Act13:流石の私も死んで来いとは言わないよ
あくとじゅうさん。
『朱呑の楼閣』の内部の景観を一言で表すならば、ずばり『城』だ。
名前の通り、朱塗りの木造建築を主体とした、和風と中華風の折衷のような城郭のマップがその大部分を占める。
四季をモチーフとして一定周期で内部の景観をがらりと変える風光明媚なダンジョンで、城郭に寄り添うように、あるいは同化するように佇む梢が、ある時は桜吹雪に、ある時は紅葉に、またある時は雪化粧に、と千変万化の装いを見せる。
今の季節は新緑の候、若々しい緑に彩られた楼閣を、私たちはひた進む。
このマップの最深部、いわゆるボス部屋は天守閣にある。
ダンジョンそのものが巨大な城なので、プレイヤーたちはその頂を目指して、文字通りの城攻めを行うわけだ。
まるで、自分たちが三国志のような演義物の登場人物になったかのような、違う時代に迷い込んでしまったかのような、冒険的な高揚感を覚えずにはいられない。
このダンジョンの傾向として、とにかくエネミーの出現数が多い。
エンカウント数が多いというわけではなく、一度エネミーとの戦闘を開始すると、『曲者だ!出あえ出あえ!』とでも言うようにエネミーがエネミーを呼び、押し寄せる大群との戦闘を余儀なくされる。ただ、マップ形状が複雑怪奇で、エネミーのヘイトもそれほどしつこくはないので、最初の一手を間違えなければ戦闘を回避して進行することも不可能ではない。
今回は、大学への活動報告と言う体で、同好会への新規メンバー勧誘用の動画を撮影するという趣旨なので、基本的にエネミーは殲滅する方針だ。
やはり、戦闘してなんぼのゲームだからな。
(…………相変わらず、すさまじいな)
今、私の視線の先には後輩の一人である[エッジ]くんが並み居るエネミーを単騎で薙ぎ倒していく姿があった。
上位クラス『デスペラード』の使用武器である大鎌が、まさに縦横無尽に踊り狂うさまは圧巻の一言だ。
『デスペラード』クラスは、同じく上位クラスである『パラディン』と並んで、エネミーからのヘイト上昇率が全クラス中でぶっちぎりに高いという特徴がある。要は、戦闘中のプレイヤーに『デスペラード』か『パラディン』が居れば、エネミーは基本的にそちらを優先的に狙うのだ。
ゆえに今回、[エッジ]くんと蒼月くん、そして私の三人編成では『デスペラード』の[エッジ]くんが只管エネミーを誘引し、他の二人は自然と援護に徹するフォーメーションとなった。
私も蒼月くんもどちらかというと近接戦は不得手で、射撃戦を得意としているので、お誂え向きと言えばそうなのだが。
このダンジョンに出現するエネミーは大部分が妖異族エネミーと呼ばれる種族で、まさしく妖怪変化そのものといった風貌をしているものが多い。
二足歩行の猪のような姿のエネミー『猪武者』が二体、[エッジ]くんの背後から迫る。
他のエネミーは殲滅したので、あれらを倒せばとりあえず小休止だろう。
とはいえど、エネミーのヘイトが集中している[エッジ]くんは先程から動きっぱなしだ。少なくともSPを回復する猶予くらい稼いでやらねば苦しかろう、と『猪武者』に牽制の射撃を入れようとして銃剣を構えた私だったが、同じことを考えたらしい蒼月くんが動くほうが早かった。
疾駆する『猪武者』の頭上に影が差す。
『ジャグラー』クラスの高い機動力と跳躍力を存分に発揮し、エネミーと立体交差するように跳躍した蒼月くんは、エネミーの真上に差し掛かった一瞬で投剣を真下に投擲した。
「……フッ!」
短い呼気とともに両手から放たれた投剣は青紫色のマナを纏っており、それぞれが吸い込まれるように『猪武者』の影へと突き立った。
途端、二体のエネミーは時が止まったかのようにピタリと動きを止めた。
影を介してバインドの状態異常を付与するジャグラースキル『影縛り』だ。
かなりの速度で疾駆していた二体の『猪武者』に、真上からとはいえ当然のように偏差射撃で『影縛り』を命中させる蒼月くんの技量に、私は舌を巻く。
アサルトスキルの効果によりリアルのように風向きや空気抵抗の影響を考えなくてもいいので、投げた投剣は基本まっすぐ飛ぶとはいえ、命中させるのは純然たるプレイヤーの技量である。そもそも、跳躍して前方宙返りしつつ真下に投擲するという行為そのものが私から見れば神業じみているのだが。
そして、蒼月くんが作り出した絶好の機を[エッジ]くんが見逃す筈もない。
「ありがと…よッ!!」
大きく一歩を踏み込んだ彼は、その足を軸にして独楽のように旋回し、遠心力を最大限に乗せた大鎌の刃を『猪武者』の一体の首に叩きつけた。
重い斬撃音とマナのエフェクトを撒き散らして、あっけなくエネミーの首が飛ぶ。
首を飛ばせば大抵のエネミーは即死するわけだが、もちろんこれも簡単なことではない。
エネミーの部位破壊に関する耐久値には3種のパラメータがあって、GP、FP、BPと言う。
GPは鎧や甲殻、あるいはバリアー等の耐久値。FPは脂肪や筋肉等の耐久値。そしてBPは骨の耐久値だ。
プレイヤーが使用する各クラスの使用武器には見合った特性があって、例えば『大剣』ならば斬撃特性なのでFPを削る能力が高い。『打甲』ならば打撃特性なのでBPを削る能力が高い、といった具合に。
エネミーの部位破壊の判定は実に複雑怪奇で、上記の耐久値を削り切ればその部位を破壊できるのだが、その演算に用いられる各種パラメータはプレイヤー・エネミーのステータスに始まり、攻撃が命中した範囲、速度、刃ならば斬線のブレ、エネミーのヘイトの有無等々、多岐に渡る。
『猪武者』の首を部位破壊しようと思ったら、ゴワゴワした体毛のGPと、その下の首のFP・BPを削り切る必要がある。体毛は耐火の特性があるが物理的な耐久値はあってないようなものなので無視するとしても、基本的に脊椎のBPは非常に高いので、普通は首の肉を切り裂いても骨で刃が止まる。
だとしても即死でないというだけの話で、瀕死の重傷には違いないわけだが。
エネミーにレベルで劣るはずの[エッジ]くんが首ちょんぱを成し遂げられるのは、第一に『デスペラード』クラスのバケモノじみた近接パラメータの恩恵、第二に首と言う急所を曝け出させる好機を作った蒼月くんのサポート、最後に大鎌と言う重量武器を自在に操り、遠心力を乗せた最高速度でブレなく急所に叩き込む[エッジ]くんの隔絶した技量の賜物だ。
成功すれば問答無用の一撃必殺なのだから、その分難しい絶技というわけだ。
ちなみに、この辺の内部パラメータとかの知識は私がいわゆる『オタク』なので知っているだけであって、普通にプレイする分には知らなくても全く問題のない事項だ。
知っていたところでリアルタイムに個人の脳みそで処理できる演算量の話じゃないわけだしね。
ざっくりと、部位破壊に有利な攻撃の種類くらいを覚えておけばじゅうぶんである。
そのままの勢いで大鎌をぶん回し、もう一体の『猪武者』も始末しようとした[エッジ]くんだが、彼の攻撃が届く直前にバインドの効果時間が切れ、動き出したエネミーに間一髪で躱されてしまった。
ふむ。
「エネミーに攻撃を避けられて嬉しそうにするのは、彼くらいのものだろうな」
自分の攻撃が当たらなかったというのに、[エッジ]くんは悔しがるどころか『そうこなくては』とでも言わんばかりの雰囲気だ。
フルフェイスのメットで表情はわからないが、そのくらいの雰囲気を察せる程度には付き合いがある。
嬉しそうにエネミーを挑発する[エッジ]くんを見遣りながら、自然と頬が緩んでしまう。
いつも年下とは思えないくらいに泰然とした彼なので、こうして少年のようなはしゃぎよう(と言うにはいささか物騒だが)を見せられると可愛くて仕方がない。
蒼月くんはどうしているかと横目で見ると、彼女は既に『お好きにどーぞ』とでも言いたげに投剣でジャグリングなどして暇を潰していた。こちらもこちらで器用なことだ。
余談だが、『ジャグラー』クラスの投剣は、実体剣ではなくマナで形成した幻影を投げ放っているという設定だ。よって、剣は投げた瞬間に腰の後ろの鞘に戻り、幻影だけが飛んでいく。剣を投げるたびに再度抜刀をする必要があるが、投げた剣をわざわざ取りに行く必要はないということだ。
それでもってクラスレベルが上がると生み出せる幻影の数が増えるので、視線の先でジャグリングする蒼月くんの剣は気付けば四本に増えている。
「[エッジ]くん。どうせなら外連味たっぷりに頼むよ」
からかい混じりに告げてみると、彼はエネミーと相対したままピッと親指を立てて見せた。
まあ、今日の目的からすれば悪い展開ではない。
スタイリッシュかつダイナミックにエネミーを討伐する画が撮れれば、新入生へのアピールとしては言うことなしだ。
このゲームのプレイヤーが結構な割合で考えていることだが、エネミーとの戦闘をいかにスタイリッシュにこなすか、というのが無視できない命題なんだな。
というのも、ダイレクトリンクの都合上、いかにアサルトスキルで重力や慣性を無視したようなゲーム的な動きをしようと、マナの輝きでド派手に演出してみようと、肝心の動作自体は自前のものなので素人がやるとどうしても『もっさり』とした野暮ったい光景になりがちだ。
そこのところ、素人でない人たちの戦闘は見ていて本当にかっこいい。
率直に言えば、動作の『キレ』が違う。
剣道家の使う『サムライ』クラス、空手家の使う『ブレイカー』クラス、ダンサーの使う『ストライカー』クラス、弓道家の使う『アーチャー』クラス――――そういった『巧い』人たちの戦いぶりを見て、みんな思い思いの『かっこよさ』を磨くのだ。
これも立派な『ロールプレイ』の一環だし、このゲームの外せない醍醐味の一つだと私は思っている。
そういう意味では、[エッジ]くんの戦闘には一見の価値があるが、ぶっちゃけお手本にはあまりならない。
動作がキレッキレすぎて常人にはとても真似できないからだ。
よって、彼の戦闘は見て楽しむものだと個人的には思っていたりする。
このゲームには動画撮影用の機能というものがデフォルトであって、運営が定めているガイドラインの内容さえ守っていれば基本的に動画配信は自由だ。
私のアバターの肩の上あたりに浮いている光の球みたいなオブジェクトが、通称『カメラドローン』と呼ばれる撮影用機能である。使用者(この場合は私)のアバターに基本追従するように飛行し、私が注目している対象を重点的に、自動で動画撮影を行う。
ちなみに、このドローンは触ることのできないオブジェクトで、エネミーには認識されない。やたらとぺかぺか光っているのはプレイヤー間の盗撮防止用の仕様だ。
カメラドローンが作動していることを今一度確認し、視線を[エッジ]くんに戻す。
最後の『猪武者』は警戒心もあらわに、[エッジ]くんから一定の距離を取って、その周囲を回るようにじりじりと動いている。猪武者と言えば普通は無鉄砲なヤツのことを表現する言葉だが、このエネミーは正しく『猪の武者』だ。人型の猪じみた風貌のエネミーは、その毛むくじゃらの体躯に落ち武者同然の鎧の残骸を纏い、手には刃毀れした大振りの鉈を持っている。名前とは裏腹にそれなりに賢く、迂闊に突っ込んできたりはしないヤツだ。
相対する[エッジ]くんは大鎌を構えたままどっしりと腰を落とし、穏やかに呼吸している以外の動きはない。
エネミーが『デスペラード』の[エッジ]くん以外を狙ってくる心配はほぼないので、私は安心して観察させてもらう。
さて、その[エッジ]くんであるが、まず大鎌の構えからして普通とは違う。
まあ、そもそも大鎌なんていう武器がフィクションの中にしか存在しないもので、普通のものじゃないのは置いておくとして、だ。長物の重量武器である大鎌を構えるとしたら、大きく分けて二通りある。
一つは両手で柄を握り、刃が身体の前に来るように構える姿勢。大鎌を眼前に振り下ろしやすい、ある意味で基本と呼べる構えだろう。
二つ目が同じく両手で柄を握り、腰を捻って刃を身体の後ろに振りかぶった姿勢。そのまま横薙ぎの斬撃を繰り出せる、大鎌のリーチと弧を描いた刃の形状を最大限に活かした攻撃的な構えだ。
で、[エッジ]くんの構えはそのどちらでもなくて、一言で表現するなら『抜刀の構え』だ。
大鎌の柄を保持するのは利き手ではない左手だけだ。しかも刀身の近くを逆手で握っている。要は、片手剣を鞘から抜刀するときと殆ど同じ構えを大鎌でやっているわけだ。
余談だが、戦闘中は大鎌は常に『抜刀状態』なので、『抜刀状態』の大鎌を抜刀するという、ちょっとややこしい表現になる。
長身で屈強な彼が、黒染めの装いで、無貌のフルフェイスメットを装備して、しかも大鎌を携えている光景というのは尋常でない威圧感がある。
エネミーの『猪武者』が見た目の格で完全に劣ってしまっていて、なんだか可哀そうにすら見えてくる。
控えめに言って、雑魚モンスターが決死の覚悟で魔王に挑戦しようとしているようにしか見えない。
おかしいな。『猪武者』のほうが[エッジ]くんよりもだいぶレベルが上のはずなのだが……。
「……意外と慎重派なヤツだな」
なかなか攻めてこないエネミーを皮肉るように[エッジ]くんが呟く。
キミに付け入る隙が無さすぎるからだと思うがね。
埒が明かないと判断したのか、[エッジ]くんは大鎌を携えたまま、ほんの少しだけ前傾になる。一体その動作のどこにトリガーが仕込んであったのかわからないが、[エッジ]くんが脚部に装備した打甲が緋色のマナを纏う。
[エッジ]くんの十八番――ブレイカースキルの『虎牙輪転』が発動し、彼の姿がブレるようにして瞬きの間に『猪武者』との距離を詰める。そのまま、いつもの間合いより数歩遠い位置から大鎌を右手で抜刀。
重量武器である大鎌を持っているので、ブレイカーでの使用時に比すれば速度は落ちるが、それでも『虎牙輪転』が誇る最速の前では些細な問題でしかない。
斜め下から斬り上げる壮絶な薙ぎ払いが迸る。
踏み込んだ脚を起点に体幹を軸として、大鎌のリーチを最大限に活かした斬撃。
『虎牙輪転』による加速の勢いを殺すことなく、むしろ大鎌の抜刀速度に上乗せして叩きつける。
響くのは耳を劈くような硬質の異音。
最前線エネミーの面目躍如といったところか、『猪武者』は[エッジ]くんの一撃に確かに反応し、持っていた鉈を割り込ませた。
だが悲しいかな、武器の重量と速度が圧倒的に違う。
結果、[エッジ]くんの大鎌はエネミーの鉈を大きく弾き飛ばしたものの、しかし手放させるまでには至らない。
更に独楽回しのように一回転しつつ横薙ぎの斬撃。
これは『猪武者』が一歩下がったことで回避される。
隙を見つけたとばかりにエネミーが攻撃に転じようとするが、その瞬間には既に返す刃で大鎌の一撃が迫っていて、また辛くも鉈で防御して弾き飛ばされる。小さく弧を描いた大鎌の斬撃が続けざまに押し寄せ、エネミーに反撃する機を与えない。
傍目から見ると、大鎌が[エッジ]くんの周囲をクルクルと勝手に回転しているようにすら見える。
敢えて表現するならば『サイズトワリング』とでも呼ぼうか。
体幹を軸とした大回転。肩を軸とした中回転。そして手首を軸とした小回転を鮮やかに織り交ぜ、時折敢えて大鎌から手を離すことすらして、とにかく回転を途切れさせない。重量武器の弱点である初動の遅さをカバーしつつ、斬撃に遠心力を乗せ続ける。
『猪武者』もだいぶ頑張って防ぎ続けているが、徐々に防御が追い付かなくなり、体勢が崩れ始めた。
そのタイミングで[エッジ]くんがひと際強く大鎌で打ち据えると、ついに大振りの鉈が風切り音を立てて彼方へと吹っ飛んでいった。
もちろん、エネミーの武器を弾き飛ばすという行為にも複数のパラメータが複雑に関係しているのだが、語り始めるとキリがなくなってしまうので今回は割愛することにしよう。
そして、防御手段を失った『猪武者』を絶望に叩き落す様に、ここにきて[エッジ]くんの大鎌が初めてアサルトスキルの発動待機に入る。
最初の一撃の焼き直しのような横薙ぎの斬撃が、エネミーの胴体を強かに捉えた。
エネミーの傷口からマナが吹き出し、醜悪な絶叫が響くが、それら一切を意に介さぬ『デスペラード』の連撃が奔る!
体幹を軸にした大振りの斬撃を主軸に据えた連続攻撃。
マナを纏った光の竜巻。無防備なエネミーを滅多切りにする暴虐の嵐だ。
『猪武者』の身体から噴き出したマナは無数の光条となって[エッジ]くんのアバターへと吸い込まれていき、それに比例して彼の大鎌の輝きは強く、大きく、鋭さを増していく。
攻撃を連続でヒットさせ続けた分だけ無制限に威力を増加させるフリッカースキル『エミネントストーム』と、攻撃をヒットさせた際に与えたダメージに応じて自身のマナを回復する同じくフリッカースキル『血の旋律』の合わせ技だ。
マナの枯渇が起こり得ないので、理論上はSPが続く限り殴り続けられる脳筋コンボだ。
最終的に、勢い余って余分に数回転くらいして止まった[エッジ]くんはフルスイングの姿勢で大鎌を構えた。
対する『猪武者』は無駄なHPの高さがあだとなって、襤褸雑巾もかくやと言ったありさまで、なんだか憐れにすら思う。
[エッジ]くんの大鎌は莫大なマナを纏って、刀身が通常の5倍くらいに膨れ上がっている。
『血の旋律』で収奪したマナ量に応じて、一撃の威力を増加させるフリッカースキル『DODザンバー』だろう。
彼の無貌の仮面の相貌が切れ長に輝く。
「――――あばよッ!」
なんて、軽い別れの言葉とともに振り抜かれた大鎌が、地形オブジェクトすら破壊する勢いで極大の斬撃を生み出し、その光の中に飲み込まれた憐れなエネミーは塵一つ残さずに消し飛んだようだった。
清々しいまでのオーバーキルだな。
ちなみに『DODザンバー』が何の略称なのかは現状謎なのだが、プレイヤーの予想で最も高い支持を受けているのが『Dead Or Dead ザンバー』。
要するに『DODザンバー、相手は死ぬ。』である。
◇◇◇
『――警告!イレギュラーエネミーの発生を確認!』
PSI(Pre-conscious Structured Interface)に鳴り響くレッドアラート。
どうやら運がいいのか悪いのか、『朱呑の楼閣』のどこかで『ユニオンレイド』が発生したらしい。
ちょうどエネミーとの戦闘も一段落していたこともあって、私がその場に立ち止まると[エッジ]くんが「どうします?」と問うてくる。
「無論、参戦する」
パーティ規模での戦闘の取れ高はじゅうぶんだ。もう少し何かパンチのある映像が欲しいと思っていたところなので、これはつまり渡りに船と言うやつだろう。
マップを展開してイレギュラーの発生地点を確認する。
『結構遠いですね(´-ω-`)』
PSIにチャットが表示される。
蒼月くんは無口キャラのロールにこだわりがあるようで、狐面をつけている間はこうして文字チャットでコミュニケーションをとってくる。PSIの中ならば考えた言葉をそのまま文字に起こせるのだが、当然普通に喋ったほうが速いので二度手間である。
イレギュラーの発生地点までは直線距離はそれほど離れていない。
だがこのマップはかなり高低差があるので、ここから向かおうと思うと城郭を一山超えていくか、さもなくば回り道だ。
『最短距離で行きましょう(`・ω・´)ノ』
そう言うなり、蒼月くんは軽やかに地を蹴って、その辺にあったオブジェクトを踏み台に城郭の瓦屋根の上に飛び乗る。
「待ちたまえ。『クルセイダー』に無茶を言うな」
地形移動に関するパラメータを総称して『走破力』と言うが、これは使用クラスによる補正値によってほぼほぼ決まる。軽業師のような身のこなしを得意とするジャグラークラスの走破力は、別格であるニンジャクラスを除けば全クラス中トップに位置する。
だが私の使用クラスである『クルセイダー』は基本的に跳んだり跳ねたりすることは全く想定されていないクラスだ。
『そこはほら。折角頼りになる男の子が居るんだから、連れてってもらいましょうよ(・∀・)=ャ=ャ』
「むむむ……!そうやって年上をからかうのはキミの悪いところだぞ」
呻る私を面白そうに(雰囲気)見遣り、蒼月くんは軽く手を振ると、タンタンとリズミカルに屋根の上を跳んで行ってしまう。
残された私は傍らの[エッジ]くんを上目遣いに覗う。
確かに『デスペラード』ならばジャグラーのように軽やかにとはいかないが、そもそもの筋力値がバケモノなので、走破力はそれなり以上に高いはずだ。
「[エッジ]くん。私を担いで蒼月くんに追従できるかね?」
「流石に素では厳しいかと。会長が祈ってくれれば、まあ楽勝でしょうね」
「ふむ……ならばそれで行こう」
PSIからスキルを選択し、[エッジ]くんを対象に即座に発動する。
クルセイダークラスのクラススキルである『神託』だ。
これは納刀状態でしか使用できないもので、スキルが発動している限り、選択したPTメンバーひとりのステータスを大幅に引き上げる強力なバフスキルである。
クラススキルとは、アサルトスキルとは異なり各クラスが最初から一つだけ所有する特有のスキルのことで、マナを消費しないで使うことができる。
発動条件も様々で、『神託』のように選択式だったり、あるいは常に発動していたり、条件を満たすと自動で発動したりする。
例えば『ジャグラー』のクラススキルは『幻影剣』。投剣の幻影を増やすスキルで、発動は選択式だ。
常時発動型の例としては『ニンジャ』の『朧水月』がある。これは『走破力』関係のパラメータにボーナスを得て、納刀状態ならばエネミーに感知されず、抜刀状態におけるSPの消費ペナルティを軽減するスキルだ。
自動発動は『ブレイカー』の『パリング』、『フリッカー』の『血の旋律』なんかが挙げられる。
上位クラスは解放条件となった下位クラスのスキルをすべて引き継ぐので、[エッジ]くんは『デスペラード』自身のそれを合わせた四つのクラススキルを使えるというわけだ。
『神託』を受けた[エッジ]くんのアバターが淡い橙色の燐光を纏い、バフ状態に入ったことを示す。
橙色は私のマナ色だ。
ついでに言うと私のアバターも同じように燐光を纏っている。マナの色は固有なので、同じ色に光っている二人が、同じスキルの影響下にあるのが一目でわかるというわけだ。
余談だがこのスキル、あんまり人気がないらしい。
使いどころがすごく限られるのだ。ソロで行動しているときは完全な死にスキルになるし、発動中は自分は納刀状態を維持しないといけないのでエネミーとは戦えない。PTメンバーひとりの能力が劇的に向上しようが、クルセイダーが一人戦線離脱しているも同然なので、たいてい戦力的にはマイナスになる。しかもステータス上昇量がクラスレベルに依存するので、戦線離脱しても問題ないような低レベルのプレイヤーに『神託』を使わせたところで、効果は高が知れている。
とまあマイナス評価ばかり頂いている不遇スキルだ。
私はそんなに嫌いじゃないんだけどな……。
「では会長。どうぞ」
[エッジ]くんがその場に屈んでくれたので、私は思い切ってその広い背中におぶさる。
ここで変に恥ずかしがったら蒼月くんの思う壺なので、平常心を意識する。
これも余談だが、上位クラスには使用可能な武器が二種類あるが、装備として見た目に反映されるのは一種だけだ。もう片方は必要に応じて自在に呼び出せるのだ。[エッジ]くんの場合は基本打甲をメインにして、大鎌は戦闘中に呼び出すスタイルなので、『フリッカー』のように普段から大鎌を背負っているわけではない。
「しっかり掴まっててくださいね」
「安全運転で頼むよ」
軽く笑いながら「了解」と告げると、[エッジ]くんは先程の蒼月くんと同じようにオブジェクトを踏み台にして力強く跳躍する。
慣れない加速感に思わず彼に掴まる腕に力が籠るが、走る振動とか着地の衝撃とかは不思議なくらいに感じない。
下半身のバネで衝撃の大部分を殺してくれているのだ。
たぶん、彼にとってはその程度は朝飯前なのだろう。
屋根から屋根へと続けざまに跳躍していく[エッジ]くんは、気付けば既にかなりの高度にいる。私一人だったら絶対に見られない景色であると同時に、たぶんリアルだったら冗談抜きに恐怖で失禁しているくらいの高さを生身で飛んでいる。
間違っても振り落とされるわけにはいかないと、思いっきり[エッジ]くんにしがみついてしまう。
……ふむ?
「ときに[エッジ]くん。アバター作成時になにかいじったりしたかい?」
「? いえ。俺はその辺まったく触っていませんね」
「なるほど……」
呟きつつ、[エッジ]くんの胸板のほうに回した腕でペタペタと触る。
このゲームでは体型のクリエイトはできないが、アバター作成時に見た目の年齢とか筋肉量はある程度操作できる。それをしていないということは彼のアバターはスキャニングされたリアルの肉体を忠実に再現しているということだ。
つまりは、この鋼のように強靭で鞭のようにしなやかな筋肉も、ぜんぶ自前のものということか。
「会長。くすぐったいです」
「あっ……す、すまない。不躾だったね」
いかんいかん。
つい夢中になってしまった。
[エッジ]くんは少し苦笑したようだった。
「別に構いませんけどね。俺も役得ですから」
一瞬、なんのことかわからなかったが、すぐに彼の背中に押し付けられた私の粗末なもののことだと気付く。
正直自分の体型に微塵も自信がない私としては、むしろ申し訳なくなってしまう。
おっきくなくてごめんね……。
ただし、一応言っておくが蒼月くんには勝っている(重要)。
「キミもそういうことにちゃんと興味があるんだね」
「意外ですか?」
「まあね」
「つい最近も似たようなことを言われましたが、みんな俺をなんだと思っているんですか?」
戦闘狂とか求道者とか修行僧とかだと思うよ。
だってこの子、なんで大鎌をあんなに達者に扱えるのかっていう質問に対して、
『棒と薙刀は使えるので、それ参考にして、あとは自己流ですね」
とか真顔で言っちゃうんだぞ?
なにがおかしいって棒術とか薙刀術を普通に修めてるところがおかしい。ほんとに彼はなんでゲーム同好会なんてものに所属しているんだろう。明らかに棲み分けを間違っている気がしなくもないのだが。
「健全な男子は、佐々木くんに引っ付かれて平然として居られないと思うがね」
「アイツにそういう反応を見せたら負けなので」
あんなにわかりやすいアプローチなのに完全に裏目に出ている、と佐々木くんの前途を憂いていると、不意に[エッジ]くんが足を止めた。
そういえば蒼月くんはどこまで行ったのだろうかと視線をめぐらすと、だいぶ高いところに彼女の姿を見つけることができた。
このエリアで最も高い楼閣の屋根の上に立って私たちの到着を待って居たようだ。
おそらく、あの向こう側に降りていけば『ユニオンレイド』の会場だろう。
「蒼月くんのところまで跳べるかね?」
「まあ……無理すればなんとか」
そう言って彼はおもむろに打甲を抜刀状態にした。
彼の緋色のマナと『神託』の効果で纏っている私の橙色のマナの輝きが混ざりあって、燃え盛る炎のような荘厳な色彩となる。
なんとなく、彼がやろうとしていることを察した私は、恥も外聞もなく全力でひっしとしがみ付く。
「行きますよ――っと『虎牙輪転』!」
その瞬間、私の視界が一瞬ぶっ飛んだ。
ガガガッ、と[エッジ]くんが地を蹴り付ける音が連続して響き、私は上下左右に激しくぶれる視界と、出鱈目に変動する凶悪な加速度に振り回されて、意識がどうにかなっちゃわないように必死で彼の首筋に頭を埋める。
ふと、加速感が消えて、かわりにふんわりと浮遊感だけが残る。
閉じていた目を開けてみると、なんと蒼月くんが立っていた場所よりもだいぶ高いところを滞空しているではないか。
眼下の蒼月くんも、こころなしか唖然とした雰囲気で見上げていた。
そのまま私たちは重力に引かれて、寸分たがわず蒼月くんの隣に軽やかに着地した。
「待たせたな」
「あはは……流石先輩。ほんとに会長背負ってここまで来ちゃうとは」
蒼月くんもロールプレイを忘れる程度には衝撃的な光景だったらしい。
おそらくだが、城郭の屋根の傾斜を利用して、『虎牙輪転』で上に跳んだのだ。短距離スキルの『虎牙輪転』を一回では足りないので、速度を相乗させつつ何回も。
恐ろしいことに、人ひとり背負ったままモーショントリガーでそれをやったのだ。
たぶん最初の一回だけは私に心構えをさせるためにわざとボイストリガーを使ったのだろう。
「いつの間にこんな芸当を身に着けたんだい?」
「この前ぶっつけでやってみたら、意外と簡単だったもので」
しれっと答える[エッジ]くんには最早嘆息しか出ない。
驚くだけ無駄なので、気にしないことにしよう。
とりあえず、いったん[エッジ]くんの背から降りて、瓦屋根の上に立つ。
他の二人と違って、私は足を滑らしたら落ちて死ぬしかないので、気を付けなければ。
さて、気を取り直して目的の『ユニオンレイド』発生地点を見下ろす。
今登ってきたのと同じくらいの道のりを下った先に、城郭をぶっ壊しながら動き回る巨大なエネミーの姿が見えた。
既に『ユニオンレイド』にプレイヤーが集結しつつあるようで、色とりどりのマナが輝くのも見える。
『『六道窮鬼』が出たみたいです|д・)…』
「そのようだね。[エッジ]くん、あれとの戦闘経験は?」
「一度だけレイドに参加したことがありますが、参加しただけって感じですね」
イレギュラーエネミー『六道窮鬼』。
そこいらのビルやマンションなんかよりも余程大きな巨躯を誇る、妖異族エネミーだ。
見た目の特徴としては、骨格標本がそのまま動いているような姿をイメージすればいい。骨格の形状は人間に近いが、足が短く腕が極端に長い。長い腕は二対四本あり、短い脚よりむしろ腕を地について移動するほうが多い。頭部の形状は何とも言えない。現実のどんな動物にも該当しないような形状は頭蓋骨は、まさに『バケモノの骸』と表現するのがぴったりだ。
骸の内部はがらんどうではなく、鬼火のような青白い不吉な炎が揺らめいている。
『六道窮鬼』の最大の特徴は『屍鬼』と呼ばれる配下のエネミーを大量に生み出す点だ。
同じく骨と鬼火だけの姿をしたエネミー群である。
ここからでは巨大な『六道窮鬼』の姿しか見えないが、その足元では大量の『屍鬼』の軍勢と、集ったプレイヤーたちの熾烈な争いが繰り広げられていることだろう。
「窮鬼と屍鬼はHPの総量を共有している。屍鬼の数が減れば窮鬼が追加を生み出し、その分のHPを消費する」
『つまり、配下の雑魚を殲滅していけばボスも弱っていくわけですd(。ゝω・´)』
「もちろん窮鬼本体を殴ってもいい。そのほうが削りのペースは早いだろうね。それが出来ればの話だが」
おさらいを兼ねて説明しつつ、私は少し考える。
無論、どうやるのが一番良い画が撮れるか、だ。
正直、窮鬼の足元は敵味方入り乱れたごちゃまぜの乱戦になりがちなので、そこに突っ込んで行ったとしてもなにがなんだかわからない映像になるだけだろう。
むしろ、折角あんなわかりやすいボスエネミーが居るのだから、どうせならあれと戦う姿が欲しいところだ。
とは言っても、ビルよりでかいようなエネミーとまともな戦闘など成立するわけがない。
足のほうをちまちま斬りつける画なんていらないけど、かといってあれの頭部に攻撃するには、そもそもその高度まで至る手段がない……
「ん?」
ぱちくり、と瞬く。
いや、あるぞ手段。
私が今この場に立っていることが何よりの証拠じゃないか。
真剣にエネミーを観察している様子の、傍らの男に視線を向ける。
「[エッジ]くん」
「はい?」
「キミが『六道窮鬼』と戦う動画が撮りたい、と言ったら可能かね?」
もちろん、やる気があるかどうかは敢えて訊かない。
だって、彼のことだから戦ってみたいとうずうずしているに違いないのだから。
「やってみないとわかりませんが……とりあえず会長が祈ってくれれば」
「やれるか?」
「もう一人『ガンナー』か『ハンター』が居ればだいぶ楽になるんですが、まあなんとかやってみますよ」
何故そこでガンナーが出てくるのかはさっぱりだが、ともかく勝算はわりとありそうだ。
一応私のセカンダリが『ガンナー』だが、当然『神託』を維持するためにはクラス変更どころか抜刀すら御法度なので、私がガンナーをやるという選択肢はない。
自慢じゃないが、レベル20超えの『クルセイダー』の『神託』は凄まじいステータス上昇をもたらすので、私が拙い射撃スキルで援護するくらいなら、大人しく祈っていたほうが余程彼の役に立つだろう。
さらに、レイドのレベル補正によって[エッジ]くんの素ステータスはダンジョンの適正レベル相当まで引き上げられるので、『六道窮鬼』が相手でもじゅうぶんにダメージを通していけるはずだ。
「では蒼月くんはすまないが、私の護衛を頼まれてくれるか?」
『(≧д≦)ゝラジャ! 先輩と一緒に突撃してこいって言われたらどうしようかと思ってましたσ(^-^;)』
「流石の私も死んで来いとは言わないよ」
「…………」
[エッジ]くんが何とも言えない雰囲気で見てくるが、知らんぷりする。
キミは言わなくても喜んで死地に突撃していくたちだろうに。
「そうと決まれば出陣だ!」
ぴょんと飛び乗るように[エッジ]くんの背中にしがみつくと、ハリーハリーと彼の肩をタップする。
なにはともかく、まずはレイドエリアに侵入して参戦しなければ。
『そういえば先輩。なんでガンナーがもう一人欲しかったんですか?(o '∀')ノ』
「……アサルトスキルで『バインドバレット』ってあるだろ?」
『はい』
あるね。
『ハンター』と『ガンナー』のどちらでも使えるスキルだ。
「バインド状態のオブジェクトって、空中で『虎牙輪転』使うときの足場になるんだよなぁ」
…………。
いやいやいや。
空中のオブジェクトをピンポイントで『バインドバレット』で狙撃しろと?
「仮に私がガンナーをやれたとしても、そんな芸当は無理だからね?」
あくとじゅうさん。えんど。
本日の期待。
戦バカ「アイツならやってくれるんだがなぁ」
会長「キミのバグったフレンドと一緒にしないでくれ」
犬(知らないうちにハードルが上がりまくってる気がする……!)




