがてらポイっと捨てると、移動スキルを発動して、邪魔者の居なくなった道を駆け抜けて『六道窮鬼』へと向かって行った。
本当に、通行の邪魔だったから、くらいのノリで『土蜘蛛』を片付けてしまった。
それを見送りつつ、チャットを飛ばす。
「[ガルム]の旦那。撤退はナシだ……が、移動する」
『うん?』
「敵が残ってねェ」
俺の言葉に[ガルム]の旦那は『了解した』と常通りの平坦な口調で返したが、こころなしか呆れたような雰囲気だったのは、きっと気のせいではなかっただろう。
◇◇◇
駆け出したのと同時のタイミングで眉間を狙って飛来した矢の一撃を、首を捻ってヒョイと避ける。
そして、その陰に潜むように放たれていた追撃の一矢を、右腕の打甲で軽く弾く。
『カルマ』が一つ増えた。
「おしい」
からかうように言うと、インカムの向こうから『ぐぬぬ』と悔しげな声が聞こえてきた。
どうやら矢の射手はどうあっても俺を撃墜したいらしく、趣向を凝らした様々な不意打ちを仕掛けて来てくれて、実に飽きない。
弓術は武芸百般の基本とも言うが、実のところ俺も少なからず嗜んでいる。
と言っても俺の流派の場合はどちらかと言うと、対処法を確立するために学んでいる側面が強い。
己を知り、敵を知れば、と言うやつだな。
矢音を捉えるのも慣れたもので、しかもこのゲームではリアルよりも余計に明瞭に聞こえるために、自分を狙って飛んでくる矢など見るまでもなく反射で叩ける。
『貴兄はおかしいぞ!何故、死角から飛来した矢をそうも的確に弾けるんだ!頭がおかしいんじゃないのか!?』
二回もおかしいヤツ呼ばわりされてしまった。
そこまで悔しがってくれると、俺としては大変楽しいので、満更でもないのだが。
そんな俺の思いとは裏腹に、別の声が割り込んできた。
『おかしいのはアナタの頭です。暴言は流石に看過できませんねェ……!』
『あっ待って[子龍]、アイアンクローは流石に、私が悪かった、待って頭びりびりしちゃうから!?』
『それはよかった。アナタのイカれた脳みそが一周回って正常になるかもしれません……よッ!!』
『あばばばばばばば』
なんだか非常に仲良さげでなによりである。
しかもなんか、後ろのほうで『いいぞもっとやれー』とか囃し立てる声まで聞こえてくる。
無慈悲にそれらを一切無視して駆け抜け、俺は『六道窮鬼』の足元まで接近した。
『六道窮鬼』の周辺の空間は、その巨大な足によって執拗に均されて、ぽっかりと平坦な空間が拓けているように見える。俺と[焔星]を捉えようと躍起になっている『六道窮鬼』がその場で足踏みし続けているからだ。
踏み潰されないようにする習性がある『屍鬼』どもは『六道窮鬼』から一定範囲内には近づかないので、殆ど障害もなくヤツの足元まで接近出来た。
「試してみるか」
折角なので、先程知った知識を実践してみる。
『六道窮鬼』の短足の、巨大な膝の骨を足掛かりにして、『烈震脚』を叩き込む。
まるで鉄塊を蹴り付けたような、まるで手応えのない不快な感覚だ。
返ってきた衝撃にタイミングを見計らって『内力相殺』を合わせると、胃袋がひっくり返るような激烈な浮遊感とともに、俺の身体は凄まじい速度で垂直に飛び上がった。
「お、おおっ!?」
またたく間に『六道窮鬼』の骨盤を越え、肋骨を越え、鎖骨を越え、頭蓋の周りに張り付いて攻撃を繰り返していた[焔星]の高さに至る。
ちょっと力み過ぎたようだ。ここまでの勢いが出るとは思っていなかった。
そのままアホみたいに上に吹っ飛んでいきそうになった俺の腕を、[焔星]がはたと掴み取った。
「CHUっ」
いたずらっぽく唇を尖らせ、彼女は俺にウインクをすると、大鎌を振り回すみたいに、俺の身体を『六道窮鬼』の頭蓋目掛けて振り下ろした。
鈍器になった気分だな……。
内心でぼやきながら俺は身体を捻り、黒染めの頭蓋に『雷蹄』をブチ込む。
俺たちが散々どつき倒した『六道窮鬼』の頭蓋は、徐々にその罅割れを大きく広げ、今の俺の一撃でとうとう貫通したのか、内部の鬼火の輝きが漏れ出し始めた。
おっ、と喜ぶ間もなく、その罅割れから漏れる鬼火の青白い輝きが激烈に強まり始めた。
「あ、これもしかしてヤバいやつ?」
「大丈夫。相殺すれば死にはしない」
「おっ!経験者は語るってやつね!」
頭蓋の上に立ったまま開き直ってアハハと笑う俺たちの手を、飛び込んできた[ヨルハ]が引っ掴んだ。
「笑ってないで、逃げる!」
俺たちを連れて[ヨルハ]が跳躍すると、なんとも奇妙な感覚が襲い、俺たちの身体は『六道窮鬼』から離れる方向へと真横に落ち始めた。
おおっ、と思わず感動してしまう。
『ニンジャ』の移動スキルである『縫天龍舞』だ。
使用者である『ニンジャ』が保持しているオブジェクトも効果の対象になるので、俺と[焔星]はさながら[ヨルハ]の荷物といったところか。別に上下左右の感覚がわからなくなるようなことはなくて、ただ下に落ちる代わりに横に落ちるだけ。
重力加速度のベクトルを操作するスキルであるということだが、重力の作用を使った武術を修めている俺とは死ぬほど相性が悪そうなスキルだ。
只管感覚を狂わされる気しかしない。
横目で見れば、[焔星]もなんだか非常に難しい顔をしている。
考えていることはわかる。
逆に、使いこなせれば結構面白いことが出来そうだ、とか思っているに違いない。
まあ、あくまでも思うだけで、きっと俺や彼女が『ニンジャ』に手を出すことはなかろうが。
下手に『縫天龍舞』に感覚を慣らせてしまうと、十中八九間違いなくリアルで武術を使う際に悪影響が出そうだからだ。
後方で、『六道窮鬼』の身体が爆発する。
鬼火の範囲攻撃だ。
[ヨルハ]のおかげで直撃圏は脱したが、余波の範囲を抜けるには至らない。
そして、[ヨルハ]の耐久値では余波を受けただけでも致命だろう。
勇敢な少女を守るべく、俺と[焔星]は示し合わせたように、互いの身体で[ヨルハ]の小さな身体を守るように抱え込み、吹き抜けた鬼火の余波に合わせて『内力相殺』を発動する。
三人で団子になったまま吹っ飛び、地上に墜落する瞬間に合わせて、再び『内力相殺』して落下ダメージを殺す。
なんか、この一戦だけで『内力相殺』の熟練度がゴリゴリ上がっている気がする。
危なげなく着地し、腕の中でキョトンとしている[ヨルハ]を下ろす。
対面では[焔星]が大きく伸びをしていた。彼女のチャイナドレスじみたボディスーツでそういう動作をすると、ボディラインが非常に強調されて目に毒なので自重して欲しい限りだ。
「[ヨルハ]。助かったよ。ありがとな」
「え?あ、いえ。結局わたしのほうが助けられたみたいで、ごめんなさい……」
「んーん?そんなことないわよ。お姉さんたちが殆どノーダメで済んだのは、間違いなくヨルちゃんのおかげだから」
しゅんとして猫耳を倒した[ヨルハ]に、[焔星]はカラカラと笑って見せる。
俺も全く同感だったので、感謝を込めて[ヨルハ]の頭をぽんぽんと撫でておいた。
『内力相殺』を繰り返して直撃だけは避けているとはいえ、徐々にダメージを蓄積しているわけで、俺も[焔星]もそれなりに傷付いている。とりあえず、クラスをセカンダリに変更してランサースキルの『八卦江汪陣』を展開してHPの回復を図ろうとしたら、[焔星]も全く同じ行動をしていて、陣が二重に展開した。
思わず顔を見合わせる俺たちの仕草が滑稽だったのか、[ヨルハ]が可愛らしくクスリと笑った。
範囲攻撃の術後硬直にある『六道窮鬼』を遠く見遣り、[焔星]は思案気におとがいを指でなぞる。
「エネミーくんの残存勢力が5パーを切ったね」
「そのようで」
「そろそろ決着かな」
俺は頷く。
おそらく、次の交叉で最後だろう。
「ねえ。お姉さんと勝負しない?」
「勝負?」
「そ。お姉さんとキミ、どっちが『六道窮鬼』にとどめを刺すか、勝負しようよ」
そう言って、俺を見詰める[焔星]の顔には少年のような笑顔があった。
俺はフルフェイスの仮面をつけているので彼女からはわからないだろうが、きっと同じような表情をしていることだろう。
うすらデカい俺に比べれば[焔星]は遥かに小柄だろうが、巨大な打甲によって身長が嵩増しされて、視線の高さはそれほど変わらない。おそらく、リーチとウェイトの不利を補うための、巨大な打甲なのだろう。
彼女が軽く突き出した右拳に、俺も軽く拳を当てる。
「その勝負、乗った」
「そうこなくちゃ!」
唐突に始まった勝負話に、間に挟まれた[ヨルハ]は「え?え?」と混乱して瞳を白黒させている。
お互いに持っている『カルマ』は『VI』。
『神託』の支援もある。条件は対等だ。
まあ、ステータスの面では[焔星]がだいぶ有利だが、この期に及んでその点はあまり関係がない。
『面白い話をしているね。[エッジ]くん』
それこそ、面白そうな声音でインカム越しに会長が話に入ってきた。
『言っておくが、我が同好会の勢力拡大はキミの活躍に掛かっているのだからね。負けることは許さないよ?』
「任せてください」
『ちょっと[焔星]!アンタ『EF』の幹部なんだからね。どこの馬の骨とも言えないプレイヤーに負けるなんて許されないんだかんね!わかってんの!?』
「大袈裟だなぁヘイちゃんは」
[焔星]にも檄が飛ぶが、彼女は至って安穏と笑って受け流していた。
それから、堰を切ったようにレギオンメンバーが好き勝手に喋り始める。
『俺は[エッジ]の旦那に賭けるぜ』
『じゃあ俺[焔星]さんに一票!』
『あたしも[焔星]さんに一票かしら。[ヨルハ]ちゃんは?』
「え!?あ、じゃあ、おにーさんにいっぴょうっ!」
『私は[焔星]女史に賭けるぞ!なぁに、要は旦那に勝たせなければ良いのだ!私が旦那を撃ち落とせば女史の勝ちは揺ぎな『はいはい黙りましょうね』あばばばばばば』
レギオンメンバーの喧騒を楽しそうに聞き流した[焔星]は、おもむろに一歩を踏み出しながら俺へと顔を向ける。
「勝負の景品はなにが良い?」
俺も同じく歩を進めながら答える。
「決めていいですよ」
彼女の打甲が鬼灯色のマナを纏う。
「じゃあ、勝ったほうが負けたほうに、何でもひとつお願いできるってことで」
「定番だな。了解した」
神経が研ぎ澄まされ、思考が先鋭化する感覚。
もはや、周囲の喧騒は届かない。
動き始めた『六道窮鬼』だけを見据え、俺と[焔星]はまったく同時に『虎牙輪転』を発動した。
足場とも呼べない残骸の上を飛び跳ねる様に疾駆し、迫る俺たちに対し、『六道窮鬼』が拳で迎撃する。
なんの虚もなく真正面から突っ込んだ俺たちそれぞれに巨大な拳が打ち下ろされる。
「よっと」
「ちょいなっ!」
もはや慣れたもの、と俺たちは『六道窮鬼』の拳をひらりと躱し、その腕に飛び乗る。
『虎牙輪転』を重ね掛けし、腕の上を駆けあがる。
二人ともが最適解の最も速い動作を選び続けているので、俺たちはぴったりと横並びであった。
肩口まで駆け上り、俺と[焔星]は『六道窮鬼』の頭蓋を挟んで対角線上に向かい合った。
既に、俺も彼女も大鎌を構えている。
鏡写しのように、大鎌を大きく後ろに振りかぶった、まったく同一の構え。
俺の禍々しい黒い大鎌は緋色のマナを纏って刀身を膨張し、[焔星]のビームサイズもまた鬼灯色のマナを纏って同じだけ刀身を肥大化させている。
示し合わせても居ないのに、繰り出す技までまったく同じ。
フリッカースキル『血の旋律』で収奪したマナの量だけ威力を増加させるアサルトスキル『DODザンバー』。
マナの収奪量が最大値で、なおかつ六つもの『カルマ』を消費することで、『DODザンバー』の強化系のデスペラードスキルを発動することができる。
その名も『アカシックデストラクション』。
『デスペラード』クラスの最終奥義とも言えるアサルトスキルだ。
現時点で、あらゆるアサルトスキルの中で、プレイヤー個人が発揮できる最高火力と呼ばれるスキルである。
俺たちの大鎌を起点に、ビシリと空間そのものが黒く罅割れる
空間を食む異形の刃。
黒々と刻み込まれた空間の亀裂そのものが巨大極まる刀身を成す。
「楽しかったぜ!!」
「おつかれっ!!」
バキバキと空間を割り砕きながら振り抜かれた異形の刃が、左右から『六道窮鬼』の黒染めの頭蓋を挟み込み、磨り潰す。
『六道窮鬼』は一瞬だけその圧力に耐えたように見えたが、一瞬だけだった。
亀裂を刻まれた額から、内側に圧壊するように崩れ、虚空を砕く暴虐の中に飲み込まれる。
『六道窮鬼』の首から上を消し飛ばした二つの異形の刃は、物足りぬとばかりに互いに食らい合い、破壊を撒き散らす。
豪風と閃光が余波として駆け巡った後には、『六道窮鬼』の巨躯は上半身までが丸々消し飛び、残った下半身がマナの粒子となって風に吹かれて消えていく。
マップを埋め尽くしていた眷属たちも、同じ運命をたどる。
『ユニオンレイド』、『六道窮鬼』戦、これにて決着であった。
◇◇◇
PSIにレイド終了のシステムログが流れ、ファンファーレのようなSEが響く。
そこかしこでレギオンメンバーたちが喝采を叫ぶ声を聴きながら、私は小さく嘆息した。
ずっと維持し続けていた『神託』を解除し、なんとなく凝り固まった感のある身体をほぐす。
「ふぅ……なんとか、生き残れたな」
『お疲れ様です。会長(*´ー`*)』
「ああ。キミもね」
途中で『羅刹型』に肉薄されたときは冷や汗ものだったが、なんとか乗り切ることができた。
それは間違いなく、目の前の蒼月くんの助けあってのことだ。
『見てください会長さん。先輩のレベル!』
「んむ。気付いているよ」
PSIに表示されたパーティーメンバーのステータス。
38だったはずの[エッジ]くんのレベルが、39を通り越して40まで上がっていた。
ついに、レベルで追いつかれてしまったようだ。
『このレベル帯で一気に2レベル上がるのなんて初めて見ました』
「そうだね。私も初めてだよ」
だが、考えてみれば、それほどおかしな話ではない。
『ユニオンレイド』で出現するイレギュラーエネミーはそのダンジョンで出現しうるエネミーの最高レベルで現れるので、適正レベル42の『朱呑の楼閣』で出現するイレギュラーエネミーはすべて45レベルとなる。
パーティーでエネミーを討伐すれば所属メンバー全員に経験値が入るように、レギオンの場合でも同じことが起こる。
無論、取得経験値量はシンクされ、エネミーを討伐したプレイヤー本人が最も多くの経験値を得て、何割か減った量をパーティ―メンバーが得て、さらに何割か減った量をレギオンメンバーが得る。
そして、『六道窮鬼』の眷属である『屍鬼』個別にも、ちゃんと討伐の経験値が設定されている。
つまりは、38レベルの[エッジ]くんが45レベルのエネミーを討伐すれば(レベルシンクされるとはいえ)ただでさえ多量の経験値を得られるというのに、[ガルム]や[焔星]をはじめとしたレギオンメンバー各員が討伐したエネミーからも少なからず経験値を貰い、そして最も巨大な経験値ソースである『六道窮鬼』の討伐を成し遂げたことで、奇跡の2レベルアップと相成ったわけだ。
そう。
結局、勝負は[エッジ]くんの勝ちで終わったということだ。
「さてと」
私と同じく『神託』を解除した[HaiLSToRM]が、こちらに声を掛けてきた。
「じゃ、私たちはこの辺で消えるわ」
「ん。ああ。お疲れ様」
ひらひらと手を振って立ち去る彼女に、蒼月くんがぺこりと会釈して見送る。
「パーティーありがと。機会があれば、また会いましょ」
それだけ告げると、彼女はパーティーから脱退の処理をして、私のPSIから彼女の名前と、彼女のパーティーメンバーである[焔星]の名前が一緒くたに消える。
ちなみに、レギオンはレイドの終了とともに解散している。
レギオンリーダーである[ガルム]からは実にそっけない『各位、ご苦労』という短い労いの言葉があっただけだった。彼らしいと言えば、らしい話だ。
「では、私たちも[エッジ]くんと合流しようか」
『はーい』
◇◇◇
マップに表示されたアイコンを頼りにパーティーメンバーの場所まで辿り着くと、彼女は半壊した城郭の瓦屋根に仰向けに寝転んで、ぼんやりと月を見上げていた。
「こんなとこで、なぁに黄昏てんのよ?」
ガンスリンガーメイジというクラス構成の私にとっては、ここまで上がってくるだけでも一苦労なんだけど。
そんな私の小さな憤りを知ってか知らずか、[焔星]は寝転んだまま私を一瞥すると、大袈裟に手足をばたつかせて大の字になった。
「ま、け、たぁ~~~~っ!!」
そして、駄々っ子みたいな咆哮である。
最後の最後、彼に吹っ掛けた勝負のことだろう。
たぶん、[焔星]的にはわりと勝つ自信があったんじゃないかな、と私は思っていた。クラス構成とか、技術とか、支援体制とかの条件が同等だったとしても、彼女と彼の間には結構なステータス差があったのだから。
それは『デスペラード』のクラスレベルの差からくる補正値の差でもあったし、『神託』を使う私と向こうのパーティーリーダーさんとのステータスの差でもある。
向こうはクルセイダーで、私はガンスリンガーだ。
同じ『神託』を使えば、上位クラスである私の『神託』のほうがステータス上昇量が大きいのは道理だ。
ま、とは言ってもどちらが攻撃したところで一撃で片がつく段階までエネミーを追い詰めていたのだから、結局はステータスの差がそんなに大きく影響したとは思えないのだけど。
結局は、運の差でしかなかったのではなかろうか。
「ま。運がなかったと思って納得なさいな」
適当に諫めるつもりで私が告げた言葉に、何故か[焔星]はピクリと反応し、腹筋を使って上半身を起こした。
そのまま、足を投げ出して座ったまま、ぼそりと。
「運なんかじゃないわ」
「え?」
ぼんやりと、最後の一撃を幻視するみたいに遠くを見つめながら、彼女は言葉をつづけた。
「私と彼は同じように『アカシックデストラクション』を使って、同じように『ランブルアクセル』でトルクを得て、エネミーに攻撃した」
だから、同じようにやって勝敗が分かれたのなら、それは運の仕業ではないのかと私は思うのだが。
[焔星]はため息交じりに、
「――と、思ったんだけどなぁ」
「なに?ちがうの?」
もう一度、ばたりと仰向けに倒れ、今度はぐってりと脱力しながら[焔星]は言う。
「彼、最後『ランブルアクセル』じゃなくて『ディアブルアクセル』を使ったのよ。そのぶん彼の攻撃のほうが速く届いたっていうそれだけの話よ」
「おかしいでしょそれは。あの時、アンタも彼も『カルマ』六つしか持ってなかったじゃない」
『アカシックデストラクション』の発動に六つの『カルマ』を消費したのだから、『ディアブルアクセル』を使えるわけがないのだ。
混乱する私に、彼女はあっけらかんと種明かしをしてくれた。
「どさくさ紛れの意味わかんないタイミングで、彼に矢を撃った人が居たのよ」
エフェクトに紛れて遠目には見えなかったでしょうけど、と。
「は?」
「うーん。見た感じ彼を助けたかったというよりは邪魔したかっただけのように見えたけど、ともかく、彼はそれをパリングしてたから一個余分に『カルマ』を持ってたのよね」
「……そーえば、そんなこと言ってたプレイヤーが居たような居なかったような」
例えその矢が彼の意図した援護では決してなかったとしても、それを的確に『パリング』して『カルマ』を得たのは純然たる彼の技量の賜物だろう。だからこそ、[焔星]は運ではなく技量で負けたのだと認め、ゆえにこうも悔しがっているのだ。
って納得しかけたけどやっぱおかしくないそれ?
「いや、結局偶然ってことじゃないのそれって」
「んなことないわよ」
「その心は?」
だって、と当然のことのように彼女は言う
「もし、あの時矢を撃たれていたのが彼じゃなくて私だったら、勝敗は逆になっていたはずよ」
「でしょうね」
「矢を撃った誰かさんは、私じゃなくて彼を選んだということよ」
「ふぅん……ようは、キングメーカーを味方に出来なかったから、順当に負けただけってことね」
キングメーカーとは勝負の場において、自身は勝利者にはなれないが、自身の判断の結果として誰を勝利者にするか選べる立場の存在を言う。
キングメーカーは化学反応ではなく人の意志だから、その選択の結果は運ではない。
「強いて言うならば、私は『人間力』で彼に負けたのよ……!」
なんだか力説してくれているところ悪いが、それはともかく。
「ところで、負けたアンタは勝った彼のお願いを、な ん で も 一つ聞くのよね?」
「うぐっ!」
「ま、ただの口約束だし、知らん顔しとけばうやむやにしてくれると思うけど」
「ううううう!」
なんだか壮絶な葛藤を経て、[焔星]は唐突に打甲を抜刀状態に移行し、仰向けの体勢からバネ仕掛けのように飛び上がった。
起き上がるためだけにわざわざ『ランブルアクセル』を使うのはこのゲーム広しと言えど、間違いなくコイツだけだろう。
「どぅわ!ちょっとびっくりさせないでよ!?」
「うやむやにさせるなんてお姉さんの沽券にかかわるわ!」
良くわからんことを叫んだかと思えば、そのままピョイーンと飛び上がり城郭の屋根から飛び降りる。
移動スキルを駆使する[焔星]の鬼灯色の輝きがどんどん遠ざかっていき、「さあなんでも命令するがいいぃぃ!」とかいうちょっとどうなのと思ってしまうセリフがエコーとともに微かに聞こえてくる。
「…………」
呆然とそれを見送った私は、少し考え。
「寝よ」
ほっといてログアウトすることにした。
あくとにじゅう。えんど。
本日のキングメーカー。
戦バカ「おかげで勝てました。どうもありがとうございました」
ペコ「ぐぬぬぬぬ……!」
戦バカ「いやぁアナタの援護のおかげですよ。あれ?援護のつもりじゃなかった?」
ペコ「くあああ、腹立つぅ!その笑顔むかつくぅ!」
戦バカ「今どんな気持ち?ねえ今どんな気持ち?」
ペコ「がああああああ!?(発狂)」




