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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第十五章:決着編
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第百九十四話:卒業式

 セレスティナの卒業式は、春の中盤、4月頃に執り行われる。

 その日は朝から気持ちの良い青空が広がっていて、吹く風は心地良く、卒業生の門出を祝うのに相応しい一日だった


「このセレスティナ学園で先輩方と共に過ごした日々を、僕達は心から誇りに思います。その誇りを胸に、これからも切磋琢磨し、このセレスティナ学園の名に恥じぬよう、レティーラ王国の未来を担っていくことをお約束いたします。

 最後になりましたが、先輩方のより一層のご活躍をお祈り申し上げ、送辞とさせていただきます。在校生代表ニーア・キャンベル」



 小柄なニーアは堂々と胸を張り、よく通る声で送辞を読みあげる。

 ニーアが生徒会長に任命された当初は、男爵家の人間が生徒会長になることを良く思わない人間も多かった。

 それでも、前生徒会長が偽物疑惑で処刑されそうになった時、学園の生徒達に的確な指示を出し、事件解決後も事後処理と報告に奔走したニーアを、今は誰もが信頼の目で見ている。

 特に在校生の席に座るアーディアは、いつになく誇らしげだ。


「答辞、卒業生代表フィリップ・アルト・レティーラ」

「はい」


 ニーアと入れ替わりでアールは立ち上がり、壇に上がる。

 今の彼は「魔術師の魔術で洗脳され、あわや偽物として処刑されそうになった王子」という微妙な立場だ。

 卒業後は領地と爵位を与えられ、療養という名目で王都から離れて暮らすことが決まっている。つまりは「若くして隠居の身」ということだ。

 当然に、今の彼に向けられる生徒達の視線は微妙なものが多い。

 特に次期国王候補だった第二王子に、取り入ろうとしていた者達の表情は露骨だ。中には裏切られたような顔をする者もいる。

 アールはそれを否定しない。当然の報いだと思っているからだ。

 それに少し視線を動かせば、卒業生の席ではラークが真っ直ぐに自分を見つめているのが分かる。中等部で知り合った頃と変わらぬ、真っ直ぐな尊敬の眼差しで。

 そしてラークの隣に座るエリックは、どこか挑発的に笑ってアールを見ていた。その悪ガキじみた意地の悪い顔が、こう言っている。


 ──最後までしっかり決めてみせろよ、偽物……と。


 あぁ、まったく。彼はアールのことが最後まで気に入らないらしい。


(僕もだよ、エリック・マージェ。散々アルトを苛めていたくせに、後からしれっと仲良くなってた君なんて、大嫌いだ)


 それでも、そんな彼がモナカに協力してくれたことを、アールはそれなりに感謝しているのだ。

 アールはその顔に、フィリップ・アルト・レティーラとしての笑みを浮かべる。彼が大勢の前でフェリクスを演じるのは、きっとこれが最後だ。


「本日は素晴らしい式を挙行してくださったこと、心より感謝いたします」


 いかにも王族らしい完璧な笑顔、完璧な発音。十年以上培ってきたのだ。これぐらい、意識しなくても簡単にできる。

 季節の行事の思い出や教師への感謝を口にしながら、アールは視線をさりげなく会場中に走らせた。

 在校生の席に、モナカ・オルフェの姿はない。

 彼女はあの最高審議会の日を最後に、セレスティナを退学している。

 七賢者である彼女は元より多忙の身。

 まして、最高審議会であれだけの大立ち回りをしたのだ。

 各所への説明等で、彼女はあちらこちらを飛び回っているらしい。

 特にモナカが亡き父親の設計図を元に作ったという真実の聖杯は、魔導具業界を揺るがす大発明であった。

 その性能の精査や特許の申請などをオルゴール伯爵に協力してもらい、今は魔導具組合で手続きをしているのだとか。


 アールがモナカに会ったのは、あの最高審議会の後の迎賓室でのやりとりが最後だ。

 あの日から、アールはモナカと一度も会えていない。

 卒業式とその後のパーティの招待状も送ったけれど、返事は来ていなかった。

 多忙にあちこち飛び回っているらしいから、もしかしたら招待状が届いたこと自体に気付いていないのかもしれない。


(本当は、ここに立つ僕を見てほしかったのだけど)


 モナカがいたからこそ、アールはこうしてこの場に立っていられる。セレスティナを卒業することができる。

 いくら感謝してもしたりない。だからこそ、この場で感謝の気持ちを伝えたかった。

 完璧な答辞を口にしていたアールは、あとは締めの言葉を口にするだけ、というところで言葉を切る。

 そして最後にフィリップ・アルト・レティーラではなく、アール・クラナータとしての言葉を口にした。


「この学園で過ごした日々は、なによりも得難いものだった。きっと、この思い出はいつまでも、この胸に残ることだろう」


 理想の王子様を演じての学園生活など、社交界の延長のようなものだと思っていた。

 学業や生徒会で周囲の望む成果を出して、信頼を集めて……いずれ自分が王になるための準備期間のつもりでいた。

 けれど、この一年間は予想外のことの連続で……楽しかったのだ。本当に。


「在校生のみんなには、どうか限られたこの時間を楽しむことを忘れないでほしい。

 他の誰のためでもなく、自分自身のために、夢中になれるものを、好きなものを、楽しいものを沢山見つけてほしい」


 かつて幼いフィリップが口にした願いを、アールは口にする。


 ──他の誰のためでもなく、君自身のために。


 今なら、フィリップが何故そう願ったのかが分かる。


「それはきっと……一生の宝物になるはずだ」


 最後に少しだけ砕けた言い回しをする生徒会長を、生徒達は驚きの目で見ている。

 アールはふふっと楽しげに微笑み、声も高らかに告げた。


「そして最後に、私がこの学園生活で得た、素晴らしい友人達に感謝を!」


 お前なんか友人じゃない……とでも言いたげに、エリックが鼻の頭に皺を寄せて、嫌そうな顔をしているのが見える。

 アールは痛快な気持ちで締めの言葉を口にして、軽やかに壇を下りた。


 * * *


 卒業式の後に行われる夜の舞踏会は、学園祭の時に負けないぐらい華やかに行われた。

 生徒達は別れを惜しみながら、談笑やダンスに夢中になっている。

 偽物騒動があった後でも、やはりフィリップは女子生徒からのお誘いは引く手数多で、周囲の女子生徒達は隙あらばフィリップに話しかけようとチャンスを狙っているようだった。

 その様子にこっそり苦笑しつつ、フィリップは窓際の花になっているメアリーに声をかける。


「やぁ、メアリー。今日は一層綺麗だね。今の君の前では庭園のバラも霞むようだ」


 深紅のドレスを身につけたメアリーは、扇子で口元を隠しつつ、ちらりと横目でアイザックを見た。

 扇子の下の口元は、ニコリとも笑っていない。


「その美辞麗句を耳にする度に、あたくしがどれだけ薄ら寒い思いをしていたか、ご存知?」

「知ってたかい? 僕の友人は、君を上手に褒められないことを、酷く気に病んでいた」


 幼いフィリップはいつも、メアリーが気を悪くしているのではないかと、申し訳なさそうに項垂れていたものだ。

 詩歌を参考に褒め言葉を考えても、メアリーを前にすると緊張して言葉が上手く出てこないのだと、そう言って。


「……その口下手さが、愛しかったというのに」


 ポツリと呟き、メアリーは切なげに長い睫毛を伏せる。

 その目元がほんの少しだけ潤んでいたが、アールは見て見ぬふりをし、違う話題を振った。


「そう言えば、卒業後は女官として出仕すると聞いたのだけど」

「えぇ、いずれは外交の仕事に携われたらと思っていますの」


 レティーラ王国で女性外交官は殆どいない狭き門だ。

 だが語学堪能で、なにより頭の回転の速い彼女なら、きっと成し遂げてみせるだろう。


「わたくしが外交官になった暁には、外交経験豊富なフェリクス殿下に、助言をいただきたく思いますわ」

「……これから隠居する王子に、できることなど少ないと思うけどね」


 アールはもう政治の表舞台に立つことはできない。それが王の温情なのだ。

 遠回しにそう告げるアールに、メアリーはそれはそれは美しく微笑む。ただし、目が笑っていない。


「諸外国には、殿下のファンが大勢いらっしゃいますのよ。例えばフォルメリア伯爵とか」

「あぁ、ザンバール王国の重鎮か」


 アールは十代前半の時に、第二王子として外交デビューをし、既にいくつもの成果を挙げている。故に国内だけでなく、諸外国の貴族にも顔と名前を知られていた。

 その実績を利用しない手はない。口添えと接待役ぐらいはできるでしょう?とメアリーは暗に告げているのだ。


「……大人しく隠居させてくれる気はないのかい?」


 アールが眉を下げて訊ねれば、メアリーは琥珀色の目をギラギラと輝かせながら、低い声で告げた。


「散々あたくしを騙したのだから、それぐらい協力なさい」

「……貴女には一生勝てる気がしないな」


 メアリーの鋭い視線から逃れるように、アールは窓の外に目を逸らす。

 初夏の夜空には既にいくつもの星が瞬いていた。そんな星々よりもっとずっと下の方で、何かがキラリと一瞬光る。

 流れ星より短く微かな瞬きは、パーティ会場の光を反射してのものだ。

 その煌めきにアールは思わず目を見開く。


(……あれ、は)


 メアリーと別れたアールは、早足で会場から廊下に移動し、物陰に身を潜めた。


「ウェン」


 モナカから返してもらった腕時計は、今もアールの腕にある。

 ウェンラポートは白いトカゲの姿で、礼服のポケットからするすると這い出てきた。


「どうされましたか?」

「この場は任せた」

「………………」


 ウェンラポートは物言いたげに、薄い水色の目でじぃっとアールを見上げる。

 アールが無言でニッコリ微笑めば、ウェンラポートは諦めたように床に着地して、アールと全く同じ姿に化けた。ウェンラポートお得意の幻術だ。


「……女性を誑かすのは反省したのでは?」


 きっと『フィリップ』に言われた時のことを言っているのだろう。珍しく皮肉めいたことを言うウェンラポートに、アールは大真面目な顔をする。


「見逃してくれないかい? 相手は大本命なんだ」

「……いってらっしゃいませ」

「ありがとう」


 アールは会場に飾られているバラを一輪抜き取り、服の胸元に挿して駆け出した。

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