第百七十五話:相談
「モナカ様、冷やした布を用意いたしましたから、どうぞお顔をお拭きになって。今、フェインが温かい飲み物を用意しておりますから、もう少しお待ちくださいませね」
レティーラ王国が誇る七大都市の東の大貴族ザガン伯爵、その令嬢アイラ・オルフェがモナカに仕立てに出ているところを見れば、先のモナカの醜態を見ていた者達でも、流石にモナカが王国の魔術師の頂点、七賢者の一人なのだということが嫌でも感じていた。
誰もが複雑そうな顔をする中、エリックが額に手を当てて、天を仰ぐ。
「……この数分で一気に老けた気分だぜ……まさかオルフェ嬢が……特待泊……散々見下していたあの時の俺を誰か殺してくれ……」
そんな中、珍しく今まで喋るのを我慢していたメランが「はいはい!」と挙手をしながら言った。
「それじゃあ、七賢者の選抜試験で師匠をボッコボコにしたのは、モナカなんすか!?」
メランの師匠、即ち『結界の魔術師』ローラン・ヴァイスは、七賢人の中でも有数の武闘派である。
そのローランをボッコボコにしたという物騒な発言に、誰もが目を剥いてモナカを見た。
「ごっ、誤解ですぅぅぅぅぅぅ…………あ、あの時は、ローランさんが怖くて広範囲魔術を連発しただけで……っ」
モナカが首をもげそうな勢いで横に振れば、ヘッケランがニヤニヤ笑いながら口を挟んだ。
「ついでに言うと、この間の魔法戦で俺をボッコボコにしたのも、そいつだぜぇ?」
「あ、あれは、ジェラート先輩がっ、みんなにひどいことするからぁ……っ!」
「最新の高度追尾術式で俺のことをジワジワいたぶったうえで、俺の魔導具の書き換えをして主導権奪って無慈悲に力の差を見せつけた姿は最高だったぜぇ?
なぁ、モーナーカーぁ?」
「やめてくださいぃぃぃぃぃぃ」
ポロポロと出てくる情報が「誰それをボッコボコにした」だのと、いちいち物騒である。
そのギャップは臆病なモニカ・オルフェ像と結びつかないらしく、誰もが混乱していた。
セフィルは「あぁ……確かに、式典で見た姿と背丈が……」とブツブツ言っているし、ミディアムは「あらあら、まぁまぁ」と微笑みつつ、視線が泳いでいる。
そんな中、一人だけブレない男がいた。
「つまり、この国の七賢者はチェスの名手の集団なのですね。
他の七賢者の方もお強いのでしょうか」
どんな時でも真っ直ぐなチェス馬鹿男、ダーウィンの言葉に、モナカは流石に苦笑した。
「えっと……七賢人とチェスは、関係なくて……あ、でもミリアは……」
「……おい、ちょっと待ってくれ」
ただでさえ死にそうなほど憂鬱な顔をしていたエリックが、聞き逃がせないと言わんばかりに口を挟んだ。
「おいおい……そこのマイル嬢が七賢者だから考えてはいたが……まさか、あのミリア……ミリア・マイルも、七賢者だって言うのか…?」
呆れるというか絶句するように、エリックは言葉を絞り出した。それも当然だろう。セレスティナに七賢者が潜入していた事実だけでも信じられない事実だと言うのに、その七賢者が2人どころか3人もいたのだから。
ミリアのことを教えるつもりでもなかったモナカも、あまりの失言に「あっ……」と声を漏らしていた。
「それでは、モナカ嬢やミリア監査だけでなく、マイル嬢もチェスがお強いのですね?」
空気が読めないと言うか無視していると言うか、とにかく平常運転のダーウィンがそう言えば、エリックが頭痛を堪えるように頭に手を当てながらぼやく。
「七賢者はレティーラ王国の魔術師の最高峰だよ。伯爵位相当の地位を持ってて、国王陛下の相談役だよ」
「つまり、モナカ嬢は国王ともチェスを……!?」
「頼むからチェスから離れてくれ!!」
エリックは悲鳴じみた声で叫んで、ぐったりと机につっ伏した。
その横で、メアリーがポツリと呟く。
「ようやく合点がいってよ」
メアリーは眉間の皺に指を添えて、モナカとアイラを、ニナとイザベルを交互に見る。
「ザガン伯爵家の魔術師だとばかり思っていたけれど……正確には、ザガン伯爵家のバックアップを受けた、殿下の護衛役だったわけね。
そして、そこの貴方とミリア・マイルは、同じようにバルドン伯爵家のバックアップを受けていた」
「は、はい……そう、です……あの、殿下にも内緒で、護衛しろって、言われてて……」
「七賢者に命を下すことができるのは、国王陛下のみ……それなら、正体を言えないのも道理ね」
メアリーは細い指先でトントンと机を叩くと、目を煌めかせてモナカを見据えた。
「そして、その七賢人が自ら正体を明かしたということは……それ相応の事情があると考えてよろしくって?」
モナカはコクリと唾を飲み、一度だけ頷く。
ここからが本題なのだ。
モナカは革表紙の日記──本物のフィリップ・アルト・レティーラの日記を取り出す。
「事情を説明する前に……まずはこれを、皆さんに読んで欲しいんです」
モナカは立ち上がると、日記をエリックとメアリーの間に置いた。
この日記は全員に読んでもらいはするが、それでも一番最初に読んでほしいのは、亡き本物のフィリップ王子のことを知っている、この二人だった。
エリックとメアリーは怪訝そうな顔をしていたが、最初のページを見るとすぐに目を見開いた。
「おい、オルフェ嬢、これ……どこで……」
「まずは、全部読んでください。この場にいる全員に、読んでほしいので」
モナカが静かに、エリックとメアリーは無言で日記を読み進める。
丁度良いタイミングで、イザベルの侍女のアガサが全員分の茶を運んできてくれたので、一同は茶を飲み、モニカの正体についてあれこれ話を交えつつ、エリオット達が日記を読み終わるのを待った。
やがて、最後のページを目にしたらしいエリオットとブリジットが息を飲む。
特にエリックの顔色たるや、蒼白と言っても良かった。
「おい、オルフェ嬢、これって……っ! じゃあ、あいつは……」
エリックはアールから、本物のフィリップ王子の最期を聞いている。
だからこそ、動揺を隠せないのだろう。
メアリーもまた細い眉を歪め、悲痛な顔をしている。
モナカはそんな二人に一度だけ頷いて見せた。
「……まずは、この場にいるみなさんに、この日記を、読んでもらいたい、です。その上で……私のお願いを、聞いてほしいんです」
モナカの言う通り、エリックは読み終わった日記を隣に座るラークとニーアに渡す。
そうして時計回りに、この部屋にいる者達はフィリップ王子の日記を読んだ。
日記に記されているのは、十年前の真実だ。
幼い王子とアールの友情、アズノール公爵の企み、そして……フィリップ王子の本当の願い。
一番最後に日記を手にしたヘッケランが、ソファにもたれながら、首だけをぐるりと回してモナカを見た。
「んーっ、んっんっんっ、つまり十年前に第二王子と、このアールって奴は入れ替わってんのか?
この日記を書いた後、本物の第二王子はどこ行った?」
「……亡くなられたそうです」
「まぁ、そうだろうなぁ。それが妥当だもんなぁ。
つまるところ、俺達の知るフィリップ・アルト・レティーラ……紛らわしいから『生徒会長』と呼ぶか。生徒会長がアールってぇワケだがぁ……
そうなると『ごく最近偽物と入れ替わった』『本物の第二王子が監禁されていた』っていう『黎明の魔術師』の告発とは矛盾するなーぁー?」
そこまで呟き、ヘッケランはニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。
「……なるほど。生徒会長とアズノール公爵は、今までは協力関係にあった。
だが、何らかの事情で決別して、アズノール公爵は共犯者の生徒会長を処分することにした……ってぇ、とこか。『黎明の魔術師』は捨て駒か。
ただそうなると、今、本物を宣言してる『フィリップ』は一体誰なんだぁ?」
ヘッケランの頭の回転の速さと察しの良さが、今はありがたかった。
モナカはコクリと頷き、口を開く。
「それに関しては、私にもわかりません。多分、公爵が新しく用意した影武者だと、思います。
だから、私の作戦なら問題なくあの人を……生徒会長を、助け出せます。
今、生徒会長は、本物のフィリップ王子の名誉を残すことだけに、固執しています。
そのために、大罪人として、死ぬつもりです」
フィリップ・アルト・レティーラの名を残すこと。それがアイザックの動機の全てだ。
そのために、彼は自分の顔も名前も捨てて、十年間生きてきた……誰もが認める、完璧な王子として。
「でも、あの人が、このまま『帝国の魔術師』として処刑されたら……それは、帝国との戦争の引き金になりかねない」
アズノール公爵が戦争をしたがっていることは、この場にいる人間なら誰しも少なからず耳にしたことがあるだろう。
唯一、国内世情に疎いグレンが「そうなんスか?」と首を傾げれば、セフィルが顎を撫でて嘆息した。
「アズノール公爵は『フィリップ』王子の地位を盤石なものにするために、ムオル公爵令嬢──ミディアムさんとの婚約をしていると思います。
どうでしょうか、ミディアムさん?」
「えっ!?会長とミディアム、婚約するんすか!?」
メランが大きな声をあげれば、ミディアムは扇子で口元を隠して視線を彷徨わせた。
「ええと、それは、まだ決まったわけではありませんのよ。ただ、本当に突然お父様がそう言い出しただけで」
うろたえるエリアーヌとは対照的に、生徒会役員、特にエリックは落ち着き払っていた。
「ミディアム嬢の父、ムオル公爵はアズノール公爵と懇意の仲なことは記憶している。
二公爵家揃って、その影武者を次期国王として擁立するつもりなんだろう。婚約はそのためのお膳立てだな」
そして第二王子が国王となった暁には、その後見人としてアズノール公爵が権力を振るい、ゆくゆくは帝国に攻め込むつもりなのだろう。
故にアズノール公爵にとって、都合の悪い傀儡は、もう不要なのだ。
「私は、生徒会長を助けて、その上で、戦争も回避したいんです」
モニカの主張に、クローディアが死人のように机に突っ伏したまま、ボソリと言う。
「不可能よ」
それは誰にも分かりきっていることだ。
勿論モナカだって一か八かの、成功率は決して高くない賭けをしていようとしているのだ。
「……確かにこの日記を公表すれば、アズノール公爵が十年前に犯した罪は明らかになるわ……でもそれは、アールという人間の罪も明らかになるということ……公爵の共犯者であるアールの処刑は免れない……」
アーディアの言う通りだ。全ての真実を公表しても、アールの死は免れない。
モナカは膝の上で拳を握りしめると、一言一言噛み締めるように言う。
「一つだけ、わたしに、策があります」
それは策というのもおこがましい……モニカの一世一代の騙し事だ。
だが、これならアールの処刑と戦争の両方を回避できる。
「この作戦は、私だけじゃできないんです。
だから、だから……皆の力を、貸してください」
そう言ってモナカが頭を下げれば、ラークがいつもの厳しい口調で言う。
「オルフェ会計、まずは概要の説明を。力を貸すか否かは、その説明を聞いてからだ」
厳しいながらも続きを促してくれる態度が、今のモナカにはありがたかった。
「それじゃあ、説明を始めます」




