第百七十四話:モナカ・オルフェの真実
「レティーラ王国七賢者が一人『沈黙の魔女』モナカ・エルノート……『夢見の魔女』ニナ・ミラージェが申し上げます。
どうか、皆さんの力を、貸してください」
その言葉に、室内の空気が凍りついた。
誰もが言われた言葉の意味を理解できずに困惑し、混乱している。
モナカは杖を握りしめ、頭を下げた姿勢のまま、震えそうになるのを必死で堪えていた。
顔を上げるのが、怖い。
皆がどんな目で自分を見ているのか、それを知るのが怖い。
「モナカ……流石に冗談、キツイよ………」
かすれた声でそう言ったのはアーリアだった。
あぁ、言わなくては。ちゃんと、この口で。今まで騙していてごめんなさい、と。
昨日の夜、何度も何度も何度も何度もこの瞬間のことを想像し、言うべき言葉を考えていたのに、口の中がカラカラに乾いて、舌が動かない。
黙り込むモニカと、まだ口を閉ざすニナに代わって口を開いたのは、二人の背後に控えていたアイラとイザベルだった。
「皆様が驚きになられるのも無理はありません。
ですが、このアイラ・オルフェが、ケルベック伯爵家を代表して証言いたします。
この方は正真正銘、無詠唱魔術の使い手、七賢人『沈黙の魔女』様なのです」
アイラがキッパリと告げてもなお、室内にいる者達は半信半疑という顔だった。
そんな中、ヘッケランがソファにもたれながら、期限が良さそうに口笛を吹いた。
「んっ、まぁ……口で説明するより、こいつを見せりゃ一発だろ……なぁ?」
ヘッケランが指をパチリと鳴らせば、その指にはめられた指輪が赤く不気味に輝き、炎の矢を生みだす。その数、十本。
ヘッケラン自慢の魔導具から放たれた炎の矢は、真っ直ぐにモナカに向かって飛来した。
それは防御結界を張るために詠唱する隙を与えない、必殺の一撃。
モナカは顔を上げて炎の矢を視認すると同時に、無詠唱で氷の矢を発動する。そして、ヘッケランが放った炎の矢を全て氷の矢で撃墜した。
ヘッケランの口角が、凶悪かつ楽しげに持ち上がった。
「なら、こっちはどうだぁ?」
ヘッケランは指を限界まで開き、そしてすぐにグッと拳を握りしめる。すると、ヘッケランの周囲に生まれた十本の炎の矢が一つに纏まり、炎の槍となった。
火の粉を散らす鋭い槍の穂先が狙うのは……モナカではなく、テーブルに座る他の面々。
魔術の心得のあるラークとメランが咄嗟に防御結界と迎撃用の術を詠唱しようとするも、間に合わない。
「ジェラート先輩」
モナカが手にした杖でトンと床を叩く。
ただそれだけで、モナカの杖から水が蛇のようにうねりながら飛び出し、炎の槍を絡めとった。
「……室内で攻撃魔術使うの、やめてください」
「叔父貴は室内でもドッカンドッカンしてるぜぇ?」
「……知ってます」
新年早々に巻き添えをくらったことを思い出しつつ、モナカは視線を前に向けた。
アーリア達はいよいよ、信じられないものを見る目でモナカを見ていた。
あのアーディアですら、無表情ながらいつもより目を見開いている。
ヘッケランの目論見通り、いくつも言葉を重ねるより無詠唱魔術を披露した方が、効果は分かりやすかった。
魔術に詳しくない者でも「普通なら詠唱無しで魔術は使えない」ということは常識だ。
まして、魔術を少しでもかじったことのある者なら、ヘッケランの炎の矢を瞬時に撃墜したモナカの技術がいかに並外れているか、嫌でも理解しただろう。
モナカは杖を強く握りしめ、声を絞りだす。
「……話を、聞いて、もらえ、ますか」
カタン、と音がする。ラークが立ち上がる音だ。
ラークは静かな足取りでモナカの前に立ち、モナカを見下ろす。
目を合わせるのが怖くてモナカが俯くと、ラークはその場で膝を折り、モナカに頭を下げた。
「今までの無礼をお許しください。エルノート特待泊」
静かに告げられた丁寧な謝罪の言葉が、罵声よりもモナカの心を抉った。
絶句するモナカに、ラークは長い睫毛を伏せる。
「国の至宝たる七賢者に対する数々の非礼、心よりお詫び申し上げます」
真摯な謝罪の言葉に、モナカは呆然と立ち尽くした。
──どうぞ、お気になさらず。正体を隠していたのだから、仕方のないことです。
そう言ってこの場を収め、本題に入るべきだと分かっているのに、モナカの舌は動かない。
(ちゃんと「大丈夫ですよ」って言わなくちゃ。だって、わたしは『沈黙の魔女』なんだから……っ)
モナカが正体を明かせば、ラーク達の態度がよそよそしくなることは分かっていた。
距離を置かれることも。全部、全部、覚悟してきたのだ。
それなのに……。
ポン、と背中を押された気がした。後ろをチラリと見みれば、ニナが優しげで勇気の湧いてくるような笑顔を見せていた。
「言わないと伝わらないわよ」と声も無く伝わる言葉に、背中を押された感じがした。
モナカは勇気を絞り出して、ラークに答える。
「気にしなくて大丈夫です。わたしはあまり知られてないから、気づかなくたっていいんです……だから………」
鼻の奥がツンとして、目の奥が熱い。
今日のために用意していた言葉が全部頭から吹き飛んで、口が勝手に動きだす。
「……やだ……………」
突然、泣き出しそうに目を擦りはじめたモナカに、ラークは「えっ?」と困惑が漏れ出した。
「……ラーク様が、わたしに敬語なの……やだぁ……」
ボロリと目から熱い雫が溢れ落ちる。そうして堰をきったかのように、次から次へと涙が溢れ出してきた。
モナカは慌てて手の甲で涙を拭うが、涙は全然止まってくれない。喉が勝手にしゃくりあげて、ひぐっとみっともない音をたてる。
子どもみたいに泣きじゃくるモナカに、ラークは眉を下げてオロオロとしていた。
「エ、エルノート特待泊……」
「いつもの、おこってるラーク様がいいよぅ……ひぃん……うっ、ぅぇぇぇぇん……」
「………………」
いよいよモナカは、杖に縋り付いたままその場にしゃがみ込み、袖を涙で濡らしながらうずくまった。
「いっぱい嘘ついてて、ごめんなさい……だましてごめんなさい……ごめんなさい……」
一度罪悪感に取り憑かれたモニカは、もう謝ることしかできなくなる。まるで役立たずだ。
モナカは七賢者なのに。やらなくてはいけないことがあるのに。
(こんなんじゃ、ダメなのに……!)
それなのに、涙も嗚咽も止まらないのだ。
立ち上がって、みんなの反応を見るのが怖い。
嘘つきだと罵られたら、七賢人なのになんてみっともないと呆れられたら……。
(怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……)
しゃがみこんだまま震えていると、後ろからスリスリとモナカの背中が撫でられた。
その安心感からか更に涙が溢れそうになると、ニナが少しばかり強い口調でモナカに呟いた。
「ちゃんと前を見てあげてよ」
モナカがビクリと肩を震わせて顔をあげれば、モニカの前で誰かが膝をついた──アーリアだ。
アーリアは小さく嘆息すると、ポケットからハンカチを取り出して、モナカの顔にグイグイと押しつけた。
「バーカ。バカバカバカ。
そんなふうに泣かれたら、喧嘩もできないよ」
「け、けんか……や、やっぱ、お、怒って……」
モナカが震えあがると、アーリアはモナカの顔を乱暴に拭きながらムスッと言う。
「ええ、そりゃ勿論怒ってるわよ!
この一年、友達として、同じ生徒会役員として頑張ってきたのに、まだ信頼されてないのかって……でも」
アーリアは不貞腐れたように唇を尖らせ、ボソリと言う。
「でも、怒ってたって……必ずしも相手を嫌いになるとは限らないでしょ」
モニカがあぅあぅと意味のない声を漏らせば、ラナはモニカの鼻をギュッと摘まんだ。
「ふみゅっ……」
「それに、理由があって正体を言えなかったんだってことも、分かってますよ。
私の頭を舐めないでよね」
「あぅぅ……」
「……それで。
私はまだ友達のつもりだけど、モナカはどうなの?」
すぐ目の前にある、いつも堂々としているアーリアの顔は、少しだけ目が泳いでいた。
そうだ、動揺しているのはモナカだけじゃない。突然真実を告げられたアーリア達もなのだ。
モナカは鼻を摘ままれ、ベソベソと泣きながら答えた。
「どもだぢがいいぃ……」
アーリアは満足げに口角を上げれば、ハンカチをモナカの顔に押し付けた。
そしてアーリアが、いつの間にか下がったニナの前……モナカの背後に回ると、モナカの肩を掴んでラークと向き直らせた。
「お待たせしました、ヴェルトン副会長。どうぞ」
どうぞ、とアーリアは言っても、モナカには一体なにがどうぞなのかさっぱりわからない。
目を点にしたモナカに、ラークが咳払いをして口を開く。
「──オルフェ会計!」
ピシャリと鞭を打つように鋭い声が、生徒会室に響いた。
まるで唐突にしゃっくりが止まるみたいに、モナカの嗚咽が止まる。
「生徒会役員がそんなことでどうする! 生徒会役員たるもの、常に全校生徒の模範たれ! まずはそのみっともない顔をどうにかせんか!」
眉を釣り上げ怒鳴るラークに、モナカは泣き腫らした目を丸くした。
「……いつものラーク様だぁ」
モナカが鼻声でポツリと言えば、ラークは「いつもの私とはどういうことだっ」と怒気を強め、そして気まずそうな顔で咳払いをした。
「思えば、まだ在学中なのだから、生徒会役員であることに変わりはないな。
ならば、オルフェ会計で問題あるまい」
「…………はい、オルフェ会計が、いいです……」
『沈黙の魔女』は、モナカ・エルノートは、涙でぐしゃぐしゃになった顔でへにゃりと笑った。
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