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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第十五章:決着編
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203/211

第百九十一話:黄昏

すみません、予定投稿時間ミスってました。

明日はちゃんと13:10に投稿されます。

 王の部屋を後にした『黄昏の預言者』マリン・フォルゼマートは、廊下の端にあるバルコニーの前で足を止めた。バルコニーでは旧知の男が姿勢良く佇み、夕焼けの沈んでいく空を眺めている。

 男の白髪まじりの金髪は夕焼けのオレンジに染まって、燃える炎のように輝いて見えた。


「感傷に浸っているのかしら?ドリームちゃん?」


 マリンの言葉に、アズノール公爵ドリーム・ルシファルは振り向くことなく答える。


「貴女は全てを知っていたのか。『星詠みの魔女』よ」

「さぁ、どうかしらね」


 マリンはしゃなりしゃなりと前に進み出ると、バルコニーの手すりにもたれながら公爵を見上げる。


「星の並びはとてもシンプルよ。詠むのは決して難しくないわ。でも、人の心はとても難しくて複雑ね。わたくしは、人の心までは読み取れなくってよ」


 その人の運命は見えても、心までは見えない。

 まして、こんなに複雑に入り組んだ人間関係ともなれば、なおのこと。


「ダライアスちゃんは、戦争がしたかったの?」

「…………」


 アズノール公爵は答えない。だが、公爵と同じ年を生きたマリンは知っている。

 レティーラ王国が最後に戦争をしたのは、今から五十年以上前。帝国との領土問題から始まった戦争だ。


 戦争は当初、レティーラ王国側の優位であった。

 このまま押し切れば勝てる。そんな状況であったにもかかわらず、先代アズノール公爵──ドリームの父は和平を提案した。これ以上の犠牲を出すべきではないと主張して。

 最終的に、先代アズノール公爵は殺害された。

 帝国にではない。戦争での完全勝利を望むレティーラ王国内の人間にだ。

 その上で、レティーラ王国の人々は先代国王を筆頭に、先代を糾弾した。臆病者、腑抜けた国の恥さらし、と。

 当時、まだ少年だったドリーム・ルシファルは父親を喪い、その上で臆病者の息子という烙印を押されたのだ。


 その頃、七賢人ではなくただの侯爵令嬢だったマリンと、公爵子息のドリームは婚約者同士だったのだが、その婚約もマリンの父が一方的に破棄をした。あんな国益を損なう男の息子になど、嫁がせられぬと言って。

 しかし、その一年後に戦況は逆転。レティーラ王国は圧倒的に不利になり、帝国に有利な条件を呑むことで停戦を受け入れた。


 半端な幕引きをした戦争にドリームは何を思ったのか、マリンには分からない。

 ただ、あの時の苦い感情をきっと彼は今も引きずって生きているのだ。まるで亡霊のように。


「今回の件で、私は己の孫を──第二王子を罪人扱いした、愚か者と見られることだろう」

「でしょうねぇ〜。爵位を誰かに譲る気?」

「いずれは、そうせざるを得なくなるだろう」


 今回、第二王子──アール──が洗脳を受け、更にアズノール公爵自身も思考誘導魔術を受けることを許したともなれば、致命傷とまではいかずとも、確実にアズノール公爵の権威は削がれた。

 

 第二王子は適当な領地と爵位を与えられ、精神汚染魔術の療養という名目で王都を追い出される。

 

 これから数ヶ月後程経てば、第二王女セフィル・ベータ・レティーラは、『アズノール公爵やフィリップお兄様の不自然を見抜くために立候補していた』と公表し、自身の影響力を保ったまま第一王子ラーメイ・アルシオン・レティーラを支持するだろう。

 そして遠くない未来には、国王は第一王子を、次期国王として指名するはずだ。

 恐らく、王は元から第一王子を後継者に見据えていたのだ。だが、第二王子を擁立するクロックフォード公爵の権力が強すぎたため、後継者を指名できずにいた。

 そこで、国王は第一王女と第二王女というルーク2枚を使って、支持を集めて第二王子派と拮抗していた。

 そうして今回の件でクロックフォード公爵の権威が弱めた上で、2人が第一王子を支持することで、国王はなんのしがらみもなく第一王子を後継者に指名できる。


「王の仕組んだ罠に、まんまと引っ掛かった、私の敗北だ」


 アズノール公爵の独白めいた呟きに、マリンはコロコロと鈴を転がすような声で笑った。


「違うわよぉ、確かに最初の方は陛下が仕組んだことだったけれど……」


 ごくごく薄い水色の目を細め、『黄昏の預言者』は、予言を口にする時のように厳かな口調で告げる。


「この結末になるように導いたのは二人の魔女よ」


 アズノール公爵もアールも、自分がチェスのプレイヤーだと錯覚していた。

 そして互いを出し抜くべく、駒を動かす側になっていた……つもりだった。

 だが実際は、公爵もアールも駒にすぎなかったのだ。

 チェス盤を眺めて全てを俯瞰していたのは、国王ただ一人。

 国王がたった一人で指していたチェス。その向かいの席に座ったのは『沈黙の魔女』モナカ・エルノート。


「最高審議会が始まる数時間前に、モナカちゃんがわたくしを尋ねたかと思うと、国王陛下に面会をしたいと申し出ていたのよ……陛下が仮病だと、前から薄々気づいていたのでしょうねぇ」


 あの内気で臆病な少女は、国王とチェス盤を前にした時、顔つきが変わった。

 ぞっとするほど冷たい無表情で、彼女は今回の計画について話し、そして最後にこう言ったのだ。


 ──この結末が、陛下にとって最も利益になるでしょう。ですから、力を貸していただきたいのです。


「審議会で王が『沈黙の魔女』に協力的だったのも、そのためか」


 つまり最高審議会が始まると同時に、もう決着は付いていたのだ。


「……アレは、恐ろしい魔女だな」

「恐ろしいだなんて、いやねぇ。語るべき言葉も沈黙の価値も知っているイイ女、って言っておあげなさいよぉ〜」

「貴女は少し口を閉じるべきでは?」


 ドリームの言葉に、妙齢の魔女は膨れっ面をした。


「そんな意地悪を言うんなら、もうドリームちゃんの未来は教えてあーげない」

「結構。私は予言など、利用するためにしか使わぬ」

「知ってるわよぉ〜。」


 メアリーは、第二王子に関する真実を知っていた。

 そして、同僚である『黎明の魔術師』デリック・ラン・フォーレ殺害したのが誰なのかも。

 ……全てを知っていて、この態度なのだ。


 残忍で知られる公爵は「女とは、恐ろしいな」と小さく呟いた。

 その声に聞こえてか聞こえていないのか、マリンは夕焼けに染まる空を見上げ、ふふっと喉を鳴らして笑った。


「違うわよぉ、ドリームちゃん」


 細い指で空を指差す。


「恐ろしいのは、女じゃないの。誰かを本気で守ろうと決めた人間よ」


 その一言に、ドリームは何も返せない。


「自分達の大切な人のために、自分の命まで賭けるだなんて、あの年で凄いと思わなぁい?

 覚悟が決まった人間なんて、わたくしなら絶対に相手したくないわぁ」


 ドリームは夕日に目を細める。

 命を賭ける物事などいくらでもあるが、『沈黙の魔女』の年でそれが出来る人物などたかが知れる。

 ドリーム自身でさえ、それほどの覚悟を決めれたのは、終戦後の20半ばだというのに。


「私には理解できぬな」

「そう?

 貴方は国を守るためなら、人を切り捨てられるじゃない……けれどモナカちゃんは、一人を守るために国まで救おうとした。

 同じ盤面を見ていても、勝利条件は違う。より勝利難易度の高い道を選んだモナカちゃんだったけど、それでもドリームちゃんに勝ったのよ」


 ドリームはフッとマリンの言葉を空に飛ばす。

 国を守るなどという建前で、公爵は帝国と戦争をしようと企てていたのだ。

 父の正しさを証明しようとした『沈黙の魔女』と、父の汚名を晴らそうとしているドリーム。

 国王だけでなく、同じ目的を持つ若者にもドリームは……アズノール公爵は負けたのだ……長年の月日を費やした野望が、野望のない一人の少女に。

 その事実を噛み締める公爵に対して、マリンはソファから立ち上がり、優雅に手を振った。


「滑稽だな。『沈黙の魔女』には何も出来ぬと」

「じゃあねぇ、ドリームちゃん」

「……どこへ行く」

「未来を見届けに」 


 マリンは上手いことを言ったふうにウィンクをしてみせる。

 呆れたようにため息をつく公爵に、おほほほほ、マリンはと口元を隠して上品に笑う。


「そうそう。一つだけ教えてあげる」


 その水色の瞳が、夕焼けの中で青く輝く。

 まるで、黄昏の空に浮かぶ一等星のように。


「貴方の未来はね──今までみたいに、過去に縛られ続ける未来じゃないわ」


 その言葉だけを残し、『黄昏の預言者』は王城の廊下へ消えていった。

 一人取り残された公爵は空を見上げる。

 五十年前、父を失った日から、自分の時間は止まっていた。戦争で父の名誉を取り戻すという妄執……それだけが、アズノール公爵の生きる理由だった。

 だが、その妄執は、一人の臆病な魔女によって終わりを告げた。


「……私もまた、前へ進まねばならぬか」


 その呟きは、誰に届くこともなく、黄昏の中へ静かに溶けていった。

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