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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第十五章:決着編
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第百八十九話:復讐の権利

 迎賓室の前までやってきたアールは扉の前で足を止め、ノックをするべく持ち上げた手を下ろした。


(……どんな顔で、彼女と向き合えばいい)


 『沈黙の魔女』の正体を知ってもなお、アールは全てを受け止めきれずにいる。

 彼女に対して、アールが抱く思いは、あまりにも複雑だ。


 七賢者『沈黙の魔女』に対する敬意と憧憬。

 アールのせいで父親を失ったモナカ・モネという少女に対する罪悪感。


 重すぎる感情は腹の奥でぐちゃぐちゃに混ざって、いまだ消化できずにいる。

 それでも、いつまでもここで立ち止まっているわけにもいかない。

 アールが小さく深呼吸をして扉をノックすれば、扉は内側から開いた。扉を開けたのは、血のような深紅の長髪の少女。


「あら、ちょうどよかった。どうぞ、お入りになってください」


 『鮮血の魔女』は相変わらず敵意の一欠片も感じさせずに微笑んで、アールを中に招き入れると交代するように迎賓室から外に出て扉を閉める。

 室内のソファには、モナカがちょこんと座っていた。

 七賢者だけが着ることを許される紺色のローブを身につけ、薄茶の髪を美しく結い上げたモナカは、アールに気づくとゆっくりと顔を上げる。

 光の加減で紫色にも緑色にもきらめく目がアールを見据えた。

 その目で見つめられた瞬間、アールの胸は締めつけられたかのように苦しくなる。言葉が、上手く出てこない。

 アイザックが扉の前で立ち尽くしていると、モニカはゆっくりとソファから立ち上がり……


「ふぎゃっ!?」


 ローブの裾を踏んづけて、その場に顔から倒れた。

 ビターン! という豪快な音が静かな室内に反響する。


「…………」

「…………」


 なんとも気まずい沈黙を破ったのは、スンと哀れに鼻を啜る音だった。

 モナカはフゥフゥと荒い息を吐きながら、壁に立てかけていた杖にすがりつくようにして、立ち上がった。

 だがその足はガクガクと震えており、生まれたての小鹿よりもなお覚束ない。


「……今ので、足に怪我を?」


 アールが訊ねれば、モナカはフルフルと首を横に振る。


「あの、今日は靴のヒールがすっごくすっごく高くて……」


 こんなにあるんです、と言ってモナカは親指と人差し指を限界まで広げてみせた。

 なるほど、今日の彼女はやけに大きく見えたのだが、それは威厳ある態度故にではなく、靴のヒールの高さが理由だったらしい。


「一日、この靴を履いてたら……爪先が、げ、限界、で……」


 モナカは杖にすがりつきながら歩こうとしたが、それをアールは片手を上げて制した。


「どうか、座っていてほしい。僕もそちらに座っても?」

「ど、どうぞっ!」


 モナカがホッとした顔でソファに座り直した。それも、ソファのギリギリ端っこに身を縮こまらせて。

 それがなんとなく面白くなくて、アールはモナカのすぐ横に腰を下ろす。

 モナカの薄い肩がビクッと震え、涙の膜が張った目はアールの視線から逃げるように、足元をじっと見つめていた。

 完全に萎縮しきったその姿は、とても最高審議会の場で堂々と振る舞っていた人物には見えない。

 石像のように凍り付いてしまったモナカに、アールはクスリと笑った。


 * * *


(どっ、どっ、どっ、どうしよう、どうしよう、どうしよう)


 モナカは全身から冷や汗を流しながら、内心頭を抱える。

 本当はアールを前にしても、モナカは『沈黙の魔女』として堂々と振る舞うつもりでいた。

 それなのに、ローブの裾を踏んづけて転んだ瞬間に、なんというか……心が折れてしまったのだ。

 ふぎゃっ! なんて言って転んだ時点で、もはや威厳を取り繕う余地などない。

 おまけにアールに言おうと思っていた言葉は全て、転んだ拍子に頭からスポーンと抜け落ちてしまった。あぁ、数式ならこんな簡単に忘れたりしないのに!!


「モナカ」


 アールはモナカの名を呼ぶ。無蔵の敬愛を与えた『沈黙の魔女』ではなく、ただのモナカに。

 モナカはアールに向き直ると、叱られる子どもみたいな顔でギュッと目を瞑り、頭を下げた。


「あ、あのっ……い、いっぱい嘘をついてて、すみません、でした……」


 本当は『沈黙の魔女』として、彼の期待に応えたかった。

 だが、審議会で全てを出し尽くしたモナカは、もうこれ以上アールの前で取り繕って格好をつける余裕など残っていない。


「……わたしが『沈黙の魔女』で、ガッカリしました、よね……ごめんなさい……」

「嘘をついていたのは、僕も同じだ」


 静かな声がそう告げる。

 モナカが黙り込むと、アールは淡々とした口調で訊ねた。


「あの真実の聖杯は、どういうトリックだったんだい?」


 国王とアールは血が繋がっていない。にも関わらず、真実の聖杯は紅く染まった。

 アールの疑問に、モナカはぎこちなく笑って答える。


「あれはですね……真実の聖杯は、ちゃんとした魔導具です」


 真実の聖杯は現在、証拠の品として提出してある。ゴードンなり魔術師協会なりに鑑定に出せば、真実の聖杯が本物の魔導具であると証明してもらえるだろう。

 このイカサマで重要なのは「真実の聖杯は本物である」ということだ。


「あの時、杯は実際には青く……魔力不一致を示していたんです」

「なんだって?」


 真実の聖杯が実際は青くなったのに、あの場の全員に紅く見えた理由……それは、『夢見の魔女』ニナ・フォルゼマートにある。

 青く光る前に、ニナが貴族達に、真実の聖杯が紅く光るように見える幻覚をかけたのだ。

 また詠唱しているところを見られないように、最高審議会前、それを隠すためにミリアも簡易的な幻術をかけていた。二重の幻覚だったため、最高審議会はあのまますんなりと進んだのだ。

 モナカの説明に、アールは意外そうな顔をしている。


「……編入生のニナ・マイルかい?驚いたね。まさか、一番危険な『夢見の魔女』を護衛任務に務めていたなんて」


 『夢見の魔女』は論文も出さず学会にもでないため七賢者の中では最も知名度がない魔女であるが、彼女を知る者にとっては、精神干渉魔術を自由自在に操るという一番危険性が高いと思われているのだ。

 アールはポツリと呟き、モニカを見据えた。


「君は僕が偽物だと知っているのに……どうして僕を、助けるようなことを?」


 アールは自嘲じみた苦い笑みを浮かべている。

 その青い目はどこか陰っていて虚ろだ。


「僕は、あのまま処刑されて構わなかったのに」

「だ、駄目ですっ」


 モナカは咄嗟に叫んだ。

 言いたいことが頭の中でグチャグチャになっていて、言葉は全然まとまっていない。

 それでも、黙ってはいられなかった。


「そんなこと言っちゃ、駄目です。あなたを助けたくって……たくさんの人が力を貸してくれたんです。ラーク様も、メアリー様も、エリックグレンさんも、エリック様も……っ!」


 モニカ一人では、黒い聖杯を完成させることはできなかったし、あれだけの量の陳述書を集めることもできなかった。

 なにより、グレン達がルイスの足止めをしてくれなかったら、ルイスにイカサマを見破られていたかもしれない。


「みんな、生徒会長のあなたを助けたかったんです。あなたと卒業式を迎えたかったんです。だから……いっぱい、いっぱい、助けてくれたんです、よ……」


 モナカが必死になって訴えれば、アールの冷たい無表情が、鈍く輝く青の瞳がモナカを見据えた。


「ヴィルネ・モネという学者は…………君の父親だろう?」


 アールの口から飛び出した父の名が、モナカの胸を抉る。


「そう、です」


 モナカが震える唇で答えると、アールはモナカの手首を掴み、突如自分の方に引き寄せた。


「ひゃうっ!?」


 ソファに仰向きに寝そべるアールの上に、モナカが馬乗りになるような体勢になる。まるで、モナカがアールをソファに押し倒したみたいに。

 アールの胸板に手をついて、モナカが目を白黒させていると、アールはモナカの手を己の首に導いた。


「君のお父さんが死んだ理由は、僕にある……僕とアズノール公爵の妄執が、君の父親を殺した」


 アールの手に押さえつけられ、モナカの指の腹がアールの首に食い込む。

 首の薄い皮膚越しに、トクトクと彼の脈を感じる。


「君は、僕に復讐をする権利がある」

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