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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第十五章:決着編
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第百九十三話:くしゃっ

 最高審議会が行われた日から二十日が過ぎたが、レティーラ王国の上層部はいまだに第二王子偽物疑惑騒動の余波で忙しい。

 その最たる例が七賢者であった。

 『沈黙の魔女』が審議会に持ち込んだ陳情書の事実確認に始まり、彼女が作った魔導具「真実の聖杯」の解析、更には彼女の発言にあった魔術師に関する調査。

 『無情の魔術師』による本物を自称した第二王子の処遇の決定と『弾劾の魔術師』による実行など。

 とにかく審議会絡みでやることが多い上に、彼らにはもう一つ大きな仕事があった。

 それは、空席となった新しい七賢者の選抜だった。


 レティーラ王国城内の「妖玉の間」では『結界の魔術師』ルイス・ミラー、『弾劾の魔術師』ユーベル・がザック、『夢見の魔女』ニナ・ミラージェの三人が、七賢者候補をリストから絞り込む作業に明け暮れていた。

 ローランは元魔法兵団団長なので実戦に強い魔術師に詳しいし、『弾劾の魔術師』は家柄が良いため他の魔術師の家系と多くのコネを持っているし、『夢見の魔女』に関しては賭け事──主にじゃんけん──で無敗で引きの良さから選ばれている。

 故にこの三人が、まずは目ぼしい者をリストアップし、おおまかに絞り込むことになっていた。


「まったく、どいつもこいつもパッとしない」


 リストをパラパラとめくったローランは、露骨に面倒臭そうな顔でリストに文字を書き込んでいく。

 書き込まれた文字は「実戦経験ゼロのボンボン」「有名教授の金魚の糞」「論文がド三流」などと辛辣なコメントばかりだ。

 そうしてコメントを書いた書類を、ローランは三つに分けていく。

 それを横目に見ていたニナは、不思議そうに訊ねた。


「それって、どういう分け方なんですか?」

「『論外』『凡人』『かろうじて見どころあり』の三つです……って、誰ですか。うちの馬鹿弟子を推薦したのは」

「あっ、私です。面白いかと思って」


 ニナが片手を挙げれば、ローランは露骨に舌打ちをする。


「『論外』!」

「え〜、でも見どころはあると思いますよ。

 『結界の魔術師』に実戦を叩き込まれた上に、モナカに魔術式の指導も受けた魔術師なんていませんから」


 なんと言っても、メランの弟子のメラン・バグオールはユーベルに匹敵する魔力量の持ち主なのだ。

 ニナがメランのことを褒めちぎれば、ローランはしかめ面で羽ペンをインク壺に浸した。


「アレに伸び代があるのは認めましょう。えぇ……むしろ、メランは伸び代が大きすぎる。だからこそ、今はまだ伸ばす時期なのですよ」

「意外だったな、君がちゃんと師匠してるなんてさ」


 ユーベルが水を差すようにハハッと笑いながら言えば、ローランはフンと鼻を鳴らして次の書類に目を通す。

 メランに続いて推薦されているのは、ヘッケラン・ジェラート。『砲弾の魔術師』の甥で、ゴードンを退学になった問題児である。

 ローランは書類に大きくバツを書き殴った。


「『論外』!」

「それ、この前の魔法線をまだ根に持ってるのか?」

「…………」


 ローランは珍しく眉間に皺を寄せ、忌々しげに呟いた。


「……あの日、虫除けの草を上着に焚きしめて帰宅した私に、娘はなんと言ったと思いますか?」

「へっ?娘さんって、まだ産まれたばかりでは?」

「娘の寝顔を見ようと、ベッドに近づいたら、娘は妻に似た愛らしい目をパッチリと開けて、こう言ったのですよ……………………『くしゃっ』と」


 産まれたばかりの子どもが「臭い」などという言葉を知っていたとは思えない。

 しゃっくりだか、くしゃみだかが「くしゃっ」と聞こえただけではないか、とユーベルは思ったが、ローランの顔は深刻そのものである。


「……娘に臭いと言われた父親の気持ちが、貴方がたに分かりますか」


 ローランが愚痴を言えば、ユーベルはさぞ面白そうにケラケラと笑った。そんな様子にローランは顔を顰めればユーベルはトントントンとペンを机に叩いて胡散臭い笑みを浮かべた。


「まあまあ。それよりさぁ」

「なんです」

「根に持ってる割に、モナカ君に当たり散らしたりはしないのか」


 最高審議会が終わった後、遅れて城に到着したローランはえらく殺気立っていて、モナカは死を覚悟した顔をしていた。だが、ローランがモナカに言ったのはたった一言。


 ──やってくれたな、小娘。


 それだけ言って、その場を立ち去ったのである。

 その時のことをユーベルが口にすれば、ローランは小さく肩を竦めた。


「負け犬の遠吠えは趣味ではありません。

 まったく……あの小娘に、ここまで清々しく負けたのは二回目ですよ」


 一回目は七賢人選抜の魔法戦のことを言っているのだろう。その時も、ローランはモナカに完敗しているのだ。


「なんやかんや、モナカ君のことを一番認めているのは君だろう?」

「事実から目を背けても仕方がないでしょう。

 あの小娘が飛び抜けた才能の持ち主であることは、事実なのですから……あの才能を目の当たりにすると、今ここにあるリストがゴミに見えて、全て燃やしたくなるぐらいには」


 そのリストに自分の弟子も含まれているのに、この言い草である。

 物騒だねぇ、と呟いたは、ふと思い出したことを口にした。


「モナカ君と言えば、さっきバタバタと城を飛び出して行くのを見たけど、何か急用でもあったのか?」

「あぁ、それは……」


 ローランは羽ペンを動かす手を止めて、窓の外に目を向ける。


「今日は卒業式だそうですよ。セレスティナの」

補足:七賢者候補本命である『鮮血の魔女』と『繁茂の魔術師』は、七賢者への立候補を辞退したため、ローラン達は七賢者選考に追われています。

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