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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第十五章:決着編
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最終話:初恋と恋敵と王子様

 パーティ会場を飛び出して外に出ると、心地良い春の夜風が頬を撫でた。

 アールは先ほど窓から見た植木の辺りで足を止める。


「モナカ」

「へぅっ!?」


 ガサッと近くの茂みが揺れて、フードを被った頭がピョコンと飛び出す。まるで茂みから飛び出してくる小動物のようで、アールは笑いを噛み殺しながら、茂みに近づく。


「そんなところで何をしているんだい?」


 茂みに隠れていたモナカはオロオロと視線を彷徨わせながら、服の裾を気にしていた。

 今のモナカが身につけているのは、七賢者用ではない質素なローブだ。そのスカートの裾が茂みに絡まって捲れ、細い足が太もも近くまで露わになっている。


「あの、えっと、ここに隠れてたら、ローブが絡まっちゃって……ですね……」

「少しジッとしていて」


 アールは身を屈めて、枝に絡まったスカートに手を伸ばす。スカートは正面部分が太もも近くまで裂けてしまっていた。

 アイザックは青白い足をなるべく見ないようにしつつ、絡まった部分を外してやる。


「取れたよ」

「あ、ありがとうございます……」


 モナカがペコリと頭を下げた拍子に、スリットのように破れたスカートの裾がパックリ開いて、白い足が膝上まで露わになる。

 これはあまりに目の毒だと、アールは礼服の上着を脱いで、モナカの腰に巻き付けた。

 モナカは立派な装飾が施された上着にギョッと目を剥き、ブンブンと首を横に振る。


「あ、あの……こんな、立派な、上着っ、ダメ、ダメですっ、お返ししますっ」

「スカートをそのままにもしておけないだろう?」

「今夜は、そんなに寒くないから、大丈夫ですっ」


 上着を貸したのは、寒さが理由ではないのだけれど、どうやらモナカには伝わっていないらしい。


「そのままだと、目の毒だからね」

「お、お見苦しくて、申し訳ありません……」


 ダメだ、これは伝わっていない。


「そういう意味ではないのだけれど……僕のためだと思っておくれ。その格好でいられると、ちょっと色々と自制が必要になりそうなんだ」

「……は、はぁ」


 モナカがよく分かっていないような顔で曖昧に頷く様子に、アールは安心していた。

 なにせここ最近は多忙だったという。なので特にやつれた様子もなく、元気そうで何よりだと思いつつ、アールは訊ねる。


「それで、どうしてこんなところに?」

「あっ、そうですっ……わたし、皆さんに卒業のお祝い、したくって……」


 モナカは茂みの方に引き返し、地面に置きっぱなしにしていた籠を持ち上げた。少し大きめの籐籠の中には小さな花束がいくつも詰まっている。

 モナカはその一つをアールに差し出した。


「卒業、おめでとうございますっ」


 祝いの言葉と共に差し出された花束に、アールは思わず顔を綻ばせる。


「嬉しいな。その言葉を……君に言ってほしいって、思ってたんだ。本当は卒業式にも来てほしかったのだけど」

「えっと、さすがに七賢者として参列するのはちょっと……」


 事情を知らないセレスティナの生徒は、モナカが七賢者として卒業式やパーティに出席したら、腰を抜かすことだろう。モナカはそれを気にしていたらしい。


「それで、こうしてお忍びで?」

「は、はいっ、こっそり皆さんにお花を渡したいなって思ってたんですけど、どうやって渡したら良いのか思いつかなくて……」


 そうして茂みの中でどうするか悩んでいるうちに、ローブを引っ掛けて身動きがとれなくなっていたらしい。

 モナカは眉を下げて、恥ずかしそうに笑う。


「なので、アールが見つけてくれて、助かりました」

「どういたしまして……そして、立派な花束をくれた君に、感謝を」


 そう言って、身を屈めてモナカの手に唇で触れようとした、その時……。


「殿下、こちらにいらしたのですかっ!」


 背後からラークの声がした。

 ちょっとタイミングが悪すぎないかな?とアールが顔を上げれば、ぱぁっと顔を輝かせているモナカが目に入る。


「ラーク様!こ、こんばんはっ」

「……オルフェ会計?」


 驚きに目を丸くするラークは、モナカとモナカの腰に巻かれたアールの上着を交互に見て、どういう状況なのかと困惑しているようだった。

 そんなラークに、モナカはいそいそと籠から花束を取り出して差し出す。


「あのっ、そ、卒業おめでとうございますっ」

「わざわざ、それを言いに?」

「あ、はい……えっと、ご、ご迷惑、でしたら、すみ、ません」


 花束を差し出すモナカの耳は、夜目でも明らかなほど赤い。

 俯いてプルプル震えているモナカに、ラークは少しだけ口元を緩め、花束を受け取った。


「いや、ありがたく受け取ろう。ありがとう、オルフェ会計」


 ラークが小さく微笑めば、モナカはへにゃりと嬉しそうに笑う。

 モナカはラークを前にする時、よくそういう笑い方をする……その緩んだ頬をちょっと抓ってやりたい、とアールは割と真剣に思った。

 ラークは受け取った花束を眺めながら、ふと思いついたように顔を上げる。


「いや、待て。在学していないなら、もうオルフェ会計と呼ぶのはおかしいか?」

「あ、あのっ、それなら……わたしは、ラーク様の後輩、ですし……その……モ、モナ……モナ…………」


 指をこねながらモナモナと鳴くモナカの肩に、アールは背後から手を置く。

 そしてモナカの鳴き声を遮るように、殊更大きな声を出した。


「ラーク、パーティの進行に滞りは?」

「ありません。ですが、代理役の精霊がそろそろ困っているので、戻ってきてほしいと」


 どうやらウェンラポートは、アール以外の人間を頼ることを覚えたらしい。

 日に日に強かになっていくなぁ、と思いつつ、アールはニッコリ微笑んだ。


「そうかい。それなら、もう少ししたら戻るから、ラークはウェンラポートを助けてあげておくれ」


 生真面目なラークは、全てを丸投げにされてもなお「かしこまりました」と、キリッとした顔で答えた。

 アールの正体を知っても変わらぬ忠義心は、実にありがたい限りである。


「それとパーティが終わった後に、新旧生徒会役員だけでささやかな打ち上げをしようと思う。部屋の手配を頼めるかい?」

「……! はい、勿論ですっ!」


 新旧生徒会役員だけのささやかな打ち上げなら、モナカも気兼ねなく参加できるだろう。

 アールの配慮に、ラークは感銘を受けたような顔で「早速手配してまいります!」と早足で会場へ戻っていく。

 モナカはそんなラークの背中を名残惜しそうに見送っていたが、やがて困惑したようにアールを見上げた。


「あ、あの、アールは……戻らなくて、いいんです、か?」

「もう少しだけ、君といたいんだ」


 やっぱりモナカはよく分かっていない顔で「はぁ」と曖昧に頷いた。


(モニカもシリルも、どちらも見たところ無自覚かな……)


 モナカがその気持ちを自覚していないのなら、まだ、自分に勝機はあると思うのだ。

 アールは会場を出る時に抜き取った花を、胸ポケットから取り出す。そして、礼服の装飾に使われているリボンを抜き取り、花に結びつけた。

 アールの髪色に似た黄色いバラに、目の色に似た碧いリボン。

 それを、アールはモナカに差し出す。


「受け取ってくれるかな?」

「……?えっと、ありがとう、ございます」


 モナカは不思議そうに首を傾げながら黄色いバラを受け取った。

 今はまだ、これを受け取ってもらえただけでも良しとしよう。


「その花、今日はずっと身につけていてくれるかい?」

「これも、おまじないですか?」

「……そんなところかな」

(これは、君に好きになってもらうための、おまじないだ)


 胸の内で呟いて、アールはモナカに手を差し伸べる。


「レディ、僕と一曲踊りませんか?」

「……?あのぅ、ダンスがしたかったのなら、やっぱり会場に戻った方が良いんじゃ……」

「君は僕の友達だろう?もう少しだけ、僕の秘密の遊びに付き合っておくれ。君といる時間は楽しいんだ」


 友達と、そう口にすれば、モナカは腑に落ちたような顔をする。どうやらモナカはとって、アールは「そういう位置づけ」になっているらしい。

 ……無論、アールとしては、ただのお友達で終わるつもりはないのだけど。

 だって、一度は閉ざされたアールの道を、モナカが開いてくれたから。


「僕はもう、楽しいことや好きなものを諦めるのは、やめたんだ」


 フィリップの最後の願いを知っているモナカは小さく微笑み、アールの手を取った。


「そういうことなら……はい、えっと、アールの『楽しい』探しのお手伝い、します」


 パーティ会場から聞こえる僅かな音楽を頼りに二人は踊りだす。

 完璧なエスコートのアールと、拙いステップのモナカ。

 まるでチグハグなダンスに、アールは心の底から楽しそうに笑う。

 そんな二人を、頭上に輝く英雄の星が優しく照らしていた。


…………………………

………………………

……………………

…………………

………………

……………

…………

………

……


── F i n ?──


今回までご愛読頂きありがとうございました!

今回にて、ミリアとモナカが主人公だった無情の魔術師は一旦終了となります。ただ、次回からはサイドエピソードとして、全ての伏線や謎、真実を公開していきますので、是非楽しみにしてお待ちください!

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