エピソード4
ゴードン魔術学園の研究棟。その最上階にあるミーフィア研究室。机の上には魔力回路を書き込んだ設計図が幾重にも積み重なり、壁には属性変換式や魔力流量の計算式が隙間なく書き込まれている。部屋の隅では、失敗作となった魔導具が山のように積まれ、その多くは焦げ跡やひび割れを残していた。
その中心で、妹の研究室を1日だけ貸してもらったミリアは、小さく息を吐く。
「……これで、百三七回目か」
机の上に置かれた円形の魔導具を両手で持ち上げる。掌ほどの大きさしかないそれは、黒い金属を基調としながらも、八方向へ細い金色の魔力回路が放射状に伸び、中央には透き通る魔力結晶が埋め込まれていた。
「八卦炉の完成はまだ遠いな〜」
八卦炉……これまでミリアが研究に研究を重ね、最近になって完成が見えてきた自作の魔導具。だが、セフィルを助ける時に初めて使ったことで、課題や改善点に気付かされたミリアはこうしてまた調整にあけっている。
八卦炉の機能……それは、複数の機能を一つの魔導具へ統合する――それは「不可能」と多くの研究者が結論付けていた課題だった。
魔導具は一つの役割に特化させるほど安定する。だから複数機能を持たせれば、魔力同士が干渉し暴走する。
その暴走の原因を突き止めて、ミーフィアの協力のもとで原因を直していくことで複数機能を追加することができていた。
八卦炉の機能は、魔力放出、魔力増幅、魔力圧縮、魔力探知、障壁展開、魔力収束、魔力自動制御、魔力蓄積の8つ。
その効果一つ一つは魔導具にとっては地味なものだが、効果が合わされば絶大なものになるだろう。
それを作成している気持ちを、ミリアは一生忘れることはないだろう。
* * *
ミリアが八卦炉を一旦完成させてから数日後。
ミリアはセフィルが襲われたときの森に訪れていた。
あの時は八卦炉の試作品を、ミリアの魔術の補助として使ったが、今回は八卦炉が主体となって魔術が放出される。
ミリアは八卦炉を持った腕を掲げると、集中し始めたのか目を閉じた。
そうすると、八卦炉から環のような黄色い光が中心から流れ、やがて八卦炉の周りを回り始めた。
「八卦炉、起動完了」
ミリアが呟くように言うと八卦炉へ魔力が流れ込み、低い駆動音が響く。
ミリアにとって魔術とは、戦うためだけのものではない。
研究し、改良し、新しい可能性を生み出すもの。だからこそ、この八卦炉も「より少ない魔力で、より高威力の魔術を発動する」という発想から生まれたのだ。
ミリアはゆっくりと八卦炉を両手で構えた。
「『粒撃砲』」
八卦炉から一本の水色の直線が放たれると、とてつもない衝撃波が目標の木々を倒した。目標の木々も事前にミリアが耐久上昇のために魔力を注いで強化していたのに、この威力。ミリアはその光景を見て納得したように頷いた。
「……うん、成功だね」
威力は想定を上回り、暴走はなく冷却も正常。この魔術実験は成功だと言っていい。ただ、今使った『粒撃砲|』以外の魔術もデータ収集のためにいくつか試しておきたい。
あと何回程度なら安全に打てるだろうか、そうミリアが考えた、その時だった。
「そこまでだ」
背後から聞こえる低い男の声にミリアが振り返ると、そこには木々の間から次々と現れた黒装束の3人の男がいた。
全員が顔を隠していたから顔は分からなかったが、彼らが装備している剣や剣を見ると、市販の物とは明らかに品質も性能も違っていた。
張り詰めた空気がその場を満たす中、男達はジリジリとミリアを取り囲むように移動していく。
その様子を見ていたミリアもただ見逃すだけではない。
ミリアは八卦炉を下に向けて発動すれば、八卦炉が向いていた地面を中心にして氷の波が広がった。
氷の波が3人を飲み込むと、彼らを一瞬で凍らせた。
ミリアは氷の波に飲まれた3人を見渡して静かに呟く。
「終わり……」
ミリアの呟きが森に響いた。だが、森に響いたのはミリアの声だけではない。森の奥から、ザッザッという草を踏みしめる音が大量に聞こえてくる。それに気づいたミリアの顔は険しさを増した。
やがて目の前に現れた黒装束の数は10をゆうに超え、20どころか30にすら及びそうなほどだった。
「囲め!」
一斉黒装束達がミリアを囲み、迅速に魔術陣が展開される。
ミリアは八卦炉を握り締めて地面から跳ぼうとするも、魔術師の起こした風によってバランスを崩されて地面に叩き落とされて、地面へ転がり制服が泥で汚れる。
「くっ……!」
ミリアが跳ね起きて逃げようとするも、黒装束達の包囲が狭まるせいで逃げる隙間もない。上から逃げることは出来ず、魔術を撃とうにも防御されてしまう。
「終わりだ。」
男が剣を振り上げ、ミリアが死を覚悟したその時だった。
「――お兄ちゃんから離れて!」
幼い少女の声を聞いて振り返った黒装束達は蒼炎に焼かれた。蒼炎は魔術障壁を貫き、武器ごと飲み込んだ。
逃げようとした者も防ごうとした者も、等しく炎へ抱かれてゆく。
数秒後に炎に耐えて立っていられたのは最初の半分……10数人ほどだった。
ミーフィアは息を切らしながらミリアに駆け寄ると、ミリアを守るように前へ出て、威嚇するように腕を突き出した。
黒装束のうち、リーダー格と思わしき男が炎を払うように剣を振るえば、蒼炎が剣に纏わりつく。その光景を見たミリアはポツリと呟く。
「……魔法剣…!」
ミリアがそう言うと、男は「正解だ」と言って、視線をミリアに注ぎつつも剣の先をミーフィアに向けた。
「さあ、八卦炉を渡してもらおうか……さもなければ、貴様の大事な妹が傷つくことになるぞ?」
文字数少なくてすみません……
次回、七賢者『無情の魔術師』の根幹となる話が出てきます。
サイドエピソードは来週〜再来週に掛けて終わる予定です。




