第百八十一話:悪の所業
ローラン・ヴァイスの乗った馬車が入っていった森を見下ろす高台に、小さな魔法陣が設置されている。魔法陣の中心には水晶玉が設置されており、そこに森の中の様子が映しだされていた。
魔法陣を囲っているのは『沈黙の魔女』モナカ・エルノートと『無情の魔術師』ミリア・アルト、ラーク・ヴェルトン、そしてニーア・キャンベルの三名。
水晶玉の中では、丁度ローランを乗せた馬車が停まるところだった。
そのタイミングでモナカは魔法陣に杖をつき、ミリアと共に手を伸ばして、無詠唱で術式を起動する。
すると魔法陣はたちまち白く輝きだし、それに呼応するかのように高台の下にある森全体も淡い光に包まれた。
「……魔法戦用の結界、発動しました。結界の維持をお願いします」
モナカの言葉にラークとニーアが頷き、結界に魔力を送り込む。
本来魔法戦の結界は、発動して維持するために上級魔術師が二人は必要だと言われている。
だが、実際のところ複雑なのは結界の発動だけで、維持そのものはある程度の魔力量があれば問題ない。
そこで今回は、複雑な結界の発動だけをモナカが行い、その後の維持はラークとニーアの二人が引き受けることになっていた。
水晶玉の中では、早速魔法戦が始まっている。
派手に舞い上がる爆炎に、ニーアがゴクリと唾を飲んだ。
「……始まりましたね、足止め作戦」
硬い声で呟くニーアに、ラークが「あぁ」と低い声で頷く。
* * *
アズノール公爵との決着をつけるにあたって、モナカにはどうしても最高審議会の場から遠ざけたい人物がいた。
それが『結界の魔術師』ローラン・ヴァイスだった。
「ローランさんを、審議会に出席できないように、足止めをして、ほしいんです」
二週間前に正体を明かしたモナカは、作戦会議の場でそう言った。
これに異を唱えたのは、ローランの弟子のメランだ。
「師匠は第一王子派で、アズノール公爵の敵なんスよね? じゃあ、事情を話したら味方してくれるんじゃ……」
「いいえ」
モナカは首を横に振り、キッパリと断言する。
「ローランさんに味方になってもらうためには、事情を全て話す必要があります。
でも、十年前の真実を知ったら……ローランさんは、全てを公表することを選ぶ筈です」
十年前に本物のフィリップ王子は死んだこと。
そしてその主犯がアズノール公爵とアール・クラナータという従者であること。
また、現在の第二王子を自称する人物が第二王子その人ではないこと。
その事実をローランが知ったら、ローランは嬉々として真実を公表するだろう。そうすれば、アズノール公爵と偽物王子の息の根を確実に止められる。
「ローランさんには『生徒会長』を助ける理由がない……ので、この作戦に協力してもらうのは、無理です」
たとえモナカやメランが義理人情に訴えて泣きついても、ローランは真実を公表することを選ぶだろう。ローランは、そういう選択ができる人間だ。
政治闘争の場において、必ずしも「敵の敵は味方」という展開になるとは限らない。
なによりローランは目敏い上に弁が立つ。
最高審議会の場にローランがいたら、モナカが仕掛けることを見抜いて、論破しようとする可能性があった。
最高審議会の場でアズノール公爵との対決に専念するためには、どうしてもルイスがいると都合が悪いのだ。
「師匠は味方にしても怖いんスけど、敵にするとその百倍は怖いんスよね……」
モナカの呟きに、モナカも深々と頷き同意する。正直、議論の場でモニカに勝ち目は薄い。
「だから、審議会の日はローランさんを足止めしたいんです……魔法戦で」
魔法戦で?と疑問の声をあげたのは、第二王女のセフィルだった。
「何故、七賢者の『結界の魔術師』様に、あえて魔法戦で挑むのですか?
……あ……なるほど……」
察したように抜けた声を漏らすセフィルにメランは大きくコクコクと頷いた。
ローランの戦い方をよく知るメランは、大真面目な顔で力説した。
「師匠は『敵を倒すなら、魔術を使うよりぶん殴った方が早い』って言うような人なんす!」
一同がコメントに困る中、モナカも真顔で頷く。
「ローランさんは、肉弾戦も魔術も強いので、せめて物理攻撃だけでも封じないと、勝ち目がないんです」
かつて七賢者選抜の魔法戦で、モナカはローランに勝利している。だが、それが実戦だったら、敗北していたのは間違いなくモナカだろう。
対人戦におけるローランは、魔術で敵の目を眩ませて距離を詰め、相手を素手で叩きのめす戦い方を好む。
魔術で戦い慣れた人間にとって、詠唱なしで飛んでくる拳や蹴りは非常に脅威であった。
「おまけに師匠は勝つためなら手段を選ばないっす! そりゃもう、ありとあらゆる手を使ってくるっす!」
「物理攻撃有りの戦場は、ローランさんの独擅場です」
「しかも、殴り合いしてる時の師匠は、ちょっとテンションがアレなんっすよ!血が騒いじゃってる的な!」
「そうなんです! 笑い方が! 怖いんです!」
「師匠の杖は、気に入らないやつをタコ殴りにするためにあると言っても、過言じゃないっす!」
「だから、物理攻撃を無効化できる魔法戦用の結界は、絶対絶対必要です!」
「実は私も、一度魔法兵団にお忍びで入ったときがあったんですけど……その時の、詰め寄る『結界の魔術師』様と言えば……それはもう……」
段々と声に熱がこもる二人と、ローランへの軽いトラウマを訴えるセフィルに、一同は気圧されていた。
『結界の魔術師』ローラン・ヴァイスは、美しい容姿と貴公子然とした振る舞いで、社交界の女性達の人気者……というのが、この場にいる者の大半の認識である。
その貴公子然としたローラン像を木っ端微塵にするモナカとメランの叫びは「そんな大袈裟な」と笑い飛ばすには、あまりにも実感がこもりすぎていた。
* * *
魔法戦の結界内の様子を映す水晶玉には、炎の魔術が飛び交う様子が映しだされている。
ローランの魔術が優れているのは言うまでもないが、その弟子のメランもまた、膨大な魔力の持ち主だ。並大抵の結界なら、火球一発で破壊できるぐらいの威力がある。
しかし、そんな火球の流れ弾を受けても、モナカが張った魔法戦用の結界はびくともしない。
結界の維持を託されたラークは、目の前にある結界に魔力を注ぎつつ、その結界の精緻さに舌を巻いた。
魔法戦用の結界は非常に複雑で高度だ。一日二日で作れるような代物ではないと聞く。
学園で魔法戦騒動があった時だって、既存の結界の調整に三日はかかったのだ。
それをモナカはほんの数十分で仕上げた。ミリアの補助があったとはいえ、作業にかかった時間は、魔法陣を描くのに使った時間だ。魔術を組み上げるのは、ほんの一瞬。それも無詠唱。
改めて思い知らされる。今、自分の目の前にいるのは本物の『沈黙の魔女』なのだと。
ポテポテと鈍臭い走り方で駆け寄って、小さい手をもじもじと捏ねて。シリル様、とはにかみながら微笑んで。
「それじゃあ、わたしは……お城に、向かいます。何かあれば、そこに残るミリアに聞いてください」
そう言ってモニカは魔法陣から離れる。
これからモナカはアズノール公爵と戦い、アール・クラナータという一人の青年を助けるために、最高審議会の場に向かうのだ。七賢者が一人『沈黙の魔女』として。
今、モナカは七賢者だけが着ることを許されるローブを身につけている。
化粧を施し、髪を美しく結いあげたその姿は、いつものモニカとはまるで別人だ。それでも、へにゃりと眉を下げて笑う顔は、ラークの知るモナカ・オルフェという少女となんら変わりない。
内気で、人見知りで、鈍臭くて、泣き虫で、自分に自信が無くて、そのくせ数字が絡むと目の色が変わって……ラークが見てきた「モナカ・オルフェ」の全てが演技だったわけではないのだ。
ラークはゴホンと咳払いをすると、生徒会副会長の顔で告げる。
「持てる全てを出し切ってこい」
「……はい!」
頷くモナカは、今までラークが見た中で一番の笑顔だった。




