第百六十三話:最悪の事態
今回お久しぶりなキャラ達が登場するので、キャラを覚えるのに自信がない方には、ep.12,33を見ることをお勧めします。
セレスティナの生徒会室には、新旧生徒会役員候補が集合していた。
現生徒会庶務であり次期生徒会長であるニーア、現書記のとメアリー、そして現会計のモナカと次期も担当するアーリア。監査のミリアは話しかけられたくないとばかりに教室の端で縮こまっている。
そして次期生徒会役員候補は、副会長ダーウィン、書記ミディアムだ。あとはフィリップ、ラーク、メランの到着を待つのみである。
ミディアムは予想できたが、まさかチェス以外頭になさそうな生真面目ダーウィンも候補にいるとは、ニーアの意外な人選に驚くばかりであった。
だが、唯一何故ここにいるのか不明な人物がいた。
「ねぇ、アーディア。
な、ん、で、あなたがここにいるの?
生徒会役員になる話は断ったって聞いていたのだけれど〜?」
いつも通り陰鬱な雰囲気を漂わせるラークの妹、アーディアに、アーリアがこの場にいる全員の心境を代弁した。
アーディアはアーリアの若干のイラつきも気に留めず、いつもの人形じみた無表情で答えた。
「……そうよ、引き受けるわけないじゃない、そんな面倒なや、く、め」
「じゃあ、なんでこの場にいるのよ。今日は新旧生徒会役員の顔合わせなのよ?」
アーリアの言葉にアーディアは口の端を持ち上げ、物語の悪い魔女もかくやという邪悪な笑顔でニーアにしなだれかかった。
「……私は、ニーアの私設秘書なの。お・わ・か・り?」
「分かるわけないでしょ」
アーリアは頬をヒクヒクさせながら、ニーアを見た。
「ねぇ、ニーア君。これって、アリ、なのかな?」
「えーっと、それがですね……」
困り顔をするニーアの首にアーディアの腕がするりと絡みつく。
アーディアはニーアの左半身にぴとりと貼りついて、抑揚のない声で告げた。
「『生徒会規約第十一条の二、生徒会長は副会長以下、書記、会計、総務を各一名以上、最大二名まで任命することができる。また、必要に応じて、適宜、有志の補佐官を任命することができる』」
つまり、アーディアはこの「有志の補佐官」であるらしい。
補佐官とは生徒会役員としての権限を持たない、言わばボランティアのようなものだ。
だが、アーディアが大人しく奉仕活動に専念する性格でないことは言うまでもない。
「面倒な仕事はせずに婚約者のそばにいたいだけ、という魂胆が見え見えなのですけれど?」
「いやぁ、ところが、そうも言えなくてだな」
低く呻くアーリアを窘めたのは、意外にも現書記であるエリックだ。
エリックは資料室をちらりと見て、少しだけ気まずそうに頬をかいている。
「卒業式の来賓リスト整理をアーディア嬢に手伝ってもらったら、まぁ捗る捗る……本の知識だけじゃなくて、社交界の親族婚姻関係も網羅してるらしくてな。
あと、国内貴族の紋章も全部覚えてるから、作業が早い早い」
アーディアという人物は基本的に、他者に頼られることを嫌う。だが、ニーアのそばにいるためなら、多少の面倒事には目を瞑るらしい。
「はああぁぁぁ……」と令嬢らしくない盛大なため息をつくアーリアは、もう諦めたような表情で俯いていた。
離れた席に座るダーウィンが、袖まくりした二の腕をアピールするように挙手をした。
「自分も一つ、確認したいことがあります」
……嫌な予感がする。
モナカがそう思った時にはもう、ダーウィンは一点の曇りも無い目でモナカを見ていた。
「モナカ嬢は、来年も生徒会役員だと思っていたのですが、違うのですか?」
いつの間にか「オルフェ嬢」から「モナカ嬢」呼びに変わっているのは置いておいて、モナカは苦く笑いながら、少しだけ視線を机に落とした。
「えっと……わたしは、この一年で、充分なので……」
「自分はまだ充分にモナカ嬢とチェスをしていません。
モナカ嬢、同じ生徒会役員なら交流が更に増え、チェスをする時間も確保しやすくなります。是非、会計継続のご検討を」
「チェスするために生徒会役員やれというのはおかしいのでは?
まあ私も、モナカが生徒会を辞めるのは寂しいですけど」
ダーウィンはともかく、この一年よく面倒を見てもらったアーリアに寂しがられるとモナカも心が痛む。
それでも、モナカ・オルフェに来年は無いのだから。
「……あの…………わたし……」
モナカが言い訳を口にしかけたその時、生徒会室の扉が勢い良く開いた。
「大変大変大変っすよーーーーーー!!」
生徒会室中に響き渡る声で叫びながら駆け込んできたのは、言わずもがな、セレスティナで最も声の大きい男、メラン・バグオールである。
メランが騒がしいのはいつものことだが、今日はなにやら様子がおかしい。
必死の形相のメランはラークの腕を掴んでいた。どうやらラークはメランに引きずられるようにして、ここまで来たらしい。
ラークは立っているのも精一杯という憔悴しきった顔で、真っ青になって俯いている。
メアリーが「騒がしいこと」と呟き、ミディアムが「あら、あら、まぁまぁ」と口元に手を当てる。
そんな中、エリックが呆れたように頭をかきながら、メランに訊ねた。
「おいおい、どうした?ラークが貧血でも起こしたか?」
エリックのからかい混じりの言葉にもラークからの反応はない。
俯いたまま、ブツブツと何事か呟いている様子は、ただ事ではなかった。
メランがブンブンと首を横に振り、叫ぶ。
「急に寮に城の兵士が押しかけてきて……っ、『黎明の魔術師』が自殺したとか、こっかてんぷくざい?とか訳分かんないこと言ってて……!」
『黎明の魔術師』デリック・ラン・フォーレは、モナカにとって同じ七賢者だ。そして、古代魔導具『奈落の波動』『鏡割りの鈴』を違法所持し、七賢者総出で制裁を受けた人物だ。
その後姿を見せなかったデリックが、まさか自殺していたなんて……
心底仰天したモナカだったが、衝撃はそれで終わらない。
「あいつら、会長は悪人だって……第二王子は偽物だって言いだしてっ、まるで犯罪者みたいに、会長をお城に連れていっちゃったんス!」
最悪の事態は、もう始まっていた。
* * *
七賢人『黎明の魔術師』デリック・ラン・フォーレが自宅の書斎にて服毒自殺。
書斎の机には遺書があり、そこには以下のようなことが記されていた。
デリック・ラン・フォーレは七賢者の身でありながら、私欲に目が眩み、レティーラ王国を裏切った。
そして肉体改造魔術の使い手である『帝国の魔術師』と手を組み、第二王子を監禁し、第二王子に成り済ました。
この『帝国の魔術師』こそが、今現在、フィリップ・アルト・レティーラと呼ばれている人物である。
この偽第二王子はレティーラ王国を乗っ取り、帝国の属国にしようと目論んでいた。
デリック・ラン・フォーレは次第に己のしていることに罪悪感が出て、自らの命を絶った。
そして、その真実全てをここに打ち明けることとする……。
アルファードが淡々と報告書を読み上げるのを、『結界の魔術師』ローラン・ヴァイスは自宅の書斎で爪を磨きながら聞いていた。
いつもより念入りに短く丸くした爪に息を吹きかけ、ローランは苦々しげに呟く。
「よもや、先手を打たれるとは……アルファード、その報告には招集命令も?」
「はい。七賢者は大至急、翡翠の間に集合せよと」
恐らく今頃、城内は大混乱になっていることだろう。
ローランとしても、ここまで計画が狂ってしまった以上、次にどう動くかを考え直す必要がある。
「アルファード、大至急『沈黙の魔女』殿の元に赴き、今の報告を伝えなさい。
彼女は飛行魔術が使えないから、お前が城まで連れてくるのです」
「ローラン殿は?」
アルファードの問いに、ローランは戦場に赴く戦士のような顔で言った。
「無論、城に向かいます。ですがその前に……今日こそは……今日こそは、この手で」
「その手で」
「リーンを寝かしつけます」
「………………」
今のヴァイス家は産まれたばかりの娘、リーンを中心に回っていると言っても過言ではない。
まして、妻を溺愛しているローラン・ヴァイスともなれば、育児には大変協力的であった。
ところがどっこい、どういうわけか、リーンはローランが抱いた時だけ火がついたように泣くのである。
──ロールズはともかく、このポンコツ駄メイドが抱っこしても機嫌が良くなるというのに!
というわけで、今のローランにとって目下の急務は、可愛い娘に懐いてもらうことなのであった。
『リーン様はローラン殿に染み付いた血周に怯えているのでしょう』……とはアルファードの言だ。
今この場でローランに言わないだけ優しく、また空気が読めていると言えるが、浮き浮き且つ執念に取り込まれたローランを観ていると、リーンが可哀想に見えてくる。
ともかく、娘に懐いてもらおうと張り切っているな新米ヤンキーパパに、アルファードは真っ当な疑問をぶつけた。
「大至急、城に向かわなくてよろしいのですか?」
「急いで城に向かったところで、今頃、城は大混乱ですよ。情報が錯綜しているのが目に見えています」
それに『沈黙の魔女』が到着しないことには、七賢者会議は始められないだろう。もっとも、今は六賢者になってしまったけれど。
(……あの小娘の退学手続きも、近いうちにしておかなくてはなりませんね)
護衛対象の第二王子がいなくなったとなれば、『沈黙の魔女』がセレスティナに在学する理由はない。
まして七賢人の席が一つ空いてしまった今、次の七賢者の選考を始める必要がある。
(……さて。それまでに、あの小娘が余計なことをしなければ良いのですがね)
爪やすりを引き出しにしまいながら、ローランは憂い顔で溜息を吐いた。




