14話:元カレ
「ねえ、田宮。そういえば昨日、佐々木と会ったよー」
「ん? ああ。どこで?」
「河川敷の公園。ぼーっとしてたから声かけたら、『ぼーっとしてたわ』って言われた」
「……ああ、あそこか。懐かしいな。それはまた佐々木らしいな」
田宮の席の横に立った森川さんは、昔からそうしていたみたいに自然な様子で田宮と話していた。
声の調子も柔らかく、時折楽しそうに笑っている。
俺は二人の会話を特に意識することなく聞いていたが、何気なく眺めているうちに、ふとあることに気がついた。
そういえば、森川さんは田宮に対してだけは敬語を使わない。
「田宮くん」でも「田宮さん」でもなく、ただ普通に「田宮」と呼んでいる。
それに、言葉遣いも俺と話すときとは明らかに違っていた。まるで気心の知れた友達と話しているような、気を遣う必要のない自然な口調だ。
前から少し気になっていた。
二人は、昔から仲がいいのだろうか。
「佐々木ってさ、なんか林に似てね?」
田宮が突然そんなことを言い出した。
「え?」
思わず顔を上げる。
田宮は何か面白いことでも思いついたような顔をしながら、俺のほうを見て続けた。
「いや、顔じゃなくて性格な」
「なんだよ、それ」
「だって林も、よく頬杖ついてぼーっとしてるじゃん」
「俺はちゃんと考え事してんだよ」
「何を?」
「……う、うるせえな」
俺は呆れながら、片手を振って田宮を追い払うような仕草をした。いつものくだらないやり取りだったが、それを見た田宮は何故かニヤニヤと楽しそうに笑っている。
そして、そのまま森川さんへ視線を向けた。
「ほら、似てるだろ? 森川」
「えっ?」
突然話を振られた森川さんが、びくっと肩を揺らした。
さっきまで田宮と楽しそうに話していた表情が、まるで時間が止まったみたいに固まる。
「似てるよな?」
「わ、分からない!」
森川さんはそう答えながら、俺の顔を一度だけ見た。
その視線はほんの一瞬だった。
けれど、目が合った瞬間、森川さんは何かに気づいたように慌てて視線を逸らした。そのまま俺から逃げるように身体の向きを変えると、早口で言い残す。
「私、ちょっと行ってくるから!」
「え?」
俺が何か言うより先に、森川さんは教室を出ていった。
閉まりかけた扉を眺めながら、俺はしばらく何も言えなかった。
隣では、田宮もさすがに状況が分からないらしく、ぽかんとした顔で首を傾げている。
「……ん? どうしたんだ、あいつ」
「……さあ」
俺にも分からない。
ただ、また森川さんを怒らせてしまったのではないかという考えが浮かび、胸の奥が嫌な感じにざわついた。
また俺は何かしただろうか。
消しゴムの件もそうだ。あのときは普通に話していたし、図書室で勉強を教えてもらったときだって、森川さんはいつもと変わらない様子だった。むしろ、あのときは俺の分からないところを丁寧に説明してくれた。
なのに、どうして最近はこんなにも距離を感じるんだろう。
俺は教室の入り口へ視線を向けた。
当然、そこに森川さんの姿はもうない。
しばらくそのまま扉を眺めていたが、隣にいる田宮の存在を思い出して、俺は小さく息を吐いた。
さっきの二人の様子を思い返してみる。
森川さんが田宮に向けていた、あの自然な表情。
俺と話しているときには、あまり見せない顔だった。
二人の間には、俺の知らない何かがある。
そう考えると、さっきまで気にしていなかったことまで妙に気になってきた。
「……なあ、田宮」
「ん?」
「ていうかさ」
俺は少し迷ってから、田宮へ尋ねた。
「田宮って、森川さんとどういう関係なの?」
何気なく聞いたつもりだった。
少なくとも、自分ではそう思っていた。
けれど、田宮はすぐには答えなかった。
さっきまで浮かべていたふざけた笑みも、いつの間にか消えている。
「……言ってなかったっけ?」
「何を?」
田宮は少しだけ視線を落としたあと、何でもないことのような口調で言った。
「森川と俺、昔付き合ってたんだよ」
「…………え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
田宮と、森川さんが。
昔、付き合っていた。
その言葉を頭の中で何度か繰り返して、ようやく意味を理解する。
その瞬間、さっきまで普通だった教室の景色が、急に自分から遠ざかったような感覚に襲われた。
周りでは昼休みのざわめきが続いている。誰かが笑っている声も聞こえるし、廊下を歩く足音もする。
なのに、俺の耳にはそれらが妙に遠く聞こえていた。
胸の奥がひどくざわついている。
どうしてこんなにも落ち着かないのか、自分でもよく分からない。
ただ、田宮の言葉だけが頭の中に残っていた。
森川さんと、田宮が。
昔、付き合っていた。
その事実を知っただけなのに、何故か胸の奥が重くなっていく。
俺は何も言えないまま、田宮の顔を見つめていた。
△▽△▽
「……田宮のやつ」
私は廊下を歩きながら、小さく呟いた。
本当に、余計なことばかりする。
どうして急に林くんに話を振るのよ。
さっきまで普通に佐々木の話をしていただけだったのに、いきなり「林に似てる」なんて言い出すから。
あんなことを言われたら、そりゃあ私だって困る。
だって。
林くんが、こっちを見ていた。
あんなふうにまっすぐ顔を見られたら、平然としていられるわけがない。
最近は、林くんとまともに目を合わせるだけでも妙に緊張する。
それなのに田宮は、何も知らないくせに、ああやって簡単に私たちの間へ入ってくる。
「……もう」
思わずため息が漏れた。
私は廊下の窓際で足を止め、校庭を眺める。
昼休みの校庭では、何人かの生徒が楽しそうに話していた。
いつもと変わらない風景。
なのに、私の頭の中だけは、さっきの林くんの顔が何度も浮かんでくる。
……林くん。
今、どんなことを考えてるんだろう。
もしかして、また私のことを気にしていたりして。
そう考えた瞬間、胸の奥が小さく跳ねた。
自分で考えておきながら、恥ずかしくなって視線を外す。
「……そんなわけ、ないよね」
そう呟いてみる。
けれど。
否定するには、最近の林くんの態度が少しだけ気になりすぎていた。
消しゴムを拾ってくれたこと。
図書室で私の説明をじっと聞いていたこと。
この前だって、私が座った途端に、なんだか妙に落ち着かなくなっていた。
もしかしたら。
少しずつだけど。
林くんも私のことを――。
そこまで考えて、私は慌てて首を振った。
「……違う違う」
自分に言い聞かせるように呟く。
でも、否定しようとすればするほど、逆にその考えが頭から離れなくなってしまう。
私は窓に映った自分の顔を見て、少しだけ頬が熱くなっていることに気づいた。
そして、誰にも聞こえないくらいの声で呟く。
「……林くんって、今どのくらい私のこと好きなんだろう」




