13
夜闇の中を紛れるように、マークスは馬を走らせる。
「私が拐われてどれくらい経つんですか」
「三日だな」
「そんなに……」
そんなに時間が経っていたとなると、フィリップは大丈夫なんだろうか。
最後に見た彼の苦しむ姿が頭から離れない。
「フィリップは、王子は大丈夫なんですか」
「……あまり体調は思わしくないと聞いた」
腰に回した腕に力が入る。
チラリと視線を向けられたが、それ以上何も言われることなく、マークスは王城へと急いだ。
どれぐらい駆けただろうか。
しばらくして王城に着くと、すぐにフィリップの所に連れて行ってもらう。
重い扉を開けて、静かな部屋の中。
荒い吐息だけが響いている。
ベッドの中ではフィリップが金糸の髪を乱し、酷く苦しそうに魘されていた。
すぐにその手を取り力を使う。
淡く光った彼の寝息は、段々と穏やかになってきて、とりあえずホッと一息つくことができた。
穏やかな彼の寝顔を暫く眺めて、そっと部屋を出たのはもう深夜近く。
廊下にはマークスが待っていた。
「終わったか」
「あの、王には……」
「明日また詳しい話を聞く。大まかな事は俺から伝えておいたから、お前はもう寝ろ」
そう促され、歩き出す。
部屋へ入ると、扉を開けたまま中へ入ろうとしないマークスを見ながら、私はもう一度口を開いた。
「私のせいで、病気になるって……」
「何度も言わせるな」
マークスはピシャリと言い放った。
有無を言わせない、強い口調だった。
「今は何も考えるな。王子の治療にだけ専念しろ」
口を挟む暇も与えられず、目の前で扉が閉められる。
部屋の中を暗闇が覆った。
翌日現れたマークスに、新しい護衛だと騎士を二人紹介された。
「ケイシーとクリフだ」
二人の大男に頭を下げられる。
二人ともマークスのようなダークブロンドにヘーゼルの目の色をしている。
どちらかというと凡庸で印象に残らない顔つきだった。
ジョシュアやマークスと違ってベラベラ喋る事もなく、終始無言のまま後ろに控えている。
ちなみにケイシーと呼ばれた方は、私を見つけてもらった時にいた騎士のようだった。
「午後からアレクシスが来る。聞かれた事だけに答えろ、いいな?」
そう一方的に言い捨てられると、マークスは慌ただしく出ていく。
それにケイシーも続き、後にはクリフが残った。
「……」
何か喋るでもなく、置物のようにじっとして動かない。
マークスのときのように、無駄な気は回さなくても……いいか。
喋ってくれる気がしない。
早々にコミュニケーションをとることを放棄して、私は読みかけの書物を手に取った。
全然内容の入ってこない読書を始めてどれだけ経ったか。
ようやくお昼が過ぎて、お茶の時間に差し掛かろうという時。
小さなノックの音と共に姿を見せたのは、久しぶりに見るアレクシスだった。
マークスと二人で入ってくる。
「リリア! 無事でしたか?」
私を見るなり駆け寄ってきて、心配そうに顔を覗き込まれた。
「乱暴な目に遭ったと聞きました。体の調子はどうですか?」
瑠璃色の瞳には憂慮が浮かんでいるようだ。
だがここに来た経緯もあり、まだ彼を心から信用しきれなかった。
「……心配かけました」
「怖い目に遭いましたね」
アレクシスは隣に座り込むと、そっと手を握ってきた。
「リリア、怖い思いをしたところ申し訳ないのですが、もう一度詳しい話を聞かせてくれませんか?」
それに頷くと、再度連れ去られていた時の話をする。
アレクシスはマークスよりも親身に、そしてより詳しく話を聞いてきた。
全部話し終えた時には大分時間も経っていて、ぐったりと疲労感に襲われる。
「リリア、辛い時にすみませんでしたね。でも詳しく話してくれたおかげで助かりました。王への報告はこちらで済ませておきますから」
アレクシスはニコリと笑うと、懐から封筒を取り出す。
「それと、エインズワース卿から手紙が届いていますよ。中はすみませんが検閲させていただきましたが、問題なかったのでお渡ししますね」
差し出された封筒。
恐る恐る受け取って、中身を取り出す。
見慣れた便箋に見慣れた筆跡。
そこには紛れもないフェレイアの字で、私の心情を慮る文が綴られていた。
私が不当な目に遭ってないか、一人で泣いていないか心配だ。
何をしていても私への心配ばかりが浮かんでくる。
余りにも私のことばかり考えているものだから、領主様に怒られてしまった。
――私がいなくて寂しい、身を引き裂かれそうだ、と。
絶対に会いに行くから、という言葉で手紙は締めくくられていた。
「王子の事は伏せていただきますが、障りない範囲でしたら返事を書いていただいて構いませんよ」
それに頷いて、大事にたたみ込む。
「それでは私は失礼しますが、何かあればマークスに遠慮なく言ってくださいね」
アレクシスが立ち上がる。
扉へと歩き出そうとしたその後ろ姿に、ふと縋るように話しかけた。
「あの! ……彼が、フェレイアが訪ねてきた時は、必ず知らせてください。絶対に、お願いします」
「そうですね……必ず、お知らせします」
一つ礼をして去っていったアレクシスを追い、マークスもこっちを一瞥した後、音も無く出て行った。
渡された手紙を抱き締めるように抱え込む。
フェレイア、寂しいのは私だけじゃなかったね。
待ってくれている人が、いる。
……泣き言ばかり言ってられない。
彼の元に戻るために、私も頑張らなければ。