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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第十五章:決着編
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エピソード3

王都から少し離れた山間に建つ名門魔術学院ゴードン。その名は王国中に知られていたが、そこで学ぶ者たちの日常を知る者は少ない。

 そんな秘密な学園で行われている国内最高峰の魔法学の勉強と魔法戦の対決、または実験の様子を見に来ようと思う人物は少なくはないが、流石に常識が勝って実際に見ようとする人物は少ない。

 だがとある秋の日、一人の少女が護衛の目を盗み、学院近くの森へと足を踏み入れていた。


「ここが……ゴードン」


 10歳の少女、セフィル・ベータ・レティーラは、胸を高鳴らせながら辺りを見回した。

 彼女はこの国の第二王女なのだが、彼女の立場では自由に外を歩くことなど許されない。ならば何故来たのかというと、竜の単独討伐を成し遂げた姉──第一王女アリエル・ユーセザス・レティーラに憧れたからである。その彼女が剣術の次に魔術を得意としているので、セフィルも魔術が扱いたかった。

 今日は護衛が馬車を止めている隙に抜け出し、ずっと憧れていた魔術学園を一目見ようとやって来たのだ。


「少しだけ……見るだけだから」


 そう自分に言い聞かせながら、落ち葉を踏みしめて森を歩く。

 しかし、一本道だと思っていた道はいつの間にか細くなり、木々は深く生い茂っていく。


「……あれ?」


 当然初めて来た場所だから、自分がどこにいるかなんてセフィルには分からない。それでも明らかに、これまでとは違った景色だ。来た道も分からない。

 小鳥のさえずりは消え、代わりに木々の奥から低いうなり声が聞こえた。

 ガサリ、と茂みが揺れる。

 現れたのは、大人ほどの大きさを持つ黒い狼の魔獣だった。赤く濁った瞳が獲物を見つけたように細まり、鋭い牙が覗く。


「……っ」


 足が動かない。

 叫ぼうとしても震えて声が出ない。

 頭では逃げるべきだと分かっているのに体が動かない。

 魔獣は地面を蹴り、一気に距離を詰めた。


「きゃ――」


 その瞬間……極太の銀白色の光が空からセフィルの前に一直線に走った。直後、魔獣の身体が真横へ吹き飛び、幹を折りながら地面へ転がった。


「え?」


 目の前には、一人の少年が立っていた。透き通るような水色の髪がたなびき、まだ幼い顔立ちなのに、不思議と落ち着いた雰囲気をまとっている。

 少年は片手を軽く前へ向けたまま、小さくため息をついた。


「森の中は危ないって先生に言われてるのに……先生に言われてたでしょ?……しかも自衛の手段すら無いなんて」


 その口調は叱るというより呆れたようだった。

 少年が呆れている間にも、狼はこちらを睨み、低く唸りながらよろよろと再び立ち上がった。


「可哀想だね……すぐにあの世に逝かせてあげるよ」


 ミリアの手には八卦炉が握られている。ミリアが一歩だけ前へ出して腕を前に突き出したかと思えば、その口から詠唱が流れ出る。まるで雨上がりの虹のような美しさを思わせる詠唱が流れる中、突如狼がミリアに飛びつこうと地面を蹴った時、詠唱は最後の一節を迎えていた。


「『星星の怒りをその身に受けよ』──【金星の爆砲(ブラストノヴァ)】」


 その光砲はまるで衝撃がセフィルを貫くかと思ったほどの威力を見せた。

 ミリアが放った光砲は、狼を丸々消滅するだけにとどまらず、その背後の木々の数々を倒してみせた。

 その圧倒的なまでの威力と美しさを目の当たりにしたセフィルはただ呆然とその光景を眺めることしかできなかった。


 * * *


 森を包んでいた静寂が戻った。

 焦げた土の匂いと、熱で揺らめく空気だけが、その一撃の凄まじさを物語っていた。

 セフィルは息を呑んだまま立ち尽くしている。


(すごい……)


 姉であるアリエルの巧みな剣技を見たことがある。宮廷魔術師が放つ魔術も見たことがある。

 しかし、目の前の少年が放った魔術は、それらとはまるで違っていた。

 荒々しく力任せではない。洗練されていて無駄がなく、それでいて圧倒的だった。

 ミリアは振り返り、セフィルを安心させるように小さく笑った。


「……もう大丈夫だよ。怪我は──」


 その言葉は途中で止まる。ミリアの視線が森の奥へ向いたからだ。風が止んだ……その次の瞬間。


 ガサッ──ガサガサガサッ!!


 木々の向こうから、一斉に茂みが揺れ始めた。一本、二本なんか比ではなく、四方八方から何十もの赤い瞳が暗闇に浮かび上がる。


「え……」


 セフィルの顔から血の気が引く。

 現れたのは、先ほどの狼型魔獣と同種の、数えることすら出来ないほどの大量の群れだった。数えることすらできない。

 飢えた獣たちは仲間の死骸すら残っていない光景を見ても怯まず、獲物を囲むようにじりじりと距離を詰めてくる。


「……群れだったんだ」


 ミリアの呟きには驚いた様子は見られないが、その表情に少しだけ困ったような色が浮かぶ。


「これじゃあ森の管理をしている先生に怒られちゃうけど……仕方ないか」


 そんなことを呟きながら、一歩前へ出て、セフィルを背中に隠した。


「下がって」

「で、でも……!」

「大丈夫だよ」


 その一言には、不思議と人を安心させる力がある。

 狼たちは唸り声を上げ、うち一匹が飛び出す。それを合図にしたかのように、群れ全体が一斉に襲い掛かった。

 セフィルは思わず目を閉じた。

 だが――


「お兄ちゃーーん!!」


 森の奥から、元気いっぱいの少女の声が響いた。

 その声に反応したミリアが、少しだけ肩の力を抜く。


「ミーフィアか…」

「うん!」


 ミーフィアはミリアに返事をすると、その視線を狼達に移した。そしてたった一節だけを、口に紡げば……次の瞬間、蒼い炎が、大地を這う奔流となって森を駆け抜けた。

 まるで生き物のように蛇行しながら狼の群れへ飛び込み、一瞬で包み込む。


「ギャアアアアアッ!!」

「グルァァァァ!」


 狼達の悲鳴が森中に響くも、それは長くは続かない。

 蒼炎は普通の炎ではないのだ。燃え移ることもなく、だが逃げ場を与えることもなく、獲物だけを正確に焼き尽くしていく。

 その魔術の優秀さもそうだが、それよりもなんと言っても術者が優秀なのだろう。これほどの魔術には一体どれほどの演算と複雑怪奇な術式が必要になるのだろう。


 ──数十匹いた狼たちは、ものの数秒で灰すら残さず消え去ってしまった。

 風が吹いた……そこには焼け焦げた狼は一匹もなく、蒼い火の粉だけが幻想的に舞っていた。


「間に合ったでしょ?」


 炎の向こうから、小柄な少女が駆け寄ってくる。

 ミリアとよく似た水色の髪をしていて、満面の笑みを浮かべた少女は、そのままミリアへ飛びついた。


「お兄ちゃん!」


 ミリアは苦笑しながら妹を受け止めた。


「また無茶な魔術使ったでしょ?」

「だって、お姉ちゃんが囲まれてたんだもん!」

「僕は平気だったよ」

「でも心配だったの!」


 むぅ、と頬を膨らませるミーフィア。

 その様子を見て、ミリアは困ったように笑うしかない。


「どうもありがとう」


 その一言だけで、ミーフィアの表情はぱっと花が咲いたように明るくなる。


「えへへ!」


 その笑顔を見たセフィルは思わず見惚れてしまう。

 つい先ほどまで、数十匹もの魔獣を一瞬で焼き払った少女とは思えないほど、無邪気な笑顔だった。

 ミーフィアはそこで初めてセフィルの存在に気付く。


「あっ!」


 とてとてと駆け寄り、目を輝かせる。


「その子がお姉ちゃんが助けた子?」

「うん。」

「じゃあ私守れたんだ。よかった」


 ミーフィアは心から安堵したように胸を撫で下ろした。


「怪我してない?」

「は、はい……。」

「本当?」

「……はい」

「うん、よかった!」


 まるで昔からの知り合いのように笑うミーフィアにつられ、セフィルも自然と笑みを浮かべる。

 その様子を少し離れた場所から見ていたミリアは、小さく息をついた。


「ミーフィアは、本当に誰とでも仲良くなるね」

「友達は多い方が楽しいもん!」


 そう言って笑う妹を見て、ミリアも優しく微笑んだ。

 秋風が三人の間を静かに吹き抜け、先ほどまで命のやり取りがあったとは思えないほど穏やかな時間が流れ始めていた。


 * * *


 その日以来、セフィルは何度も二人のことを思い出す。

 誰にでも優しく笑うミーフィアと、静かで、強くて、困っている人を助けることが当たり前だと思っているミリア。

 助けられた感謝だけではない。あの夕日に照らされた水色の髪。優しく「怪我してない?」と尋ねてくれた声。

 その2人の姿は幼いセフィルの胸に、小さな憧れと、名前も付けられない淡い想いとして静かに刻まれた。

 その数年後の17歳の中等部2年生で、セレスティナで銀色の髪を持つ七賢者『無情の魔術師』と出会うことになる。

 しかし、その髪色は幼い頃とはまるで違っていた。だから、あの日の少女と、同じ人物だとは、セフィルは学園祭まで気付くことができなかった。

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