1368 閑話・はぐれ狼オム、帝都立志編
夜――。
外の町で集められた俺たち10人は今、帝都の安宿の一室に集まり、最後の打ち合わせをしていた。
「――いいですか、皆さん。皆さんは今日、帝都に来たばかりの部外者です。当然、顔は知られていません。だから安心して仕事をして、仕事の後は自由は散って、堂々と帝都から出て下さい。簡単なものです。気楽にやりましょう」
怪しすぎる笑顔でそう語る男の言葉には、ほんの一欠片すら信用ってモンを感じることができなかった。
どう考えても俺たちは使い捨てだ。
自由ってことは、見捨てる気しかないってことだ。
「特に今回は、この方もいます。見て下さい、この筋肉。すごいですよね」
男が馴れ馴れしく俺の腕に触れる。
「触るな」
俺はそれを乱暴に振り払った。
舐められるわけにはいかねえ。
俺の名はオム。
10人の中では一番に大柄で屈強な、狼族の男だ。
俺は自分には自信がある。
俺には力がある。
俺には知性がある。
今までには、ファミリーの一員として肩で風を切って歩いたこともあるし、集団を率いてボスになったことだってある。
だが、俺には運がない。
どれだけ実力で成功寸前までいっても、いつもいつも、ただ運のなさだけで失敗して一匹の狼に戻ってしまう。
だから今は帝国に流れて――。
小さな町の小さな酒場で声をかけられて――。
どう考えてもリスキーな――。
使い捨て同然の仕事をすることになった。
だが、仕事をしなけりゃ金を手に入れることはできない。
それに顔を売ることもできない。
たとえ使い捨て同然のスタートだとしても、力を見せつければ、裏の世界でならばのし上がることはできる。
俺は裏の世界が好きだ。
厳しい世界だが、それでも力があれば成り上がることができる。
だから俺はここにいる。
帝都の治安が良いことは知っている。
帝都で強盗をするなんて、普通なら自殺行為だということも知っている。
だが、帝都は豊かだ。
小さな店でも他の町では大店舗くらいの金を溜め込んでいる。
一攫千金と大いに名を売る夢があるのだ。
「いいですか、皆さんは使い捨てのコマではありません。仕事はちゃんと、巡回の衛兵が離れている時を狙って行います。それに、ちゃんと他の場所で陽動もあります。標的の店のカギも手に入れてあります。皆さんは好きなだけ奪って好きに逃げて下さい。手に入れたものはすべて皆さんのものです」
男のその言葉に、仲間連中は喜びの声をあげる。
取り分は、取った分すべて。
それは普通ならあり得ないことだからだ。
少なくとも大半は、事前に準備した元締めに渡すのが普通だ。
「それで、アンタの利益は何なんだよ」
俺は警戒してたずねた。
慈善事業じゃあるまいに、すべてを俺達にくれるわけはない。
「復讐です。実は、標的の店には恨みがありましてね。どうしても破滅させてやりたくて今回の仕事を組んだのです」
「なるほど、な」
本当のわけはないが、俺はとりあえずうなずいておいた。
「貴方は確か、オムさん、でしたよね? 海洋都市からいらしたとか」
「そうだよ」
「話した時間は短いですが、強さにも知性にも、なかなかのものを感じます。海洋都市ではさぞかし暴れたのでしょうね」
「まあな。だがそれは、結局、」
「ええ、銀色の英雄が現れるまで、ですよね」
「そうさ」
銀色の英雄。ナオ・ダ・リム。
ヤツが現れて、海洋都市群におけるファミリーの栄光は完全に瓦解した。
今や海洋都市群にあるのは、新獣王国の傀儡組織ばかりだ。
「そうだ。仕事の前の景気づけに、とっておきの酒を注文していたのでした。申し訳ないのですがオムさん、一緒に取りに行ってもらえますか?」
「ああ、いいぜ」
俺は男と共に部屋から出た。
「――それで? 俺はファミリーに入れてもらえそうなのか?」
廊下をゆっくりと歩きながら俺は男にたずねた。
「ふふ。さすがですね。ええ。これからお願いすることを見事にこなしてくれれば、私が責任を持って推薦して差し上げます」
「何をすればいい?」
「実は、標的の店には、とあるひとつの魔道具があるのです。それは、今では禁制の品とされて帝国内では入手がほぼ不可能になってしまった呪具――。ヒトの自由を奪い奴隷とさせる――」
「支配の首輪か」
「そうです。その形状は、オムさんならご存知ですよね」
「もちろん、よく知っているさ」
海洋都市でも、つい数年前までは普通に使われていた。
今では見ることもないが。
支配の首輪は、新獣王国が極刑どころか全面戦争レベルで使用を厳禁している。
海洋都市では一切の容赦なく使用者狩りが行われた。
俺は覚えている。
以前のファミリーのボスに支配の首輪を見せられたナオ・ダ・リムの、血も肉も凍るほどの無の眼差しと表情を。
ボスたちは次の瞬間、肉片どころか塵にされた。
俺は一人、病気の妹がいるからと命乞いをして何故か許された。
そのナオ・ダ・リムに関わる……。
考えるだけで背筋が凍った。
「おや、怖気づきましたか?」
「まさかだろ。ここは帝国だ。銀色の英雄はいねえよ」
俺は強がった。
「それはよかった。私たちはその首輪を使って、実は中央学院の学院長を支配したいと考えています」
「いいのかよ、俺にそこまで言って」
「見込んでいるのですよ。私たちは学院長から、最近、開発された魔性の力の感知装置の秘密を聞き出し、それに対抗する術を得たいのです。そして再び、悪魔族との関係を強化して時代を取り戻したいのです」
男は静かに、しかし熱っぽく語った。
「俺はいいぜ。ファミリーに入れるなら、なんでもよ。やってるよ」
「そう言ってくれると確信していました」
俺は男から、支配の首輪が隠されているはずの場所を聞いた。
なぜそれがわかるのか。
それは店の先代が、男の仲間だったから。
しかし先代は、ある日、突然に行方不明となった。
帝国の特務部隊「黒頭巾」に殺されたのだという。
帝都は平和だが、その平和は圧倒的な暴力によって維持されているのだと男は淡々とした口調で言った。
本当に、世界は優しくない。
だからこそ。
力さえあれば、のし上がっていける。
俺は、はぐれ狼。
失うものはない。
どんなに細い糸でも掴んで、のぼっていくしかない。
やってやるさ。
俺は、ただの使い捨てでおわる男じゃねえ。
俺はオム。
力と知性を兼ね備えた、まさに最強の狼。
この仕事で運も手に入れて――。
将来は闇を支配して、闇に君臨する、巨大ファミリーのボスになる男だ。
あけましておめでとうございます!
2026年は、はぐれ狼から! はたして今度こそのしあがれるのか!
今年もよろしくお願いします!




