1385 閑話・悪魔フォルグシェイドの予感
「悪いことは言いません、ビスクブレイズ。あの島への占領政策は中止すべきです。寝ている虎を起こす結果になりかねませんよ」
「フン! 何が虎だ! そんなもの、指一本で突き殺してくれるわ! テメェは慎重を過ぎて臆病者に成り下がったな、フォルグシェイド!」
私の進言は、怒号と指を弾く仕草で簡単に却下されました。
予測していたことではありますが。
悪魔ビスクブレイズは、生粋の武闘派です。
一度決めたことは曲げず――。
どんな問題でも、正面から力で押し潰そうとします。
私は、闇から闇を渡り、惑わしによって支配することを好むタイプです。
まさに水と油、真逆の悪魔です。
しかし私は今、ビスクブレイズの下にあります。
ビスクブレイズは南大陸において、オーク大帝国を蹂躙し――。
ついには屈服させ――。
南大陸の大半を支配するに至りました。
ビスクブレイズは「魔王」を名乗り、自らが南大陸の支配者であると宣言し、魔王領の成立を宣言しました。
私はそれを手伝っています。
中央大陸にいても、どうにも動きようがなかったので……。
中央大陸には「空色髪」と私が呼ぶ謎の存在がいて、何をしようとも現れてはすべてを破壊していくのです。
どうしようもなく、ここに来ました。
ビスクブレイズに同じ轍は踏んでほしくありません。
あの島へ手を出すことは、すなわち、「空色髪」を呼びかねないのです。
「……なあ、フォグよ。テメェの政治手腕が見事なことは認めてるんだよ。テメェのおかげで魔王領はまとまったようなモンだ。だからこそ、テメェだってわかるだろ? この南大陸には、あまりにも魔力が少ねえ。中央大陸の連中を皆殺しにするには、どこまでも多くの魔力が必要なんだよ」
「それはもちろん、わかっていますが」
「あの島には、それがあるんだろ? 魔素溜まりがよ。魔素溜まりをオークどもに掘らせて地脈にまで通じさせれば魔力炉だって作れるよな? それこそ、古代ギザス王国の時代にあったようなものが」
「しかし、そのようなものを作る知識はないですよね?」
「メティネイルがいるだろ。あいつならできる」
「しかし、メティは――」
メティネイルは優秀な魔道学者です。
確かに彼女なら、古い知識を漁って研究すれば成し遂げられるかも知れません。
しかしメティは現在、苦しい立場にあります。
空色髪からの召喚を受け、強制的に契約を結ばされたのです。
メティの見知ったことは、すべて空色髪に筒抜けとなってしまったのです。
幸いにも、それ以上のこと……。
メティが破滅させられる事態にはなっていませんが……。
おかげで私たちは、ほとんど交流ができなくなりました。
メティは私にとって、もっとも親しい友だったのですが。
ただ、そのことは、他の悪魔には知らせていません。
さすがに恥が過ぎます。
なのでメティは、ひたすら籠もって研究していることになっているのです。
「それにテメェの意見だって聞いて、ちゃんと先遣隊も送ったぜ? 結果、発生したのはエルフとリザードマンとの小競り合いだけだ。空色髪なんてバケモンは、どこからも現れていねぇよ。だいたいテメェらがやられたのだって、本当に空色髪の仕業かどうかは見ていねぇんだよな? 魔力が似ていた、ってだけでよ」
「それは、そうですが――」
「あるいは、古代遺跡の防衛機構でも作動したんじゃねぇのか?」
ビスクブレイズに問われて、私は黙りました。
私は空色髪による攻撃を確信していましたが、それを裏付ける証拠はないのです。
「あの島へは、次は大規模部隊を派遣する。オーク・ジェネラルが率いるハイオーク1000の精鋭だ。エルフとリザードマンは皆殺しにする。フォグ、テメェには海の魔物を幻惑してほしい」
「――わかりました。魔王陛下に従いましょう」
私に最終的な決定権はありません。
ビスクブレイズの世話になっている以上、私は従うことにしました。
外洋は危険な領域です。
大型の魔物が数多く生息しています。
ですが私ならば、その魔物たちを惑わせて船を守ることができます。
つまらない仕事ですが……。
まったく。
我ながら弱い立場になったものです。
かわりにもらえるものはもらえるので文句は言いませんが。
しかし、です。
こんな時、いつもならメティに愚痴りに行くところですが――。
それができないのは本当に残念です。
むしろそちらの方にストレスを感じます。
私はむなしい気持ちで城を出て、そのまま魔王城の城下町を歩くことにしました。
城下町は賑わしいです。
オークを中心として、様々な種族の者がいます。
中にはヒト族もいました。
もっとも南大陸では、ヒト族は完全に害獣であり奴隷です。
中央大陸とは状況が真逆なのです。
広場も賑わっていました。
ちょうど奴隷市が開かれています。
「さあ、見ていってくれ! 今日は最高の奴隷が入っているぜ! そこの旦那、試しにこの娘をこのハンマーで殴ってやって下さいよ! そこの狐の旦那!」
おや。
声をかけられたのは私のようです。
私は普段、狐の獣人に姿を変えていますから。
見れば壇上には、一人のヒト族の少女がいました。
粗末な貫頭衣を身に着けた小柄な少女です。
その少女を見た時、私は戦慄しました。
ドキリとして、身構えかけてしまったほどです。
なぜなら――。
その少女は、滅多に見ることのない――。
そして私の宿敵と同じ――。
空色の髪をしていたからです。
体躯としては、例の「空色髪」より少し小さく、年齢は下のようです。
奴隷とされているその少女は、完全に自我をなくしている様子でした。
壊されたのか。
最初からなかったのか。
一切の表情はなく、それは完全にただの人形のようでした。
とにかく殴らせてもらいましょう。
憂さ晴らしです。
私はハンマーを受け取って、空色髪の少女を殴りました。
容赦なく大きな音が響きます。
普通の人間であれば、頭を潰されて死んでいるはずです。
なのに少女は、無傷でした。
この私にハンマーで殴られて、ピクリともしていないのです。
「な――」
それにはさすがに驚きました。
奴隷商人がしたり顔で言います。
「どうです? この娘はすごいでしょう? 何をされても傷つかないのです。代償としてか感情はありませんが、使い道は多いかと」
「この娘は、どこでどのように手に入れたのですか?」
「北の遺跡の奥で眠っていたらしいですぜ。オークの冒険者が見つけて、ここまで持ってきたんですよ」
「なるほど。とにかく買いましょう。おいくらですか?」
私がそう言うと、様子を見ていた大柄なオークが、
「おい待てよ! そいつはこの俺様が目をつけていたんだ! テメェごとき狐が横から出てきてデカい顔すんじゃ――」
とか言ってきましたが――。
「ねえ、ヨ……」
なぜか語尾に合わせて、首を飛ばされて死んでいましたね。
まわりにいた手下らしき連中ともども。
不幸なことです。
もちろん私が、全員、影の技で切り飛ばしました。
「さあ、お値段を。おいくらでも結構ですよ。ほしいだけ言って下さい」
「あ、ああ……。では……」
私は少女を購入して、その主人となりました。
空色髪の少女。
それはあるいは――。
私の運命をおわらせる存在にすらなりかねませんが――。
私は、何故かこの時――。
この少女は最強の切り札になると、妙な予感を得ていました。
丁寧に扱って、大切に育てていきましょう。




