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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第十四章:沈黙の魔女編
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第百七十七話:魔力の吸い取りは、掃除機のように勢いよくするものです

 先々月領地を継いだばかりの若きオルゴール伯爵、カイル・ラックゴールは非常に多忙の身であった。

 とにかく覚えるべき仕事、挨拶すべき相手が多く、休む時間も惜しい。そんな彼が執務室を離れて外出するのは街の視察のためであった。

 彼が治める領地は技術者が多く、特に工業や魔導具開発における収入は国内でも三本指に入ると言ってもいい。その中でも、この領地に本家を置く『歯車鍵の魔術師』の家系の存在は大きい。

 古くからオルゴール伯爵家が素材と経営を、『歯車鍵の魔術師』が制作を行うことで栄えてきた。

 帝国が医療魔術に力を入れているなら、魔導具開発に力を入れているのがレティーラ王国だ。そんなレティーラ王国の中でも、工業魔導具など大掛かりな魔導具を扱っている工房はそう多くない。

 そして、工業魔導具の工房を最も多く抱えるのが、オルゴール伯爵領であり、『歯車鍵の工房』なのだ。

 カイルがこれから向かう工房は、『歯車鍵の魔術師』自らが魔導具制作を行う本拠地、『歯車鍵の工房』だ。


 話は遡ること数日前。


 カイルの生涯のライバルにして七賢者が一人『沈黙の魔女』モナカ・エルノートが、突然カイルの屋敷に乗り込んでくれば、資料を広げて「この素材を集めて」などと言い出した。

 その上『歯車鍵の魔術師』謁見の許可も求められた。

 なにやら極秘で作りたい物があるらしいが、わざわざ『歯車鍵の工房』を使わせてもらうだなんて、ただ事じゃない。

 それでも七賢者であるモナカに「オルゴール伯爵」として協力を請われれば、カイルだって悪い気はしなかった。

 無論、タダで協力してやるのは癪に障るので、きっちり対価は要求したが。

 モナカが今作ろうとしているのは、宝石に魔術式を組み込んだ簡単なアミュレットとは訳が違う。専門の設備が無くては作れない、非常に高度な魔導具だ。

 レティーラ王国の魔導具産業の一端を担う身としては、非常に興味の尽きない魔導具である。

 だから、カイルが興味を持って足を運ぶのは当然のことだった。


(僕が工房に顔を出すのは、領主として当然の行い。そして、手土産に伯爵家自慢の料理人が作った焼き菓子を用意したのは、工房の人間を労うためであって、民想いの領主として当たり前のことをしただけのこと……えぇ、勿論、深い意味なんてありません)


 自分にそう言い聞かせつつ、カイルは工房の扉を開けた。


「ご機嫌よう、エルノート特待泊、ハイムーン特待泊。開発は順調ですか?

 ところで、十分な栄養補給と食事は済ませていますか?偶然にも焼きたての菓子がありますから、どうせならお茶でも一杯……」


「ん〜んっ?なぁんか見覚えのあるツラだなーぁ?」


 工房の中ではモナカが机にかじりついて、凄まじい勢いで羽ペンを動かしており、向かいの席で赤毛の男が薬液の調合をしていた。

 カイルに声をかけたのは、この男の方である。

 数秒遅れてカイルに気づいたらしいモナカが、紙面から顔を上げてカイルを見る。


「あ、カイル、こんにち……」


「モナカ、ちょっと、こっちへ、来なさい」


 カイルは無表情でモナカを手招きする。


 モナカは羽ペンを置いて、トテトテとカイルに近づき「どうしたの?」と小首を傾げた。どうしたもこうしたもない。


「なんだって、ジェラート先輩がここにいるんですかッ!!」

「えっと、魔導具作りを手伝ってもらってて…………もしかしてカイルって、ジェラート先輩のこと、苦手だった?」

「ゴードンの人間で、あの人を苦手じゃない人はいません」


 七賢者『弾劾の魔術師』の甥であり、戦闘狂のヘッケラン・ジェラートは、教師生徒問わず、魔法戦をふっかけてくることで有名だ。

 当時、ゴードンでは秀才で通っていたカイルも、何度か魔法戦に巻き込まれ、痛い目を見たことがある。

 カイルはずれた眼鏡を直しつつ、モナカに耳打ちする。


「そもそも、『歯車鍵の魔術師』殿がいるのだから、ジェラート先輩がいなくても問題ないでしょう?!」

「う、うん、そうなんだけど……数日で完成させるには、『歯車鍵の魔術師』様とジェラート先輩の二人でやったほうがいいと思ったから……」


 確かにヘッケランが魔導具作りの天才であるということは、ゴードンにいた頃から何度も耳にしている。

 七賢者であるモナカが制作を任せるほどだから、実際にその腕前はそこらの職人より遥かに上なのだろう。 

 けれど、モナカがそうやって素直にヘッケランを褒めることが、カイルには面白くない。モナカのライバルは自分なのだ。


「でも、カイルが来てくれて良かった……あのね、カイルに協力してほしいことが、あって」

「まぁ勿論、多忙な伯爵の身である僕が魔導具作りに手を貸すことはできないですけど、魔導具製作や特許取得に必要な各種手配で知恵を貸すぐらいなら……」


「カイルの魔力が、ほしいの」


 カイルの眼鏡がずるりと傾く。


「……今、なんと?」

「えっとね、いろんな人の魔力のサンプルが欲しくて、工房の人には全員にお願いしたんだけど……魔力量が多い人ほど抽出がしやすいから、魔力量の多いカイルのがほしいなぁって」

「………………」

「私とジェラート先輩のは、もう調べ尽くしちゃったから……」


 とりあえず傾いた眼鏡を直そうと、カイルは手を持ち上げた。

 だが、カイルが眼鏡の傾きを直すより早く、後ろから伸びた長い腕がカイルの首をガシリと固定する。

 耳元に聞こえるのは不快な鼻歌混じりの声。


「よーぉし、魔力サンプル提供者ぁ、確保ぉ」

「ぎゃっ!?」


 ヘッケランはニマニマと笑いながら、カイルの体を羽交い締めにした。その手足は蛇のように長く、カイルに絡みついて離れない。

 青ざめるカイルの前で、モナカは吸引器のような長い管を持ち上げた。


「えっと、カイル、動かないでね。ちょっとギュッとするだけだから」

「ぎゃーーーーーーーーっ!!」


 * * *


 色々と危うい手つきのモナカに魔力の大半を絞り尽くされ、ぐったりと項垂れたカイルは恨めしさを込めた言葉をなんとか絞り出した。


「まったく……この僕の魔力を提供したからには……はあ…はあ…その魔導具、絶対に完成させてくださいよ……」


 息切れを起こすカイルが主張しても、モナカとヘッケランはろくに聞いちゃいなかった。


「やっぱり魔力量が多いと、検査結果が出るの、早いです」

「だがぁ、微小な魔力量からでも、魔素を抽出できるようにしねぇと、使いモンにならねぇだろ」

「はい、ここから検査精度を上げていきます」


 モナカとヘッケランは血液のサンプルを混ぜた試薬の記録に忙しそうだった。

 やっぱり面白くないカイルは、ムスッとしつつ机の上に散らかっている資料に目を通す。

 カイルは魔導具に関しては専門家ではないが、ゴードン時代に基礎は一通り学んでいる。

 世間に流通している魔導具のおよそ六割は、宝石に魔術式を組み込んだ「アミュレット」と呼ばれる物だ。

 これは主に、防御結界などの魔術式を組み込み、護身用の装飾品として貴族達に愛用されている。

 だが、近年は工業化が進んでおり、機械や船の一部に魔導具の技術を組み込むことも珍しくはなかった。

 寧ろその分野において、レティーラ王国は他国よりも一歩進んでいると言って良い。

 そして今、モナカが作ろうとしている物が、魔導具産業の新しい風となることは間違いなかった。

 だが、素材を提供しているカイルとしては、物申したいことが幾つかある。


「この魔導具……魔力から魔素を抽出し、解析することで魔力情報を読み取り、遺伝的な病への対策を確立することが本来の目的なのでしょう?

 本来の用途と些かズレているのでは?」


 カイルの指摘に、モナカは手を動かしながら答える。


「うん、本来の用途についても掘り下げていきたいけど、それだと二週間じゃ間に合わないから……今は一番必要な部分だけ完成させたいの」


 モナカはこの魔導具を応用して、血縁関係を証明する装置を作ろうとしている。

 その検査結果を表すやり方が、どうにもカイルには気に入らない。


「この設計、無駄が多すぎませんか?

 本来、検査結果は数値で表すべきでしょう。なんで、こんなやり方で……よく『歯車鍵の魔術師』殿が許しましたね」


 『歯車鍵の魔術師』ガーリック・ハイムーンは、基本的大雑把でおおらかな人間だが、魔導具が関係すれば人が変わったかのように真摯にそして厳しく接する。

 ガーリックとヘッケランとモナカで魔導具を作り出そうとするなら設計図をガーリックにも見せたはずだろうに、このような魔導具をガーリックが作ろうと思えたのが、カイルには不思議でたまらなかったのだ。

 その時、扉がギィィと音を立てて開いた。

 そこから工房に入ってきたのは、今話題になっていた人物、ガーリック・ハイムーンだった。


「やぁ!おはよう、カイル君!……あ、いや今は「こんにちは」の方が良かったな!

 改めて、こんにちは、カイル君!」


 いつも通りの無駄に大きい声で挨拶を繰り出したガーリックに、カイルは「こんにちは」と無難に返事を返せば、菓子の存在に気づいたのか、ガーリックの視線は菓子に釘付けになる。


「これ、食べていいやつ?」

「ええ、元々労うつもりのものでしたので、どうぞお召し上がりください」

「おお、やたー!」


 独特な言い方で嬉しさを表現したガーリックは、もう待ちきれんと言わんばかりに菓子を頬張った。なんと、今のガーリックの一口で菓子を半分も食べられてしまった……元々は、倒れそうだと勝手に思っていたモナカに食べさせるものだったのに。

 カイルが少しばかり喪失感に暮れていると、ガーリックはドサッと椅子に腰掛けた。

 作業を始めるのかと思いきや、ガーリックは試作品を指差した。


「カイル君の質問に答えるぜ。

 まず、こういう魔導具──検査器具でもそうだが、プロが確認するために使うならともかく、今回使う場面を考えれば、結果が誰でも分かるようにしたいんだぜ?

 特に、議会の人達はこういう演出をしておけば、大抵自分の解釈と納得をしてくれるから楽なのさ」

「……なるほど、確かに」


 まさか自分に当たるとは思いもしなかったカイルは、少しばかり戸惑いながらも、先の自分の疑問への返答に聞き入っていた。

 確かに、一般の人々にどのように分かりやすく結果を伝えるのか、ということを考えれば、演出にこだわることも理解が出来た。


「『歯車鍵の魔術師』様の仰っている通り、今回は、演出を大事にしなきゃいけないと思います」


 モナカの言葉がカイルには意外だった。

 モナカはいつだって研究内容の中身を重視していて、それを聞こえの良い言葉や演出で飾り立てるようなことは好まなかったはずだ。

 なにより、分かりやすく派手で見栄えの良い研究でなくとも、モナカの堅実な研究は、いつだってしっかり評価されてきた。


「“ 演出 ”にこだわるなんて、随分と貴女らしくないですね」


 なんとなくモナカの変化が面白くなくて、刺のある口調で言えば、モナカは苦笑を浮かべる。


「……うん、そうだね、そうかも……でもいいの。これを使うのは学会じゃないから」


 セレスティナに通ったことで、モニカも変わっていたらしい。

 ただ愚直に結果だけを伝えるのではなく、時に伝え方を工夫しなくては、主張が大衆に聞き入れられないことを、きっと彼女は学んだのだ。


「えっと、こういうのなんて言うんだっけ……うん、そうだ。ハッタリ。ハッタリ、するの。大勢の前で」


 そう言ってモニカは、ちょっとだけ恥ずかしそうに笑った。

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