第百七十六話:セレスティナ、現生徒会長救出作戦
モナカは自身の考えた策を語れば、それを聞いた一同は誰もが絶句していた。
確かに、その方法なら戦争もアールの処刑も回避できる……だが。
「……失敗したら、七賢者の座を追われるぐらいじゃ済まないわよ?……偽物もろとも処刑されるわ」
アーディアの言葉が全てだった。
モナカは硬い顔で頷く。既にモナカは覚悟を決めていたのだ。
「その時は、私が全ての責任を負います」
この作戦において、最高審議会の場で、実際に行動を起こすのはモナカ一人だ。
最悪の場合、モナカが全ての責任を被って処刑されることも覚悟している。それぐらいの覚悟でないと、アズノール公爵とは戦えない。
張り詰めた空気の中、ラークが口を開く。
「失敗した時のことをあれこれ考えるぐらいなら、この作戦の成功率を上げるために頭を使うべきだろう」
その言葉に、場の空気が変わった。
この作戦に対して、少なくともラークは前向きに検討をしてくれているのだ。
ラークは会議中に見せる鋭い目でモナカを見る。
「オルフェ会計、作戦について疑問点がある。特に、この作戦の要となる魔導具についてだが……」
「皆さんご存知の、真実の聖杯です」
モナカの父が作ろうとしていた魔導具。魔力を分析することで、血縁関係を炙り出すことができる装置。
これが、作戦には絶対に必要なのだ。
「これは……本当に作ることが可能なのか?」
モナカは返事の代わりに、持参した資料を取り出した。辞典並みに分厚いそれは、父の遺した設計図にモナカが手を加えた物である。
その資料をモニカは、ソファに座っているヘッケランに差し出す。
「魔導具製作に関しては、わたしよりジェラート先輩の方が詳しいと思います……見てもらって良いですか?」
「ふむん、俺ぁ、お前が本物の『沈黙の魔女』だと証言させるためだけに呼ばれたんだと思ってたんだがぁ……なるほど、こっちが本命かぁ」
ヘッケランはパラパラと資料を雑に捲る。
本当に読んでいるのかと疑いたくなるような早さだが、ヘッケランはこれで内容がきちんと頭に入っているのだ。
やがて最後の一枚まで目を通したヘッケランは、喉を仰け反らせて笑った。
「アッハッハッハッ!なんだぁ、こりゃ!
ゴードンの教授クラスが使うような設備と材料!予算は王都に家が建てられるぐらいするじゃねぇか!」
「お金はあります。私、お給料全然使わなかったので」
「材料はどこで調達する?
魔導具用に加工済みのオブシディアンとヘマタイトも、魔素抽出用の各種薬液も、簡単に手に入るもんじゃねぇだろぉ?」
そう、黒い聖杯を作るには設備と材料と時間がいる。
だからこそ、モナカ一人では間に合わないと判断したのだ。
「そちらに関しては、事前にカイル──オルゴール伯爵と話をつけて、用意してもらっています」
カイル・ラックゴールは、ゴードン時代のモナカの親友だ。現在は、年の離れた長男が亡くなってしまったことで伯爵の地位を受け継いでいる。
カイルとオルゴール伯爵という単語を聞けば、セフィルが「あぁ」と呟き、アーディアが目を閉じた。
「カイル─カイル・ラックゴールですね。ゴードンの生徒で、三校大会に出場していたと記憶していましたが、まさかあの年齢で爵位を継ぐことになるとは」
「……オルゴール伯爵と言えば、『歯車鍵の魔術師』の家系に並ぶ、魔導具産業を牽引する家系ね……確かに、オルゴールの土地と伯爵家のツテを使えば、一週間足らずで素材は集められるわね」
もし、モナカがこれら一式を調達しようとしたら、それだけで一ヶ月以上はかかるだろう。それだけ魔導具の材料というのは調達が難しいのだ。
審議会までは、もうそろそろで二週間。
材料の調達に一週間、ヘッケランに協力してもらって魔導具の製作に一週間弱。これならギリギリで間に合う。
ヘッケランは魔導具製作に関しては間違いなく天才だ。技術的な面ではミリアはともかく、モナカよりは圧倒的に秀でている。
「……材料が揃えば、作れますよね、ジェラート先輩?」
「ふむん……これを作るには相応の設備がいるぜぇ…?……ゴードンか?俺ぁ、ゴードンに出禁くらってんだが?」
「いいえ」
確かに、魔術師研究機関の最高峰であるゴードンは、魔導具製作設備も当然に充実している。
だが、ゴードンで行動をしては、勘の良いローランに気づかれる可能性があるのだ。それは絶対に避けたい。
だから、モナカは既に別の設備を押さえていた。
「設備に関しては……内密に、『歯車鍵の魔術師』様に施設を使わせていただく許可を貰いました」
『歯車鍵の魔術師』……ハイムーン家当主のガーリック・ハイムーンは、この国一番──つまりは、ミリアと同等の魔導具生産の腕利きだ。
ガーリックとヘッケランの力を合わせれば、魔導具制作は一週間を切れるはずだ。
設備はガーリックに、材料はカイルに、技術はヘッケランに、それぞれ協力してもらえば黒い聖杯作りはクリアできる。
そうなれば、この作戦の最も肝心な仕上げに入れる。
「んっん〜……俺ぁまだ手伝うって言ってないぜ?……当然、ご褒美はあるんだろうなぁ?」
ヘッケランがいやらしくニタリと笑えば、メランが鼻の頭に皺を寄せるのが見えた。
だが、ヘッケランの発言はモナカにとって想定内だ。
「……ジェラート先輩の大好きな、魔法戦の舞台をご用意します」
「お前が相手してくれんのか? モナカぁ?」
「いいえ。でも、間違いなくとびきりの強敵です。ジェラート先輩も満足できるお相手かと」
そして、この魔法戦が作戦の要の一つでもあるのだ。
──とある人物の足止め。そのための魔法戦。
モナカがその人物の名を挙げれば、室内の誰もが絶句し、ヘッケランほゲラゲラと笑いだした。
「いいぜ、いいぜぇ!そんな機会、滅多にない!
アッハハハッ!!さっすが、俺の女王様だなぁ?犬の使い方を心得てる」
「あのぅ、ジェラート先輩……その、女王様っていうの……やめて……くださ……」
モナカが居た堪れない顔で主張しても、当然ヘッケランが耳を貸す筈もない。
挙句、ヘッケランはソファから立ち上がると、モナカの前で膝をついて、にんまり笑った。
「命じてくれよ、俺の女王様。お前の猟犬に、獲物の喉笛を食い千切れって」
「いえあの、喉笛を食いちぎらなくても……足止めで充分なので……」
モナカの前に膝をつくヘッケラン、というなんとも恐ろしい光景に、誰もがかける言葉を失っている。
その視線に居た堪れなくなったモナカが半泣きで「あぅあぅ」と呻いていると、ラークがゴホンと大きな咳払いをした。
「オルフェ会計の作戦の概要は理解できた。セレスティナ学園生徒会副会長として、その作戦の決行を許可する……が」
ラークは言葉を切ると、生徒会室にいる面々を見回す。
「これは、一歩間違えれば身の破滅に繋がる作戦だ。参加は強制しない。もし断りたい者がいるなら、今の内に退室してくれ」
「私は、やるしかないわね」
間髪入れず口を開いたのは、ニナだった。
「協力するのなんて、友達が頼ってくれたから……それで十分よ。
それに、私はこの作戦にあまり必要ではないけれど、保険としての役割なら私以上の適任はいないでしょ?」
そう言ってニナは優しげな笑みをモナカに浮かべた。
「仕方ありません、私も泥舟に乗させてもらいます」
二番目に頷いたのは、意外にも第二王女のセフィルだ。
「このままアズノール公爵に好き勝手にされては、アルトお兄様が報われませんから。
どうせなら、あのアールという従者には、私的に恩も売りたいことですし。
それに、貴方の仕上げの作業には、私もいた方がいいと思いましたので、『沈黙の魔女』様」
続いて、ニーアが生真面目に挙手をして発言する。
「僕も協力します。
この作戦……僕は、勝算は決して低くないと思います。生徒会長を解放して、戦争も回避……僕達なら、きっとできるはずです」
「ニーアが協力するなら……失敗して、ニーアを破滅させるわけには、いかないわね……」
絵に描いたように誠実なニーアの横で、アーディアが心の底から面倒臭そうにぼやいた。
「自分も協力します」
スッと挙手をしたのは、ダーウィン・クリーム。
この場で唯一、隣国ザンバール王国の人間である。
「レティーラ王国と帝国が戦争になれば、その境界にある我がザンバール王国もただでは済まない……いえ、むしろ、王国は帝国より先に我がザンバールを攻めて、帝国侵略への足がかりとするでしょう。
それに、なにより……」
ダーウィンは精悍な顔を更にキリリと引き締めて、モナカを見る。
「『男を見せる機会は逃すな』と兄から言われています」
男を見せる、とはなんだろう。とモナカは思った。
とりあえず、ダーウィンを見れば良いのだろうか?
困惑するモニカに、ダーウィンは大真面目に言う。
「どうぞ、存分に自分を見てください。モナカ嬢」
「は、はい……」
「この作戦、全ては貴女の振る舞いにかかっていてよ?モナカ・オルフェ」
メアリーはあえてオルフェ姓で言い放ち、細い顎をツンと持ち上げて高飛車にモナカを見据えた。
「最高審議会はこの国のトップが集まる場……ともなれば、そんな小市民じみた態度では、何を語ったところで鼻で笑われることでしょう」
「う、うぅ……それは……」
自分の容姿や振る舞いが、七賢人の威厳に欠けていることを自覚しているモナカはビクビクと縮こまる。
メアリーは扇子をピシャリと閉じて、鋭く言い放った。
「我が生徒会役員が最高審議会で恥をかかぬよう、あたくしが徹底的に指導をしてさしあげましょう」
美しい顔に浮かぶ気丈な笑みが、最後にほんの少しだけ、切なげに揺れる。
「あの愚かな従者を救い出して、必ず伝えなさい……フィリップ殿下の最期の願いを」
モナカはハッと息を飲み……そして、コクリと力強く頷いた。
エリオットはぐったりとした顔で溜息を吐く。
「……やれやれ、参った。本当に参ったぜ……俺は、傍観者に徹するつもりだったのに」
そう、エリックは徹頭徹尾、傍観者だった。多くを知りながら深くは関与せず、見ているだけの存在。
それでもこの場でアールとフィリップのことを誰よりも知っているのは、他でもないエリックなのだ。
「あぁ、そうだ。そういや俺はまだ、あいつに『ザマァ見ろ』と言えてない。あいつを指さして笑ってやるために救出に手を貸すのも悪くはないな」
エリックは皮肉っぽく笑い、モナカに告げる。
「大嫌いな俺に助けられたあいつの、死ぬほど嫌そうな顔を拝んでやろうじゃないか」
「あのぅ、メラン様は……どうされるのです?」
ポソポソと小声でメランに訊ねたのは、ミディアムだった。
こういう時、賛成にしろ反対にしろ、真っ先に意思表明をしそうなメランが、今は腕組みをして難しい顔で黙り込んでいる。
それも当然だった。この作戦の参加に一番悩むのは、間違いなくメランなのだ。
モナカも、メランに無理に協力して欲しいとは言えない。
メランがどう決断するのか……皆の視線が集まる中、メランはゆっくりと口を開いた。
「……うん、決めた。ちゃんと、自分で考えて決めたっすよ」
メランは自分に言い聞かせるみたいな口調で、語りだす。
「俺、ゴードンにいた頃は、学校なんて大嫌いだった。嫌なことばっかで、ちっとも楽しくなんてなかった」
そう言ってメランは、ちらりとヘッケランを見た。だが、ヘッケランはどこ吹く風といった態度である。
メランは少しだけムッとしたような顔をしたが、気を取り直して言葉を続けた。
「でも、このセレスティナに来てから、毎日すげー楽しくて。
それはニーアやモナカみたいな友達のおかげでもあるけど……やっぱ、生徒会長の力もあったと思うんすよ」
裏庭で焼肉したり、学園祭でお芝居をしたり……とメランが思い出を指折り語れば、ラークが「裏庭で焼肉っ!?」と頬を引きつらせた。
とても物言いたげなラークを、ニーアがまぁまぁと苦笑しながらなだめた。
「だから、俺は生徒会長を助けたいっす!
でもって、卒業式で生徒会長に卒業おめでとうって言うんだ!」
「メランさん……ありがとうございます」
モナカが深々と頭を下げれば、メランはいつもの彼らしく、白い歯を見せてニカッと笑った。
「水臭いことは言いっこ無しっす!」
そんないつもと変わらぬ笑顔のメランを余所に、ミディアムは胸に手を添えて言う。
「わたくしは、これまでずっとお父様の言いなりでした……けれど、今はもう言いなりになるだけの小娘ではありません。わたくしも手助けぐらいはできますから、それを証明してみせますわ」
ミディアムが同意の言葉を口にすれば、部屋の視線が、まだ答えを宣告していない1人に注がれた。
その視線の中心にいるのは、目を瞑って悩みこむように顎を撫でているアーリアだ。
「私はね、最初断ろうかと思った。だって、失敗した時に破滅するのは私だけじゃなくて、私の愛する家族も道連れだから。
……でも、ニナの答えを聞いて、そして皆の答えを見て、何より、それでも戦おうとするモナカのことをもう一度考えたら、どうするべきかを決断できた。
だから……」
アーリアは閉じられた瞼を開けて、緑色の瞳を輝ける。それはアーリアの覚悟──その表れである。
「だから、私もモナカに協力する。
嬉しいことに、私は中等部高等部にも人気だから、作戦にも役立てるのよね」
アーリアがそう言ってとびきりの笑顔とウィンクをしてみせた。アーリアが最後に協力を宣言して今、もう誰も、この部屋から退室しようとする者はいなかった。
ラークが「よし」と頷き、一同を見回した。
「ではこれより、セレスティナ、現生徒会長救出作戦を行う!」
その力強い言葉に、モナカは全身の血がドクドクと音を立てて脈打つのを感じた。
これから行うのは、とても無謀な大博打だ。なにより敵はこの国一番の権力者。
状況は不利。失敗したら破滅は必至。
それなのに、今のモナカはちっとも体が震えない。恐怖よりも強い感情が胸を占めている。
「……絶対、成功させます」
思わず口をついて出た言葉に、ラークが「当然だ」と不敵に笑った。




