↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/17

11話:唐突にデザート。


「林、何点だったー?」


「んー、こんな感じ」


俺は田宮に答案用紙を見せた。


現代文八十点、古文七十一点、化学七十点……。


「おいおいおい」


答案を覗き込んでいた田宮の顔が、みるみる青ざめていく。


「なんでいつもより点いいんだよ!」


「そりゃ勉強したからな。田宮、お前勉強してないだろ」


「……っ」


ギクッ、と効果音が聞こえた気がした。


田宮は露骨に視線を逸らしながら、俺の答案をもう一度見直す。


「でもさ」


嫌な予感がした。


「数学、五十五点って何? 数学だけ低くね?」


……見られた。


隠す暇もなく、田宮の目に入ってしまったらしい。


「む、難しかったんだよ」


「まあ確かに。俺でさえ低いからな!」


田宮はなぜか胸を張った。


ちなみに田宮の答案は、どの教科も補習すれすれだ。


自慢できることじゃない。


「……数学だけは、得意なんだけどな」


俺は答案用紙に目を落とした。


いつもなら、それなりの点は取れる科目だ。


なのに今回は、テスト中も妙に集中できなかった。


問題を解いている途中で、何度も別のことを考えてしまった。


……図書室での一件がきっかけか?


いや。


あんなことでテストの点が下がるなんて、言い訳にもならない。


……ならないはずだ。


俺は手に持ったペンへ視線を落とす。


すると、不思議なくらい自然に、あの日の光景が頭に浮かんできた。


問題を説明しながら、ノートの上をゆっくりと走っていたペン先。


俺にも分かるように、一つひとつ丁寧に言葉を選んでくれた声。


そして、片側の髪をそっと耳にかけながら、真剣な顔で問題に向き合っていた――。


「……」


……何だよ。


思い出したって、数学の問題が解けるわけでもないのに。


俺は小さく息を吐き、もう一度答案用紙へ目を落とした。


なのに、さっきから頭の中に浮かんでくるのは、五十五点という数字よりも――。


あの日、俺のためにペンを走らせていた、森川さんの姿だった。


△▽△▽


林くん、数学……駄目だったのかな。


森川さんは、返却された答案を思い出しながら、机に頬杖をついていた。


数学だけ、妙に点数が低かった。


……私の教え方が悪かったのかな。


あのとき、もっと丁寧に説明してあげればよかった。林くんが分かりやすいように、もっと時間をかけて教えてあげていたら、きっとこんな点数にはならなかったはずだ。


「……私、何やってるんだろ」


小さく呟いて、森川さんは額を机にこつんと預けた。


そもそも、どうして私はあのとき林くんに話しかけたんだろう。


勉強を教えてあげる義理なんてなかったのに。


水野がいなくなって、二人きりになって。


あんなに気まずかったのに、自分から声をかけてしまった。


しかも――。


「……教えてあげてもいいよ、なんて……」


思い出しただけで、頬が熱くなる。


あんなことをしたら、林くんがますます私のことを好きになってしまうじゃない。


……でも。


森川さんは、ちらりと隣の席を見る。


最近、林くんとはあまり目が合わない。


目が合いそうになると、すぐに逸らされてしまう。


きっと、恥ずかしいんだ。


私のことを意識しすぎて、まともに顔を見ることもできなくなっているんだわ。


「……ふふ」


そう考えると、少しだけ気持ちが軽くなった。


それに、数学の点数が悪かった理由だって――。


森川さんは、はっと顔を上げる。


「……分かった」


林くんが数学の点数を落とした理由。


あのとき、私が目の前で勉強を教えたから。


きっと林くんは、私のことが気になって、問題どころじゃなくなってしまったんだ。


そうよ。


それなら全部つじつまが合う。


私の説明が悪かったんじゃない。


林くんが私に見惚れて、勉強に集中できなかっただけ。


「……って、やっぱり私のせいじゃないじゃん!」


思わず声が漏れ、森川さんは慌てて口元を押さえた。


誰も聞いていないことを確認すると、今度は自分の頬を両手で包み込む。


「もう……何やってるのよ、私……」


恥ずかしい。


でも、少しだけ嬉しい。


そんな自分の気持ちが、森川さんにはまだよく分からなかった。


ただ一つ分かるのは――。


林くんの数学の点数が低かった理由を、いつの間にか自分と結びつけて考えてしまっていることだった。


△▽△▽


「なあ、今日はセイゼリア行こうぜ」


「はいよー」


放課後、田宮に連れられて向かったのは、いつものファミレスだった。


小遣いが日に日にカラカラになっていく俺にとって、安く腹を満たせる店はありがたい。財布の中身を気にしながら食事をするのは、どうにも精神衛生上よろしくない。


「よーし、何食おうかなー!」


席に着くなり、田宮はメニューを広げて目を輝かせる。


「おれはドリアで」


「おいおい、それだけか? そんなんだからもやしなんだよ」


俺はお前みたいに金があるわけじゃないんだよ。


心の中でそう返しながら、俺はメニューを眺める。


すると田宮は迷うことなく次々と注文を決めていった。


「んじゃ、おれはたらこパスタと旨辛チキンとピザで!」


「頼みすぎだろ!」


「いやいや、せっかく来たんだからさ!」


せっかく来たら、どこでもこんなに頼むのか?


食べ盛りとはいえ、こいつの食欲と金銭感覚には、ときどき本気で驚かされる。


……なんか、いろいろすげえ奴だな。


そのときだった。


――レイン♩


田宮のスマホから着信音が鳴った。


「あ?」


田宮はポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。


すると、さっきまでの能天気な顔が一瞬にして固まった。


「どうした?」


「あ、えーっと……」


「なんだよ」


「……今日、部活だったわ!」


「は?」


田宮は慌てて立ち上がり、椅子の背もたれに掛けていたリュックを引っ掴んだ。


「じゃあな! 頼んだの、全部食っておいて!」


「え!? お、おい!」


「悪い!」


言い終わるより早く、田宮は店を飛び出していった。


あまりの早さに、俺はしばらく呆然と出入口を見つめる。


その横を通り過ぎた店員が、なぜか一瞬だけ俺を睨んだような気がした。


「……」


いや、俺は悪くないだろ。


数分後。


テーブルの上には、頼んだ料理が次々と並べられていった。


ドリア。


たらこパスタ。


旨辛チキン。


そして、焼きたてのピザ。


どれも見るからに美味そうだ。


いや、美味いに決まっている。


ただ――。


「……多いな」


残念ながら、俺は少食だ。


田宮の胃袋と俺の胃袋を同じものとして扱わないでほしい。


とはいえ、頼んでしまったものは仕方がない。


俺は諦めるように息を吐き、まずはピザを切り分け始めた。


そのときだった。


「あれ、林くんじゃん!」


聞き覚えのある声が、店内に響いた。


顔を上げると、出入口のところに水野さんが立っている。


「あ、水野さん。今日はここで飯?」


またか。


胸の奥で、嫌な予感が静かに膨らんでいく。


水野さんはニヤッと笑った。


「ご飯じゃないよ。デザート食べに来たの」


「へえ」


「……森川と」


「…………」


やっぱりそうですよね。


俺の嫌な予感は、最近よく当たる。


そして、水野さんの後ろから森川さんが店内へ入ってきた。


「森川ー。ここで食べよ」


「うん。私はどこでも……」


森川さんは水野さんの声に応じながら店内を見渡し――。


俺と目が合った。


「……っ」


その瞬間、森川さんの足がぴたりと止まった。


「……」


何だ?


なんでそんな顔をするんだ?


俺はただ一人でピザを食べているだけなのに。


すると水野さんが、何かを思いついたように口元を緩めた。


そして――。


俺のいるテーブルを指差す。


「ほら、あそこ空いてるよ」


「……え?」


森川さんの視線が、もう一度こちらへ向く。


「……」


固まっている。


やっぱり、俺がいるのが嫌なのだろうか。


この前からずっとそうだ。


目が合えば逸らされるし、近くにいると妙に落ち着かない様子を見せる。


……俺、何かしたかな。


そんなことを考えていると、森川さんは水野さんの陰にほんの少しだけ身を隠すように立った。


「……いいよ。そこでも」


小さな声だった。


俺はその言葉を聞きながら、胸の奥に妙な鼓動を感じていた。


これまで感じていた気まずさとは、どこか違う。


少しだけ速くて。


少しだけ、気になってしまう。




けれど俺は、その違いが何なのか――よく分からなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。