第百七十八話:完璧令嬢の教授
生徒会室でモナカが正体を明かした日から、時間が過ぎるのは、あっという間だった。
モナカは授業を休んでオルゴール伯爵領の『歯車鍵の工房』に篭り、魔導具の製作をしつつ、合間を見てセレスティナに戻り、生徒会室でメアリーのレッスンを受けていた。
メアリーの特訓は、いかに七賢者として相応しい振る舞いをするか、というものだ。
それはセレスティナにおけるマナーの授業と似ているようで、微妙に違う。
「セレスティナでは『淑女たるもの決して前に出すぎず、控えめに、たおやかに』と教えているけれど、それはあくまで令嬢の振る舞い。
七賢者としての振る舞いとは別と考えなさい」
特訓の初めにメアリーはそう宣言した。
これからモナカが戦う舞台は、レティーラ王国の最高権力者達を集めた最高審議会。
モナカはここでアズノール公爵を始めとした、政治闘争に長けた権力者達と向き合わなければならないのだ。ならば模範的な令嬢らしく控えめな振る舞いをしても、ただ食われるだけ。
まして小柄で声の小さい少女など、眼中にない者もいるだろう。同じ七賢人でも、若い女性というだけで『沈黙の魔女』が軽んじられることは珍しくない。
「必要なのは堂々とした態度。
自分はこの場に相応しい人間なのだと周囲に認めさせたいのなら……まずは、自分自身に言い聞かせなさい。自分はこの場に相応しい人間だ、と」
「う……はい」
どこにいたって、自分だけ場違いなのではないだろうか、と考えてしまうモナカにとって、メアリーの指摘は改善が難しいものだった。
モナカが自信なさげに俯くと、メアリーはモナカの顎の下に扇子を添えて、グイと上を向かせる。
モナカの正体が七賢者だと分かっていても容赦の無い態度だ。
「貴族は自分がこの場に相応しい人間だと周囲に認めさせるために、ありとあらゆる手段を使います。
言葉遣い、容姿、身につける物、従者、交友関係、血縁関係、財産……それらを使って、自分の価値を周囲に認めさせるのよ。
ならばこちらも、用意できる全ての手段を使うまで」
その手段一つが立ち居振る舞いと喋り方だ。
ここ最近のモナカはすっかりどもることも減ってきたが、それでも言葉が途切れがちになったりすることも多い。
故にメアリーは徹底的に、発声や滑舌の指導を行なった。
無論、並行して姿勢や歩き方の指摘も忘れない。
特訓がキリの良いところまで進み、少し休憩をしていると、生徒会室にエリックとラークが戻ってきた。二人とも手には大量の書類を抱えている。
「頼まれてた証言、だいぶ集まったぜ。
これだけの証言が集まれば、議会も無視はできないだろうさ」
「アーディアの助言を元に修正した作戦案だ。
詳細は地図に書き込んであるから確認してくれ」
モナカは二人から書類の束を受け取り、素早く中身に目を通す。
エリックを始め、セフィルやミディアム、オベールなど学園内で影響力の強い面々には、学園内で「とある証言」を集めてもらっていた。
一つ一つの証言の影響力は小さいものだが、数が集まれば、それは強力な武器となる。モナカ一人ではこれだけの証言を集めることはできなかっただろう。
そして、ラークとアーディアには作戦の細かな見直しと、当日実働する者達への指示、調整役を頼んでいる。
黒い聖杯もほぼ完成しており、今はヘッケランとガーリックが最後の仕上げをしている段階だ。
(……みんなが力を貸してくれなかったら、ここまで辿り着けなかった)
その事実を噛みしめながら、モナカは書類一つ一つにしっかりと目を通す。
周りの者達がここまで尽力してくれているのだ。ならば、モナカはそれに全力で応えなければならない。
最高審議会の場で、七賢者『沈黙の魔女』モナカ・エルノートとして堂々と振る舞い、勝利を勝ち取る。
そのために、モナカにはしなければならない最後の仕上げがある。
それは、同僚との共闘でもあり、初恋との決別だ。
「後三日……時間は限られているわ。でもだからこそ、仕上げは焦らず冷静に行うべきね。
だって今から貴方が会いに行こうとしている相手にしくじれば、最高審議会に向かう前に破滅してしまうような相手なのだから」
今から会いに行く相手とその正体はメアリーに伝えていた。エリックとラークは何のことか分かっていないから気まずそうに腕を組んでいるが、今回に関しては知らないほうが幸せなほどの相手なのだ。
「はい、分かってます……だから、味方に付けないといけないんです。" 私 "の……説得で」
これは最高審議会の前の、この作戦一番の大仕事になるだろう。
エリックが「おい」とメアリーとモナカに声をかけると、モナカがそれを手で制した。そして深く空気を吸えば、その視線はエリックとラークに向いていた。
「今から、私が会いに行く人物は、片方は私と同じ七賢者、もう片方はこの国の英雄の家系……
──『無情の魔術師』ミリア・アルトと、5代目『鮮血の魔女』ルベリア・スカーレット、です」




