12話:どこがいいの?
△▽
「セイゼリア行こ!」
放課後、校舎を出たところで、水野が屈託のない笑顔を浮かべながら誘ってきた。
「いいけど、どうしてセイゼなの? お昼は、今日はスタパに行こうって言ってたじゃん」
「ちょっと、まあ……気が変わったのよ!」
その言い方。
小学生の頃からずっと一緒にいるから分かる。
水野がこういう言い方をするときは、決まって何かを企んでいる。
「新作のデザートが出たの! えっと……シナモンチュロスだって!」
「えっ、シナモンチュロス!? 行く行く!」
チュロス、大好きなんだよね。
外はカリカリで、中はモチモチ。あの食感がたまらない。
でも、どこで食べても意外と高いんだよね。
その点、セイゼリアならきっと安いはず。
――もう、頭の中からスタパの文字は綺麗さっぱり消えていた。
よーし、今日はセイゼリアだ!
そんな私の隣で、水野が何やら楽しそうにニヤついていたことには、まったく気づかなかった。
△▽△▽
「着いたねー」
「まあ、近いからね」
学校から歩いてすぐ。
その立地の良さもあって、放課後になると学生たちの溜まり場になりつつある。
「ちょっと、ちょっとだけ待っててね」
「え? なんで?」
「ほら、混んでたら入らないでしょう?」
「……確かに。じゃあ、見てきてもらってもいいの?」
「任せて!」
水野はそう言って、片手で小さく輪を作る。
そして、そのまま軽い足取りで店内へ入っていった。
△▽
待ってていいのかな。
さすがに、友達に全部任せるのも悪いよね。
混んでいるかどうかを見るだけなら、私も確認したほうが早い。
そう思った私は、水野からの合図を待たず、そのまま店の中へ入っていった。
△▽
ドアを押し開ける。
すると――すぐ目の前に、水野が立っていた。
「……ん?」
どうして、こんなところに。
一瞬だけ不思議に思ったものの、その疑問の答えを考えるより先に、水野がこちらへ振り返った。
「森川、ここで食べよう!」
そう言って、水野が指差したのは、入口からすぐ近くのテーブルだった。
「うん、私はどこでも……」
何気なく、そのテーブルへ視線を向ける。
――そこで、私の動きが止まった。
林くん。
一人で座っている。
「……え?」
どうして?
どうして林くんが、ここにいるの?
思わず水野の顔を見る。
すると、水野は私と林くんを交互に見ながら、口元をニヤリと歪めていた。
……やっぱり。
これ、水野の仕業だ。
その隣では、林くんがものすごく気まずそうな顔をしている。
それにしても――
「……料理、頼みすぎじゃない?」
テーブルの上には、ドリアにパスタ、チキンにピザまで並んでいる。
いくらなんでも多すぎる。
すると水野が、林くんには聞こえないように、私の耳元へ顔を寄せてきた。
「……私たちのために、頼んでくれたみたいだよ。さっき、そう言ってた」
「え……?」
思わず、林くんを見る。
林くんは気まずそうに視線を逸らした。
……どうして、そんなことを。
もしかして――
この前、勉強を教えてあげたことへのお返し……とか?
だとしたら。
そんなの、断れるわけないじゃない。
わざわざ私たちのために料理まで頼んでくれた。
そんなことをしてくれるなんて。
やっぱり林くんは――
「……いいよ。そこでも」
△▽△▽
なんで?
どうして森川さんが、俺のテーブルに来るんだ。
しかも、水野さんのあの不敵な笑みは何なんだ?
俺は手にしていたピザを、そっと皿の上へ戻した。
「林くーん、こんなにいっぱい食べられないでしょう?」
俺が何かを言うより先に、水野さんが食い気味に口を挟んでくる。
気づけば、正面には水野さん、その斜め向かいには森川さんが座っていた。
……ふぅ。
今回は、森川さんが真正面にいるわけじゃない。
この前みたいに、目が合うたびに変な空気になることもなさそうだ。
少しだけ、肩の力が抜けた。
「ちょっと頼みすぎちゃったんだよ。ていうか、これは田宮が――」
「あー、頼みすぎたんだね! うんうん、分かるよー。林くんって、意外とキザなところあるもんね」
「……キザ?」
俺が説明を終えるより先に、水野さんが勝手に話をまとめてしまった。
……いや、待て。
そもそも、なんで俺がキザなんだ?
田宮が頼んだ料理だって説明しようとしたのに、どうしてそんな話になった?
森川さんは森川さんで、さっきから妙に静かだし。
水野さんは水野さんで、何かを知っているような顔をしている。
俺だけが、完全に置いていかれている。
頭の中には、さっきから疑問符ばかりが浮かんでいた。
「お金は後で割り勘しよ! さあ、食べていい? 食べていいよね!」
水野さんは返事を待つつもりなど最初からないらしく、目の前に置かれていたドリアを迷いなく自分のほうへ引き寄せた。
「あっ……」
それ、俺が食べようと思ってたんだけど。
……まあ、いいか。
俺は諦めて、別の料理へ手を伸ばした。
「お金はいいよ。これ、ほとんどあいつ――」
「はいはい、愛がこもってるって言いたいんでしょ? またまたキザなんだからー、林くんは」
「……は?」
俺の言葉を最後まで聞くことなく、水野さんは勝手に話を終わらせてしまった。
何なんだ、この人。
さっきから俺の言いたいことをことごとく先回りしているような気がする。
しかも、口元には隠そうともしないニヤニヤした笑み。
その顔を見ていると、ますます何を考えているのか分からなくなってくる。
「さ、森川も一緒に食べよ!」
水野さんに促され、森川さんへ視線を向ける。
すると、森川さんは膝の上で両手をぎゅっと握りしめたまま、いつもの彼女らしくなく、妙に小さくなっていた。
……緊張している?
もしかして、俺が頼んだ料理が気に入らなかったのだろうか。
そんなことを考えながら、俺はなるべく気を遣わせないように声をかけた。
「あのさ、森川さん。何か自分が食べたいものがあったら、頼んでもいいんだよ?」
これなら、俺に気を遣って無理にここにあるものを食べる必要もないだろう。
ところが――
「違う!」
思いのほか強い声が返ってきた。
「えっと……違うよ」
「……違う?」
何がどう違うんだ?
森川さんは自分でも言ったことが気になったのか、少し俯いてから、テーブルの上に並んだ料理へ視線を落とした。
「これ、食べるよ。このチキンとか好きだし……」
そう言って、森川さんはチキンへ手を伸ばす。
けれど、その動きはどこかぎこちない。
さっきから妙に落ち着きがないというか、俺の顔を見るたびに視線を逸らしている気がする。
……やっぱり、変だ。
ていうか、俺のことを避けているなら、無理に同じテーブルで食べる必要なんてなかったんじゃないか?
そんな疑問が頭をよぎった、そのときだった。
「でも、これ……」
森川さんがチキンを持ったまま、こちらを見る。
頬がほんのり赤くなっている。
「これが食べたかったから、ここに座ったんだからね!」
「……あ、うん」
森川さんはそう言って、誤魔化すようにチキンを一つ口へ運んだ。
俺は少しだけ安心した。
「よかった。好きなものがあって」
何気なくそう言っただけだった。
本当に、それだけだった。
なのに――
「……え?」
森川さんの動きが止まった。
次の瞬間、みるみるうちに顔が赤く染まっていく。
「す、す、す、す……」
「?」
「好きなんて……」
「……?」
俺は思わず首を傾げた。
好きって、チキンのことだよな?
それとも、何か別の意味があるのだろうか。
森川さんは顔を真っ赤にしたまま、手にしたチキンを見つめている。
……やっぱり、森川さんって少し変わった人なのかもしれない。
そんなことを考えていると、向かいに座る水野さんが、ドリアを頬張りながら俺たちの様子を眺めていた。
その顔は、明らかに楽しんでいる。
「……?」
なんだろう。
俺には分からない何かが、二人の間にはあるらしい。
そんな釈然としない気持ちを抱えたまま、俺が料理に視線を戻そうとしたときだった。
「ねえ、林くん」
「ん? なに?」
水野さんが、何でもないことのように声をかけてきた。
けれど、その口元にはさっきまでと同じ、どこか意味ありげな笑みが浮かんでいる。
「林くんは、森川のどこがいいと思ってるの?」
「…………」
「…………」
あまりにも唐突だった。
俺はもちろん、森川さんまで動きを止める。
そして、ほとんど同時に水野さんへ顔を向けた。
「「え?」」




