エピソード2
レティーラ王国の三大学園と呼ばれる名門学校のうちの一つであるゴードン。ゴードンは魔法学、魔法史、精霊学、魔導学などを学び、更にレティーラ王国最高戦力兼魔術師の頂点たる七賢者のほとんどを輩出する学園として、レティーラ王国内で類の見ない魔術の進学校として知られている。
そんなゴードンは7年制であり、それ故数多くの生徒を抱えている中、とある2人の学生が在籍していた。
片や、魔法学と魔導学を専攻し今年には、始めて『詠唱を省略できる』魔導具を作れるようになった、10歳になったミリア・アルト。
片や、魔力回路そのものを書き換える技術と無限の魔力を獲得する技術を発明した天才、今年特待生までに至った9歳になるミーフィア・アルトである。
特待生とは、元七賢者としたての権威を持つ『爆炎の魔術師』エグセプロン・ガイアファンに推薦された生徒であり、卒業後はエグセプロンの推薦が貰える……つまりは、特待生になれれば確実に七賢者の選考会に選ばれるのだ。
ミーフィアは魔力を体全体に循環させることで魔力を増幅させることで無限魔力の獲得を成功し、特待生に選ばれたのだ。
それに対して兄であるミリアは、新種の魔導具を発明し、たった10歳で上級魔術師に到達こそしたものの、『妹と比べものにならない』と揶揄されている現状だった。
* * *
昼下がりのゴードンは静かだ。
石造りの校舎には、魔力灯が淡い青白い光を落とし、廊下には魔導具の駆動音が微かに響いている。年齢も身分も様々な生徒たちが、分厚い専門書や設計図を抱えながら足早に教室を行き交っていた。
その中を、一人の少女が小走りに駆け抜ける。
「お兄ちゃーん!」
銀ではなく、まだ澄んだ水色の髪を肩で揺らした九歳の少女――ミーフィアだった。
抱えていた本を危うく落としかけた彼女は、廊下の角を曲がったところで一人の少年を見つける。
「あっ、いた!」
ミーフィアが探していた人物は水色の短髪に、少し幼さの残る整った顔立ちの少年だった。少年がミーフィアの声に気付くと、「ミーファ?」と言って振り返った。
「またお昼食べ忘れてるでしょ!」
ミリアが寮に弁当を忘れていることを予想したミーフィアが部屋に入ってみれば、まんまと予想通りに弁当が置きっぱなしだったのだ。
ミリアは食事どころか寝る間も惜しんで魔術に励んでいることをミーフィアは知っている。だから
ミリアの弁当を持って頬を膨らませながら駆け寄るミーフィアに、ミリアは忘れていたとでも言いそうな顔で「あ………」と呟いた。地獄耳でその呟きを聞き取ったミーフィアは空いている手を腰にやって、ミリアに顔を寄せた。
「あ、じゃないよ!朝もパン一つだったじゃん!」
「論文の続きが気になって……」
「そう言うと思った!」
最近の兄は些か勤勉が過ぎている。小さな鞄から包みを取り出し、半ば押し付けるように渡す。
「はい、これ。ちゃんと食べてね?」
「ありがとう。勿論食べるさ」
兄の『勿論』という言葉が信じられないのか、ミーフィアは怪訝そうな顔で問いただす。
「本当に?」
「本当に」
ミリアは苦笑しながら包みを開けば、中にはまだ少し温かいサンドイッチが入っていた。
その様子を見届けてから、ミーフィアはようやく安心したように息を吐いた。
兄は昔からこうだ。熱中すれば食事も睡眠も忘れて没頭してしまうから、それを止めるのは、いつもミーフィアの役目だった。
そのやり取りを、廊下を歩いていた上級生たちが横目で見ていた。
「あれが特待生か」
「妹の方な。勘違いするなよ」
「無限の魔力?ってのを作り上げたらしいけど怪しいよなぁ。でもガイアファン先生に推薦されたんなら認めるしかないけど」
「まあな。だけどあっちの方は、兄だっていうのに妹の方とは大違いだな」
「比べる相手が悪いだろ」
上級生達にとっては自分よりも年下の存在が、特待生になったというのが気に入らないのか、わざとミーフィア達に聞こえる大きさで声をあげていた。
上級生達はミーフィアが言い返さないという前提で話をしているのだろう……が、ミーフィアは眉をひそめた。
自分がいくら言われても気にならないが、兄の話、それも貶すものであるならば、ミーフィアも気に障る。
ミーフィアが『そんなことない』と言おうとすると、ミリアがミーフィアの頭を抑えた。つまりそういうことなのだろう。
ミーフィアは不満に思いながらも、上級生達に言おうとしていた言葉を消した。代わりにその口から出たのは、ミリアへの疑問だった。
「……お兄ちゃん、悔しくないの?」
「別に」
「え?」
「だって、僕なんかよりもミーファの方がよっぽど凄いんだから。それに、比べられるのは仕方ないことだよ。兄妹なんだから、そう見られても仕方ない」
「でも……」
「それに、ミーファが褒められるのは僕にとっても嬉しいから」
ミーフィアの尻すぼみした逆説から被せるように言われたその言葉と、ミリアが浮かべた笑顔の前に、ミーフィアは何も言えなくなった。
昔からそうだった。兄は、ミリア・アルトという人は自分より他人を優先する。自分が損をしても気にせずに……だからこそ、周囲は兄を軽く見る。
(お兄ちゃんは優しすぎるんだよ)
そう思うたび、胸の奥が少しだけ痛んだ。
* * *
昼休みが終わった午後の時間は、必修の授業を受ける必要のある午前に対して、各々がしたいことをする。選んだ科目を専攻するもよし、習ったことを実践するもよし、アイデアのままに研究するもよし、自堕落に眠るのもよし、とにかく自由度が高い。
庭の生徒達が魔法戦をしたり、教室で実験をしている間の廊下を通り過ぎて、ミーフィアは研究棟の最上階につづく階段を登っていた。
階段を登りきった先にある部屋にかけてある看板に描かれているのは、『特待生専用研究室』。普通の学生なら卒業間近でも入れない部屋だ。
そんな特別な部屋だと言うのに、ミーフィアは何の遠慮もなく扉をバンと開けて部屋に入った。
机の上には何十枚もの論文が置きっ放しで、壁一面には魔力回路が記された大量の書面が貼られ、床にはミリアの実験のために分解された魔導具が散布している。
ミーフィアは椅子へ座ると、羽ペンを走らせた。
「ここを書き換えれば……」
魔力回路の組み方に循環構造、放出と吸収のタイミング……それらを机の上に無造作に置かれた紙に仮説と実証結果を書き、埋まればまた新しい紙に記述していく。
………
……
…
「………おい……おい…おい、おい!ミーフィア!」
突然の怒号にミーフィアは思わず背をぴしっと固まらせた。その状態でゆっくりと振り返ってみれば、そこにいたのはミーフィア達特待生の担当教師であり師匠のような立場にある『爆炎の魔術師』エグセプロン・ガイアファンだった。
どうしていきなり……と困惑したミーフィアだったが、すぐに思い直した。多分、作業に熱中しすぎて時間の感覚が消し飛び、更に周りに対して視野狭窄になりすぎていたのだろう。
「な、なんですか、ガイアファン先生!」
緊張から思いがけず声が大きくなってしまいまった、と内心ミーフィアが反省していると、エグセプロンはミーフィアが先ほどまで書いていた紙を覗き見た。
「……ふむ、魔力回路の仮図か……なるほど、循環することによる無限の魔力を魔力回路に適用してみせているわけか」
「は、はい。無限の魔力は実際に扱おうとすると、循環に魔力回路が耐えきれずに暴走してしまうので、それのサンプルを作って計算していました」
「なるほど、その回路の構造を見るに、平和的な利用をするための準備段階、と言うわけか」
無限の魔力というものは、使い用によっては人を殺す兵器にも、人の役に立つ機械にもなりうる。現状はミーフィアしか無限の魔力の循環に耐えることが出来ないが、魔導技術、また魔法学の進歩によっていつかは軍事利用されてしまうだろう。
それが行われる前に、ミーフィアは自分の手によって平和利用の賜物を発表し、軍事利用に対抗しようと考えていた。
また、その話が無いとしても、無限の魔力というのは平和的に利用すれば多くの人々の役に立つ。
医療現場では魔力切れによる医療機器の停止も無くなるだろうし、護身用の魔導具の魔力切れも無しにほぼ永続的に発動し続けることが可能だろう。
「やっぱり、ミーフィア、君は優しいよ。普通の人であれば、超常的な力を自身の利益や保身のために隠そうとするのに、君はそれを隠そうともせず、更に疲労して人の生活の役に立とうとしている。
その素晴らしさと優しさは、何物にも勝るだろう」
特待生達の師匠として、いつも厳しく指導や確認、魔法戦をされている人からの褒め言葉は想像以上に嬉しかったようで、ミーフィアは一瞬硬直した後、ばあっと頬を緩めて「ありがとうございます!」と盛大に告げた。
その分かりやすさには9歳らしさが最もよく出ていただろう。
エグセプロンも思わず頬を緩めると、「そうそう」と思い出したように鞄に手を突っ込んだ
「さて、私も長話は出来ないから、本命を伝えようか。これが、頼まれていたものだ」
そう言ってエグセプロンが鞄から取り出したのは黒と茶色の混ざった粘土のようなものだった。
だが普通の粘土とは違い、魔力回路がより複雑で、だが人の手によって操りやすいように調整された代物だった。
それを見たミーフィアは、さっきよりももっと嬉しそうに、満面の笑みでエグセプロンに感謝の言葉を伝えた。
「ありがとうございます!エグセプロン先生!」
エグセプロンが手を振りながら部屋から出ていくと、ミーフィアはすぐに粘土の調整に取りかかった。
ミーフィアが取りかかっていることがもし上手く行けば、特に医術を牽引するカロライナで研究されることになるだろう。そうなればこの技術はきっと多くの人の命を救うはずだ。
「よーし、頑張るぞ!」
ミーフィアにとって、こうしてエグセプロン先生に習い、自身の研究を進め、兄との他愛ない会話が、ミーフィアにとっては最幸だったのだ。




