↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/17

9話:数学は難問?


何か変だ。


ここ数日、隣の席からピリピリとした視線を感じる。


……この前のカラオケの件だろうか。


あの時、俺は何かしでかしたのか。森川さんの気に障るようなことを言ったのか。


考えてみても、何も思い当たらない。


それなのに、どうして俺はこんなにも森川さんに嫌われているのだろう。


授業中だというのに頭を抱えて悩む俺の姿は、さぞかし頭の悪い生徒に見えていることだろう。


「よーし、ここテストに出るから、ちゃんと勉強しておけよー」


……え。


やべえ。聞いてなかった。


まあ、分からなければ田宮に聞けば――。


ちらりと隣を見る。


「……」


やっぱり寝てるか。


気持ちよさそうな顔で眠っている田宮を見て、俺は小さくため息をついた。


キーンコーンカーンコーン……。


授業終了のチャイムが鳴り、俺はようやく顔を上げる。


今回のテスト、結構難しそうなんだよな。


このままだと普通にまずい。放課後、図書室にでも残って勉強していくか。


「なあ、田宮。今日、図書室で勉強していかね?」


ようやく目を覚ました田宮は、両腕を大きく伸ばしながらあくびをした。


「はー? 勉強? そんなのなんとかなるって。それより俺、部活行かねえと」


「そっか。それなら仕方ないな。頑張れよ」


「おう。お前もな」


……俺は部活じゃないけど。


田宮はそのまま鞄を担ぐと、テニス部の仲間たちが待っているグラウンドへと駆けていった。


田宮はテニス部のエース的な存在らしい。


まあ、運動神経がいいことだけが取り柄の男だから、それくらい活躍していても不思議ではない。


「……さて」


俺は一人、図書室へ向かった。


△▽△▽


うわ、結構人いるな……。


放課後の図書室には、すでにテスト勉強を始めている生徒たちが何人もいた。


空いている席を探しながら歩いていると。


「……ぉーぃ」


小さな声が聞こえた。


声のした方へ視線を向けると、そこには水野さんが座っていた。


……なんとなく嫌な予感がする。


けれど、無視するわけにもいかないので、仕方なくそちらへ向かった。


「席、探してるの?」


「え? うん、まあ」


水野さんは相変わらず、何がそんなに楽しいのか分からない顔でニヤニヤしている。


「ここ空いてるから使いなよ。それにさ、私も数学教えてほしいし」


水野さんが指差したのは、同じ机を囲む三つの空席だった。


その席を見て、俺は少しだけ安心する。


……森川さんはいない。


水野さんも案外、気が利く人なのかもしれない。


「じゃあ、俺そっちの席でいい?」


俺は水野さんの正面ではなく、斜め向かいの席を選んだ。


すると水野さんは、ますます口元を緩めた。


「……なるほど。そっちなんだね」


「?」


何が「なるほど」なのか分からない。


俺は首を傾げながらも、それ以上は気にせず教科書を開いた。


△▽△▽


それから二十分ほど経った頃だった。


俺と水野さんが使っている机の前で、誰かの足が止まった。


何となく嫌な予感がして、ゆっくりと視線を上げる。


――そして、心臓が止まるかと思った。


「……」


そこにいたのは、森川さんだった。


思わず水野さんを見ると、彼女は顔を伏せ、肩を小さく震わせている。


……笑ってる。


絶対に、笑いを堪えてる。


「水野、これって……どうして……えっと」


森川さんもどこか落ち着かない様子で、俺と水野さん、そして空いている席を順番に見ていた。


……もしかして。


この席、最初から森川さんのために取っていたのか?


だったら、俺は完全に邪魔者じゃないか。


「座りなよー、森川。突っ立ってると目立っちゃうよ」


実際、周囲の生徒たちも森川さんの方をちらちらと見ている。


森川さんはしばらく迷っていたが、やがて諦めたように俺の正面の席へ座った。


……いや、やっぱり帰ろう。


俺はそっと教科書を閉じようとした。


その時だった。


「あ、ここは? これってどうやって解くの?」


まるで俺の行動を見計らっていたかのように、水野さんが教科書の問題をペン先で指した。


「えっと、ここは……まず、こうして……」


仕方なく一通り解き方を説明する。


これで役目は終わった。


今度こそ退散しようとしたが。


「森川にも教えてあげてよ。この子、数学苦手なんだよね。そうだよね? 森川」


「えっ!? いや……苦手じゃないよ。私は一人でも勉強できるし」


この二人のやり取りを、俺はどんな顔で見ていればいいのだろう。


もう本当に帰りたい。


「ってことで、今日は林くんに教えてもらいましょう!」


水野さんは勝手に話をまとめると、森川さんの頭を軽くぽんぽんと叩いた。


「ちょっと、水野……!」


森川さんは不満そうに眉を寄せ、それからゆっくりとこちらを見た。


一瞬だけ視線が合う。


すると森川さんは、なぜか少し頬を赤くして。


「……そんなことしても、何も意味ないからね」


そう呟いた。


「……え?」


意味がない?


俺にメリットがないという意味なら分かる。


でも、森川さんは一体何の話をしているんだ?


俺が首を傾げていると、水野さんがついに耐えきれなくなったように、ぷっと吹き出した。


△▽△▽


それからしばらく、三人で勉強を続けた。


――と、言いたいところだが。


正直なところ、俺はあまり勉強に集中できていなかった。


原因はもちろん、目の前にいる森川さんだ。


ただでさえ普段から何を考えているのか分からない相手なのに、こうして正面に座っていると妙に意識してしまう。視線を上げれば目が合いそうで、かといってずっと教科書だけを見ているのも不自然な気がして、結局、問題文を何度も読み返すことになった。


そして、そんな俺以上に落ち着きがないように見えるのが森川さんだった。


さっきから何度もペンを止めては、何か考えるように視線を落とし、少ししてからまた書き始める。その繰り返しで、どうにも勉強が進んでいるようには見えない。


分からない問題でもあるのだろうか。


そんなことを考えていると、水野さんがふいに立ち上がった。


「ちょっとトイレ行ってくるね」


どこか勉強に飽きたような声だったが、立ち上がる瞬間に森川さんへ向けた視線には、なぜか妙なものが含まれていた。


「え、待ってよ」


すぐに森川さんが顔を上げる。


その反応があまりにも早かったので、俺まで一瞬驚いてしまった。


「待てませーん。分からないところがあるなら、林くんに聞いてねー」


水野さんは楽しそうにそう言い残すと、今度は俺の方を見て口元を押さえた。


……また笑ってる。


何がそんなに面白いのかは分からないが、嫌な予感しかしない。


そのまま水野さんは、俺たちを残して図書室の出口へと歩いていった。


…………。


しん、と静かになる。


もともと図書室なのだから静かなのは当然だ。


それでも、水野さんがいなくなった途端、この机の周りだけ別の空間になってしまったような気がした。


ページをめくる音も、ペン先が紙を擦る音も、妙に大きく聞こえる。


俺は何度か問題集に視線を落としたが、さっきまで以上に集中できない。


ちらりと正面を見ると、森川さんもまたペンを止めていた。


……やっぱり分からない問題があるんだろうか。


水野さんも、さっきそんなことを言っていた。


でも、俺から声をかけるべきなのか?


下手に話しかけて、また何か気に障るようなことをしたらどうする。


とはいえ、このまま何もしなければ、それはそれで「何で教えてくれないのよ」と怒られるかもしれない。


……詰んでないか?


俺は自分の課題をほとんど進められないまま、そっと頭を抱えた。


ただテスト勉強をするために、図書室へ来ただけだった。

それなのに、目の前にいる一人のせいで、今日一番分からない問題は――数学ではなくなってしまっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。