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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第十五章:決着編
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第百八十八話:王としての。父としての。

 城内にあるフィリップ・アルト・レティーラの私室に戻ったアイザックは、まだ事態を飲み込めずにボンヤリとしていた。

 あれから医務室に連れて行かれて、入れ替わり立ち替わり医師が出入りして、枷を外されて、健康状態を確認されて……。

 気がついたら、もう日は暮れかけていて、窓の外は茜色に染まっている。赤い夕焼け──その色に、『沈黙の魔女』が掲げた杯を思い出す。


(……あれは、どういうトリックだったのだろう)


 ぼんやりとそんなことを考えていると、部屋の扉がノックされ、使用人の声が聞こえた。


「フィリップ殿下。国王陛下が、私室にお呼びです」

「…………すぐに行くよ」


 先ほどまで罪人扱いされていた男を、見張りもつけずに自由にして良いのだろうか。


(まして、国王の私室に呼びだすなんて……)


 だが、断るわけにもいかないので、アールはノロノロと立ち上がり、身嗜みを整える。

 王族の服なんて、もう二度と袖を通すことなどないと思っていたのに……と、小さく苦笑しながら。


 * * *


「フィリップ・アルト・レティーラ、参りました」

「入りなさい」


 室内から聞こえる王の声は、弱々しい病人のそれではなかった。

 部屋に足を踏み入れると、国王は椅子に腰掛け、チェス盤と向かい合っていた。

 国王の向かいには『黄昏の預言者』マリン・フォルゼマートが優雅に腰掛けているが、チェスの相手をしているわけではないらしい。

 国王は一人でチェスを指し、それをマリンは眺めている。星空を見上げて星を詠む時のような、どこか遠くを見る目で。

 アールが入室すると、マリンは静かに立ち上がる。


「では、あたくしは失礼いたしますわ〜」


 マリンはうふふ、と少女めいた笑みを残して、部屋を後にした。

 アールは入り口に立ったまま、国王が口を開くのを待つ。


「かけなさい」

「はい」


 アールは先ほどまでマリンが座っていた椅子に腰を下ろし、チェス盤を眺めた。

 盤面はある程度拮抗していたが、白が有利だった。白はその気になれば、あと数手で王をチェックメイトできるだろう。

 王の節くれだった指が白のクイーンを動かした。悪手ではないが最善手ではない。あれでは即座にチェックメイトに持ち込めない。

 王はやはりチェス盤を見たまま、ポツリと呟く。


「チェックメイトの瞬間に、このゲームは終わる。だが現実では……王を失った国は、その後どうなると思う?」

「混乱状態に陥るでしょうね」


 即座にアールが切り返せば、王は小さく頷き、手元にある黒のポーンを指先で転がした。


「それが勝者側にとって、必ずしも望ましいとは限らんな。決着のつかぬゲーム。その方が都合が良いことが、現実には多々ある」


 決着のつかないゲームとは、先程の審議会の暗喩なのだろう。


 『沈黙の魔女』の行動により、アズノール公爵はアールを始末し損ねた。新たな『傀儡(フィリップ)』の台頭を阻まれた。

 アールは公爵に一矢報いることもできぬまま、死に損ねた。

 そうすることで、一番の利益を得たのは他でもない、国王陛下その人だ。

 アズノール公爵は残忍だが有能な男だ。公爵でなければ動かせない案件が幾つもある。だからこそ、国王も今まで袂を分かつことなく、互いに牽制しあいながら、これまでやってきた。

 アールが演じてきた、フィリップ・アルト・レティーラもまた、有能な王子だ。既に幾つもの外交案件で成果を出している。

 もし、アズノール公爵、あるいはアール演じるフィリップのどちらかが処刑される流れになれば、国内は大混乱に陥るだろう。

 なにより、第二王子が偽物だったなどと諸外国に知られれば、レティーラ王国の信用は一気に失墜し、これまで積み重ねてきた外交成果が無駄になりかねない。


「アール・クラナータよ」


 王が口にした名前にアールは凍りつく。

 あぁ、薄々予感はしていたが……やはり、王は知っていたのだ。

 第二王子が、偽物であることを。

 第一王子派のローラン・ヴァイスをフィリップの護衛に据えようとしたのも、恐らくはローランを通じて第二王子の正体を探るためだ。


「私は王だ。故に、我が息子を死なせた者達の咎に目を瞑る。国益を守るために」


 本物のフィリップは、祖父とアールのせいで自殺に追い込まれたも同然だ。

 目の前のこの男は国を守ることを選んだが、それでも息子の顔をしている偽物のことが憎くて仕方がないだろう。


「だから、これは一人の父親としての言葉だ」


 国王は初めてチェス盤から顔を上げて、アールを見る。

 その目は穏やかで理知的で……そして、優しかった。

 その笑い方をアールは知っていた……フィリップと同じ笑い方だ。


「息子の友人でいてくれたこと、息子の名誉を守ろうとしてくれたことに、礼を言う。ありがとう」


 アールの喉が引きつる。頭の奥がキシキシと痛む。


「……違う」


 咄嗟に口にした言葉は、酷くかすれていた。

 呼吸の仕方も忘れて、アールはハッと短く息を吐く。自嘲のように、あるいは懺悔のように。


「……僕は、守れなかったんだ」


 フィリップを死なせたという事実は、いつまでもアールを苛み続ける。きっとこれから先も、永遠に。

 項垂れるアールに、国王は穏やかな声で告げた。


「息子の最期の願いを、彼女から聞くが良い。迎賓室でお前を待っている」

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