第百七十三話:二人の魔女
臨時休校明けの放課後、新生徒会役員として生徒会室を訪れたアーリアは室内を見回し、眉をひそめた。
今日は今後の引き継ぎや卒業式の方針について、新旧生徒会役員で話し合いをすることになっている。
ともなれば、当然、旧生徒会役員の会計であるモナカの姿があって然るべきなのだが、生徒会室の中にモナカとミリアの姿は無い。
アーリアは自分の席に座ると、先に着席していたアーディアに話しかけた。
「ねぇ、モナカとミリアはどこか分かるかしら?」
「…………隣のクラスでしょう。それも、ミリア・アルトの方は同じでしょう……」
「どっちもは今日一日、教室にも見かけなかったの!
というより、ここ数日、寮の中でも見かけないのよ」
モナカは生真面目で思いつめやすい性格だ。
今回の第二王子連行騒動で何かと気を揉んで、具合を悪くしたのかもしれない。
こんなことなら、登校前にモナカの部屋に様子を見に行くべきだったと、アーリアは密かに後悔していた。
そうこうしている内に、新旧生徒会役員達が次々に到着し、席が埋まっていく。
旧生徒会役員のラーク、エリック、メアリー。
新生徒会役員のニーア、アーリア、ダーウィン、ミディアム、メラン、それと役員ではないけれど自称補佐官のアーディア。
「オルフェ会計とマイル監査は、まだ来ていないのか?」
室内を見回したラークが、アーリアに声をかけた。
アーリアはフルフルと首を横に振り、アーディアにしたのと同じ説明を口にする。
「二人とも今日一日見てません」
「……体調不良か?
仕方ない。では、とりあえず今いる者だけで会議を……」
ラークがそう切り出した時、生徒会室の扉がノックされた。
誰もがモナカだと思ったのだが、扉の向こう側にいるのは誰もが予想しなかった人物だ……それも二人。
「失礼しますね」
「んーっ、んっ、んっ、んっ、邪魔するぜぇ」
アーリアは頭の上にハテナを浮かべる。アーリアだけでなく、この場にいる誰もが驚きや困惑を隠せずにいる。
来訪者の一人は、高等部二年、現運営会長であるレティーラ王国第二王女、セフィル・ベータ・レティーラ。
そしてもう一人は、高等部三年、新学期早々に決闘騒動を起こした問題児、ヘッケラン・ジェラート。
誰もが言葉を失う中、メランが真っ先に口を開く。
「運営会長はどうしたんっスか?
…………あと、そっちのギザギザの人は何の用スか」
セフィルに向ける言葉は尊敬も含めたものであったが、ヘッケランに対する口調は少し刺々しい。
だが、ヘッケランは気にした様子もなく、ギザギザの歯がよく見えるように笑った。
「何で俺がここにいるかってぇ?
そりゃぁ、モナカに頼まれたからさ。今日の放課後、ここに来てほしいって、なぁ」
「私も同様に、彼女から頼まれましてね。お兄様のお話に私も参加できるとは、いささか不謹慎ですが、うれしいことですからね」
ヘッケランとセフィルの言葉に、室内の者はますます混乱した。
何故、この場にいないモナカが、ヘッケランとセフィルにそんな頼み事をしたのだろう。
体調不良で会議に出られないから代理で出てほしいということなら、最初からそういう筈だ。だが、二人ともモニカから用件は聞いていないのだという。
とりあえずヘッケランはさておき、王族であるセフィルを立たせたままにしておく訳にもいかないので、気の利くニーアがセフィルの分の椅子を用意する。
ヘッケランは勝手に来賓用のソファに足を組んで腰掛けた。
生徒会室中に、なんとも言えない空気が漂う。
フィリップの妹であるセフィルはともかく、完全に部外者のヘッケランがいる以上、会議を始めることができない。
なにより、モナカの真意が読めない。
アーリアが小さく挙手をした。
「私、寮に行ってモナカの様子を見てきます」
「すまないが、頼めるか?」
ラークの言葉にアーリアが頷き、立ち上がろうとしたその時、再び生徒会室の扉がノックされた。
「……失礼します」
気弱そうなその声は、間違いなくモナカのものだ。
ゆっくりと扉が、開く。
そこには制服姿のモナカが佇んでいた。モナカは目に見えて顔色が悪く、髪もいつもより乱れている。
モナカはその手に、何やら長い棒状の物を握りしめていた。
長さはモナカの身長より頭一つ分は長く、それが布でぐるぐる巻きにされている。
そしてモニカの背後には、深緑色の巻毛の少女が控えていた。
アーリアはその少女に見覚えがあった……というより、一有力貴族として彼女を知らないなど論外であろう。
高等部一年のアイラ・オルフェ。東の大貴族ザガン伯爵家の令嬢で、一応モナカの義妹にあたるという人物だ。
そしてモナカが手に持っている物は何なのか。
何故、背後にアイラ・オルフェが控えているのか。
なんのためにモナカはセフィルとヘッケランをこの場に呼んだのか。
様々な疑問がよぎる中、扉がまたもやカチャリと開く。
「失礼しまぁす」
その気の抜けた声がした方に振り返れば、そこにはモナカと同じように長い棒状の物を肩に抱え、これまたモナカと同じく、背後に西の大貴族、バルドン伯爵令嬢、イザベル・マイルが控えていた。
いつもと相変わらず、憂鬱そうな顔だが、どこか堂々とした佇まいに、アーリアは少しばかり驚いた。
そしてニナを知らない生徒達の反応も面白い。
全く関係のないどころか全く知らない生徒が入室してきたことで、怪訝そうにする者もいれば困惑している者もいる。
モニカはニナとイザベルがが入室したのを確認すると、扉を閉めて鍵をかけた。
「オルフェ会計。これはどういう事だ?事情を説明しろ」
ラークそう問い掛ければ、モナカは布包みをギュッと握りしめ、震える声で答えた。
「……勝手なことをして、ごめんなさい」
モナカは今にも泣きだしそうな顔をしていた。見るに見かねたアーリアは、座ったまま声をかける。
「モナカ、どこか体調でも悪いの?そうだったら休んでもいいのよ」
「……ううん……違う、の」
モナカはブンブンと首を横に振り、やっぱり泣きそうな顔でアーリアを見る。
どうしてそんな顔をするのだろう ……あれではまるで、これから罪の告白でもするみたいじゃないか。
「どうしても、この場にいる方々に、話さなくちゃいけないことが、あります」
モナカは一度深呼吸をすると、顔を上げる。その幼い顔には悲壮感が漂っていた。
「もう皆さんはご存知かと思いますが、約、三週間後の審問──最高審議会で、フィリップ・アルト・レティーラ殿下の名を騙った罪人の処遇が、決定されます」
それはこの場にいる誰もが知っている事実。
三週間後──これほどの大事件にも関わらず、最高審議会が異例の早さで行われるのは、国王陛下の体調を慮ってのことか、あるいは社交界シーズンが始まる前に片をつけようという、誰かの思惑によるものか。
いずれにせよ三週間後に、全ての決着がつくのだ。
「でも、私は、あの人を……皆さんが知る生徒会長を、助けたいんです」
アーリアは困惑する。
そもそもアーリアは、連行されたフィリップが偽物なのか、それとも冤罪なのか、まだ判断できずにいる。いや、本物を称する第二王子が出てきたのだから、きっと偽物だろうとは思っているのだが……あの第二王子が偽物だと、思えずにいたのだ。
だがモナカは、連行されたフィリップが処刑されるべきではないと確信しているかのような口ぶりだった。
困惑しているのはアーリアだけじゃない。誰もが口にする言葉を決めあぐねている。
唯一、生徒会室に自ら入室したニナだけは、モナカの言葉を噛みしめるように目を閉じていた。
そんな中、いつもと変わらない軽薄な口調で発言したのはエリックだった。
「そりゃ無理だ。分かってんだろ? 最高審議会は国のトップが集まる会議。
幾ら名家の人間だろうと、俺達は所詮は子どもだ。審議会に関与することはできない……」
「できます」
モナカはキッパリと断言し、もう一度ゆっくりと繰り返す。
「私なら──私とニナなら、できます」
私とニナ、その言葉にニナだけが、えっ…、とポカンと呆けていた。
そうしてモナカは手にした布包みに手をかけ、深々と頭を下げる。
「今まで、嘘をついていたことを……深く、お詫び申し上げます」
小さな手が布を取り去る。
布の下に隠れていたのは、繊細な金細工を施した美しい杖だった。
レティーラ王国では魔術師の格は杖の長さで変わる。そして、身の丈を超える杖を持つことが許されるのは、この国でたった七人だけ。
「レティーラ王国七賢者が一人『沈黙の魔女』モナカ・エルノート……『夢見の魔女』ニナ・ミラージェが申し上げます。
どうか、皆さんの力を、貸してください」




