第百八十二話:vs魔王
ローランが短縮詠唱で広範囲に雷の矢を放つ。
メランとヘッケランは飛行魔術でそれを回避しつつ、それぞれ火球と炎の矢を放った。だが二人分の攻撃をローランは、同時展開した防御結界で難なく守る。
流石『結界の魔術師』を名乗るだけあって、その防御結界は硬い。
防御結界の強度は魔術師の力量に大きく左右される。一般的な魔術師なら、一度攻撃を防げば結界も脆く砕けてしまうものだが、ローランの結界は強度が桁違いなのだ。
メランの火球で辛うじてヒビが入る程度。ヘッケランの炎の矢は速射性に長けている分、威力をぎりぎりまで落としているので、三十発は撃ちこまないと結界を破壊できないだろう。
「ふむん」
ローランの攻撃魔術を回避しながら、ヘッケランは思案する。
ローランの魔術は無詠唱のモナカほど素早く連発できる訳ではないが、短縮詠唱なので充分に脅威となる速さである。
おまけに威力が高い。ヘッケランの叔父である『弾劾の魔術師』には劣るが、そこらの上級魔術師よりは遥かに破壊力がある。ヘッケランの防御結界では一発防ぐのがやっと、といった程度だろう。
(速度と正確さはモナカに劣るが、叔父より上。威力の面では叔父に劣るが、モナカより上ってとこかぁ……なるほど、偏りがないから隙がねぇ)
一般的な防御結界は盾のような平面のものと、術者を覆う半球体の二種類がある。
平面結界のメリットは魔力の消費が少ないこと、強固な結界を作りやすいこと、そして結界を張ったままでも容易に移動ができることである。
一方、半球体結界は消費が激しく、結界が薄くなりがちで、移動がしづらい。しかし、あらゆる角度からの攻撃に対応できる。
臆病なモナカ・エルノートは基本的に半球体結界を多用する。モナカは戦闘中に動き回ることは少ないし、多方面からの攻撃を察知するのが下手だからだ。
一方、ローラン・ヴァイスは平面結界の扱いが絶妙に上手かった。相手の攻撃のタイミングと方向に合わせて的確に結界を作動するから無駄が無いし、飛行魔術で高速移動もできる。
つまるところ、ローランは圧倒的に戦闘慣れしているのだ。
一方、ヘッケランは防御結界は使えるもののローランの攻撃を何発も防げるほどの強度はない。メランに至っては、そもそも防御結界自体使えない。なので、ひたすら飛行魔術で回避するしかないのだ。
「……そろそろ飛ぶぞ」
「了解っす」
ヘッケランとメランは飛行魔術でローランの攻撃魔術を回避するふりをしつつ、少しずつローランを誘導する。木々が深く生茂り、視界が不明瞭になりやすい森の奥へと。
障害物が多い場所では、飛行魔術で速度を出せない。ヘッケランはともかく、細かな魔術制御が苦手なメランには圧倒的に不利な立地である。
そんな場所にローランを誘導したのは何故か──当然、罠を仕掛けてあるからだ。
ローランが飛行魔術で飛行しつつ、追撃用の攻撃魔術を詠唱する。ローランの手元に水の槍が生まれた。
魔術師が一度に使える魔術は基本的に二つだけ。そして今、ローランは飛行魔術と攻撃魔術を使っている──つまり防御結界を張れない。
「………………ここだ」
ヘッケランが指を鳴らすと同時に、周囲に仕掛けられた魔導具の罠が発動した。
ローランを取り囲むように四方八方から炎の矢が飛来する。水の槍一本では完璧な防御は不可能な、必殺の一撃。
しかしローランは顔色一つ変えず、手元にある水の槍を握り潰した。すると、ローランの手元の水が蜘蛛の糸のように形を変え、周囲に広がる。
攻撃魔術と見せかけた防御魔術だ。網にも似た水の糸はすべての炎の矢を受け止め、蒸発する。
ローランは飛行魔術を解除し、左手で杖を一振りした。
無数の氷の矢が地面に降り注ぎ、ヘッケランが森の中に仕掛けておいた魔導具を、一つ残らず破壊する。
「以前セレスティナで行われた魔法戦……あの結界を張ったのは私です。
当然、あの時の魔法戦も私は全て見ているのですよ」
つまり、魔導具で罠を仕掛けるヘッケランの手の内はお見通しということらしい。
チィッと舌打ちをするヘッケランを横目に、ローランはとある違和感を感じていた。
(おかしい……魔術もまだそれほど使っていないというのに、魔力の減りが早い……)
ローランはヘッケランとメランを相手取る際に、魔力消費の少ない平面結界を多用し、また魔力消費のそれなりに多い魔術も扱ってはいたが、明らかに魔力の減りが早いのだ。
竜討伐の遠征の時も、より魔力消費の多い魔術を多用することはあっても魔力切れなどほとんどないのだ。それはローランが常に魔力の消費量を計算した戦い方をしているからだ。
当然今日も消費魔力を計算して戦っているのに、いつもより消費が早いとなれば……恐らく結界に何か仕組まれているのだろう。
(魔力切れの可能性も見えてきた以上、短期決戦。あまり時間はかけられませんね)
相手に自身の違和感を悟らせないよう、ローランは少しだけずれた片眼鏡を指先で直しつつ、あくまで上品に微笑んだ。
「狩りがお好きだそうですね、ヘッケラン・ジェラート?
実は私も……竜狩りを少々嗜んでいましてねぇ」
ローランが短く詠唱し、杖を一振りする。すると、ヘッケランとメランの二人をぐるりと囲む半球体結界が生まれた。これは外敵からの攻撃を防ぐための結界ではない──ヘッケランとメランを閉じ込めるための結界だ。
ローランの唇が吊り上がり、ニタァと凶悪な笑みを刻む。
「しかし竜というのは図体がでかい割に、なかなかに素早い。
だから、逃げられぬよう結界内に閉じ込めて、ありったけの攻撃魔術を叩き込むんですよ……こんな風に」
ローランが杖を振り上げ、詠唱をする。ヘッケランとメランを閉じ込めた結界内に、宣言通りありったけの攻撃魔術を叩き込むつもりだ。
ローランが詠唱の最後の一節を口にしようとしたその瞬間……ローランの背後から、魔法剣を握りしめたダーウィン・クリームが飛び出し、無言で切りかかった。
──ローランさんには正攻法じゃ勝てません。不意をつく必要があります。
作戦会議の時にモナカは、そう言った。
恐らく、モナカなら正攻法でも勝てるのだろう。それだけの技術と魔力がモナカにはある。
だが、技術でも魔力でも劣るヘッケラン達が勝つには、罠を駆使してローランの隙を作るしかない。
仕込んだ魔導具の罠は全て、このダーウィンが攻撃する隙を作るためのものだ。
剣術の授業で首席だったダーウィンの一撃は、無駄がなく静かだった。剣術に長けた人間でも、回避は難しい一閃。
それを、ローラン・ヴァイスは無造作に杖を背後に回して、受け止める。
「ぐ、むっ……!?」
ダーウィンは踏ん張って更に切り込もうとしたが、ローランの杖はピクリとも動かない。
ならば第二撃をとダーウィンが剣を引いた瞬間、ローランの杖が跳ね上がり、剣を絡めとる。
そしてローランは何の躊躇もなく杖を手放し……掌底をダーウィンの腹に叩き込んだ。
魔法戦の結界内では、物理攻撃でダメージを与えることはできない。だが、掌を魔力で覆えば話は別だ。
つまるところ、ローランは己の掌に極小の防御結界を張り、その結界でダーウィンをぶん殴ったのである。そんな原始的な戦い方をする魔術師など、まずいない。
ダーウィンは口から空気の塊を吐き出しながら吹っ飛ばされ、地面を転がる。
ローランはパンパンと手を払い、どこまでも美しく、優雅に微笑んだ。
「言ったでしょう? お前達の魔法戦を私は見ていたと……潜伏した伏兵がいることに、私が気づいていないとでも?」
ローランは地面に転がった杖を爪先に引っ掛け、軽く蹴り上げる。そうして宙に浮いた杖を握りしめると、その杖で掌をパシパシと叩いた。
その仕草が鞭を手にした拷問官に見えるのは、全身から滲む禍々しい殺意のせいか。
結界に閉じ込められていたメランが、恐怖にブルブルと震えながら手を前に突き出す。
「う、うぅぅぅわああああああああああ!!」
メランはありったけの魔力を振り絞って、己を閉じ込める結界に火球をぶつけた。
メランの火球は対象にぶつかると破裂し、炎を撒き散らす性質を持っている。当然に結界内で小爆発が起こり、メランとダーウィンはダメージを受けた。
魔法戦では、魔術による攻撃で肉体が傷つくことはない。だが、痛みは感じるし、ダメージの分だけ魔力が減る。ヘッケランとメランの全身を、火に炙られた時の激痛が襲い、魔力がごっそりと削られた。
それでも、メランの火球は二人を閉じ込めていたローランの結界を破壊する。
ローランが舌打ちして後方に意識を向けた瞬間、ダーウィンが魔法剣を拾い上げてローランに切りかかった。それをローランは杖で捌く。
その隙にグレンとヒューバードは詠唱し、残り少ない魔力で飛行魔術を起動した。
ヘッケランが炎の矢をローランに放つ。それをローランが防御結界で防いだ隙に、メランがダーウィンの体を引っ掴んで、ローランの届かぬ高さまで浮上する。
「ここは一時撤退っす!……うぅうぅぅ、おーもーいー!!」
メランは顔を真っ赤にしつつ、ロベルトをぶら下げてその場を離脱する。ローランの意識がメランに向けられていた隙にヘッケランもその場を離脱していた。
ローランは舌打ちをし、飛行魔術を起動する。ヘッケラン・ジェラートは見失ったが、ダーウィンをぶら下げたメランはフラフラと危うい飛行をしている。あれなら、すぐに追いつける。
さぁ、早くクソガキどもを絞めあげ、『沈黙の魔女』の企みを白状させて、最高審議会に向かわなくては。




