5話:恋愛、誤解中。
今日の体育はバレーか……。
苦手なんだよなあ、球技は。
サーブなんて上手く決まった記憶がないし、レシーブだってボールが飛んでくるたびに身体が勝手に逃げようとする。
体育の球技は選択制で、バスケットボールとバレーボールの二択だった。バスケは無駄に走らされるのが嫌だという理由で、俺はバレーボールを選んだ。
そして、森川さんもバレーボールを選択している。
……まあ、別にいいけど。
「はーやーし! さっさと行こうぜ!」
教科書をしまっていると、田宮が肩に腕を回してきた。
「分かったよ。……よし、行くか」
「おう!」
運動神経のいい田宮は、体育の授業がよほど楽しみなのか、授業終了の数分前から落ち着きがない。さっきから何度も時計を確認しながら、ニヤニヤと笑っている。
「じゃあ俺、先行ってるぞ!」
「ああ」
田宮は待ちきれないとばかりに教室を飛び出していった。
俺もその後を追うように体育館へ向かった。
△▽△▽ △▽
「よし! 今日はサーブ、レシーブ、トスの全部をマスターするぞ!」
体育館に入ると、さっそく大声が響き渡った。
身長一八〇センチを超える大男。声も態度もやたらと大きい、見るからに熱血教師といった風貌の先生が、俺たちバレーボール班の担当だ。
「準備運動は念入りにしておけよ!」
準備運動を終えると、さっそくサーブの練習が始まった。
「男子は上からサーブを打て!」
「……げ」
思わず声が漏れる。
周りの男子からも「マジかよ」「上からとか無理だろ」と不満の声が上がったが、その中で田宮だけは嬉しそうに手を挙げた。
「先生! 俺からやります!」
「おっ、やる気あるな! じゃあ田宮から順番にいくぞ!」
「はい!」
田宮は軽く助走をつけると、ボールを高く放り上げ、迷いなく腕を振り抜いた。
パァン!
乾いた音とともに放たれたボールは、綺麗な弧を描いて相手コートへ入っていく。
「さすが田宮!」
「うまっ!」
周囲から声が上がる。
田宮は得意げに振り返り、俺に向かって親指を立てた。
……いちいち腹立つな。
「次、林!」
「はい……」
俺の番が来た。
サーブラインに立ち、ボールを見つめる。
頼む。
せめてネットくらいは越えてくれ。
ボールを高く放り上げ、見よう見まねで腕を振り抜いた。
パシッ。
ボールはネットに当たると、そのまま俺の足元へ力なく転がってきた。
「……」
「……」
「林、もう一回!」
「はい……」
二回目。
今度はなんとかネットを越えた。
ただし、相手コートの大きく外へ飛んでいった。
「惜しい!」
先生は励ましてくれたが、自分では全然惜しいとは思えない。
三回目はボールの下を叩いてしまい、変な回転をしながら床に落ちた。
「……はぁ」
俺は肩を落とした。
すると、案の定田宮がニヤニヤしながら近づいてくる。
「林、だっせえなあ」
「うるせえ。バレーは苦手なんだよ」
「バレーは?」
「……」
「バレー“も”の間違いだろ?」
「あー、はいはい。そうですよ!」
田宮は楽しそうに笑った。
「まあでも、先週よりはマシになってるぞ」
「それ、褒めてないだろ」
「褒めてるって。……まあ、怪我だけはすんなよ」
「……次は決める」
「ん?」
「次は絶対決めてやる」
口にした瞬間、自分でも分かった。
完全にムキになっている。
田宮は俺が負けず嫌いなのを知っていて、こうやってわざと煽ってくるのだ。
「お、言ったな?」
「見てろよ」
「はいはい」
田宮は笑いながら列へ戻っていった。
俺もその後ろに並ぶ。
次こそは決めてやる。
それだけを考えていた。
△▽△▽ △▽
それからしばらくして、女子たちが体育館へ入ってきた。
俺は特に気に留めることもなく、ボールを眺めながら順番を待っていた。
さっき失敗したサーブのことが頭から離れない。
今度こそ決める。
田宮に笑われたまま終わるのだけは嫌だった。
「林!」
先生から声が飛んでくる。
「最後にもう一回やってみろ!」
「はい!」
俺はすぐにサーブラインへ向かった。
ボールを握り、ゆっくりと息を吐く。
今度はさっきまでとは違う。
何度も失敗したせいで、身体の動かし方が少しだけ分かってきた気がする。
ボールを高く放り上げ、助走をつける。
一歩、二歩と踏み込み、最後の一歩で強く床を蹴った。
身体が宙へ浮く。
落下してくるボールを正確に捉え、思い切り腕を振り抜いた。
――バァンッ!
体育館に、先ほどまでとは明らかに違う鋭い音が響いた。
ボールは俺の手のひらに強烈に弾かれ、そのままネットの上を越えていく。
そして、相手コートの奥へ一直線に突き刺さった。
「……」
一瞬、体育館が静まり返った。
俺自身も何が起きたのか分からない。
……入った?
今の、入ったよな?
次の瞬間、女子たちから一斉に声が上がった。
「えっ、すご!」
「林くん、あんなの打てるんだ!」
「めっちゃ綺麗!」
「お前、さっきまで全然だったじゃん!」
田宮まで目を丸くしている。
「……マジか」
俺は思わず笑った。
「どうだ、田宮!」
「いや、お前急にどうしたんだよ!」
「俺だってやればできるんだよ!」
「調子乗んなって!」
田宮が笑いながら俺の肩を叩く。
「でも、今のはマジで凄かったぞ」
「だろ?」
「さっきまでネットに引っかけてた奴とは思えねえけどな」
「うるせえ!」
二人で笑っていると、女子の方から声が飛んできた。
「林くん、すごーい!」
「……ああ、ありがとう」
俺は照れくさくなって、声のした方へ顔を向けた。
そこで初めて、森川さんと目が合った。
「……」
森川さんがこっちを見ている。
俺は一瞬だけ固まった。
……いたのか。
いつからいたんだ?
もしかして、今の見られた?
そう思った途端、急に恥ずかしくなって、俺は慌てて視線を逸らした。
そして、そのまま田宮を見る。
「なあ田宮、今の結構よかっただろ?」
「はいはい。もう分かったって」
「なんだよ、その言い方」
「調子乗ってんなあと思って」
「うるせえよ」
田宮とくだらない話をしている間も、森川さんがこちらを見ていることには気づかなかった。
△▽△▽
……すごい。
森川さんは、さっきの光景を思い返していた。
体育館に来てから見た林くんは、あの一球だけ。
それまで何をしていたのかは知らない。
ただ、私が見ている前で、あんなに綺麗なサーブを決めた。
しかも、目が合った瞬間に顔を逸らした。
森川さんは、ふと口元を緩める。
もしかして……。
私が見ていたから?
そう考えると、全部が繋がる気がした。
さっきまで普通にしていたのに、私が見ているところで急にあんなサーブを決めた。
それに、目が合ったら恥ずかしそうに逸らした。
「……ふふ」
小さく笑って、森川さんは視線を逸らす。
まだ始まったばかりなのになんだか少しだけ、林くんのことが気になってきた。
一方その頃、林はというと――。
「なあ田宮、今日の帰りどっか寄ってく?」
「お前、さっきのサーブ決めたからって調子乗ってんな?」
「いいだろ別に」
そんな話をしながら、森川さんのことなどすっかり忘れていた。
――二人の気持ちは、まだ少しだけ噛み合っていなかった。




