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Zillion Ray'N  作者: Lynx097
14/27

Act14:まったく、見せつけてくれるな


 あくとじゅうよん。





 ダンジョン『朱呑(しゅてん)楼閣(ろうかく)』の一画。

 このダンジョンの区画の境界には青々とした水を並々と湛えた巨大な(ほり)が張り巡らされており、朱塗りの欄干が特徴的な木造の橋が複数個所に渡されている。

 それらの橋の一つを塞ぐようにして俺たちのパーティは陣取っていた。

 濠そのものが巨大なので、そこに渡す橋の規模も推して知るべしだ。幅は十メートルは下らず、長さに至っては百メートル近くはあろうか。俺たちはその橋の出入り口付近に陣取って、橋を渡ってくるエネミーを只管に排撃し続けているのだ。


 橋のすぐ近くに石垣で作られた高台があるので、パーティーリーダーである俺と、パーティーの紅一点にして唯一の魔法職の[ミント]はそこから前衛を援護する。

 前衛の三人は橋の出入り口を塞ぎながら、エネミーの進行を食い止める役目だ。



「うおおっ、しんどい!ちょっとエネミー増えすぎじゃないカナ!?」


「真面目ちゃんだなー[ゆうと]君は。こんなの片っ端から下に叩き落としゃあいいのよ」


「それができたら苦労しねーっての!!」



 一番新入りの『スマッシャー』の[ゆうと]が漏らした泣き言に、ベテランの『ウォリアー』の[ダイゴロー]がすかさず茶々を入れる。

 橋の上をひしめき合うように進行してくるのは、蠢く骨の軍勢だ。

 不吉な黒染めの骨格が、青白い鬼火をその内に携えて、津波のごとく押し寄せる。

 率直に表現して地獄絵図だ。



「あとどんくらい続くのカナ!?」


「んー……いま損耗率2割ってとこかなぁ」


「うぇぇ!まだあと8割もあんのっ!?」



 只今、『ユニオンレイド』の真っ最中だ。

 押し寄せる骨の軍勢は、イレギュラーエネミー『六道窮鬼(りくどうきゅうき)』が生み出した『屍鬼(しき)』と呼ばれる眷属どもだ。PSIに表示されているエネミーの残存戦力はようやく80%を割ったところだ。時間を掛ければ掛けるだけ、ダンジョンの方々に散っていたプレイヤーたちが駆け付けるはずなので、こちらの戦力は増強されていくわけだが、そのぶん最後のトドメを狙える確率も減るわけで、一概に時間を掛ければいいってもんじゃない。

 ついでに言えば、プレイヤー側の頭数が増えていくことを見越して、エネミーの側も追い詰められるほどに強くなっていくように設計されているのだが、それゆえにエネミーの強さには上限があるが、プレイヤーは時間が許す限り集まってくるので大抵最後は一方的な光景になりがちだ。


 なに、状況はそんなに悪いもんじゃない。

 地形的なボトルネックを利用することで『屍鬼』どもの圧倒的な物量の利点をほぼ封殺できている。『ユニオンレイド』の発生地点に居合わせたおかげで早々に布陣して戦闘を開始できたので、『屍鬼』どもが橋を渡りきる前に叩けたのが大きい。


 [ゆうと]以外の面子はそれなりに最前線で場数も踏んでいるし、『六道窮鬼』のレイドに参加するのも初ではない。過去のそれに比べれば、今回は余裕すらあると言える。

 地の利を得たのもそうだし、少し離れた城郭の屋根に陣取った射撃パーティーがこのエリアの飛行型『屍鬼』の迎撃を一手に引き受けてくれてるのが本当に助かる。お姉ちゃんばかり五人組のきゃぴきゃぴした連中だったが、なかなかどうして仕事ができるようだ。

 おかげで俺たちはこうして地上のエネミーだけに集中できる。逆を返せば俺たちがこの橋を抜かれてしまうと件の『お姉ちゃんパーティー』のところに地上型のエネミーが押し寄せるわけで、まさに持ちつ持たれつということだ。


 ゆえに、少なくとも後続のプレイヤーたちが現れるまではこの橋を抜かせないことが俺たちの役割だ。

 無論、この場所以外にも濠も橋も複数個所存在するが、それらはそれらで、同じように別のプレイヤーたちが封鎖戦線を展開しているはずだ。どこかが抜かれればそこからエネミーが回り込んでくる可能性は常にあるが、そこは味方を信頼するしかない。

 マップを見る限り、今のところはプレイヤー優勢だ。


 ここで、もし仮に[ゆうと]がへまをして戦闘不能になれば、残り二人の前衛だけでは橋を封鎖できなくなる。

 どうやらアイツはPSIから損耗率を確認する余裕すらない状況のようなので、少しばかり援護してやる必要がありそうだ。[ゆうと]も腐っても最前線まで辿り着いたプレイヤーだし、レベルも技量もじゅうぶんなものを持っているのだが、いかんせん経験が足りていない。特に、『六道窮鬼』のレイドは初参加のプレイヤーに非常に優しくない。

 主に『SAN値』的な意味で。


 俺は『ハンター』クラスの『(ライフル)』を構え、前衛の頭越しにエネミーの頭部を狙い撃つ。

 [ゆうと]に迫りつつあった『屍鬼』を三体連続でヘッドショットして殲滅する。


 タンタンタンッ、と小気味良い反動。

 大振りな空薬莢が排出され、地面に落ちて小さな金属音を立てる。

 やっぱこれがねえとな。

 『(ライフル)』一つとってもこのゲームに実装された武器の種類は膨大だ。デザインも多岐に渡り、リアルさながらのミリタリーチックなものから、美術品みたいなマスケット銃とか、SFチックなレーザーガンみたいなヤツもあるし、需要があるのか知らんが火縄銃みたいなヤツまであるのだ。

 俺のこれはマガジン式だが、リボルバーやボルトアクションの銃もあるし、光学式のレーザーとか、謎ビームとか、あるいは銃口に魔法陣が展開して魔法の弾丸を放つファンタジックなものまで、色んな銃をとっかえひっかえ試してるだけでもかなり楽しい。


 もののついでにもう一発撃って、[ダイゴロー]の援護もしておく。

 今押し寄せている『屍鬼』は『餓鬼型』と呼ばれる一番雑魚のヤツだ。物量こそが脅威であり、個々の耐久値は高くない。

 なので、冷静に対処できればそれほど厄介な相手ではないはずなんだが。



「おお!ナイスキル!サンキューおっさん」


「おっさんじゃない!リーダーと呼べ」



 こちとらまだ(ギリ)二十代だっての。

 まあ高校生らしい[ゆうと]からしたら立派なおっさんかもしれんが。

 アイツのアバターは茶髪にピアスの改造学ランという狙ったようなヤンキースタイルなので、勝手に高校生だろうと思ってるだけなのだが、普段の会話を聞いていても、おそらく社会人ではないのはわかる。



「チャージ完了っ!おっきいのいっきまぁーっす!!」



 派生魔法職の『メイガス』を操る[ミント]がマジックスキルのチャージ完了を告げる。

 [ミント]の使用クラスは派生魔法職の『メイガス』、防御・回復に秀でた『プリースト』と双璧をなす、正統派の攻撃型魔法職だ。彼女は三角帽子にローブを纏ったこてこての魔女っ娘スタイルがトレードマークである。

 [ミント]が手に持った『魔杖(ワンド)』を高く掲げるのと同時、前衛の三人は即座にクラスをセカンダリの『リパルサー』に変更して、『(シールド)』でエネミーを押し返しつつ防御態勢をとる。



「『メテオハンマー』っ!!」



 橋の上空、エネミーが最も密集する地点の直上に[ミント]の青いマナが収束し、強大な光の球となって降り注ぐ。名前通りの光の隕石が鉄槌となってエネミーの群れに着弾し、光と熱と衝撃と暴風を炸裂させる。

 エネミーたちがある意味潔いくらいにバラバラになって吹っ飛び、朱塗りの欄干が砕け散って木っ端を撒き散らす。

 爆心地から至近に居る前衛の三人はリパルサークラスのクラススキルである『鉄壁(アイアンウォール)』が発動しているので、フレンドリーファイアでダメージを受けない。まあHPが減らないだけで衝撃を無効にできるわけじゃないから、『メテオハンマー』の余波で吹っ飛ばされないように必死に堪えてはいるんだが。



「よっしゃあ!ナイスだ[ミント]!」


「えっへん!」



 これぞ俺たちが得意とする必殺の戦術だ。

 全クラス中もっとも魔法の威力が高いが、攻撃範囲も広いので逆に使いにくいと評判の『メイガス』の能力をフルに活かすための布陣。フレンドリーファイアを避けられないなら、いっそ最初から味方ごと撃てばいいじゃん戦法。

 前衛役は自己責任で自分の身を護ります。

 とは言え、こればっかやってきているので[ダイゴロー]たちはもちろん、一番新入りの[ゆうと]も慣れたもので、ここでへまをする奴なんて居ないと断言できる。



「さぁて……損耗率から言ってそろそろ――来たか!」



 『メテオハンマー』で強制的に作り出された空白地帯を埋め尽くす様に、後続の『屍鬼』が迫る中、まるで大波が押し寄せるがごとくエネミー群の一部が不自然に盛り上がった。

 小型の『屍鬼』である『餓鬼型』の群れの中に、倍するほどの巨躯を誇る中型の『屍鬼』が現れたのだ。

 前に居たエネミーを吹っ飛ばしながら橋の上を驀進してくるのは、動物の頭蓋を持つ二体の巨人。

 牛の頭部を持ち、鉄棍を構えた『牛頭(ごず)型』。そして馬の頭部を持ち、刺股(さすまた)を構えた『馬頭(めず)型』と呼ばれるエネミーだ。

 体躯の大きさはもとより、攻撃力や耐久値も今までの小型とは比較にならず、そのうえ達者に武器を使って攻防を行う強敵である。



「『馬頭』は拙者がお相手仕る……」



 スッと音もなく歩み出たのは前衛役の最後の一人である[GOEMON]だ。

 熱狂的な和贔屓の外国人で、典型的な『間違ったサムライ観』を有する三十路白人のナイスガイである。もちろん使用クラスは『サムライ』だ。金髪に碧眼のどこかで見たような武士スタイルの[GOEMON]だが、戦闘のセンスはぴか一で、総合的にはこのパーティの最高戦力であると言える。



「んじゃあ『牛頭』は俺が相手するわ」



 特に気負った様子もなく[GOEMON]に続くのは[ダイゴロー]だ。

 鉛色のフルプレートを着込み、大剣を肩に担いで威風堂々の姿だが、ぶっちゃけアイツはそんなに強くない。このゲームのプレイ歴だけは長いので、その経験と知識を武器に戦うタイプの堅実な男だ。一騎打ちで『牛頭馬頭』を倒すような実力はないが、やることが時間稼ぎであれば安心して任せられる。



「おおお俺は、どうすんのカナ!?」


「[ゆうと]殿はこのまま雑魚の相手を頼むで御座る」


「やるこた一緒さぁ。俺たちは時間を稼いで、[ミント]ちゃんのどデカい一発を待てば良いのさ」



 とまあ、そういうことだ。

 [GOEMON]が『馬頭』と真っ向から打ち合いはじめ、[ダイゴロー]は『牛頭』の攻撃を誘いつつ、防御に徹して時間を稼ぐ。

 二体の巨躯が橋の上のスペースを占有しているせいで、小型の進行ペースはむしろ緩やかになった。なにせ、『牛頭馬頭』は味方のエネミーでもお構いなしにぶっ飛ばしまくるからな。

 まれに隙間を抜けてくるエネミーは[ゆうと]が棍棒(クラブ)でぶん殴って仕留めるか、俺が射撃で仕留める。

 もちろん、[ミント]は既に次のマジックスキルのチャージに入っている。



「よしよし……悪くない展開だぞ」



 これでまたしばらくは、エネミーの編成は変化しない。

 損耗度が五割を超えるまでは、一度に出現する中型は一種のみ(牛頭馬頭はセットで一種)だ。

 不安の種だった[ゆうと]も状況に慣れてきたみたいだし、そうこうしているうちに他のプレイヤーが援軍に来るだろう。



 と、そんなことを思っていた俺の視界に、不意に影が落ちる。

 一瞬の出来事だったが、間違いなく、頭上を何か巨大なものが通過したようだった。


 この戦場で『巨大な何か』の正体を問うやつなど居ない。

 考えるまでもない。


 『六道窮鬼(りくどうきゅうき)』だ。




 咄嗟に振り仰いだ俺の視界に映ったのは、とんでもなく巨大な黒い髑髏だ。

 橋の向こう側の城郭を半ば乗り越える様に、イレギュラーエネミーの『六道窮鬼』が顔を覗かしていた。


 デカい。

 まじでデカい。

 地形の一部とか、背景の一部だと言われたほうが納得できるサイズ感だ。


 過去にレイドに参加した時は『六道窮鬼』本体は遠巻きにしつつ『屍鬼』の勢力を削ることに終始していたので、これほど至近で相まみえたのは初めてだった。いつの間にこれほど接近されたのかと思いもしたが、考えてみればそもそものサイズが違うのだから、ただの一挙動で数十メートル単位を移動してきたとしてもおかしくはないのだ。


 先ほどの影は、『六道窮鬼』がその長い腕の一本を横薙ぎに振り抜いた際のものだったらしい。


 振り抜かれた巨大な腕は、俺たちの横手に見える城郭の上部を屋根ごと粉砕して通り抜けた。

 轟音とともに屋根瓦が吹っ飛び、破片が豪雨のように降り注ぐ。

 その最中に混じって人影のようなものが落下していく光景が見える。


 あそこには飛行型エネミーの相手をしていた『お姉ちゃんパーティー』が布陣していたはずだ。

 エネミーを景気よく倒しすぎて『六道窮鬼』のヘイトを貰ってしまったのか。



「くそっ!ヘイト班はなにやってやがる!?」



 『六道窮鬼』本体を引き付けておく役目のパーティーが居たはずだ。

 あんな巨体に好き放題暴れられては堪ったものではない。

 その一番大事な役目を担うやつらがトチったせいで、一瞬にしてパーティーがひとつ全滅したじゃねえか!



「くっ、お姉ちゃんどもがやられたってこたぁ――」



 当然のごとく、ヤツの次の狙いは俺たちだった。

 『六道窮鬼』は更に大きく身を乗り出し、鬼火が揺らめく眼窩で地上の俺たちを睥睨すると、迷いなく俺のほうへと拳を振り下ろしてきた。

 ビルよりでかいエネミーの拳である、それだけでも俺の身体よりデカい。


 咄嗟に身を躱そうとして、俺は違和感に気付く。

 軌道が微妙に違う。

 狙いは俺ではなく――!



「躱せ、[ミント]ッ!!」



 俺は叫ぶが、マジックスキルをチャージしていた彼女は咄嗟に動けなかった。

 彼女は避けられない。

 悟った俺は殆ど無意識に、クラスをセカンダリの『リパルサー』に変更、構えた盾で『六道窮鬼』の拳を受け止めていた。

 泡を食って体勢を崩したらしい[ミント]は俺の背後にへたり込んでいて、俺は拳の威力にかなり押し込まれながらも、なんとか[ミント]を巻き込む寸前で踏み止まった。



「ぐっ、つっ!ぬおおお、!!」



 途方もない圧力に膝が折れそうになる。

 リパルサーのアサルトスキルを使う暇すらなかったので、素の膂力で『六道窮鬼』の拳を受け止める羽目になった。SP(スタミナ)の数値がガリガリ減っていって、どんどん息苦しくなってくる。



「ちょっ、なにしてんのリーダー!」


「へっ、か、身体が勝手に、な……!」


「狙われてたの私なんだから、リーダーは避ければ良かったのに!」



 それでお前が潰されるのを見てろって?

 冗談じゃねえ。


 こうなった以上、状況は詰んでいる。

 俺は動けないし、[ダイゴロー]たちも『牛頭馬頭』を放置できない以上、動けないだろう。

 せめて、俺が潰されるまでに[ミント]が遠くまで逃げてくれれば、後続のパーティに彼女が合流できれば希望がある。

 パーティーが全滅すれば強制的に最後のチェックポイント(街とかベースキャンプとかだ)に戻されるが、一人でも生き残っていれば蘇生するチャンスがある。


 『六道窮鬼』は俺を押しつぶさんと、拳に体重を乗せて押し込んでくる。

 俺の足がついに地面に埋まり始めた。



「違うじゃん!そうじゃないじゃん!全滅しないためにリーダーが生き残るべきって決めたでしょ!?」


「言ったろ、勝手に、動いたんだよ……!」


「なんで、そんな……」



 誰かを見捨てざるを得ない状況になったら、ソロでも生き残る確率が高い俺か[GOEMON]を残す、というのは事前に決めていたことだ。

 決めてたんだが、いざとなると、このざまである。


 ああ、だめだ。

 SPが無さ過ぎて視界が明滅し始めた。

 こんなのはアホがやることだ。イレギュラーエネミーの攻撃を一人の力で受け止められるわけがないのに。

 だから、なんでアホになったのかなんて、そんなことを訊くんじゃねえよ。

 そんなの、



「惚れた女を、護らねぇ男が居るかよ……!!」


「――え?」

「まじかよ!」

「やるじゃない!」

「Oh!Amazing!」



 こうなりゃ自棄だ!

 言ってやったぞチクショウめ!

 なんか外野がうるさいが無視だ無視。



「だから、はやく逃げてくれ……!」


「リーダー!」


「お前さえ無事なら、俺は……!」



 瞬間、ほんの少しだけ息苦しさが和らぐ。

 見れば、少しずつSPの数値が回復していた。

 俺の足元にはいつの間にか、青く輝く八卦の陣が展開していた。


 愕然と後ろを見遣ると、[ミント]がセカンダリの『ランサー』に切り替え、クラススキルの『陣術』を使っていた。

 俺の足元に展開した『八卦地顎陣(はっけちがくじん)』は陣の効果範囲内に居る限り、徐々にSPを回復するスキルだ。



「何やってんだバカ!」


「ばかはリーダーでしょ!」


「!?」


「ばか!大ばか!そんなこと言われて逃げれるわけないでしょ!」



 へたりこんだまま、槍を胸元にぎゅっと抱きしめ、[ミント]は涙目で俺を睨みつけた。



「私だって、好きな人置いて逃げれるわけないでしょぉーっ!!!!」


「へ?」

「うそだろ!?」

「言うじゃない!」

「Ohh!Fantastic!」



 まさかのセリフに俺の思考は完全にフリーズしていた。

 絶対に片想いだと思っていたのに、まさかまさか、である。


 だって[ミント]はぴちぴちの女子大生で、俺なんてアラサーのおっさんだよ?


 そのとき、俺に圧しかかっていた『六道窮鬼』の拳の重さが消えた。

 精魂尽き果ててどさりと尻餅をついた俺に、[ミント]が槍を抱えたままにじり寄ってくる。

 実は両想いだった現実を噛みしめる様に寄り添って座る俺たちは、直後に訪れる現実を理解していた。


 『六道窮鬼』が拳を引き上げたのは無論、俺たちを見逃してくれたわけじゃない。



 引き上げた拳を、今度こそ思いっきり振り下ろすためだ。



 空を揺らして降り注ぐ大質量の拳をぼんやりと見上げながら、何故か俺の心は安らいでいた。

 隣でしっとりと瞳を閉じている[ミント]もきっと同じような気分なのだろう。

 一緒に潰されるなら、これはこれで悪くない、と俺は瞳を閉じて流れに身を任せることにした。





 ――キィン!





 と、気持ちの良いSEが響き、思ってたよりもずっと軽い衝撃を感じた。

 このゲームには痛みはなくても、あんなのを食らえば全身ばらばらになりそうなくらいの衝撃だと思ったのだが……。



「ん……?」


「あれ?」



 二人して疑問の声を上げて瞳を開くと。

 そこには新たな人影があった。


 俺たち二人を護るように背中を見せて、長身の男が立っていた。

 黒を基調としたSFじみたボディスーツに、裾の擦り切れた腰布が悪魔の翼のごとくはためいている。背を向けているうえにフルフェイスメットを被っていて人相はわからない。だが鍛え上げられた体躯は屈強で、尋常ならざる存在感がある。

 その手に携えるのは生物的な禍々しいデザインの黒い大鎌(サイズ)

 四肢に纏うのは同じく禍々しい打甲(ガントレス)


 黒染めの禍々しい装いは悪魔じみていて、だがその身に纏う緋と橙の入り混じったマナの輝きは荘厳で、神聖さすら感じさせる。

 まるで魔王のような貫禄だ。



「で、デスペラード……!」



 今更気付いたが、『六道窮鬼』の拳は俺たちのすぐ横の地面にクレーターを作っていた。

 さっきのSEはそういうことか。

 この眼前の『デスペラード』が大鎌(サイズ)を以て割り込み、『六道窮鬼』の拳を『パリング』したのだ。



 彼――[エッジ]なる男はゆっくりと背後の俺たちを肩越しに見遣る。

 その顔面を覆うフルフェイスメットは無貌で、謎の威圧感に俺と[ミント]は思わず身を寄せた。


 そして、彼は――





「お幸せに!」





 ギュピーンッ!!と勢いよくサムズアップした。



「「…………」」


「んじゃ俺はこれで」



 唖然としている俺たちに構うことなく、彼はその場からひらりと舞い上がると、あろうことか地面に埋まった『六道窮鬼』の腕の上に降り立ち、そのまますさまじい速度で腕の上を疾駆して行ってしまった。

 『六道窮鬼』が拳を引っこ抜くのに合わせて、加速度的に彼は遠ざかっていく。


 『デスペラード』が乱入した以上、『六道窮鬼』のヘイトはそちらに向かうはずなので、もう俺たちが狙われることはない。

 助かったのか、といまいち現実感のない思考のまま横を見ると、瞳をまんまるにした[ミント]を視線が合った。



「「…………///」」



 切羽詰まって色々と口走ってしまった俺たちは、互いになんか恥ずかしくなって黙り込んでしまう。

 でもまあ、互いの想いが同じだとわかれば、そんな沈黙も悪いものではないと思えるから不思議だ。



「へへっ」


「あはっ」



 そして俺たちは、どちらからともなく笑いあうのだった。





「どうでもいいけどこっち手伝ってくれないカナ!? それとリア充爆発しろ!!」


「そろそろ俺限界なんだけどなぁ! あとリア充爆発しろ!!」


「仲よき事は美しき哉……だが爆発しろで御座る!!」





 ◇◇◇





 『六道窮鬼』の腕の上を駆けつつ、先程の光景を思う。



「いや、いいものを見た」



 窮地は人を素直にさせるというの本当らしい。

 図らずも新たなカップルの誕生に立ち会ってしまったようだ。

 別に知り合いでもなんでもないが、なんとなく心がほっこりした気分だ。



『まったく、見せつけてくれるな』



 俺の耳元に展開したインカム形状の魔法陣から会長の声が聞こえる。

 パーティーを組んでいる相手ならば、同一戦闘エリア内に限り、遠距離でも会話ができるのだ。

 俺の背後の少し離れた位置に会長のカメラドローンが浮いているので、その映像を見ていたのだろう。



「流石に、今のところは編集でカットしましょうね」


『無論だ。何が悲しくて、他人の恋愛事情なんぞを配信せねばならんのかね』


「なんか棘がありますね?」


『ただの嫉妬だよ。気にしないでくれたまえ』



 ああ……会長、恋人いないもんなぁ。

 根っからのゲーマー気質の人なので、恋愛に現を抜かすくらいならログインしてたほうがマシくらいの勢いかと思っていたが、やっぱり人並みの興味くらいはあるらしい。

 まあ、普通に美人で可愛い人なので、その気になれば恋人なんてすぐにできるのだろうが。

 同じ趣味の人を見つけたければ、それこそこのゲームの中で相手を探せばいいわけだし。


 俺なんぞが心配する筋合いでもなかろう。

 少なくとも、俺自身はまったくもって他人様のことを心配していられるようなご身分ではない。



「つうわけで、これ以上の無粋はナシだ」



 巨大な黒い髑髏を見据えて呟く。

 なんだかんだでキューピット役を果たした『六道窮鬼』くんは、これ以上はお邪魔虫なので、ここで独り身の俺と踊っていてもらおうか。


 腕の上を走って接近してくる俺を煩わしそうに見下ろした『六道窮鬼』は、俺を振り落とすために腕を真横に激しく振り乱した。

 その直前で、俺は既に腕を蹴りつけて跳躍していた。

 『六道窮鬼』は二対四本の腕を持っていて、基本的に一対を姿勢制御と移動用に使い、もう一対を攻撃や防御に使うらしい。


 跳躍した俺を待って居たのは、巨大な拳の洗礼であった。

 巨大エネミーは鈍重だと思われがちで、大抵の場合それは正しい認識なのだが、この『六道窮鬼』は普通に人並みの反応速度で空中の俺を狙い撃ってきた。先ほど城郭の屋根を薙ぎ払ったほうの腕を引き絞って、俺にピンポイントで拳を叩き込んできたのだ。



「はええな……!」



 俺の予想よりもだいぶ機敏だ。

 迫る骨だけの拳は、そのサイズもあいまってまるで鉄道車両が真正面から突っ込んでくるかのような迫力がある。

 実際、リアルの肉体で食らえば即座にミンチになる程度のエネルギーがあるに違いなかった。


 だが、俺に言わせればデカいだけだ。

 デカいだけのテレフォンパンチに当たってやる道理などない。


 俺は空中で大鎌(サイズ)を両手で構え、刀身を『六道窮鬼』の拳の上に引っ掛けるようにして振り下ろした。

 巨大かつ湾曲した刀身を有する大鎌だからこそ出来ることだ。

 SEが響き、俺の身体はするりと跳ね上がり、その下の空間を『六道窮鬼』の拳が通り過ぎていく。


 空中に居る俺の身体を固定するものは何もないので、『パリング』を成功させた結果、俺の身体が『六道窮鬼』の拳に逸らされたのだ。

 伸びきった腕の上に着地すると、俺は即座に『虎牙輪転』を発動し、『六道窮鬼』の顔前に躍り出る。



「まずは、一発!」



 今、俺の打甲(ガントレス)の右手の甲には、立体映像のようにローマ数字の『II』が浮かび上がっている。大鎌(サイズ)の刀身部分にも同じく。

 俺は『六道窮鬼』の額目掛けて大鎌を振り下ろす。フリッカークラスのアサルトスキルである『クレッセントネイル』が発動し、攻撃の威力を高める。更に、大鎌がエネミーに触れる瞬間、武器に表示されていた数字が『II』から『I』に変わり、大鎌の刀身がまるで爆裂したかのようにマナを撒き散らした。

 『六道窮鬼』は鬱陶しげにかぶりを振り、次の瞬間にはその巨大な(あぎと)で俺を噛み砕きに来た。

 噛み付きのような挟み込む攻撃に対して、『パリング』は相性が悪い。

 俺は大鎌をエネミーの上顎に叩きつけて、その反動で自分の身体を逃がす。


 ガツン!と眼前で噛み合わさった凶悪な咢に、流石に怖気が走る。

 十中八九、噛まれたら即死だろう。



「やっべ……ッ!」



 その一瞬を隙と見たのか、『六道窮鬼』は間髪入れずにヘッドバットをぶちかましてきた。

 俺のアバターなど一飲みに出来るサイズの頭部から繰り出されるヘッドバットだ。相手が大きすぎて『パリング』などできようはずもない。

 反射的に別のスキルを発動する。



 スマッシャーのクラススキル『内力相殺』だ。



 ブレイカーの『パリング』が攻撃を逸らしてダメージをゼロにするスキルであるならば、スマッシャーの『内力相殺』は攻撃を相殺してダメージを軽減するスキルだ。エネミーの攻撃を食らう瞬間にタイミングよく発動することで、自身のマナを消費してダメージを軽減する。

 強力な攻撃を軽減するほど多量のマナを消費し、マナが足りない場合は使い切る分までを軽減する。


 ヘッドバットを食らう瞬間に俺のアバターが全身から緋色のマナを噴き上げ、それが緩衝材となってダメージを和らげた。

 HPの減少量が減るだけで衝撃等を完全に殺してくれるスキルではないので、俺は圧倒的な質量差によって勢いよくぶっ飛ばされる。


 『六道窮鬼』の反応速度は速い。少なくとも俺をこのまま着地させてくれるような甘い相手ではない。空中で身動きが取れないうちに追撃を叩き込んでくるはずだ。

 俺は即座に使用クラスを『デスペラード』からセカンダリの『ランサー』に切り替え、そのクラススキルを使う。

 『ランサー』のクラススキルである『陣術』は、その名の通り陣を描くことで、効果範囲内の存在に様々な効果を与えるものだ。

 

 使用するのはSP(スタミナ)回復効果のある『八卦地顎陣』だ。

 この陣術、基本は槍を向けた先に展開するように出来ていて、オブジェクトに吸着する性質がある。地面に向ければ地面に描かれるし、壁に向ければ壁面に描かれる。

 実はこれ、空中にも描けるのだ。

 一定範囲内に吸着するオブジェクトが何もない場合、槍を向けた先の虚空に陣が展開する。

 座標指定は思考制御(ダイレクトリンク)なので、スキルの範囲内であれば自身から離れた位置にも展開可能だ。


 そんでもって、これ。

 何を隠そう、この陣自体が接触可能なオブジェクトである。



 俺は吹っ飛ぶ自身の後方に穂先を向けて『八卦地顎陣』を展開し、ほぼ垂直に虚空に開いた緋色の陣の上に殆ど叩きつけられるように着地する。

 着地しながらも槍の穂先をぐるりと巡らせて、連続で虚空に陣を描いていく。

 パタパタパタ、と俺と『六道窮鬼』との間を埋める様に断続的に、散発的にいくつもの陣が開いていく。同時に展開できる陣の数は最大八個。それ以上展開すれば最初のヤツから上書きで消されていく仕組みだ。


 そして、重力に従って俺の身体が落下し始めるよりも早く、『六道窮鬼』が横薙ぎに追撃を叩き込んでくるよりもなお早く。

 クラスを再度『デスペラード』に切り替え、打甲(ガントレス)にマナを纏わせる。

 『ランサー』の描いた陣は一定時間で消滅するが、逆にそれまでは例え使用者が消えようが、力づくで破壊されない限りは残り続ける。


 脚に力を滾らせ、一歩を踏み込む。


 別にエネミーの腕でも良いし、バインドされた岩塊でも良い。もちろん虚空に描かれた陣でも良い。

 要は、触れることさえできるのであれば、それを足場に跳ぶだけのことなのだから。

 『虎牙輪転』が発動し、八艘飛びのように複数の『八卦地顎陣』を経由して、俺は『六道窮鬼』の眼前へと再度接近する。執拗に頭を狙おうとするのは、単純にどこを狙えば効果的にダメージが入るのかわからないからだ。だが、少なくとも頭部を潰せば無事では済むまい。


 それは先程見た、とばかりに『六道窮鬼』は待ち構えていたかのようなタイミングで、今度は最初から俺を噛み砕こうとしてくる。

 予想通りの対応に、俺は口角を上げた。

 それこそ、それは先程見せてもらった動きだ。



「『ランブルアクセル』!!」



 ボイストリガーによりアサルトスキルが発動し、轟くようなSEとともにマナが弾ける。俺はまるで不可視の力に飛ばされたように、フィギュアスケートの選手もかくやという勢いで激しく回転しながらカクンと上方に跳ね上がった。

 その回転の勢いを存分に利用して、虚しく虚空を噛んだ『六道窮鬼』の頭頂部に、強かに大鎌を叩き込んだ。


 今のはフリッカークラスの持つ移動スキル『ランブルアクセル』だ。

 自身の身体を独楽回しのように高速で回転しながら、弧を描いた軌道でエネミーに接近するスキル。上手くすれば回転の勢いをそのままに大鎌でエネミーをなます切りに出来る、という寸法だ。

 ただし、回転の勢いはほぼ制御できないし、なにより真っすぐに進まないというもの凄く癖の強い移動スキルなので、使い勝手はすこぶる悪いと専らの評判である。

 ここで特筆すべきは、このスキルは空中でも発動可能ということだろう。

 ゆえに、空中で、自身の身体を横に倒した状態で使えば、今のように上に跳ねつつ大鎌を振り下ろすという芸当も可能なわけだ。



「まったく手応えがねえな――――ッ!?」



 相手のHPが高すぎるせいか、まったく削れている感覚がない。

 攻撃を当てている個所も表面が削れた程度にしか見えない。

 頭部に陣取ってそのまま攻撃を続けようとした俺は、『六道窮鬼』の髑髏の中に揺らめく鬼火が急激に輝きを強めるのを見て取って、危機を覚えた。


 次の瞬間、髑髏の内側から鬼火が爆発炎上した。

 まさかの大爆発による範囲攻撃に、俺は咄嗟に発動した『内力相殺』によってダメージを軽減しつつ、爆圧に押されて遥か後方へと弾き飛ばされる。運が良いことにちょうど高い城郭の屋根に向かって飛ばされたので、瓦屋根を粉砕しながら受け身を取って、なんとか着地に成功した。


 爆発した『六道窮鬼』はすぐには動けないようで、ゆっくりと鬼火を再び骨格の内に収めていた。

 立ち上がった俺の耳元にインカムの魔法陣が展開した。



『無事か?』


「ええ。なんとか」



 会長の安堵のため息を聞きつつ、自分のコンディションを手早く確認する。

 『内力相殺』で大部分のダメージを殺したはずだが、それでもHPの半分近くを持っていかれた。まあ、あの至近距離で食らって生きているだけでも僥倖か。こんな遠くまでぶっ飛ばされるほどの威力だったのだ。もし『内力相殺』が間に合っていなければ木っ端微塵になっていたことだろう。

 全身にダメージを負ったようで、アバターの至る所が損傷し、無色のマナが淡く空に解けるように零れ落ちている。

 ただ、部位破壊は受けていないので、HPさえ回復すれば元に戻るだろう。


 プレイヤーのアバターにもBP(ボーンポイント)等の内部パラメータは設定されているので、例えば、強力なエネミーの攻撃を腕で受けたとき、腕部のBPがゼロになれば当然腕が折れる。実際には骨折するわけではなく『損傷状態』になって動かせなくなるわけだが。

 この『損傷状態』はスキルで治療しなければ直せず、『損傷状態』の間はその部位に応じてHPゲージにペナルティを受ける。

 要は、HPゲージに回復不能部分ができる。

 ついでに言うと、頭部とか頸部を部位破壊された場合はHPが残っていようと問答無用で『戦闘不能』になるので注意が必要だ。


 ここでスマッシャースキルの『内力相殺』の最も優れた点とは、このスキルが成功すればBPに一切ダメージを受けない点だ。

 つまり、このスキルは部位破壊封じとして機能する。

 そうでなければ、たぶん先のヘッドバットを受けた時点で腕がイカれていたと思う。



 MP(マナ)に関しては基本心配はなさそうだ。

 エネミーに攻撃を当てさえしていれば『血の旋律(ブラッドストレイン)』で勝手に回復するので枯渇の心配はほぼない。

 ただ、もし今のような規模の『内力相殺』を連続で使う羽目になれば一瞬でマナが尽きるだろうが。


 とにもかくにも、使用クラスを変更して『陣術』を発動。

 自分の足元にHP回復効果のある『八卦江汪陣(はっけこうおうじん)』を展開して回復を図る。



『窮鬼の基本的な攻撃手段は腕で殴ることだが、場合によっては鬼火を使った攻撃を仕掛けてくることがある。今のは、キミとは別口のパーティーが足元から窮鬼に攻撃を仕掛けていたので、もろともにぶっ飛ばしたのだろうな。ちなみに足元のパーティーはもろに食らって全滅したようだ』


「鬼火ってのは今の範囲攻撃だけですか?」


『いや。他にもマルチターゲットの誘導弾と、大火力の直射砲撃が過去に確認されている。それらは口腔内に鬼火を溜める予備動作があるので、今のよりかは対応しやすいだろう。ただ直射砲撃のほうは相殺してもなお即死できる威力だろうから、気を付けたまえ』


「泣ける話ですね」


『そのわりには声が楽し気だぞ?』


「そりゃもう。会長の声が聴ければテンションマックスですから」


『歌でも歌ってやろうか?』


「それは今度でお願いします。戦闘の片手間に聴くのは勿体ないので」



 会長と意味があるような無いような会話をしているうちに、MPとSP が全回復したのを確認する。

 『六道窮鬼』もそろそろ動き出しそうだし、仕切り直しといこうか。



「ところで会長。俺の攻撃ってダメージ通ってますか?」


『損耗率をモニターしていたが、一撃目はそれなりに。二撃目はほとんど通っていないように見えた』


「なるほど」



 一撃目と二撃目の違いと言えば、と俺は自分の右腕に浮かび上がっていた数字を思い出す。

 『ランサー』となっている現在は表示されていないが、右手の甲に浮かび上がった数字は『III』となっていたはずだ。


 『デスペラード』クラスの俺が使用可能なクラススキルは四種類。

 ブレイカーの『パリング』。

 スマッシャーの『内力相殺』。

 フリッカーの『血の旋律(ブラッドストレイン)』。


 そして、デスペラードの『七つの大罪(セブンシンズ)』だ。


 『デスペラード』というクラスのアサルトスキルは少し特殊で、単体では発動できない。下位クラスのアサルトスキルの発動時に『カルマ』と呼ばれるトークンを消費することで、デスペラードスキルに変化するのだ。

 『七つの大罪(セブンシンズ)』の名が示す様に、『カルマ』は最大七つまで蓄積することができる。


 『カルマ』を溜める方法は、『パリング』か『内力相殺』を成功させることだ。

 打甲(ガントレス)の右手甲や大鎌(サイズ)の刀身に表示されたローマ数字が現時点での『カルマ』蓄積量を示していて、一撃目で『II』から一つ消費してフリッカースキルの『クレッセントネイル』をデスペラードスキルの『インサニティネイル』に強化し、その後『内力相殺』を二回成功させているので、現在の『カルマ』は『III』というわけだ。

 ちなみにクラスをセカンダリに変更しても、『抜刀状態』を解除しない限りは『カルマ』の数字は維持される。



「カルマを使わないと攻撃が通らないとなると、少し考える必要がありそうだな……」



 『内力相殺』は緊急回避手段に留めておくべきなので、『パリング』を軸に戦闘を組み立てるべきだ。

 となるとエネミーの攻撃を誘うような動きも求められるだろう。

 最終手段として、射撃職のプレイヤーに敢えてフレンドリーファイヤをしてもらって、それを『パリング』するという手もあるにはあるが。問題は撃ってくれる味方が居ないことだ。


 どうやら『六道窮鬼』が行動を再開して、こちらに向かってくるようだ。

 これ以上は考える時間をくれないらしい。


 俺は槍の穂先を前方に向け、今立っている屋根の縁から、『六道窮鬼』の方角に向けて一直線に複数の『八卦地顎陣』を展開する。

 傾斜をつけて真っすぐに伸びるそれは、急造のカタパルトだ。


 クラスを『デスペラード』に戻し、大鎌は呼び出さず、腰を落として『虎牙輪転』の発動待機へ。

 このスキルは発動に足場が必須となるが、実は制動にも足場が居る。短距離の移動スキルである『虎牙輪転』はその移動距離内の任意の位置で地面を掴んで制動することで完結するように出来ている。制動をかけないとどうなるかと言うと、移動距離を使い切った後は慣性で吹っ飛ぶことになる。

 あるいは、モーショントリガーをうまいこと使えば、敢えて制動をかけずに地面を蹴ってスキルを重ね掛けすることもできる。この移動スキルは『入り』の速度が速ければ速いほど相乗して速くなるので、重ねて発動できればその分加速できる。

 それらの特性を利用したのが俺が先ほどからやっている『三角蹴り』もどきの空中移動法だ。


 もっとも、その辺の原理を[Canaan]に説明したところ、彼女からは『バカじゃないの……?』というありがたいお言葉を頂いたのだが。

 彼女いわく、『虎牙輪転』の加速時間中にモーショントリガーを仕込むこと自体が普通は無理ゲーなのだとか。

 確かにコツは要るが練習すれば誰だってできるという俺の主張は一笑にふされた。遺憾である。



 『六道窮鬼』の姿を遠くに見据え、一歩を踏み込む。

 瓦屋根を瞬く間に走破し、縁の直前でスキルを重ねて発動。更に加速して屋根の上から跳ぶ。

 最初の『八卦地顎陣』に辿り着いた瞬間に、それを足場に再度スキルを発動し、更に加速する。

 端から見ていれば、まさにカタパルトに乗せられたように俺の姿が加速していくように見えたことだろう。

 展開した陣の数だけそれを繰り返し、最後の陣でスキルが発動する瞬間にカルマを一つ消費することで、デスペラードスキルの『災華輪転(さいかりんてん)』が発動。

 『虎牙輪転』との違いはずばり移動距離――すなわち加速時間だ。


 ほとんどライナーに近い放物線を描き、俺の身体はアホみたいな速度で『六道窮鬼』の顔面目掛けて滑空する。

 『六道窮鬼』は突っ込んでくる俺を叩き落すために腕を振り上げていたようだが、流石にこの速度は予想外だったらしく、完全に反応が遅れていた。

 俺が右脚を突き出した跳び蹴りの姿勢を作ると、伝説のスキルが発動待機に入り、発動条件の速度をとうに超過しているため、即座にスキルが発動する。全身に纏った緋色のマナと、会長の祈りの証である橙色のマナが彗星のごとく鮮やかな尾を描く。

 さらに、手持ちの二つの『カルマ』を消費し、スキルを変化。


 ただでさえ伝説などと評される『ロマン技』だというのに。

 もしかしたら、このスキル使ってるヤツって俺以外誰も居ないんじゃねえか?などと詮無い思考が脳裏を過りつつ。



 『流星脚』の進化系デスペラードスキルの『羅星脚(らせいきゃく)』が発動し、光の塊と化した俺の蹴りが『六道窮鬼』の額に突き刺さった。





 あくとじゅうよん。えんど。









 本日の朴念仁。



会長「では、こんど一緒にカラオケでも行こうか」


戦バカ「いいですね。他の奴らも誘って皆で行きますか」


会長「…………うん」


蒼月『┐(´д`)┌』





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