第12話「シンデレラ計画」
桃太郎の畑絵本が話題を呼び、全国から人が集まり始めた頃。田主丸の町は、次の物語に向けて少しずつ熱を帯びていた。
「隼人くん、この畑も使ってくれていいぞ。稲刈りが終わったら、冬の間はほったらかしだからな」
そう声をかけてきたのは、近所の農家の庄吉だった。年季の入った手で畑を指差し、にやりと笑う。
「本当にいいんですか?」
「いいに決まっとろう。あんたらの桃太郎で孫が大はしゃぎだったんだ。次はシンデレラやろ? うちの畑も物語の舞台にしてくれや」
その言葉を皮切りに、同じように協力を申し出る農家が次々と現れた。
「稲刈り後は空いとるから、舞踏会の会場に使え」
「カボチャならたくさん育てとるぞ」
「畑の隅に小屋を建てて更衣室にしたらどうだ?」
気がつけば、町全体が物語を作る仲間のように動き出していた。
さらに役場も反応した。町長自らが作業場を訪れ、隼人たちに告げた。
「“絵本の村”構想を正式に地域振興の施策に取り入れることになった。補助金も検討している。ぜひ成功させてほしい」
「町ぐるみで……!」
亮が思わず声を上げ、美咲も嬉しそうに顔を見合わせた。
だが、喜びと同じくらい、新しい悩みも増えていった。
「畑をこんなに広く使うなら、レイアウトをどうするか真剣に決めないと……」
隼人は広げられた地図を前に頭を抱える。
「舞踏会の城はあっちの畑がいいっす。広さもあるし、空撮映えも抜群です」俊がタブレットを示す。
「いや、観光客が見やすいのはこっちだ。道路に近いからアクセスがいい」亮が反論する。
「でも子どもたちの動線を考えると、もっと安全な場所に舞踏会会場を作った方が……」美咲も口を挟む。
三者三様の意見が飛び交い、議論は夜遅くまで続いた。
「駐車場はどうする?」「民宿だけじゃ宿泊が足りないぞ」「観光バスが何台も来たら道路が混む」
次々と現実的な課題が積み上がり、夢は次第に重さを増していった。
その夜、隼人はひとり畑に立った。虫の声と遠くの川音が聞こえるだけの静かな空間。
頭の中では、仲間の声や役場の言葉がぐるぐると渦を巻いていた。
――こんなに規模が大きくなって、本当に大丈夫だろうか。
――町のみんなを巻き込んで、失敗したらどうする?
不安が押し寄せる中、ふと脳裏に浮かんだのは子どもたちの笑顔だった。
「次はシンデレラがいい!」
「カボチャの馬車に乗りたい!」
無邪気に語る声が耳に甦る。
隼人は深く息を吸い、夜空を仰いだ。
――そうだ。俺たちがやろうとしているのは、子どもたちに夢を見せることだ。
町のためでも、観光のためでもある。けれどその原点は、笑顔をつくること。そこだけは見失ってはいけない。
翌日、再び集まった仲間たちに隼人は言った。
「どんなに規模が大きくなっても、目的はひとつだ。物語は子どもたちの笑顔のためにある。その気持ちを軸にして進めよう」
亮は黙ってうなずき、俊は「了解っす」と短く答え、美咲は柔らかく笑った。
作業場の地図の上で、再びペンが走る。
舞踏会の城、カボチャの馬車、ガラスの靴。
畑に描かれるシンデレラの世界は、町の人々の力を借りて少しずつ形を成し始めていた。
外では風が稲穂を揺らし、黄金色の波をつくっている。やがてその田んぼも刈り取られ、物語の舞台となるのだ。
隼人の胸には確信が芽生えていた。
――シンデレラは、町全体で描く物語になる。




