Act12:私にだけ言ってくれるなら、それはキミの良いところだ
あくとじゅうに。
夕方の少し早い時間にログインした俺は、習慣的にまずフレンドリストを確認する。
[†TAKUAN†]がログインしていればヤツの工房に顔を出すし、[アリア]がログインしていれば手伝いが必要かを聞くだけ聞く。
一応、彼女のほうから「もういいです」と言ってくるか、あるいは手助けが必要なくなるまではフォローをするのが俺の責務だと思っている。もっとも、[Canaan]が居る以上、そういう意味での俺がお払い箱になる日が来るのはそう遠くないと踏んでいるが。
微妙な時間帯もあってか、どうやら両者ともにインしていないようだ。
ついでに言えば、[さや]も今日は習い事の日なので、まだ家に帰ってきていない。
俺は大学の講義が午後の早い時間で終わる今日みたいな日は、大抵は生協で斡旋してもらえるアルバイトをするか、あるいは実家の道場で講師として働いている(名目はアルバイトだ)のだが、そのどちらもなくて不意に暇になる日がたまにある。
じゃあ暇だしちょっと遊ぶか、なんて誘えるリアルの友人は結局同好会の連中くらいしか居ないので、だったらログインしよーぜとなって、最終的には『ここ』に来るわけだ。
「?」
PSI(脳裏のアイコン)がボイスチャットの着信を知らせてくる。
俺がログインするのを見計らったようなタイミングだ。
相手の名前は[Re:synchronicity]。
アバターの手の中に出現したマナホを耳に当てる。
『やぁ』
「どうも。お疲れ様です」
『うん。お疲れ。ログイン早々にすまないね、時間あるかな?』
「ええ。大丈夫ですよ」
『『不撓の王権』まで来てくれたまえ。王城広場の時計台前で待っているよ』
「わかりました。今から向かいます」
[Re:synchronicity]こと日向神乙華は俺の二つ上の先輩で、ゲーム同好会の発足者にして現会長である。
俺や[†TAKUAN†]が所属するゲーム同好会は、実質このゲームをプレイすることだけが活動内容で、明文化されたルールみたいなものは基本的に存在しない。しいて言えば、このゲームを楽しく遊ぶことだけが唯一のルールだ。
そんなわけで同好会の会長からして、普段は他のメンバーなど知ったことかとばかりに好きに過ごしてらっしゃるのだが、こうして態々待ち構えていたということは、おそらく会の活動関係の用事があるのだろう。
『ポータル』に向かって足を進める。
会長が指定した『不撓の王権』は現在追加されている街マップの中では最もレベル帯の高い場所だ。前回の大型アップデートの際に『ストーリーレイド』の舞台となった場所でもある。周辺には適正レベル40帯のダンジョンが点在していて、いわゆる『最前線』に挑戦するプレイヤーたちの拠点として機能している。
俺も前回の『ストーリーレイド』にはすみっこで参加していたので、一応『不撓の王権』にも行ったことがある。
一番近い『ポータル』の広場へと足を踏み入れ、ごった返すプレイヤーの合間を縫って中心を目指す。
ポータルの外観は、一言で表現すれば巨大な天球儀だ。
直径15メートルほどの光で出来た球体を、径を異にする複数の円環で保持したオブジェクト。
プレイヤーはこの光球の内部に立ってポータルにアクセスし、目的地を入力することで移動できる。
俺はポータルに入り、目的地に『不撓の王権:王城広場』を選択した。俺の周囲では同じようにポータルの光球の中に立ったプレイヤーたちが現れたり消えたりしている。
目的地の入力が完了するとPSIでスリーカウントの後、周囲のプレイヤーたちと、光の向こうに見えていた『始まりの街』の景観が消え去る。一瞬の空白があって、先程までとは別の景色が現れた。
ポータルを抜けた俺は、人混みを抜けるために少し歩いてから、なんとなく伸びなんぞしながら周囲を見渡す。
『不撓の王権』は名の通り、王宮を中心とした一種の城塞都市だ。
尋常ではなく広大な街で、その延べ面積は『始まりの街』を大きく上回る。ビギナーが密集する最初の一大拠点が『始まりの街』だとすれば、エキスパートが密集する(現状)最後の一大拠点が『不撓の王権』だ。
街の景観として特徴的なのが、至る所に突き出した鋼色の剣のようなものだろう。
地面から天を穿つように、全長数十メートルから大きいものでは数百メートル規模の巨大な剣が無数に屹立しているのだ。
この『不撓の王権』の周辺のフィールドマップは『剣の渓谷』と言って、『銀の竜』の支配域だった場所だ。
岩石と金属が融合した地形で、岩肌が途中から剣山に変じていたりする。
その『剣の渓谷』の中心部に位置するキロメートルオーダーを誇る超巨大な剣の山の合間に作られた都市こそが、『不撓の王権』である。
周囲の剣の山に直接構造物を溶接して基礎を作り上げた機械仕掛けの街。
剣の山と金属の林に守られた天然の要害。
スチームパンク世界を彷彿とさせる歯車仕掛けと蒸気機関の牙城だ。
街のどこからでも目に入るのが、中心に位置するひときわ強大な剣の塔だ。
刀身が大きすぎて、もはや文字通りの山に見える。
その内部をくり抜いて作られているのが、この街の象徴にして本体でもある王宮――『グラン・エクスシア』である。
まあ、王宮を囲む城塞都市、というよりかは、街そのものが超巨大な要塞と表現したほうがしっくりくるかもしれない。
剣に囲まれた環境と言うのは得も言われぬ圧迫感めいたものがあるが、スケールが巨大なので閉塞感は微塵もない。
行きかうプレイヤーはどいつもこいつも個性的な装備で身を固めていて、実に飽きない。
ビギナーだらけで全体的にみんな同じような装いになりがちな『始まりの街』とは大きく異なるところだろう。
「会長は、と……」
『不撓の王権』は巨大すぎるので、同じ街マップ内でも長距離を移動する際にはポータルを使うか、あるいはAIによって運用されている鉄道を利用するのが普通だ。
今回、会長が待ち合わせに指定した王城広場にはポータルがあるので、そこに直接やってきたわけだが。一口に『時計台前』と言っても時計台そのものが巨大なので、ざっくり見回してそれらしい姿を見つけられなかった俺は早々に諦めて、会長にボイスチャットを飛ばすことにした。
マナホを取り出し、ワンコール。
「来ましたよ。どこに居ます?」
「キミの後ろだよ」
「うおっ!?」
いつの間にか、背後に立っていた相手に背中を突かれて、思わず飛び退いてしまった。
慌てて振り返ると、その相手はくつくつと喉を鳴らして笑っていた。
「いや、普通に声かけてくださいよ」
「すまない。性分だ」
「そっすか……」
会長のアバターは猫の『ワービースト』だ。
大抵は修道女の格好をしていることが多くて、今日もそのようだ。
例によってゲーム的な改造デザインなので、修道女と言うよりは悪魔祓い的な戦闘者の装束にしか見えないが。
冗談みたいなピンク色の頭髪の上には同色の毛並みの猫耳が乗っていて、そのさらに上に猫耳対応デザインのウィンプル(修道女のベール)が乗っかっている。背はそれほど高くなく、中肉中背と言えるだろう。改造デザインとはいえ基本的には修道女らしく肌が露出しないデザインの衣服なのだが、唯一臀部には猫の尻尾を出すための穴が(無駄に)大きめに開けてあって、ちょっと危ないところ(率直に言えば尻)が絶妙に見えそうで見えない素敵なデザインとなっております。
余談だがこの人、リアルでも同じような男口調で喋るんだが、顔つきは童顔気味で、まったく年上には見えない女の子女の子した面立ちをしているのでギャップが凄まじい。
「んで、用件はなんでしょう?」
「それを聞かずに二つ返事で来てくれるのが、キミの良いところだな」
「そりゃどうも」
暇だったから、というのは言わないでおこう。
もっとも、暇でなかったとしても、大抵の用事だったならば会長のほうを優先しただろうが。
この人にはゲーム内でもリアルでも、なにかと世話になっていることだし。
「もう一人呼んでいるので、彼女が到着してから説明しよう」
「了解です」
「ちなみに、もう一人と言うのは」
「『蒼月』ですか?」
「む。そうだ。よくわかったね」
「集合場所のレベル帯でなんとなく想像はつきますんで」
それもそうか、と会長は納得した様子を見せているが、実は理由はそれだけではない。
簡単な話、俺の視界には既にその『もう一人』の姿が映っているのだ。
というか、俺と向かい合って立っている[Re:synchronicity]の背後まで普通に歩いて近付いてきていた。プレイヤーネームは[Blue Moon]、なので身内ではもっぱら『蒼月』と呼ばれている女性だ。
会長が修道女ならば、蒼月の装いは暗殺者だ。
女性物のライダースと拘束衣を足したようなレザー製の衣服に身を包み、その上からケープ状の長いマントを羽織っている。マントと一体になったフードを被っていて、その下に覗くのは名前と同じ蒼月色の頭髪と、黒塗りの狐面だ。
会長は殆ど肌が露出していない格好だが、蒼月は全く露出していない。
物言わず佇んでいると、地面に伸びる影と同化しているようにすら見える。
会長は背後の蒼月にはまだ気が付いていないようだ。
俺が会長の頭越しにこっそり蒼月を見ると、彼女は狐面の口元に人差し指を当ててジェスチャーをする。
黙ってろ、って?
なんとなく彼女がやりたいことを察した俺は、なにげない風を装って会長に声を掛けることにした。
先ほどの意趣返しもあるしな。
「そういえば、会長」
「ん?なん――」
ちょん。
と、たぶん蒼月が会長の背中を指で突っついたのだと思う。
というか動き的に、ちょんと突っついてそのままつ――……、となぞったようだ。
「――ぅっきゃあ!!!?」
不意を突かれた会長は甲高い悲鳴を上げて、文字通り飛び上がり、目の前に居た俺に全力で抱き着いてきた。
と言うとなんだかときめきを感じないでもないが、事実上は全力タックルからのホールドなのでロマンもくそもない。
会長は俺の胴をぎりぎりと締め上げながら背後を振り返り、小さく手を振る蒼月の姿を認めると、頬を引きつらせる。
「や、やや、やってくれたな蒼月くん……!」
「すまない。性分だ」
先ほどの会長のセリフを蒼月がそっくりそのまま声真似付きで返すと、会長はわなわなと震え始める。
言い返したいが、自分も俺に同じことをやっている以上、なにも言えないようだ。
そんな会長の様子に小さく笑い声を零した蒼月は、顔面に手をやって狐面を外す。
「すみません会長。隙だらけのお背中が見えたので、つい」
狐面の下から現れたのは、物々しい黒尽くめの装束とはいささか不似合いな柔和な面立ちだった。
彼女――[Blue Moon]は俺の後輩である長谷川栞のアバターだ。
「いやぁ会長さんって、先輩の前だとすっごい無防備ですから、こう、悪戯心がムクムクっと」
「誤解を招く発言は控えてくれないかな……?」
「その状態でそんなこと言われても。どさくさ紛れにハグ出来て良かったじゃないですか」
言われ、ようやく自分が俺をホールドし続けていたことに気付いたのか、会長はじんわりと頬を染めて、ぎこちない動きで身を離した。
そういう蒼月も、どこかの誰かの前では借りてきた猫のようにおとなしくなるヤツなんだが、絶対藪蛇なので俺は黙っておくことにした。
会長は誤魔化す様に、こん、と小さく咳払い。
「す、すまなかったね[エッジ]くん。私としたことが動転していたようだ」
「めっちゃ顔赤いですけど、大丈夫ですか……?」
「気のせいだ」
胸元に手を当てる会長は、どうやらまだ心臓がバクバクしているらしい。
よほどびっくりしたんだろうな。
蒼月はと言うとおもむろにマナホを取り出して『ピロリ~ン☆』などとSEを響かせて真っ赤な会長の貴重な姿をSSに収めている。
やめてやれよ……。
「それにしても会長さん、すっごい可愛い悲鳴でしたね」
「うぐ……」
普通に『きゃあ』って言ったからな。
「これがギャップ萌えってやつですよね。ね、先輩?」
「ん?ああ……そう、なのか?」
なぜ俺に訊く。
普段の振舞いとは確かにギャップがあったかもしれないが、もともとが可愛らしい顔をしている人なので、それほど違和感もなかったなぁなどと俺が考えていると、件の会長にいきなり胸倉を掴まれた。
「忘れたまえ。キミは何も聞かなかった」
「ばっちりログに残ってますが」
「キミのログには何もない。いいね?」
あまりにも真に迫る表情――有り体に言って目がヤバかったので、俺は素直に頷いておくことにする。
なんかこう、譲れない琴線みたいなものがあるんだろう。きっと。
ただ、俺を口止めしたところで後ろでめっちゃ笑ってるヤツが野放しなので意味がないと思うんだが。
◇◇◇
ところ変わらず、王城広場である。
「今日キミたちに来てもらった理由だが、我が同好会の活動報告のためだ」
「ああ、いつものですね」
このゲームをするだけの集まりとはいえ、一応は同好会――サークル活動の体をとって大学に活動を届け出ている以上、その活動の実態があることを報告しなければならない。うちの大学は基本的にサークル活動には非干渉なので、活動報告と言っても要はただの生存報告みたいなものである。報告しなければしないでサークルの名前が消えるだけの話だ。
つまり、内容はわりとどうでもいい。
「知っての通り、大学への報告はついでで、メインは新規勧誘のためのアピールだ」
「ええ」
会長が運営しているブログや、あるい配信サイトなんかにSSや動画をアップロードして、うちの同好会ではこんな活動してまっせ、とアピールして新入生からの新規加入者を募るわけだ。
目の前の蒼月も、そういうのを見てこの同好会に加わった口である。
活動報告の内容は基本的には会長が考えて決めているのだが、時と場合によってさまざまだ。
メンバー全員で風光明媚なダンジョンに繰り出してSS撮りまくったり、誰かさんが黙々とクラフトしてるだけの動画を撮ってみたり、俺が巨大なゴリラ型エネミーとタイマンの殴り合いをするのを実況してみたり、女性メンバーでミスコンしてみたり、と列挙してみたが本当に節操ないな……。
「で、今回は『最前線』にでも行ってみようかと?」
「ああ。遊んでばっかじゃなくて、ちゃんと攻略もしていると示しておこうと思ってね」
「了解です」
ちなみに蒼月はさっきから一言もしゃべっていない。
ロールプレイなのかなんなのか知らないが、狐面をつけると極端に無口になるのだ。
今回のこの人選の理由は単純で、同好会メンバーで『最前線』に立てるのがこの三人しか居ないのである。厳密には俺はまだレベルが40台に届いていないので、最前線に相応しいかと言われると疑問符が付くのだが。
今回はそう思って虎の子の上位クラス『デスペラード』を引っ張り出してきたので、まあ足を引っ張ることにはなるまい。
ちなみにクラス編成はプライマリに『デスペラード』、セカンダリに『ランサー』のデスぺランサーと呼ばれる組み合わせだ。
『デスペラード』を設定すると近接戦向けのパラメータがアホみたいに上昇補正されるのだが、デメリットとして遠距離戦・魔法関係のパラメータはむしろ下がる。したがってセカンダリに近接クラス以外の選択肢はまずない。そのなかで『ランサー』というクラスは初期職ながら、自己回復等の補助スキルを豊富に持っているので、攻撃力お化けの『デスペラード』のお供には最適だ。
なお『デスペラード』の使用武器は打甲と大鎌である。
次に、会長こと[Re:synchronicity]のレベルは40、使用クラスは『クルセイダー』、セカンダリに『ガンナー』だ。
『クルセイダー』は派生型の近接職で、使用武器は『銃剣』だ。近接職に分類されてはいるものの、実際はバヨネットを使った近接戦闘と銃を使った遠距離戦闘を同程度の比重でこなせるクラスだ。
セカンダリに『ガンナー』を設定していることからもわかるが、会長はどちらかと言うと遠距離寄りの戦闘を好む人だ。
最後に蒼月こと[Blue Moon]はレベル43、同好会メンバーの中では最高レベルだ。
使用クラスは派生射撃職の『ジャグラー』、セカンダリに派生魔法職の『プリースト』だ。
『ジャグラー』は投剣を用いて戦うクラスだ。投剣を手に持って近接戦闘もできるが、大部分のアサルトスキルは剣を投擲することによって発動するので射撃職に分類されている。いわば近接射撃職だ。
「同好会の活動報告ということで、今回は野良プレイヤーは加えずに三人で行こうと思う」
「少し遠距離寄りですが、まあなんとかなるか」
「そこは唯一の前衛に期待しているよ。がんばれ男の子」
「うっす」
三人で連れ立って『ポータル』を目指して歩く。
俺がさっき使った場所だ。
「ダンジョンはどこにしますか?」
「『朱呑の楼閣』に行くつもりだ。あそこは景色がいいからな。画も映える」
『朱呑の楼閣』ということは適正レベル42か。
単純にレベルだけ見れば、俺と会長にとっては少々厳しい場所であると言える。
このゲームにおけるダンジョンの適正レベルとは、出現エネミーのレベル帯を示す指標であると同時に、どのレベル帯のプレイヤーが挑戦することを想定して設計されたダンジョンであるかを示す指標である。
ただ、この場合のレベルはコモンレベルを示しているが、プレイヤーのステータスの数値には使用クラスのクラスレベルに応じた補正値が大きく効いてくる。開発者がレベルの設計に用いている基準はコモンレベルに基礎職ないし派生職をレベル10として補正したステータスの数値だ。適正レベルが20を超える場合はセカンダリクラスの補正分も含めて想定されている。
最前線のレベル40帯のプレイヤーたちにおいては、平均的にクラスレベルは15程度まで上げているとされるので、そういう意味では公式が発表している適正レベルと言うのは実情よりも少し高めに見積もった数字となる。
会長の『クルセイダー』はレベル20を超えているので、適正レベルが実際のコモンレベル+2レベルくらいのダンジョンなら余裕で通用するだろう。『朱呑の楼閣』はそれほど無理のある場所ではない。
俺の場合は『デスペラード』が上位クラスなので、補正値による上昇幅は基礎・派生職の比ではない。
俺の『デスペラード』はまだレベルがようやく15になったくらいだが、それでも既にレベル25の『ブレイカー』使用時よりもステータスが高いのだ。セカンダリの『ランサー』も15は超えているので、たぶん『朱呑の楼閣』の適正レベルと同等くらいのステータスはあるはずだ。
余談だが、俺は『デスペラード』とか『ランサー』とかのクラスをまったく使っていなかったわけではない。
クラスレベルがそれなり以上に上がっていることからもわかると思うが、実は結構頻繁に使っている。俺の心情的には『ブレイカー』のほうが慣れているし信用しているので他プレイヤーとパーティを組むつもりがある時は基本的にそっちを使うが、端からソロで行くつもりのときは今回と同じデスぺランサ―で行くことが多い。
というのも、『ブレイカー』はやり込み過ぎたせいか、もはやアサルトスキルを解放出来る(=レベルアップ出来る)余地がほぼ無いのだ。あと5レベルはクラスレベルが上がる余地があるのだが、残ったアサルトスキルの解放条件は揃いも揃ってギャグみたいな難度で、現状無理ゲーすぎるのだ。
例えば、討伐対象のエネミーがレア種で、ほとんど現れないそれを百体討伐する、とか。
おそらく、今後のアップデートで同型のエネミーが多数出現するダンジョンが追加されるなどして緩和されるのだろうが、少なくとも現状では現実的でない、みたいなアサルトスキルしか残っていないわけだ。
俺たちが『ポータル』を介してやってきたのは、ダンジョン『朱呑の楼閣』にほど近い『ベースキャンプ』と呼ばれる場所だった。
簡易な家屋や天幕なんかが立ち並ぶ、まさに野戦陣地といった趣だ。
街から少々距離があるダンジョンを攻略するための前線基地で、システム上存在しているものではなく、プレイヤーたちがフィールドマップを切り開いて建造したものである。
宿屋、ショップ、工房などダンジョンの攻略に役立つ施設の簡易版と、ポータルまでを備えたベースキャンプは、場所によっては序盤の街マップなどよりよほど充溢しているくらいだ。
これらの施設はすべて、専用のレシピを解放したクラフターたちが作ったものだ。
このゲームのクラフトは『建築物』すら作れるのである。
無論、武器クラフトなんかとは文字通り『桁』が違う量の素材が求められるので、数十人規模のプレイヤーが協力して素材集めに奔走してようやく、といったものではあるのだが。
今回はとりあえずベースキャンプには用はないので、俺たちはそのまま通り過ぎ、キャンプの出口まで進んだ。
この先にある巨大な朱鳥居を抜けると、ダンジョン『朱呑の楼閣』へと入ることができる。
「では行こうか。録画はいつもどおり、私のほうでする」
そう言って会長はインベントリから仮面を取り出し、顔に装着する。
鼻から下を覆うタイプの、つるりとした純白のマスクだ。
「わかりました」
答えつつ、俺もインベントリからアイテムを取り出し、『頭部』に装備する。
俺のは流線型のフルフェイスメットだ。獅子の鬣を思わせる鋭角的な装飾の付いた、まあ『魅せ装備』だ。
顔面にあたる部分は完全にのっぺらぼうだが、アサルトスキルを使用すると双眸の部分がマナ色に輝く素敵仕様付き。
最初にこの類の動画を撮影した時、アバターとはいえ顔出しはまずいよね、とか誰かが言い出したので全員仮面を着用するようにしたのだ。ただ、何回か目にはどうでもよくなって仮面をつけることも自然となくなったのだが、その名残で、何故かダンジョン攻略系の動画撮影の時にだけ全員仮面を装備するという謎ルールが出来上がってしまった。
これはこれでキャラクター性が出て悪くないと俺は思っているが。
もとから狐面の蒼月は、例によって発声せず、こくりと頷くに留めた。
ちなみにこの系統のアイテムの特徴として、仮面を被っている感触はあるのだが、内側からは基本的に無色透明に見えるので、視界の妨げになることは一切ない。ゆえに今の俺や蒼月のように顔面が完全に隠れるタイプの仮面を装備していれば、こっそり横目で会長の様子を観察していても視線でバレることはないのだ!
男性プレイヤーが街中で仮面をつけているとたまに通報されるのは余談である。
で、何故俺が会長に視線を向けたかというと、その会長が俺のほうをめっちゃ凝視してきているからである。
「なんですか?」
「いや。相変わらず、キミのその姿はサマになっていると思ってな」
ふむ、と首を捻る。
自分ではわからないが、この仮面――というかメット自体は例によって[さや]が選んだデザインのものなので、そうひどい絵面ではないとは思う。あの子のファッションセンスは若干厨二病だが、基本押さえるべきは押さえている。
「まるでアメコミの怪人のようだ」
「それ、褒めてます?」
「もちろん。私的には『最高にかっこいい』と伝えたつもりなのだが」
成程。
会長の個人的な趣味はさておき、俺もどちらかと言うとアメコミはヒーローよりも敵役のほうが秀逸なデザインをしていると感じる口である。ましてや今の俺は『デスペラード(無法者)』なのだから、言いえて妙だ。
それはともかく、どうやら会長は俺を褒めてくれたらしい。『褒められたら褒め返せ。特に相手が女性の場合は』と遥佳に死ぬほど言われているので、俺は会長に言葉を返すことにする。
「俺は会長のマスク姿も良いと思いますよ」
「ほう?こんな面白みのないデザインのマスクがかね?」
「ええ。なんと言ってもフルフェイスじゃないところがいい」
「?」
「会長の顔が見えなくなると、俺のモチベが下がってしまいますからね」
まあ、頑張ったところで俺の乏しい語彙力ではこれが限界なのだが。
だが俺の頑張りの甲斐はあったようで、会長はじんわりと赤くなったようだった。
でもやっぱりマスクのせいでちょっと分かりづらいのが、残念に思える。
意外とほんとにモチベに影響するかもしれんな……。
「息をするようにそういうことを言うのは、キミの悪いところだな」
「ダメでしたか」
ただし、と会長は可愛らしいウィンクをひとつ。
「私にだけ言ってくれるなら、それはキミの良いところだ」
言うだけ言って、会長は軽やかな足取りで先に進んでしまう。
見ればだいぶ先のほうで蒼月が待ちぼうけを食らっていた。狐面がこころなしか呆れたような顔をしているようにすら見える。
「…………まいったな」
俺はとりあえず、仮面を被っていて良かったと思いながら後を追うことにした。
あくとじゅうに。えんど。
本日のKY。
蒼月「私は空気が読める子」




