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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第十五章:決着編
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第百八十七話:チェックメイト

──そんな馬鹿な。


 そう胸の内で叫んだのは、アールだけじゃない。きっと、アズノール公爵もだ。

 この場の誰もが『沈黙の魔女』の所業に感嘆の声を漏らしている中、真実を知るアールと公爵だけが、驚愕している。

 アールはただの一般市民であり、当然、王家の血なんて引いていないし、国王とは血の繋がりもない。


(なのに、何故……!)


 俄かに盛り上がる場の空気に、アズノール公爵が冷ややかな声を落とす。


「『沈黙の魔女』よ。その罪人は既に、こう発言している『全ての罪を認める』と。その胡散臭い魔導具が何色に染まろうとも、一度口にした言葉は翻せぬ。

 そして、ここには本物の第二王子『フィリップ・アルト・レティーラ』がいるのだ。これをどう説明する」


 公爵の言葉に、場がしんと静まり返る。

 そうだ、公爵の言うことは正しい。既にアールはこの場で、全ての罪を認めると発言してしまっている。

 本物の第二王子なら己の潔白を訴えるべきなのに、だ。

 誰もが公爵の言葉に納得し、確かにその通りだと囁き合う。

 そんな中、モナカは落ち着き払った態度で言った。


「今から申し上げることは、皆様にとって大変ショックかもしれません……ですが、どうかお聞きください」

(一体、彼女は……何を仕掛けるつもりだ)


 固唾を飲んで見守るアールの前で、モニカは神妙な口調で告げる。


「フェリクス殿下は、恐ろしい呪いを受けているのです」


 * * *


──ここからが正念場だ。


 モナカは腹にグッと力を入れて、覚悟を決める。

 陳述書の読み上げと聖杯の披露は、この場にいる者に対して一方的にモナカが語るだけだった。

 だが、ここから先はアズノール公爵との一騎討ちなのだ。


「皆様は、昨年末にラインプール公爵領で起こった、邪竜騒動を覚えていらっしゃいますか?」


 事件から数ヶ月が経つが、当然に忘れられているはずもない。まして、当事者だったラインプール公爵はなおのことだろう。

 突然注目を浴びた公爵は、引きつった顔で落ち着かなげに視線を彷徨わせている。


「フィリップ殿下が成された邪竜討伐の場に、わたくしも居合わせました。そこでわたくしは、とある恐ろしい事実に気付いてしまったのです」


 ここでたっぷりと間を持たせて、聴衆の意識を惹きつける。

 アイラの台本に書き込まれた演出メモを思い出しながら、モナカはここぞとばかりに声を張り上げた。


「あの邪竜は人間の魔術師によって、人為的に引き起こされたものだったのです! その魔術師の名は、ピラー・ブラック」


 突然飛び出した名前に、この場にいる殆どの者が怪訝な顔をする。

 だが、確かに分かりやすく反応した者がいた……ミディアムの父、ラインプール公爵だ。

 おそらくラインプール公爵は、自分の家の失踪した使用人が呪術師だったことすら知らないのだろう。ただ、ちらちらと助けを求めるようにアズノール公爵を見ているところから察するに……。


(アズノール公爵から、送り込まれたんでしょう?ピラーさんを)


 そして理由も分からぬまま、ラインプール公爵はピラーを受け入れてしまったのだろう。

 モナカはほんの少しだけラインプール公爵に同情しつつ、言葉を続ける。


「ピラーという男は、精神干渉魔術をより強力にした精神汚染魔術を扱う恐ろしい魔術師です。ピラーは竜を精神汚染魔術によって自由に操った…………そして」


 モナカはちらりとアールに目を向け、労しげな顔を作ってみせる。


「呪竜騒動の真実に気づきかけた殿下の口を封じるために、ピラーはフィリップ殿下に呪いをかけたのです。邪竜にしたのと同じように、殿下を洗脳し、意のままに操る魔術を!」


 第二王子に精神汚染魔術が使われている。

 モナカの言葉に、場がどよめきだす。もし、それが真実だとしたらなんと恐ろしいことだろう。

 竜を操るだけでなく、王子まで意のままに操るなんてことができたら……国を掌握されかねない。


「しかし、ピラーの精神汚染は不完全なものでした。故に殿下は呪いに必死に抗い……そして、かねてより親交のあった『黎明の魔術師』様に、このことを相談されたのです」


 『黎明の魔術師』は七賢者の中の第二王子派。フィリップが相談役として選択しても、なんら不思議ではない。


「しかし、それに気づいたピラーは『黎明の魔術師』様を毒殺し、嘘の遺書を現場に残したのです。『黎明の魔術師』様の死にショックを受けた殿下は、呪いに飲まれてしまい……そして、ピラーに洗脳されてしまった」


 この言葉に、すっかり影が薄くなっていた議長が、恐る恐る口を挟んだ。


「つまり……この場で罪を認めると発言したのも……」

「えぇ、ピラーという魔術師にそう言わされているのです」


 頷きながら、モナカはアズノール公爵をちらりと見る。


「さらに、『黎明の魔術師』様からアズノール公爵に真実が漏れることを恐れたピラーは、アズノール公爵を精神干渉魔術で操ろうとしたのです」


 ゴクリ、そう唾を飲むような音が響く。

 第二王子派の貴族達にとっては、アズノール公爵が操られているなどとても信じられないことなのだ。


「ですが、フィリップ殿下を支配していたピラーには、アズノール公爵の思考と行動を誘導することが限界でした。

 ピラーは確実に王位を我が手中とするため、洗脳したセフィル殿下の勢いを超す事件を企てたのです……それは、本物のフィリップ殿下を陥れ、新たな傀儡を作り出すこと。

 そうしてピラーは不遜にも、土塊からフィリップ殿下の偽物を作ったのです」


 何を馬鹿な、そう呟いた貴族が『フィリップ』に目をやれば、確かに意思のないように終始穏やかな笑みを浮かべていた──自分が偽物であると疑われている状況で。

 『フィリップ』を見ていた貴族が次に見たのは、アズノール公爵だ。その瞳に宿る怪しげな『紫』に、貴族達は恐れるように慌てて目を逸らす。

 公爵は露骨に顔色を変えるような無様な真似はしなかった……が、ピラーの名前を出した瞬間から、明らかにモナカを見る目が変わった。

 モナカがこの場でピラーの名を出したのは、アズノール公爵に対する牽制だ。


──私は、貴方のしたことに気づいています。


 アズノール公爵とピラーに繋がりがあること、そして邪竜騒動を裏で仕切っていたのが公爵であることをモナカがこの場で宣言すれば、公爵は一気に窮地に立たされる。

 だが、それではダメなのだ。


(……もし、アズノール公爵を破滅まで追いやったら……十年前の真実を暴露されかねない)


 そしたら、アールを救おうというモナカの作戦は全て無駄になる。

 モナカはメアリーやアイラ、イザベルから政治に於いてを学んでいるのだ。


──政治においては正しいことが真実になるとは限らない。権力者にとって都合の良いことが真実になることは度々ある──と。


 つまり大事なのは、誰にとっても都合の良い真実……「落としどころ」なのだ。

 モナカはあえて、ピラーと公爵の繋がりを指摘しなかった。そうすれば、公爵は「大事な孫を魔術師に洗脳された被害者」という立場でいられる。

 アールもまた「魔術師に洗脳された被害者」という立場でいられる。

 モナカはピラーと公爵の繋がりという、公爵の最大の弱みを握ったまま、アールを救うことができる。

 そして、誰よりも利を得るのは……。


「『沈黙の魔女』よ」


 今まで静かに成り行きを見守っていた国王が、厳かに口を開く。


「つまり、第二王子は……今も洗脳されていると?」

「えぇ、その通りです」


 モナカがコクリと頷けば、国王は七賢者の席に座る『夢見の魔女』ニナ・ミラージェに目を向けた。


「……『夢見の魔女』よ。『沈黙の魔女』の申すことは、真か?」


 国王に指名されたニナは眠たげに立ち上がると、ゆらりゆらりとした足取りで前に進み出る。

 そしてアールを一瞥して、ボソボソと呟いた。


「……なんて強力……精神干渉魔術よりも強力と称すだけはありますね」


 若干棒読みではあったが、ニナは日々眠たげに喋ることが多いので、気にする者はいなかった。

 国王は透き通るような水色の瞳をニナに向ける。


「解除は出来るのか?」

「……わたしは、『夢見の魔女』にございます」


 魔術の頂点たる七賢者『夢見の魔女』ニナ・ミラージェの最も得意とする魔術は、精神干渉魔術。

 ならばその逆……精神干渉魔術の解除の腕も、また七賢者も彼女には及ばない。


 ニナは眠気を感じさせずにローブを着た背中を張り、アールの額に指を当てる。そして、ブツブツとなにやら詠唱を始めた。

 すると、アールの額に不気味な紋様が浮かびあがり、淡い紫色に発光しだしたではないか。

 誰もがギョッとしていたが、光はすぐに収まり、謎の紋様もすぐに薄くなって消える。

 ニナはゆらりと顔を上げた。


「……解除は完了です。第二王子殿下はもう正気に戻りました」


 国王は静かな目で、アールとモナカを交互に見る。

 そして、会場中に響く声で、高らかに宣言した。


「洗脳より解き放たれし我が息子を、今すぐ医師に見せよ!」


 その言葉が判決だった。

 固唾を飲んで見守っていた者達は、おぉっと声を漏らし、アズノール公爵は顔色一つ変えずに、モナカを睨む。

 モナカは目を逸らさずに、公爵を睨み返した。


──貴方のしてきたことは、全てお見通しです。

  七年前に父を死に追いやったことも。呪竜騒動を企てたことも。

  この先、貴方が牙を剥くなら──わたしは、全ての真実を明かしましょう。


 声に出さずに、そう呟いて。

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