12
薄ぼんやりと意識が覚醒してくる。
どうやらまだ生きてはいるらしい。
ボーッとする頭を持て余して、見覚えのない天井を見つめていると。
「目が覚めた?」
ジョシュアの声がして、ビクリと体が強張った。
「君が暴れなきゃ何もしないよ」
声は平坦で、何の感情も読み取れない。
恐る恐る声のした方に視線を向けると、ベッドサイドに置かれた椅子に、彼が腰掛けていた。
「おはよう、異界人さん」
ジョシュアはニコリと微笑むと、私の顔を覗き込む。
「早速だけど時間がないから、要件を言うよ。君に治してほしい人がいる」
彼は後ろを振り向いた。
その視線の先にもう一つベッドがあって、痩せ細った女の子が横たわっていることに気づく。
「俺の妹だ」
こっちに顔を戻したジョシュアの顔からはもう笑みが消えていて、ただ冷たい瞳が刺すように注がれる。
「君のせいで、不治の病を患った」
「私の、せいで……?」
口の中はカラカラで、殆ど声は出なかった。
「……理由はどうでもいいんだ。俺にしてくれたように、妹を治してくれたらそれでいい」
ジョシュアに無理矢理体を起こされる。
まだ力が入らずぐにゃりと倒れ込む体を抱えられて、引きずるようにベッドから降ろされた。
「時間がない。早くしてくれ」
どこか焦ったようなジョシュアの様子。
連れてこられた時の一方的な暴力が頭をチラつき、自由のきかない体を何とか叱咤して、ベッド上の女の子へと手を伸ばす。
やっとのことで触れた途端、ジョシュアの時のように女の子は強い光に包まれた。
光が消えた後には、見違えるように健康そうな肢体になった女の子が、スゥと安らかな吐息をたてながら横たわっている。
「あぁ……ベロニカ!」
ジョシュアは支えていた私を投げ出すと、ベロニカの体を抱き起こした。
「本当に、本当に治ったんだね!」
床に投げ出された私の事など忘れたかのように、ジョシュアは妹を強くかき抱いて離さない。
その目から幾つもの涙の雫が溢れ出るのに気づいて、私は伸ばそうとした手を引っ込めた。
ジョシュアは暫く妹を抱き締めながら泣いていたが、少し落ち着いたのか、やがて妹を丁寧にベッドへと寝かせ直した。
そのタイミングで声をかける。
「あの……まだ体に力が入らないんだけど」
「自分でその状態治せないの?」
それくらいやったさ!
でも、力を使ってすぐはいいんだけど、それからまた体がだるくなるんだよ!
よく分からないが、病気や怪我以外からくる体調不良は治らない、もしくは治りにくいのか?
なんにせよ中途半端な能力だ。
首を振った私にジョシュアは怪訝な顔をしながらも、しぶしぶベッドへと戻してくれた。
掛布団まできっちりとかけてもらって、ジョシュアを見上げる。
「私のせいで病を患ったって、どういうことですか」
ジョシュアは部屋の隅に置いてあった、荷物袋を手に取った。
「んー……話してあげたいのは山々なんだけど、俺たちこれから逃げないといけないから」
「逃げる?」
「そう。君を拐ったから、捕まらないように逃げるの」
「え? じゃあ私は?」
「君は大丈夫だよ。すでに王宮から捜索の手が出てると思うし」
袋からローブを取り出すと、手早く妹に被せて、慣れた手付きで背におぶる。
「それじゃあ、元気でね。君の事すごく恨んでいるけど、妹を治してくれたことには感謝するよ」
良く見たら、ジョシュアはいつもの騎士の制服姿ではなく、簡素な旅人の服を着ていた。
私を拐った後、足がつかないよう逃げるつもりだったと察しがつく。
「えっでも……」
こんな所に置いていくなんて、と言いかけた言葉は宙に消えた。
瞬く間に消えていった、ジョシュアとその妹。
こんな何処かも分からないような所に一人置いてきぼりにされて、いい加減泣きたくなってくる。
「何だ、この扱い……」
体は動かないし、今の私にできることは天井を睨みつけることくらいだ。
とりあえず体の痺れが取れるまでは、ゆっくり休もうと諦めて目を閉じた。
「おい、起きろ!」
揺すられて、目を覚ます。
焦ったようなマークスの姿に、一気に覚醒した。
「ここはっ……!」
見渡すと、ジョシュアに連れて来られた部屋だった。
どうやら私はあの状況で爆睡していたらしい。
でもこれは薬の影響で仕方がなかったんだと言い訳したい。
目の前には武装したマークス。
後ろに一人、初めて見る騎士が控えている。
「大丈夫か? 何をされた?」
ジョシュアにされた事を話そうとして、記憶が夢の中の出来事のようにあやふやで朧気になっていることに気づく。
「なんか……ジョシュアに殴られて、怪しい薬を飲まされて、体が動かなくなって、治せって……」
「もっと要領よく話せないのか?」
貴方は被害者にもっと優しくできないのか?
頭を振って整理しようとする。
「私のせいで、妹が不治の病を患ったって」
「……ラティス村の出身か?」
その言葉に顔を上げる。
「それってどういうことですか? 私のせいって……」
「その話は後回しだ。何が起きて、奴が何処へ消えたのか、分かることを分かりやすく話せ」
相変わらず手厳しいマークスの言葉。
その割に繊細な力加減で抱き起こされた事に気づく。
ジョシュアのように物のように扱うでもない、気遣うような起こされ方だった。
「……分からない。妹と呼んでいた女の子の病気を治すよう言われて、その後は二人、草臥れたローブを羽織ってすぐ出て行ったから」
マークスは舌打ちすると、後ろの騎士へと何かを合図する。
騎士は頷くとすぐに身を翻して出て行った。
「一旦王城に戻るぞ。早急に報告しないと、王がカンカンにお怒りだ」
ぜひ私には不可抗力な出来事だったと、正確に報告してほしい。
これ以上どうしようもないことで怒られるのは勘弁だ。
「首に手を回せ」
身を寄せられて、背と膝裏に腕を回される。
まさかのマークスのお姫様抱っこ。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、明るい翠の瞳に睨まれる。
「不満そうだな?」
「……いえ、別に。何でもないです」
それでも大人しく首に手を回したのは、今のマークスの手つきが思いのほか丁寧だったからかもしれない。




