1384 旅の前日
夏休みが始まった、その翌日。
私は大宮殿の奥庭園にいた。
まわりに花の咲く東屋で、セラと平和な一時を過ごしていた。
明日からは早くも旅に出るのだけど――。
旅の準備は整っているというか必要なものはすべてアイテム欄の中にあるので、前日でも気楽なものなのです。
ちなみに夏の日中だけど、日陰になっている東屋は快適だった。
夏といっても、気温は30度くらいだしね。
前世のような酷暑は、帝都では無縁だった。
「でも正直、少しだけ残念ですね。ずっと一緒に行っていたヒオリさんとフラウさんが今回は不参加なんて。それにファーさんも」
「だねー」
それについては私もそう思う。
ヒオリさんとフラウは、中央魔術師団で研究開発の進められている人工魔石の完成を見届けるために辞退を申し出てきた。
前々から相談されていたことではあるので、驚きはなかったけど。
ファーは旅より大宮殿でのメイド修行を希望してきたので、快く認めてあげた。
真面目な子なのだ。
たまには羽を伸ばしてもいいのに。
とはいえ、強引に連れていくのは、また違うしね。
本人の意思が第一だろう。
キオは、ファーと一緒にこちらに残ると言った。
キオは本当にファーに懐いている。
大宮殿でイルと鉢合わせて騒動になりそうなのは怖いけど……。
とはいえ、だ。
正直、旅についてこられても困る!
なので私は快く認めてあげた。
「今回の参加者は、私とセラと、アンジェとスオナ、エミリーちゃん、マリエ、あとはゼノだねー」
ゼノは今回も参加してくれる。
アリスちゃんのことは吸血鬼たちに任せるそうだ。
正直、ゼノの参加は助かる。
なにしろゼノはトラブルがあった時に便利だ。
と。
ゲホンゲホン!
危ない!
ちがった!
便利ではなく「頼りになる」だよね!
ゼノに便利という言葉は厳禁だった。
うっかり使わないように、今から気をつけねば……。
「シルエラさんは来ないんだよね?」
「はい。今回はわたくしだけで行きます。シルエラにも、たまには長期の休暇を取ってもらいたいですし」
「シルエラさんもファーと同じで、修行とかしちゃいそうだけどねー」
シルエラさんはセラの専属メイド。
学校外では常にセラの傍らに控えている。
今もそばにいて、紅茶とお菓子の準備をしてくれていた。
私がシルエラさんに目を向けると、
「もちろん、そのつもりです」
と、シルエラさんは正直に答えてくれた。
「あはは」
私が笑うと、セラは息をついた。
「困ったものです」
まあ、それはね。
私もファーには遊んでほしいわけなのでした。
「旅の日程の確認もしようか」
私を気を取り直して言った。
「初日は、わたくしのおじいさまのところ、城郭都市アーレですよね」
「うん。だねー。なんか毎年の恒例になっちゃったし、旅の初めにはローゼント公爵に挨拶しておかないと」
「今年も盛大にパレードをするそうです……」
「セラ、頑張ってね」
「はぅぅぅ。そこだけは憂鬱ですぅ」
帝国第二の大都市であるアーレは、アンジェの故郷でもある。
まずはそこで、領主であるローゼント公爵の歓待を受けて一泊する予定だ。
移動は、転移魔法。
アーレ近郊のダンジョンに飛んで、ダンジョンの外でローゼント公爵家の黒騎士隊と合流して、アーレまでは馬車で向かう。
「で、次の日はリゼントだね」
私は言った。
リゼントは、大陸南端に位置する港湾都市。
南方では一番に栄えている。
「キアードくんは元気でしょうか。いえ、元気ですよね、あの方はきっと」
「だねー」
キアードくんは、リゼントを含めた南方一帯を領有するサウス辺境伯家の若き当主。
私とセラより年齢は二つ下。
エミリーちゃんよりはひとつ上で、今年11歳の少年。
私たちとは去年と一昨年、二回の旅の中で顔を合わせている。
遊んだ時間は短いけれど、バカンスでの思い出とあって、キアードくんのことは鮮明に記憶に残っている。
俺は領主だー!とか威張りつつも実際の領主の仕事は何もしていない、自由奔放に生きているヤンチャな子供だ。
「リゼントにも今年は転移魔法で行くんですよね?」
「うん。少し距離はあるけどダンジョンがあるから、そこから出て、あとはダンジョン町の乗合馬車で向かおう」
「普通の旅ですね! どんな景色が見られるのか楽しみです!」
今回はマリエの希望もあって、「走って向かう」はできるだけしない方針だ。
かわりに普通の旅を楽しもうと言うことになった。
「リゼントの次は南の島ですね!」
「だねー。……ちゃんと行けるか不安はあるけど」
「わたくしたちなら平気ですよ! 船旅、とても楽しみです!」
船旅、確かにそれはロマンだ。
夏の旅にふさわしい。
船旅については、私はほんの少し、嵐が怖いなーという懸念もあったのだけど、セラたちは気にしていない。
マリエも「船旅いいね! 楽しみ!」と喜んでいた。
私たちはリゼントで船に乗って、船で南の島へ行く計画を立てていた。
残念ながら南の島には転移陣がないのだ。
南の外洋は危険で、たくさんの魔物が生息しているけど――。
天候以外、私たちなら問題はない。
船は魔法でガッチリ強化できるし、動力についても私たちならば圧倒的な魔力量で魔石以上に動かせる。
船については、すでに手配済みだ。
セラのお父さんである皇帝陛下がサウス辺境伯家に連絡を取ってくれた。
新型船が準備されるらしい。
ちなみに船旅の許可は、あっさりといただいた。
そんなに簡単に許してよいのかと思って念の為に確認したら……。
「今更何を言っているのだ」
と、陛下には呆れた顔で言われました。
私は、うぐ、と言いました。
それは、うん。
その通りですよね……。
「南の島では、リザードマンさんたちと会うのが楽しみです。わたくし、クウちゃんへの新しい祈りを実は考えて――」
「それはやめようね! 祈り禁止!」
「ええええ!?」
「前にも言ったよね? 私、信仰されるのは好きではありません!」
私はプイとそっぽを向いた。
だって、さ。
私は去年の大惨事をよく覚えている。
それはこうだった。
「さあ、みなさん! いきますよ! 声を揃えて――。はいっ!」
「「「「クウちゃん様は、精霊様で1番! 世界で1番! 海でも1番! カメ様と同じで1番です!」」」」
「困った時には! はいっ!」
「「「「くうううううううう!」」」」
「クウちゃんだけにぃぃ! 素晴らしいですねっ! では、次に、踊りで祈りを捧げましょう! はいっ、くるっと回って――」
「「「「つめつめっ! がおーっ!」」」」
である……。
さすがのクウちゃんさまでも、勘弁してほしいのです。
「ううう。わかりました。ごめんなさい。わたくし、つい興奮してしまって、すっかり忘れていましたぁ」
「ううん。わかってくれればいいの」
「クウちゃん!」
「セラ」
手を取り合って、和解。
よかった。
「それで南の島の次は……。新しい場所でしたよね」
「だねー」
「どんなところなのか楽しみです!」
旅は出発前も楽しい。
私とセラは、明日からの旅話に、どんどん華を咲かせるのだった。




