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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第十四章:沈黙の魔女編
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第百六十七話:落ち始めた砂時計

これからは本物を自称するフィリップを本物王子か『フィリップ』、アールの方をアール、偽物王子と呼びます。

 バツの悪い顔で生徒会室に戻ってきたラークとモナカを、出迎えたのはニヤニヤ顔のエリックだった。

 やはり全部聞こえていたのだ、と頭を抱えるモナカの横でラークが咳払いをする。


「……取り乱してすまなかったな」

「お前が取り乱すのなんて、年中行事だろ」


 エリックの揶揄うような言葉に、ラークは不本意そうな顔をしたが、グッと言葉を飲み込む。

 なんとも気まずい雰囲気の中、モナカがそわそわ指をこねていると、いつの間にか部屋からいなくなっていたニーアが、ひょっこり戻ってきた。

 どうやら彼一人で職員室に状況確認に行っていたらしい。


「すみません、戻りましたー」


 ニーアが戻ったので、現生徒会役員とアーディアの六人は再び着席した。場の仕切り直しである。


「まず、今回の件についてですが……教員方も状況をあまり把握できていないようです。

 その上で『無用の混乱を避けるため、会長が連行されたことは口外しないように』と釘を刺されました。

 それと、休み明けの三日間は臨時休校になるそうです。恐らく、学園に調査が入るからではないかと」


 妥当なところだな、とエリックが呟く。


「新生徒会役員との引き継ぎや卒業式絡みは、現生徒会長不在のまま進めるつもりでいた方がいい。あいつが学園に戻ってくることは、まず無いからな」


 エリックの言葉に、一同の顔が暗くなる。

 第二王子が偽物であるということは、紛れもない事実であるからだ。

 処刑は、どうあっても免れない。


「……一つ、良いだろうか?」


 ラークが硬い声で言い、エリックを見る。


「マージェ書記の言葉が正しいのなら、本物の殿下は十年前に死亡し、入れ替わっている。だが、王都の兵はこう言っていた。偽物の正体は、チェス大会の侵入者である〈帝国の魔術師〉であり、入れ替わりも最近行われた……と。これは矛盾している」


 ラークが混乱するのも無理はない。元々入れ替わりを知っていたエリックや、疑っていたメアリーと違い、ラークは今さっき全てを知ったばかりなのだ。

 だが、そんなラークに、彼の義妹のアーディアが冷ややかに言う。


「……まだ分からないの? この入れ替わりの件、誰が裏で糸を引いているかを考えれば、すぐに答えは分かるわよ」


 ムッとした顔をするラークの横で、ニーアが「あ、そっか」と手を叩く。


「十年前の入れ替わりは、アズノール公爵が主導で行われているんですよね。だから、公爵は全て知っている。

 もしなんらかの理由があって、公爵が会長を切り捨てるとしたら……帝国の人間の仕業にすれば、色々と都合が良い」

「……流石ニーアね」


 アーディアは滅多に見せない柔らかな笑みをニーアに浮かべる。

 それこそ深刻なこの場には不釣り合いな笑顔なのだが、アーディアがそんなことを気にする筈もない。


「……アズノール公爵は開戦派よ。

 有り体に言って、帝国と戦争をしたがっている……帝国の人間が第二王子を監禁して入れ替わった、なんて戦争のいい口実ね」

「だが……その代わり、公爵は第二王子という大きな手駒を失うんだぞ」


 ラークが口をくぐもらせて反論すれば、アーディアは柔らかな笑みをさっと消して、いつもの無表情で言う。


「……そのための本物王子よ。本物王子が脱出して偽物王子を断罪した、なんて話をつけていれば、民衆の支持を得るのはそう難しくないわね」


 アーディアの言うことは、概ねモナカの推測と一致している。

 モナカは内心、非常に焦っていた。


(……このままだと、アールの存在が戦争の理由になってしまう)


 公爵のシナリオだと、本物の第二王子は帝国の魔術師に監禁されたことになっている。

 それを国民が真実と受け止めれば、そして本物王子が国民を導けば……戦争の理由には充分すぎるほどだろう。

 だが、現状でモナカ達にできることなど何も無いのだ。この場にいる誰もが、そう感じている。

 気まずい沈黙が場を支配する中、ニーアが気まずそうに「あのぅ」と挙手をした。


「僕、思ったんですけど……会長が取り調べの中で、全ての真相を洗いざらい話す可能性もあるのでは? 

 それこそ、帝国の魔術師は無関係だって」


 確かにアールが取り調べで全てを白状したら、信じてもらえるかはさておき、アズノール公爵の関与を訴えることができる。

 だがニールの指摘に、エリックが「それはない」と強い口調で断言した。


「残念ながら、あの従者にとって何よりも大事なのは『本物のフィリップ王子の名誉』だ。

 ここで全てを洗いざらい白状したら、殿下の名誉は守れない。だったらあいつは、英雄王子を殺した罪人として死ぬことを選ぶだろうぜ」


 生徒会室にどうしょうもない沈黙が降りる中、それにしても、とエリック呟いて部屋の隅っこを見た。


「ミリアのやつは、いったいどこに行った?」


 * * *


 ミリアが見つからず進んだ生徒会室での話し合いは、結局のところ現状確認で終わってしまった。

 これからどうすればいいのか、という点について、言及するものは誰もいない──皆、分かっているのだ。

 どんな理由があれど、アール・クラナータのしたことは許されない。

 そして、誰もアズノール公爵に盾つくことはできない……と。

 生徒会室から寮に戻る道を一人遠回りして歩きつつ、モナカは思案する。


(……わたしは、どうすればいいんだろう)


 このままだと、アズノール公爵は本物の第二王子を使って、「帝国の人間が第二王子を監禁し成りすました」という理由で戦争を提言するだろう。

 今まで英雄として持ち上げられていた第二王子が監禁されていた──なんて伝われば、国民の怒りは計り知れない。

 開戦派を支持する者は爆発的に増えるだろう。


(それだけは、阻止しないと……)



「非常に由々しき事態ですね」


 前方から聞こえた涼やかな声にモナカが顔を上げれば、目の前には学園の制服を着た黒髪の少女がいた。涼やかな顔立ちに、宝石のような赤い瞳……帝国の諜報員ネイアだ。


「私の方でも、できうる限り情報を集めました。

 少し前に偽王子と『黎明の魔術師』デリック・ラン・フォーレが秘密裏に会っていたようです。

 恐らく、偽王子と『黎明の魔術師』は結託して、アズノール公爵に反旗を翻すつもりだったのでしょうが、『黎明の魔術師』はそれに失敗し、殺害された」


 そしてその死を、アズノール公爵は利用したのだ。

 硬い顔をするモナカに、ネイアは淡々と告げる。


「このままだと、我が帝国とここレティーラ王国は戦争になるでしょう。そうなったら、貴女は……」


 そうだ。モナカは皇帝アステリオスと約束をしたのだ。帝国とレティーラ王国が戦争になったならば、モナカの手で戦争を終わらせると……モナカが、レティーラ王国の王族の首を、皇帝に捧げて。


「待ってください。もう少し……もう少しだけ、時間を……」

「タイムリミットは偽王子の処刑です。

 公爵の共犯者であり、全てを知る者が死んだら、真実は永遠に闇の中です」


 アールが真実を語らない以上、誰もアズノール公爵を止められない。

 このままだと戦争は不可避だ。


(……わたしが、なんとかしないと)


 だが、そのための案が何も思いつかなかった。

 七賢者にそれなりの発言権があると言えど、モナカ一人でこの状況をひっくり返すのは難しい。

 黙り込むモナカに、ネイアが二つ折りにした小さな紙を差し出した。


「それと、頼まれていた調べごとの調査結果です」

「……!」


 受け取った紙を開けば、そこには「ある人物」の名前と地名が記されている。

 その地名にモナカが密かに驚いていると、ネイアの赤い瞳が訝しげに細まった。


「その人物と接触することで、事態が好転するとは思えませんが」

「そうかも、しれません……それこそ、無駄足になるかも」


 この状況をひっくり返すだけの情報を「その人物」が持っているとは思えない。

 それでも、モナカはどうしても知りたかったのだ。アールのことを。


 ネイアのメモに記された人物は、アールのことを……そして、本物のフィリップ王子のことを知る、数少ない人物。


(……それにしても、その人がいる場所が……あそこだなんて)


 人の繋がりとは、意外な形で巡り巡るものらしい。

 モナカが探す「ある人物」が身を寄せているのは、レティーラ王国北部にあるブラックオート修道院。

 かつて、第二王子暗殺を目論んだ1人、セリアーネサザンドールが送られた修道院だ。

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