第百八十三話:ポーンvsクイーン
「……まず負けるでしょうね」
それが、『結界の魔術師』足止め作戦の概要を聞いたアーディア・ヴェルトンの見解だった。
足止め作戦の第一段階は、ヘッケランが従者に変装してローランを森に誘い込み、メランの魔術で不意打ち。
それに失敗したら、ヘッケランの魔導具トラップを仕掛けたエリアまで誘導し、トラップで不意打ち。
それを防がれた時の最後の切り札が、潜伏していたダーウィンによる不意打ち。
不意打ち三段重ねの対ルイス作戦を、アーディアはバッサリ切り捨て、椅子の背もたれにぐったりともたれかかる。
やってられないわ、とでも言いたげな態度に、メランが唇を尖らせた。
「めちゃくちゃ考えた作戦なのに、なにが駄目なんすかー」
「……その作戦で自分の師匠を倒せると、本気で思ってる?」
メランは、うっと言葉を詰まらせる。
作戦はよくできていると思う。なにせ不意打ち三段重ねだ。
それなのに、メランは自分が師を倒す光景が、どうしてもイメージできなかった。
メランが口ごもると、アーディアは頬杖をつきながら、作戦を書き込んだ地図をトントンと指で叩く。
「……作戦がどれも二番煎じなのよ……ヘッケラン・ジェラートの魔導具トラップ、ダーウィン・クリームの潜伏……どちらも『結界の魔術師』は、この間の魔法戦で目にしているはずだわ」
アーディアの言うとおりだ。先日セレスティナで行われた魔法戦の結界維持を担当していたローランは、そこで行われた全てを見ている。
一同が黙り込むと、ラークが挙手をした。
「ならば、私も足止め役に……」
ラークの提案にニーアが首を横に振る。
「駄目ですよ、副会長。そうすると魔法戦の結界を維持する人手が足りなくなっちゃいます」
「……むっ」
魔法戦の結界を維持するには、最低でも二人は魔術の使い手がいる。この中で魔力量が多く、かつ魔力操作に長けているのがラークなので、ラークを結界維持役から外す訳にはいかなかった。
メランは腕組みをしてウンウン唸っていたが、やがてポンと手を打つ。
「そ、それなら、魔導具トラップの量を増やして……!」
「んっんっんー、俺ぁ真実の聖杯作りで手一杯だから、これ以上、魔導具を作る余裕はねぇなぁ」
「うぐぐ……」
なかなか良い案が浮かばず、誰もが頭を抱える中ニナが渋々手を挙げた。
「……ミリアに、お願いするのはどう?」
その言葉にモナカとヘッケラン以外の面々は疑問符を頭に浮かべる。そのうちニーアは首をフルフルと横に振った。
「確かに、ミリア監査は基礎魔術学は受講している上に成績はトップですけど、実践魔術を受講していない彼では荷が重いと思います」
「そうだな。私達と違って結界構築の感覚も分からないマイル監査では──」
「マイル監査?……まさか……」
ラークの言葉を遮るように、アーディアが呟けば、チラリとモナカとヘッケランを見た。どうやら気づいたのはアーディアだけではないようで、セフィルとメアリー、エリックも二人に視線を送っていた。四人の視線を受けていたモナカは、彼女らが思い浮かべた疑問に答えるように頷いた。
「はい。結界の補助にミリアを頼ります」
するとミリアの正体に気付いていない面々はぎょっとした表情でモナカを見た。そのうちメランが、「ちょっと待ってくださいっす!」と勢いよく腕を高く上げた。
「ミリアに協力してもらうなんて危ないと思っす!それに本人からも断れそうだと思うし!」
「いいえ、ミリアなら出来ます。けど確かに、メランさんの断られそうというのは私も考えていて……なので、そこは頑張ります」
モナカが自信なさげにそう言えば、メランがまだ何か言いそうに口を開こうとしていた……が、ようやくミリアの正体に察したラークが、それを制止した。
「オルフェ会計がここまで言うのだ。ならば、私達がオルフェ会計を信じてやるのが、信頼というものだろう」
話をまとめて、且つこれ以上ミリアに関しての話をするのを牽制してくれたラークに、モナカは「ありがとうございます」と述べると、地図のとある場所を指差した。
「話を戻しますが、対ローランさん作戦……ここに、罠を仕掛けるのは、どうでしょうか?」
そう言ってモナカは、具体的な罠の内容を説明する。
アーディアが気怠げな顔をゆっくり持ち上げ、モナカを見据えた。
「……『沈黙の魔女』は、そんなこともできるのかしら?」
「いいえ、わたしには、この罠は作れません…………だから」
モナカは言葉をきり、少しだけ恥ずかしそうに口をモゴモゴさせて言う。
「……『友達』の力を借ります」
* * *
ダーウィン・クリームは己をチェスの駒に喩えるなら、ポーンだと思っている。
戦場をただ真っ直ぐに進むだけの最弱の駒。だが、ポーンを上手く活用し、敵の駒を動かして初めてチェスに勝利することができるのだ。
ダーウィンは今、森の奥にある少しひらけた花畑に佇んでいた。既にメランとヘッケランはその周囲に潜伏している。
「なるほど。次はお前が私の相手で、残る二人は援護役ですか」
草木をかき分けて姿を現したのは『結界の魔術師』ローラン・ヴァイス。
細身の体にローブをまとったその男は、黙っていれば美しい男だ。花畑に立つと、それだけで一枚の絵になりそうな雰囲気すらある。
だが、その全身から撒き散らされる殺気が、控えめに言って尋常じゃない。
「ダーウィン・クリーム。いざ、参ります」
ダーウィンが握りしめた柄に魔力を込めれば、柄がバチバチと音を立てて発光し、雷の刃を作り出す。
「せいぃっ!」
ダーウィンが踏み込みながら剣を振るうと、ローランは実体無き魔力の刃を杖で受け止めた。
普通の剣で受け止めれば、鉄の刃を擦り抜けて相手の体に届く一撃だが、ローランは先ほどと同じように杖で雷の刃を受け止める。恐らく杖に魔力を込めているのだ。直接雷の刃をローランの体に当てなくては、ダメージは与えられない。
は斬撃を受け流されぬよう注意しつつ、角度を変えて下から刃を振り上げる。ローランは一歩引いてそれをかわすと、杖の先端をダーウィンの喉元目掛けて突き出した。
それをダーウィンがギリギリかわしたところで、木の影から炎の矢と火炎球が飛来する。ヘッケラン・ジェラートの援護だ。
しかし、ローランはそれも読んでいたらしく、防御結界を張って攻撃魔術をガード。そして何事もなかったかのように、ダーウィンに殴りかかった。
上段から振り下ろされた杖をダーウィンがかわすと、ローランは振り下ろした杖の先端を地面にめり込ませて、ひらりと身軽に跳躍する。
飛行魔術も使わずに、杖と脚力だけで跳躍したローランは、ブーツの側面をダーウィンのこめかみに叩きこんだ。
「ぐ、ぅうっ!?」
魔法戦では物理攻撃は不可能……だが、ローランは先ほどの掌底と同じように、ブーツの側面に小さな防御結界を張って、攻撃が通るようにしたのだ。
モナカは物理攻撃を封じないと勝ち目がないと力説していたが、まさか結界でぶん殴ったり、飛び蹴りしたりしてくる魔術師がいるなんて、誰が想像できただろう。しかもよりにもよって七賢人が。
こめかみを蹴られて地面を転がったダーウィンに、ローランが追撃をかけた。しかも今度は膝蹴りである。
顔面をかち割ろうという強い意志を感じる一撃を、ダーウィンは全力でその場を飛び退って回避した。
再び、遠方からメランとヘッケランの支援の攻撃が飛んでくる……が、遠距離から飛んでくる魔術は、短縮詠唱の防御結界でいとも容易く防がれてしまう。
だがしかし、魔法剣で仕掛けてくるダーウィンに対し、ローランが必要最低限の魔術を使いつつ物理で対応するのは予測していたのだ。
だがそれでも──
(なんと、手強い)
敵の罠を見抜く慧眼を持ち、攻防に長け、機動力も高い。
『結界の魔術師』ローラン・ヴァイス。リディル王国内における、竜の単独討伐数歴代三位は伊達ではない。
そう、チェスの駒に例えるなら最強の駒……。
「まるで、クイーンだ」
ローランの頬がピクリと引きつる。
「……今、なんと?」
「貴方は、クイーンのようだと」
その時、明確にローランから発せられる殺気が増した。ダーウィンの剥き出しになった二の腕がピリピリと粟立つ。
「…………あぁ?」
返ってきた言葉はやけに低く、不穏な響きだった。
ローランの白い顔から、すぅっと表情が消える。そしてこめかみには青筋が……。
「一つ、良いことを教えて差し上げましょう、ダーウィン・クリーム……私は、女みたいと言われるのが、死ぬほど嫌いなのです」
決してローランの女性的な容姿を揶揄した訳ではないのだが、ダーウィンの発言はローランの逆鱗に触れてしまったらしい。
ローランが杖を振るいながら短く詠唱をすれば、強い風が吹き、花畑の花を散らした。
宙を舞う色とりどりの花弁は美しかったが、花弁の合間を縫うように無数の風の刃がダーウィンに降り注ぐ。
風の魔術は威力が低いが、不可視故に回避が難しい。ダーウィンは宙を舞う花弁の動きを注視して、風の刃をかわした。それでも全てを避けることはできず、風の刃がダーウィンの体を何箇所か切り刻む。肉体に損傷は無いが、強い痛みと共に魔力が失われた。
そろそろ、限界が近い。
(……あと、五歩)
この戦いはチェスと同じだ。
クイーンを目当ての場所に動かすべく、ポーンは花畑を駆け抜ける。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉお!」
「おやおや、自棄になりましたか?」
再び風の刃がダーウィンに降り注ぐ。ダーウィンはダメージを覚悟の上でローランに突っ込み、魔法剣を振りかぶった。
風の刃だけでは仕留めきれぬと判断したローランが、後ろに飛んでダーウィンの斬撃を回避する。
(あと、三歩)
ダーウィンは痛む腕を振るいながら、手元の魔法剣に魔力を込めた。
ダーウィンの魔力を吸い上げた雷の刃が、倍近くの長さに伸びて、ローランに肉薄する。
だが、その刃がローランに届く直前にローランは横に跳んで、嘲笑を浮かべた。
「ザンバールのお家芸の魔法剣……生憎と初見ではないのですよ。伸びることぐらいお見通しです」
(あと、一歩!)
ダーウィンはありったけの魔力を魔法剣に注ぎ込んだ。
魔法剣を伸ばすのは一見簡単に見えて、実は大量の魔力を消費する。おまけに魔法剣自体の安定性も失われるので、そもそもメリットが少ない。
それでもダーウィンは腕の関節一つ分の長さだけ、魔法剣を伸ばした。
魔法剣がローランに届く。ローランは馬鹿の一つ覚えを見るような冷めた目で杖を持ち上げ、魔法剣を受け止めた。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ダーウィンは吠えながら、己の持てる全ての力で剣を振り下ろす。裂帛の気合いに押されたローランが、一歩後ろに下がった。
──その時、ローランの足元が目に痛いほど鮮やかな紫色に輝き出す。
ダーウィンはそれを確認し、呟いた。
「チェックメイトです」
* * *
ローラン・ヴァイスは己の足元の輝きに目を向け、眉をひそめた。
足元に刻まれているのは魔法陣……だが、これは単なる魔術のトラップじゃない。
(これは……効果を倍増させるトラップか!)
気づいた瞬間、ローランの体から力が抜けていった。どうやら魔法陣を踏むというのが発動の条件であったらしい。
ローランは花畑に足を踏み入れる前に、感知術式を使って花畑に魔導具が仕掛けられていないかを予め調べていた。それなのに、このトラップに気づかなかったのは、恐らくもととなる効果が元から結界に付与されていたのだろう。
だから、この効果を倍増させる魔法陣自体は大して魔力を帯びていなかったのだ。つまり、ほんの数十分で効果が切れるような、弱い効果な訳だ。ローランの能力を制限するようなものでもない。
(一体、結界に何が…………)
困惑しているローランの耳が、ブブブブブという羽音を捉えた。これは虫の羽音だ。ハッと顔をあげれば、花畑中の羽虫達が一斉に、ローランに向かって飛んでくるのが見える。
そこでようやくローランは、自分が受けた結界の効果を理解した。
ローランは咄嗟に自分の周囲に半球体の防御結界を張り巡らせた。結界は間一髪で間に合って、羽虫達の襲撃を防ぐ。
飛来した虫達で防御結界が黒く染まる光景は、なんともおぞましい。それでも自分が直接虫にたかられるよりはマシだと安堵の息を吐いたローランは、足元の違和感に青ざめた。
半球体の結界はローランの周囲に張り巡らせられたものだ。だが、地面まで覆ってはいない。
引きつった顔で足元に目を向けたローランは、ブーツを這い上がってくる虫達に凍りつく。
飛行魔術だ。飛行魔術を使えば、地面から虫が這い上がってくるのを防げる──だが、半球体結界を張っている間は、飛行魔術は使えないのだ。
「──────────っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
虫が飛び交う花畑の中心で『結界の魔術師』ローラン・ヴァイスは声なき声で悲鳴をあげた。
* * *
ミリアが補助として組み込んだ対『結界の魔術師』の結界の効果は、『結界の魔術師の魔力を虫寄せの花に送る』というものだ。
虫寄せの花はモナカが『繁茂の魔術師』に頼んで用意してもらったものだ。その花の特徴として、魔力を得るほど成長することと、成長するほど虫寄せの効果が高まるというものだ。
最初は違和感を感じる程度の奪取量に調整することで、ダーウィンの突撃時にローランに魔力を使わせないように誘導した。
そうすることで、ダーウィンの役割は果たされる……つまり、ローランがトラップを踏むのだ。
トラップの効果は至って単純、踏んだ対象にかけられた倍増させる……つまり虫寄せの花への魔力供給が高まり、成長が促進される。そして、成長した虫寄せの花に釣られた虫たちが、ローランを襲うのだ。
* * *
『結界の魔術師』ローラン・ヴァイスの足止め用の結界を維持中の『ミリア』の視点を観ていたミリアは、閉じていた目をうっすらと開け、辺りを見回した。
最高審議会の開始が迫る中、席は、亡くなった『黎明の魔術師』、足止めに完了した『結界の魔術師』、最後にある人物と対談中の『沈黙の魔女』、どこにいるかも分からない『黄昏の預言者』そして病床に伏せっている国王以外の全席が埋まっていた。
「未だ『結界の魔術師』殿と『沈黙の魔女』殿は来られないのか」
「いやはや、御二方とも準備に手間取っているのでしょうなあ。何せここは大罪人の処罰を決める最高審議会ですからなあ」
「それにしても、かのフィリップ殿下は自らを捕らえ騙った大罪人を逆に捕らえたと言う……」
「素晴らしいご活躍ですなぁ」
フィリップとアール、そして『フィリップ』の真実も知らないで話す第二王子派の上流貴族は、『黄昏の預言者』には触れずに2人を小馬鹿にしているというのは、いっそ滑稽に見える。
そして、それを何食わぬ顔で聞いている第一王子ラーメイに第一王女アリエル、第二王女セフィルとアズノール公爵は、流石王族、流石大貴族と言うべき貫禄と威厳を持っていた。
そんな人物達に囲まれているのに無表情を貫く自称第二王子『フィリップ』は、いっそ何も感じていないかのように見える……が、実際にそれは正しい。ミリアはこの最高審議会を予想し、自分の有利に進めるためにそう設定したのだから。
(さて……そろそろか)
もう間もなくで、最高審議会が始まる。
足止め中の『結界の魔術師』ローラン・ヴァイスを除き、『沈黙の魔女』モナカ・エルノート以外はほとんど全員が席についている。
ミリアもモナカ同様最後の準備をするために、公爵の視線が次回に向けられた時、薄く開いた目で全体を見渡し、口から小さな影響が漏れ出た。
──『発動』……………と。




