Ⅻ
僕の身体はその直感のまま必死に走っていた
廃工場というものが何処にあるか知らないが、とりあえず走っている
僕の体なら少し走ったくらいでひーひー言わないと信じたい
ちょっとした興味心なのだが、
僕は塀の上に乗り少し飛んでみた
まぁ、うまくいかないと思うけどさ
と、思いきや軽々とその家の屋根に乗っていた
「じゃあ、はじめからこうすればよかったな!」
と叫びながら屋根を走るが、足場不安定で結構怖い
っていうか、ズルッと落ちた
「いてぇよぉ」
頬や膝に擦り傷が出来たが、うじゃうじゃと修復される
便利な体だなぁ!
とか思いながら走っていたら意外と早く着いた
鉄の扉がずっしりとそびえるが、僕は全力で蹴りつけた
ばこんと物凄い音と共に分厚い鉄の扉が砲弾のように飛んで行った
内心凄いなぁとか考えていた
だけれど、脅しには充分だ
喧嘩なんかしたことはないから解んないけどこれを啖呵というのだろう
「…リョウ」
雪羽が血を吐くような声で僕の名前を呼んだ
「呼んだ?」
僕は少しだけ気軽に場の空気を紛らわせようと小粋な冗談で返したが、何も変わらない
寧ろ僕の中に少しだけどす黒いものがふつふつと湧くくらいだった
「赤嶺さん…雪羽を下ろしてください」
僕の左目に熱がこもるのがわかる
「下ろすわけねぇだろ…お前馬鹿か?」
僕はゆっくりと赤嶺さんに向かって歩き始めた
「やる気かよ…!」
赤嶺さんも槍を背中の金具から外し、構えた
「下ろしてくれれば僕は何もしません」
僕はさらに赤嶺さんとの距離を詰めた
「ンなわけねぇだろ!」
火蓋を切ったのは赤嶺だった。
地面を駆け、僕に肉薄する
──なんて速さだ!
僕は内心そう叫ばざる負えなかったが、次の瞬間にはなぎ払いの一撃が僕のわき腹をめがけて飛来していた
「ぐっ!」
脇腹に重たい衝撃が走るが、なんとな踏み留まり、赤嶺の腹部に拳を叩き込む
素人にしては綺麗に入った一撃であったが、赤嶺の身体にはなんの変化も起きてはいなかった
「あん?よえーんだよ!」
赤嶺の槍が急旋回し、僕の顎を捉え、その衝撃で僕の身体は宙に浮いた
もはや、痛いとかいうものではない。一撃一撃が必殺に等しいのだ
だが、僕も人間離れしているのだ。
空中で姿勢を変え、赤嶺の顔面を狙うが片手で受けられた
「あーテメェよえーわ」
そのまま足首を掴み、僕を宙吊り状態にする
「つーか、てめぇ如き〈白〉かどうかも怪しい雑魚悪魔が勇者様に楯突くとか有り得ねぇよ」
そして、僕の身体を宙に放った
この段階で途轍もなく嫌な予感がする
「オラ、死んどけ」
槍の穂先が僕の腹に突き刺さり、さながら串刺しみたいな感じだ
あと僕が三つくらいあれば店に出せそうだ
しかし、赤嶺はそれくらいで終わらせるつもりもなく僕のことを地面に叩き付けた
普通に痛い
左腕のあたりから凄く嫌な音がしたから多分折れた
悪魔の骨を折るという攻撃法は意外と有効策かもしれない
確か骨折は切り傷とかより治りが遅いし
それに、腹部の傷もダメージとして蓄積している
一昨日の雪羽の件といい聖剣は悪魔の回復を阻害する効果でもあるのだろう
この戦いは僕の不利が強いらしい
「もうやめてよ!」
そんな、ことを考えながら立ち上がっていると雪羽が掠れた声で叫んだ
「リョウが赤嶺さんに勝てるわけないじゃん!」
その通りなのだが
「だから、逃げて…ね?」
僕は口に溜まった血反吐を吐き出しながら言った
「雪羽…聞いてくれ」
思ったより僕の体は重傷らしい
「僕が初めて自分が悪魔って知った時凄く嫌な気分になったよ…それでも、君がしつこく付き纏ってくるから僕も馬鹿みたいに明るくなったさ」
骨折が煙を立てながら修復される
言葉にすると恥ずかしいな。正直死にたい
次は雪羽が言葉を返していた
「でも、私は君を殺そうとしたんだよ?」
「知るか」
僕は再び構え直した
「僕は悪魔だから殺されても死なないんだ。だから、気にしてない」
心の中で腕を斬るのは勘弁な!と叫んだ
本当に不便だし
「いやー甘酸っぱいなぁ!」
赤嶺さんが大人しくしてるなと思ったら待っててくれたのか
きっついなぁ
「じゃあ、雪羽の代わりにお前のこと殺してやるよ」
赤嶺さんが再び槍を構えて突進してくる
正直、今受けるとやばい
腹の傷がまだ塞がっていないのだ
慣れないことをするんじゃないなぁとか、僕は呟いていた
『ここで、死んじゃう?』
背景が白く変化した
そこには、黒い髪の女の人がいた
「かもしんない」
僕は肩をすくめながら答えた
『力欲しい?』
彼女は僕の目の前に居た
「あるの?」
『うん』
彼女の顔がすっごく近い
『私を受け入れる?』
それは、運命の選択に聞こえた
「受け入れるよ」
僕はそう返すと彼女の唇が僕の唇に触れた
僕はそれに抗えず、嫌な官能に落ちていく
僕は溶けて───
景色が一変すると、赤嶺さんの槍がもう僕の胸に触れていた
だが、僕は敢えてそれを受けていた
左の肺がぷつりと潰れていたが、気にもしない
「あ?」
赤嶺さんが訝しげな声を上げたが僕は突き刺さった槍を左手で掴んで言い放つ
「もう、離さないよ」
そして、赤嶺さんの顔面に拳に拳を射出する
当然赤嶺さんは効かないと舐めているだろうが、
「うがっ!?」
赤嶺の顔面が凹み予想以上に飛んで行き、僕の胸に突き刺さった槍が抜けて嫌な音を立てながら赤嶺さんと飛んで行った
そして、胸が瞬く間に再生した
「なんだ、簡単に治るじゃないか」
僕の語気は予想よりも鋭くなっている
いや、思考もすごく冷静で気味が悪い
冷静に赤嶺さんを殺そうとしている
「早く立ってよ…さもないと殺すよ」
赤嶺さんは僕の言葉に反応して立ち上がった
次の瞬間には僕の手には見た事も無い剣が握られていた
「ルシファーの終末剣…!?」
赤嶺が僕の剣に反応した
ルシファーって最近討伐された魔王のことか
まぁ気にすることでもない
僕が剣を雪羽を縛るロープに向かって投げると上手く切り落とせた
大丈夫あの剣は僕の手に絶対戻ってくる
ほら、いつの間にか二本目が僕の手に現れていた
「じゃあ、始めようか」
僕は地面を蹴って赤嶺さんに肉薄した
「ほら、早くしないと死ぬよ?」
赤嶺さんは後ろに下がり、距離を置くが、僕は逆に距離を縮めて身をよじる
そして、赤嶺さんの脇腹に蹴りを入れた
「くはっ…!?」
どうやら、口から空気が漏れたらしい
僕の頬に血反吐が引っ付いた
「あは♪」
僕の顔は物凄く笑っているだろう
だが、赤嶺さんは大勢を立て直した
見事だとしか言えない
「ぜああああああ!」
その勢いのまま僕に向かい槍を突き上げた
多分アレに当たれば僕の身体はただでは済まないだろう
それでも、
「遅いよ」
遅いからその槍を手で受け止めた
そして、手にある剣でその槍を破壊した
「う、そだろ!?」
赤嶺さんの顔が驚愕に歪む
「槍がないならその腕いらないよね?」
僕は赤嶺さんの右腕を切り落とした
「ぎゃあああああ!?」
いい感じに耳に響くが面白いが、そのまま足をもつれて倒れた赤嶺さんもなかなか悪くない
「左腕は折るだけで許してあげるよ」
「ひっひぃぃ!?」
僕は思いっきり赤嶺さんの左腕を引っ張った
入院した時暇だから解剖の本をよんでいたのだが、肩と腕は肩甲骨と上腕骨という二つの骨がくっついているが、それをくっつけているのは関節包という袋だ
僕はそれを引きちぎるイメージで引っ張った
「じゃあ、次は折るね」
肘の関節は上腕骨と前腕と呼ばれる肘から前の骨、橈骨と尺骨の二本で構成されており、くっついているのは尺骨と上腕骨らしい
僕はそれを意識しながら腕を膝でへし折った
「ぎぃぃ!?」
当然だ
痛いとかそういうレベルではないだろう
「じゃあ、次は殺すね」
剣の鋒を赤嶺さんの頭上にする
そして、振り上げ───
「リョウ…駄目だよ…」
雪羽が僕の手を必死に止めていた
「この人を殺したら本当にリョウは悪魔になっちゃうよ…」
雪羽必死にボロボロの腕で彼を殺さないでと懇願している
だけれど
「僕は悪魔だ」
僕は悪魔なのだから
もう、人間じゃないのだから
「違うよ!」
雪羽は必死にそれを止めようとしている
「リョウは悪魔なんかじゃない…」
「え──」
僕は戸惑いを隠せなかった
「悪魔は自分が悪いことするから殺せなんて言わないよ?自分が変わってしまうことに悩んだりしないよ?」
「僕は人間…?」
左目から赤い雫が垂れてきた
そして、少しずつ赤みが失われていく
「僕は…何者だ?」
僕の口が無意識にそう紡いで意識を手放した




