第百七十二話:お願い
三日間の休校最終日、『夢見の魔女』ニナ・ミラージェは、薄いグリジェネを着て個室のベッドに寝転がっていた。
カーテンの敷かれた窓の奥から差す日の光に、憂鬱そうな顔をして、ニナは額に手を当てる。
その手には、一枚の封筒が握られていた。それは七賢者に送られた、第二王子に関する資料だ。
その手紙には、帝国の魔術師によって『フィリップ』が監禁されたこと、帝国の魔術師が肉体改造魔術で『フィリップ』に成り代わったこと、『フィリップ』が脱出し、偽物の第二王子を『フィリップ』が捕らえたこと……そして、三週間を切ったガーデンパーティーの日に、第二王子の審問が行われることの4つが記されていた。
その報告だけでニナの頭はパンクギリギリだった。故に、誰かに相談しようと考えたものの、残念ながら休校初日からミリアはどこかに行ってしまった。生徒会役員であるアーリアやモナカも、生徒会長のフィリップが居なくなったことで忙しくなっているようで、とてもではないが相談することはできなかった。
そんなわけで、ニナはこの三日間、ダラダラとずっとグリジェネで過ごしていた。
そんな日々から今日までで終わるという嬉しさはあったものの、やはり体はだるかった。
どうやら寝過ぎてしまっていたようで、今は正午ほどであった。
ニナはベッドから起き上がると、窓の側まで立ち寄ってカーテンを開けた。
正午特有の強い日差しに目を晦ませるニナが、風でも浴びようか、と窓を開ければ、穏やかな温度の心地よい風がニナの長髪を揺らす。
流れるように下の風景を見れば、基礎魔術学と実践魔術の担当であるライクネット教諭が結界を張っていた。おそらく、授業で使うのだろう。題目は『結界の安定維持方法について』だろうか。
そうした様子のライクネット教諭を見れば、明日からまた学園が始まるのだ、という実感がわいてきた。
「あと1日……かぁ………」
ニナは窓を明けっ放しにしたまま、明日の準備を始める。
明日必要な教材等を自分の机から取り出して鞄に詰めていくと、机の上のもう一枚の手紙が目に入った。
それを広げて読んでみると、ニナは思い出したように「ああ……」と声を出した。
(そういえば、明日はイザベル様との相談があるんだった)
明日、ニナとミリアは潜入の協力者であるバルドン伯爵令嬢、イザベル・マイルとの相談会があった。
話す内容とは勿論第二王子の事についてである。それと同時に、これからのニナ達の動き方についても話すことになるだろう。
何しろ、護衛対象である生徒会長は捕まり、本物を自称する『フィリップ』も今は学園にいない。
三週間後の審問までは生徒会長も『フィリップ』もセレスティナには立ち入らないだろうし、そのすぐ三日後には卒業式だ。
護衛しようがない上に護衛の期限が近づいているとなれば、今のうちから退学手続きをしておいたほうが楽なのだ。
恐らく、モナカもまた潜入の協力者であるザガン伯爵令嬢と相談するだろう。
追々情報共有の上、互いに相談することにもなるだろう。
それは置いておくにしても、だ。
「ミリア……早く帰ってこないかなぁ……」
自分一人しかいない部屋での呟きは、窓の外へと通り抜けていった。
* * *
翌日、朝に帰ってきたミリアをこっぴどく叱ったニナは「ごめんよ」と謝るミリアを見て気を直し、昼休みまでの授業を終えた。
昼休みになると、ニナは寮部屋に走り戻った。昼食を持ってき忘れたのである。
ニナが寮部屋がある階まで階段を登りきって角を曲がると、奥に同じように角を曲がったモナカが見えた。
いったいどうしたのだろう?と考えるニナがモナカに声をかける前に、モナカが廊下の奥からニナを呼んだ。
「ニナーー!」
そう呼びながらニナのところまで走ってきたモナカは、「ぜぇ……ぜぇ……」と息を切らしながら俯いてしまった。
「大丈夫?」
ニナが心配して、モナカの背中を撫でながらそう聞けば、モナカは少しずつ息を直して「うん、ありがとう」と頷いた。
息を戻したモナカに、ニナは率直に聞いた。
「それで、どうしたの?
モナカが私を呼ぶなんて、珍しいじゃない」
これまでのニナは、まずそもそもミリアが曇ってしまう原因の一つであったモナカとは話そうとしてなかった。モナカもそんなニナの雰囲気を読み取って、ニナに話しかけようとはしていなかった。
仲良くなった最近では、ニナからモナカに、モナカからニナに話しかけに行くことも珍しくはなくなったのだが、それでもモナカがこれほど声を大にしてニナを呼び出すなんてことはなかった。
モナカは大きく息を吸ってから、ニナと目を合わせてお願いをした。
「実はね、ニナにお願いがあるの」
「お願い?」
ニナにとって、モナカは友達の一人だ。
だが友達といえど、頼り頼られない関係ではない。ニナがモナカを頼る──特に数学の課題──ことは多かったものの、反対にモナカに頼られたことは無かった。
だからモナカの友達として、モナカに頼られることを嬉しく思いつつ、ニナは首を振った。
「勿論いいよ。友達の頼みとならば、できる限り解決してやりましょう」
「あ、ありがとうっ……そしたら……今日の放課後……生徒会室に、来てくれない?」
「……うん?」
今ここで頼み事の内容を話すのではなく、放課後の生徒会室で話したいということだろうか?
でも、今日の放課後と言えばモナカにも予定があった。
「でも、今日の放課後って、高等部の新旧生徒会の顔合わせだよね?」
「うん、できればそこに、ニナも来て欲しいの」
モニカは高等部生徒会の人間だ。きっと第二王子偽物騒動の件で、純粋な一般生徒が、今回どう感じてるか……それを確認しようというものなのだろう。
ニナが首を振りきる前に、モナカが言葉を繋げた。
「それと……生徒会室に来る前に、してほしいことがあるの……」
そこから聞いたモナカの話に、ニナは驚きのあまり、声が出そうになってしまった。それを防ぐために口を塞いでおかなければ、廊下にニナの「ええ!?」という声が響いていたに違いない。
そんな様子のニナに、モナカは頭を下げた。
「ニナ、お願い……こうしなくちゃ、私達はアール……殿下を、助けられないから……」
「んぅ………分かった、分かった、分かったから。だから頭を上げて。
お願いを聞くだけじゃなくて、私はモナカのやろうとしてることに協力する。だから、後で全部……聞かせてよ…………友達なんだもの」
ニナの答えに、モナカは顔を上げてパァァァと顔を明るくさせた。目の下にあったクマも見えなくなるほどに明るい。
「本当に、本当にありがとうっ……!
それじゃあ、また放課後に!」
モナカはもう一度深々と頭を下げると、くるりと身を翻してその場を立ち去る。
その後ろ姿を見送りながら、ニナが不思議そうに言った。
「確かあっちはモナカの寮部屋だったよね?どうして寮部屋に向かったんだろう?」
そう考えるも、まあ自分と同じなのだろう、とニナは考えて意識を切り替えた。
そうして、ニナは手作りながらもそんじょそこらの料理人顔負けの手作り弁当を痰の得したのだった。




