第百九十二話:メラン、拷問中。
魔法戦の結界を維持しつつ戦況を見守っていたニーアは、水晶玉の中でローランの魔力が尽きたのを確認し、ラークに声をかけた。
「『結界の魔術師』様の魔力が枯渇しました。魔法戦の結界を解除します」
「あぁ」
『繁茂の魔術師』が仕掛けた虫寄せの花によって、ローランは虫寄せの効果が切れるまで結界を維持し続けざるをえなくなる。そして、『無情の魔術師』によって結界には徐々に魔力を奪う効果も付与されている。虫寄せの効果が切れるのとほぼ同じタイミングで、ローランの魔力は枯渇した。
魔力が空になれば、もう飛行魔術で城に向かうことはできない。
ローランは頭がきれて、弁が立つ。だから、審議会の場で戦わなくていいように足止めをした。
更にローランは近距離戦闘にも長けている。だから、それを封じるために魔法戦の結界も張った。
更に更に、ローランは魔法戦にも長けている。だから、魔力を消費させる罠を張った。
つまるところ「ローランの得意分野で勝負をしない」「足止めに徹する」という二点をモナカは徹底したのである。
魔法戦用の結界を解除したニーアとラークは、メラン達と合流すべく森へ向かった。
「……最高審議会、無事に終わりましたかね」
ニーアがぼそりと呟くと、ラークはフンと鼻を鳴らして大股で先を歩く。
「我々があれだけ手を尽くしたのだ…………成し遂げたに決まっている」
誰が、とは言わないけれど、それでもラークの言葉には信頼がにじんでいた。
そうだ、ラークもニーアも『沈黙の魔女』ではなく、生徒会役員のモナカという少女を信頼して送り出したのだ。
彼女なら、きっと上手くやってくれるはずだ。
そんな想いを胸に顔を上げたニーアは、前方を見て硬直した。
「あ、あの、副会長……あれ……」
「なんだ、あの煙は……!?」
魔法戦の最後の舞台となった花畑のある方角から、モクモクと煙が立ち上っている。
不吉な予感を覚え、早足で煙の方角へ向かった二人が目にしたのは……。
「ゲホッゲホゲホゲホッ!! あっ、ニールー! 副会長ぉー! た、助けてほしいっすーーー! ゲホッ! うぇっ……」
蔓で縛られ木から逆さ吊りにされ、下から焚き火の煙で燻されているメランとダーウィンの姿であった。
焚き火のそばでは『結界の魔術師』ローラン・ヴァイスが脱いだ上着をバサバサと振って火を煽っている。ちょうど、煙がメラン達に直撃するように。
「こ、これは、一体……」
ニーアが恐る恐る訊ねると、ローランは首を捻って振り返る。
「虫が嫌う煙を焚いて、上着についた虫を払っているのですよ。ついでに悪ガキどもに煙責めもできて、一石二鳥です」
虫寄せの呪いが解けるまでの三十分間、足元の虫にたかられながら結界を維持し続けたローランは、仏頂面でボヤきながら上着をバサバサ振った。煙がモワッと膨れ上がり、メランとダーウィンに直撃する。
ローランの魔力は確かに底を尽きている筈だ……が、どうやら魔法戦の結界が解除され、物理攻撃が可能になった後で、メランとダーウィンを捕獲して逆さ吊りにしたらしい。
「あのぅ、ヘッケラン・ジェラート先輩は、どちらに……?」
ニーアが顔を引きつらせながら訊ねれば、メランが煙に咽せながら叫んだ。
「あいつ、ゴホッ、俺達を囮にしでぇっ……ゲホッ、逃げたんっす〜〜〜〜〜〜!!」
煙が目に滲みたらしく、ボロボロと涙を流すメランの横では、ダーウィンがいつもの泰然とした態度で「無念です」と一言だけ口にする。
なんとか下ろしてあげないと……と、ニーアがオロオロしていると、ローランがニーアとラークをジロリと睨んだ。
「さて、ヴァルドン侯爵家とメルシェック男爵家の御子息とお見受けしますが……子どもの悪ふざけにしては、些か度が過ぎている。お父上達は、このことをご存知で?」
暗に父親に言いつけるぞ、と言われている。
ラークが反論を口にしようとしたが、それをニーアは「待ってください」と制した。
きっとラークは自分が責任を負おうとするのだろうけれど、そんな真似をニーアがさせるわけにはいかない。
次期生徒会長であるニーアは、もう副会長のラークに頼るばかりではいられないのだ。
「『沈黙の魔女』モナカ・エルノート特待泊は、フィリップ・アルト・レティーラ殿下の解放のために動かれています」
「あの王子は偽物です。それは変えようのない真実ですよ」
ジロリとこちらを睨むローランに、ニーアはコクリと頷く。
「えぇ、知ってます」
その言葉に、ローランが細い眉をピクリと動かした。
おそらくローランはニーア達が何も事情を知らずに、モナカの手助けをしていると思っていたのだろう。
「『沈黙の魔女』……エルノート特待泊は全てを打ち明けて、その上で僕達に協力してほしいと申し出ました。僕達は全てを承知の上で、ここに立っています」
「……あの小娘が?」
ローランは片眼鏡の奥で、灰紫の目を剣呑に眇める。
「にわかに信じ難い話ですね。アレは、簡単に人を信用するような魔女ではない」
ローランの刺のある言葉にラークがピクリと眉を動かした。
眉を吊り上げて言い返そうとしたラークをニーアはそっと押さえ、ローランを真正面から見据える。
「エルノート特待泊……いいえ、あえてこう言います。モナカ嬢は僕達を信頼してくれました。だから、僕達もそれに応えた。ただ、それだけのことです」
ただそれだけのこと。と口にするのは簡単だ。だがそのために、あの内気なモナカがどれだけ勇気を振り絞ったかは想像に難くない。
だからこそ、ニーアはモナカの信頼に応えたい。だって、一年間一緒に生徒会役員をした仲間なのだから。
「今回の件について、モナカ嬢はこう決着をつける算段です。
『フィリップ殿下は本物である。自身が偽物であることを仄めかす発言は、とある魔術師の操られていたてためであり、本物とされた第二王子はとある魔術師が作った土塊であったのだ』
アズノール公爵もフィリップ殿下も、その魔術師に陥れられた被害者……という形で、誰も処刑されることなく決着するものかと思います」
アズノール公爵を破滅に追いやるための切り札をモナカは持っている。
だが、公爵を追い詰めすぎれば、十年前の真実を暴露し、アール・クラナータを道連れにする危険がある。
なにより、この国一番の権力者である公爵が罪人として処刑されたら、国政は大混乱になるだろう。
宮廷で公爵が取り仕切っていた事柄は、あまりにも多すぎる。なにより、公爵はただいたずらに権力を振りかざしていた訳ではない。無慈悲な人物ではあるが、この国に貢献した功績もまた圧倒的に多いのだ。
ニーアの話を聞いていたローランは、不快そうに鼻の頭に皺を寄せて呻いた。
「なるほど、つまりは全て有耶無耶にしてしまおうと……あの小娘、随分とずる賢くなったではありませんか……ですが、それでも勝ち目は五分五分でしょう。アズノール公爵が強引に押し切れば、どうとでもなる」
「いいえ、絶対にモナカ嬢は勝ちます」
きっぱりと断言するニーアに、ローランは胡散臭そうな顔をする。
「『僕は友達を信じてますから』とでも、言うおつもりですか?」
「えっと、それもありますが……」
ローランの嫌味にニーアはニコリと微笑み、ちょっとだけ咳払いをして、居ずまいを正す。
「モナカ嬢からの伝言です」
作戦会議の際にモナカはニーアに、こう提案した。
──もし、ローランさんがものすごく怒り狂っていて、メランさん達に八つ当たりしたら、こう伝えてください……と。
そしてモナカはフンスと鼻から息を吐いて、ちょっと真面目くさった顔をして、こう言ったのだ。
「『勝負はテーブルに着く前から始まっているのですよ、同期殿』」
その言葉にローランは限界まで目を見開き、まさか……と小さく呟く。
アズノール公爵もアール・クラナータも、誰一人処刑せず、有耶無耶にする決着。
そうすることで一番利益を得るのは誰か。
「……なるほど確かに、陛下がご協力なさるなら、勝ち以外にないでしょうな」
もう難癖はつけられないと思ったのだろう。ローランは深いため息をつくと、今までよりもより強く上着を振った。
その勢いが増した煙に直撃し、少しでも逃れまいとゆらゆら体を振るメランが「ひどいっす〜〜〜!!」と言えば、ローランが嗜虐的な笑みを浮かべた。
「ほぉ?私に散々酷い真似をしたというのに、自分がされて嫌だと言うとはどういうことですか、メラン?……指導が必要なようですね」
ローランの鬼どころか悪魔、いや魔王の如き形相に恐れをなしたのか、メランは顔を青白く染めて、縄から抜け出そうと必死にブランブランと体を揺らす。
傍から見ればかくに滑稽で面白いことこの上ないが、当事者としては溜まったものではないのだろう……なにせ、キレた時のローランの指導と言う名の八つ当たりは歴戦の猛者である魔法兵団の団員ですら恐れるものなのだから。
「た、助けてくださいっす〜〜〜〜〜!!!!!」




