第百八十四話:『沈黙の魔女』の正体
最高審議会の会場には国内でも名だたる貴族達がズラリと並び、各々の席で審議会の開始を待っていた。
まだ席の幾つかは埋まっておらず、既に着席した出席者達は今回の件について、小声で意見を交わしあっている。
彼らの視線の先にいるのは、アズノール公爵ドリーム・ルシファル。
第二王子が監禁され、偽物に入れ替わっていた……というこの国を揺るがす恐ろしい事態を、誰もが俄かに信じられぬまま、アズノール公爵の出方を窺っていた。
アズノール公爵はいつもと変わらぬ態度で、審議会の始まりを待っている。
そんな中、『繁茂の魔術師』ラウル・アウラバァラは七賢者の席を流し見て、その内『弾劾の魔術師』に声をかけた。
「なあユーベル。マリンさんって今どこにいるか分かるか?」
「さあ、俺もマリンさんがどこにいるかは聞かされてないからなぁ。でも、真面目なメアリーさんが遅れてるとも思わないしなあ」
「一体どうしてるんだろうなー?」
ラウルとユーベル2人して首を傾げていると、『夢見の魔女』ニナ・ミラージェが「あの」と小さく声をかけた。
「マリンさんなら、『金剛天の間』に行かれるのをお見かけしましたが……」
金剛天の間──それ即ち、国王の私室がある棟だ。
もしかして、とラウルの頭によぎった考えは正しかった。
やがて審議会の開始を告げる鐘が鳴ると、会場の扉が開き、『黄昏の預言者』マリン・フォルゼマートが姿を見せる。
緩く波うつ銀の髪の美女が支えているのは、金色の髪に王冠を戴く六十前後の男──レティーラ王国国王アンルイード・アルト・レティーラ。
病床の国王の登場に会場中がざわついた。
国王は血の気の薄い顔で杖をついていたが、確かに背すじを伸ばして立っていた。
淡い金の髪に空色の目、痩せた体。若かりし頃の精悍さこそ失われたが、それでも理知的な目の輝きに衰えは無い。
そんな国王を支える『黄昏の預言者』は、鈴を転がすような美しい声で告げた。
「ご静粛に。無粋な声は、陛下のお体に障りますわ」
最年長の七賢人『黄昏の預言者』の言葉に、場が静まり返る。
それでも誰もが物言いたげな顔をしていた。何せ病床に伏していた王が、数ヶ月ぶりに公の場に現れたのだ。
「陛下はこの度の騒動に大変心を痛め、この場にお越しくださったのです。どうぞ皆様、ご理解とご配慮を」
そう言って、〈星詠みの魔女〉は国王を席まで案内する。
会場の貴族達は誰もが動揺を隠せずにいたが、唯一、顔色を変えない人物がいた……アズノール公爵だ。かの公爵は、今何を思っているのだろうか。
様々な思惑が行き交う中、議長が口を開く。
「さて、幾ばくか空席もあるようだが……これより最高審議会を始める」
会場奥の扉が開き、手枷をつけられた男が兵に挟まれたまま、前に進み出る。
鮮やかな黄金色に、美しい顔立ちの青年──フィリップ・アルト・レティーラの名を騙った罪人は、場違いなほど穏やかな顔をしていた。
* * *
「罪人よ、まずはその方の名を名乗るが良い」
議長に促されたアールは薄い笑みを浮かべた。
アール・クラナータは十年前に死んだ人間だ。ここで死者の名を出す必要はない。
「この場で名乗る名など、持ちあわせていませんよ。どうぞ数字でも記号でも、貴方方の好きなように呼べばいい」
不遜な態度に、誰もが不快げに顔を歪めた。
アールは目だけを動かして、この場にいる者達の顔を見る。どれも見慣れた国の重鎮達……最奥に座すは、フィリップの父である国王。
そして、その最も近い席に第一王子のラーメイと、アズノール公爵。目の前には、フィリップを自称する偽物が座っていた。
更に少し視線を動かしたアールは、七賢人の席に二つの空席があることに気づき、ほんの少しだけ目を細めた。
空席の一つは『沈黙の魔女』の席だ。彼女は公の場に姿を見せないことが多いから、欠席してもなんら不思議ではない。
ただ、できることなら、最後にもう一度だけ会いたかった──欲を言えば、素顔が見たかった。
(……罪人が望むには、過ぎた贅沢か)
胸の内で自嘲し、アールは顔を上げて前を見据える。
アールの顔に、フィリップと同じ笑みを浮かべて。
この顔はフェリクスの顔なのだ。ならば、醜く取り乱す姿なんて、人々の記憶に残したくない。
たとえ偽物でも、最後まで綺麗なフィリップの姿を人々の記憶に残したかった。
「罪人よ。お前は新年の儀の後、セレスティナに戻る最中だった第二王子フィリップ・アルト・レティーラ殿下を道中にて拉致監禁し、入れ替わった。この事実に相違はないか」
「あなた方がそれを真実だと言うのなら、きっとそうなのでしょうね」
処刑される覚悟はできている。だが、あまりにも素直に肯定してしまっては、逆に不審に思われるだろう。
かと言って、見苦しく取り乱して否定するつもりもない。だって、自分はこれから処刑されなくてはいけないのだから、罪を否定する理由が無い。
アールが穏やかに言葉を返せば、なんと不遜な、とアズノール公爵の取り巻き達がざわついた。
彼らはこの偽物を作り上げたのが誰なのかも知らず、第二王子を騙る偽物に悪意を向けている。アズノール公爵の隣に座る偽物を本物だと信じて疑わない……アルトは、あの日自分を逃がすために死んだのに。
滑稽だ。誰も彼もが、公爵に踊らされている。
(……一番の道化は他でもない僕だけど)
アールが処刑される瞬間、この国の民の全てが憎悪を向けるだろう。人気の第二王子を騙った大罪人に。
そして悲劇の王子となった『フィリップ』が、これから更に成果を打ち立てて、王になるのだ……もっとも、その『フィリップ』がアズノール公爵の新たなる傀儡であることには不服だが。
(あぁ、でも……あの子は、どんな顔をするだろう)
ふと頭をよぎるのは、チェス盤を前に俯いていた少女。
──誰かの願いのために、お父さんが死んだと知って……どうしたら良いか分からなくなりました。
モナカ・オルフェ……否、きっと本名はこうだ。モナカ・モネ。
偽物王子の真実を隠すために、父親を殺害された娘。
(……どうか、僕のことを憎んでくれ)
心優しい彼女は、誰かを憎むことを良しとしないだろうけれど。
それでも、あんなに悲しい顔をするぐらいなら、いっそアールを憎んで憎んで、そして処刑の瞬間に、父の仇が死んだのだと少しでも胸のすく思いをしてほしい。彼女にはその権利がある。
「罪人よ、お前はここに挙げられた罪状を、全て認めるか?」
そこに挙げた罪だけでは足りないな、とアールは胸の内で呟く。
アールの罪は十年前──本物のフィリップ・アルト・レティーラを死なせた瞬間から始まっているのだから。
だから、フィリップ・アルト・レティーラはこう答える。
「全ての罪を認めます」
フィリップを死なせた罪も。その遺体を焼き払い、成り変わった罪も。多くの人間を騙した罪も……モナカの父親を死なせた罪も。
全てを背負って、アール・クラナータはここで死ぬ。
背後で扉の開く音がした。きっと兵が自分を連行するのだろうと考えるアールの耳に、聞き覚えのある声が響く。
「お待ちください」
それは聞き覚えがあるのに、聞き覚えのない声だった。
アールはその声を知っている。だが、その声の主は、こんな会場中に響くような喋り方をしない。
コツ、コツ、と華奢なヒールの音がする。
ゆっくり振り向けば、そこにはフードをかぶった『沈黙の魔女』と『鮮血の魔女』の姿があった。
アールは『鮮血の魔女』ルベリア・スカーレットとは面識があった。ルベリアは一瞬だけ『フィリップ』に哀れみの視線を向けた後、モナカの斜め後ろに立ち最高審議会の面々を見下ろした。
一方『沈黙の魔女』は、ほっそりとした体に沿う濃紺のローブを身につけていた。ローブは裾が後ろに長く伸びるデザインで、一歩歩くごとに裾がヒラヒラと揺れるのが美しい。
立ち尽くすアールの前で、『沈黙の魔女』は薄紅に彩られた唇を開いた。
「こちらにおわす方は、本物のフィリップ・アルト・レティーラ殿下にございます」
凛と響く声で宣言し、『沈黙の魔女』はフードを外す。
あらわになった横顔は、化粧こそしているが、見間違えるはずがない。
「そのことを、七賢者が一人『沈黙の魔女』モナカ・エルノートが証明してみせましょう」




